榛名外輪山 〜新緑の尾根歩き(前編)〜


 

 (前編)

【群馬県 高崎市 平成23年5月21日(土)】

 5月下旬、野山の緑もぐっと濃くなってきました。今回は上毛三山のうちの一つ、榛名山に行ってみることにしました。前回いつ行ったか調べてみたら5年前。あのときは伊香保温泉に行ったついでに寄ってみただけで、特に野山歩きはしていませんでした。今回は、榛名山の山頂外輪山の南側を稜線に沿って歩こうと思います。
 
                       
 
 午前6時、都心を出発して関越道をひたすら北上。渋川伊香保ICで一般道に下りたら、あとは伊香保温泉に向かって上っていきます。伊香保温泉は榛名山東側中腹にある、古くからの温泉地。階段の温泉街で有名ですね

 

 8時30分、市営(合併して今は高崎市)駐車場に到着しました。すぐ横にロープウエイの駅がありますが、これはちょっと上にある公園までを往復しているもので、これには乗りません。今日は、駐車場近くのバス乗り場からバスに乗って榛名山の山頂部に上がり、外輪山を歩いた後、そのままここまで歩いて下りてくる予定。その後温泉に浸かって疲れをとってから帰京しようという考えです。
 
 9時20分発の群北第一交通バスには我々以外の乗客はいませんでした。そして山頂部の榛名湖バス停で降りるまで貸しきり状態。経営的にはなんとコストパフォーマンスの悪い事か。都バスなら200円で行ける距離が片道800円でしたが、それでも元は取れていないでしょうね。

 榛名湖バス停前

 9時50分、バス停前には榛名湖が広がっていて、大型スワンボートが泊まっていました。この前山中湖で残念な思いをしたので乗ってみたかったのですが、当然に時間がないので諦めました。せめて記念に写真でも。


Kashmir 3D

 先週行った天城山がそうであったように榛名山も複数の山を総称するものであって、「榛名山」というピークはありません。山頂部の真ん中には榛名湖(カルデラ湖)と中央火口丘の榛名富士(1390m)が鎮座していて、それらを北側から時計回りに烏帽子岳(1363m)、臥牛山(1232m)、二ッ岳(1344m)、相馬山(1411m)、三ッ峰山(1315m)、天目山(1303m)、掃部ヶ岳(1449m)、鬢櫛山(1350m)が取り囲んでいます。また、更にこれらの外側にもいくつもの側火山が控えています。
 今日のコースは、榛名湖の南岸から天神峠に向かい、そこから稜線を反時計回りに歩きます。途中、相馬山までピストンし、その後ヤセオネ峠から山頂部の外側に出て、あとは伊香保温泉に向けて下っていくというものです。

 

 10時ちょうど、スタートです。榛名湖バス停から天神峠に向けて舗装路を上ると、5分ほどで峠に到着。そこから山道に入って行きます。ほどなく大きな石灯籠が出てきました。江戸時代後期に地元の名士が寄進したものらしいですが、由来などはよく分かりませんでした。

 

 石灯籠の先から階段状の山道になります。木々の葉をとおして降り注ぐ日光。辺りが薄緑色に染まっているような錯覚に陥ります。気持ちいいー。

 

 そしていきなりの長い上り。ううう…。

 

 それでも花のトンネルをくぐる楽しさ。癒されますなあ。  

 カケスの羽根

 登山道脇でカケスの羽根を見つけました。大きな鳥にやられたのでしょうか。これは翼の付け根付近の「大雨覆」という部分の羽根で、カケスの姿を見たとき最も目を引く美しいところです。宝物が一つ増えました。

 掃部ヶ岳

 しばらく登ってから振り返ると、最高峰の掃部ヶ岳(かもんがたけ)の全容が見えました。「掃部」とは変わった名前ですが、調べてみると歴史のある名前のようで、律令制の当時、宮内省に宮中行事の際の設営や殿中の清掃をする職員がいて、その役職名が「掃部」だったのだそうです。でも、肝心のなぜこの山が「掃部ヶ岳」なのかはよく分かりませんでした。
 この「掃部」という役職名は実質的な役割はともかくその後千年以上も生き続け、あの桜田門外の変で倒れた井伊大老も「掃部頭(かもんのかみ)」に任じられていて、「井伊掃部頭直弼」と称されていたそうです。

 トウゴクミツバツツジ

 榛名山はツツジの多い山だそうです。これはトウゴクミツバツツジ。本家のミツバツツジも見られるそうです。

 

 10時30分、最初のピーク、氷室山(1290m)に到着しました。今日は晴天の上に風がないので暑いです。ここでは休憩せずに、水分補給だけして再び歩き始めました。

 

 山頂からは次の天目山との鞍部に向かって急な下りになります。

 

 鞍部からは再び上りに(当然ですが)。それにしても滴るような緑です。

 マイヅルソウ

 足下には展開したばかりのマイヅルソウの葉が。触ってみると、しっとりしなやかでした。

 リョウブ

 これはリョウブですね。斑模様のすべすべ木肌。この木のことをサルスベリと呼ぶ地方もあるそうです。

 

 そうこうしているうちに天目山の頂上が見えてきました。なんだか賑やかな声が聞こえてきます。

 

 11時ちょうど、天目山に到着しました。汗がどっと吹き出してきます。
 山頂には10人くらいの中学生の一行が。伊勢崎四中の生徒たちだそうです。聞いてみると学校行事でウォークラリーに来ているのだとか。yamanekoはウォークラリーとはただ単に定められたルートを時間内に歩くだけのものだとばかり思っていましたが、本当はもっとゲーム性の高いルールがあるようです。それは、コース上にいくつかあるチェックポイントに課題が用意されていてそれに解答していくのと(ここにもクイズが用意されていました。)、あらかじめ設定されている時間にどれだけ近い時間で完歩することができるかということの両方で成績が決まるのだそうです。ところで「伊勢崎」が「いせざき」ではなく「いせさき」であることを今日初めて知りました。ほほぅ。

 

 11時15分、休憩後に天目山を出発。ここから再び長い階段の下り。この辺りは風の通り道らしく、稜線を越えていく風が熱くなった体を冷ましてくれました。

 ムシカリ

 この時期、どの山でもムシカリの花を目にします。自然観察をはじめたばかりの頃、この花のことについていろいろ教えてもらったことを今でも覚えています。当時は植物全般について無知で、花のこと、葉のこと、芽のこと、見るもの聞くものすべてが珍しいことばかりでした。そんな中でこのムシカリの冬芽の姿には特に驚いたものです。ムシカリはyamanekoにとって自然のことに興味を持ち始めた野山歩き黎明期の植物なのです。

 アマドコロ

 アマドコロです。まだ花は出てきていません。

 ホオノキ

 まだ柔らかいホオノキの葉。中央に薄桃色の芽鱗が残ったままです。そういえば居間の天井でこんなプロペラが回っている豪邸がありますよね。

 
ハウチワカエデ

 ハウチワカエデの花です。緑の葉に紅い花。双方が補色の関係になっていてよく目立ちます。この紅い花が木全体で揺れている姿は、それは美しいです。

 尾根道

 同行の妻、ややお疲れ気味か。いや、実は空腹なのだとか…。

 

 梢越しに榛名湖の湖面が見えました。標高1000mにある湖です。

 

 11時30分、車道を横切りました。いったん車道に降りて、再び正面に見える森の中を登っていきます。この道は県道126号線(榛名山箕郷線)で、左に行けばすぐに榛名湖。右に下って行けば高崎方面です。
 ここにも中学生たちが。チェックポイントで待機している先生方もこの暑さで大変そうでした。

 クマシデ

 クマシデの花がぶら下がっていました。正確に言うと雄花が集まっている状態のものです。地味なフジの花みたいです。
 シデは「四手」のことで、しめ縄からぶら下がっている白い紙で作られたあれのことです。この花の姿を四手に見立てたのかもしれません(ホップのような果穂を四手に見立てたという説もあり。でもこっちの方が似ています。)

 

 11時45分、さっきから空腹警報が鳴りっぱなしなので、登山道脇で弁当を広げることにしました。風の通り道を探して暑さをしのぎます。写真には写っていませんが、少し離れたところで中学生のグループも昼食をとっていました。男子と女子が微妙な距離感で。青春はええのー。

 ヤマボウシ

 近くにヤマボウシの蕾が。4枚の花弁状のものは総苞片と呼ばれるもので、中心にある丸いのが蕾の集合体です。なのでそこに小さな花が寄り集まって開きます。開花の頃には総苞片は純白になって、まさにこっちの方が花弁のようになるのです。
 ヤマボウシは秋に実る果実も美味しいですよね。甘くもさっとしていて、水分の少ないイチジクのような感じです。

 相馬山

12時5分、昼食を終えて出発です。道はまた階段の下り。木立の間から相馬山の威容が見えました。これからあそこの頂上まで行こうと思っています。

 

 しばらく行くと正面に立ちふさがるこんもりとした山が。地図を見ても名もない山ですが、新緑のグラデーションが他のどの山にもましてきれいです。でもこれを登るのか…。

 

 と思ったら、道は山の手前で左に折れて、どうやらこの山を迂回するようでした。

 イヌガンソク

 道はぐんぐん下っていきます。道ばたに大型のシダがありました。調べてみるとイヌガンソクのようです。中央から褐色の胞子葉が伸びていて、これが雁の足に似ていることから「雁足(がんそく)」だそうです。「イヌ」は植物のネーミングに特有の接頭語で、それが付かないものと比較して「あまり役に立たないもの」という意味合いで付けられます。イヌガンソクの場合、本家ガンソクはクサソテツのこと。クサソテツの別名を「雁足」というのだそうです(同じような胞子葉があります。)。クサソテツの新芽は山菜のコゴミとして有名ですよね。

 フジスミレ?

 これは北関東だけに分布するフジスミレでは。花や葉の形、距や萼片の形、葉の裏や側弁の根元に毛が生えている点、水平分布(北関東)や垂直分布(低山〜1500m)などを総合的に勘案して、さらに用心して「?」付きで、フジスミレということに。

 

 再び道路を渡りました。この道は県道28号線。松之沢峠を越えて、さっきの舗装路と並行するように高崎方面まで延びています。
 そしてまた森の中へ。ここまでで全行程の3分の1くらい。まだまだ先は長いです。《後編に続く》