越前岳 〜歴史が刻み出した峰々(後編)〜


 

 (後編)

【静岡県 裾野市・富士市 平成24年5月13日(日)】
 
 愛鷹山の真の盟主、越前岳の後編です。(前編はこちら
 ちょっと長めの休憩を終えて、再び登りはじめます。


Kashmir 3D
 

 山頂まで標高差にしてあと150mくらい。なんといつの間にか山頂部が雲の中に入ってしまい、辺りが白い世界になってきました。空気も少しひんやりと感じられます。

 ミツバツチグリ

 山の上はまだ里のようには花は多くはありません。今日はこんな小さなミツバツチグリにもハッと目がとまります。

 シコクスミレ

 太平洋側のブナ林に生えるシコクスミレ。四国にブナ林はそう多くはないと思いますが、名前からするときっと四国で見つかったんでしょうね。葉の形が特徴的で、種類の特定が難しいスミレ界の中でも比較的わかりやすい方です。

 ムシカリ

 ムシカリの葉も展開して間がないのか、まだ柔らかそうでした。山を歩いてこの花に出会うと、ああ、春が来たんだなぁと穏やかな気持ちになれます。

 

 少し傾斜が緩やかになってきて、同時に頭上が開けてきました。山頂も近いようです。この辺りはまだ雲の中には入っていないので視界はそんなに悪くはありませんが、さっきまでの晴天の山登りとは違う日のようです。

 

 山肌がえぐれています。これが山体開析の原初の風景なんでしょうね。
 黒々とした火山灰土の上一面をサクラの花びらが覆っています。明るい陽光の下だったらもっと輝いていたでしょうが、それでも十分に綺麗でした。

 勢子辻分岐

 西麓にある勢子辻への分岐までやって来ました。ここまでくると残り200mで山頂です。

 

 11時50分、比較的あっさりと山頂に到着です。登山道の静けさからは想像できないくらい山頂は賑わっていました。ざっと50人くらいはいるようです。ご覧のとおり山頂は雲の中。晴れていれば写真正面の木立の向こうに富士山の白い姿が見えたはずなんですが…。
 気温は低く、防寒用に上着を1枚はおりました。とりあえず林の中で風を避けて昼食にしたいと思います。

 ランチタイム

 今日のような天気ならラーメンもご馳走です。

 

 持参した小分けパックのキムチをトッピング。カップヌードルが一気に辛ラーメンになりました。美味しくて、かつ、暖まりました。

 

 こんな景色を眺めながらの昼食。いつか見た夢の中か?

 シロバナエンレイソウ

 足下にはシロバナエンレイソウが。葉も花も生き生きとしています。ここはまだ早春なんですね。

 ヤセ尾根

 肌寒いので昼食後はあまりまったりともせずに動き出すことにしました。12時45分、固まった体をほぐしてから下山開始です。
 で、ここでちょっとした迷いが。山頂から延びる道は3本あります。そのうち一つは登って来た道で、残り二つのうちどちらが行くべき道か少し分かりにくかったのです。遠景の山などが見渡せれば問題なかったでしょうが、なにしろ辺りが真っ白なので。間違って南側に下ってしまうと通行禁止の方に向かうことになります。手元の地図(2万5千分の1)と山頂の地形とを見比べながら東に下る道を見極め、いつでも引き返す心づもりで進みました。
 歩き出しはいきなりのヤセ尾根で靄も流れていて不穏な雰囲気です。途中、登って来た人とすれ違うときに「この道は黒岳方面からの道ですか。」と聞くと然りとのこと。ようやく安心して歩くことができました。

 イワカガミ

 安心すると足下の花も視界に入ってきます。これはイワカガミですね。繊細な姿をしています。

 午後1時10分、富士見台というところまでやって来ました。きっとここは絶好の富士山ビューポイントなんでしょうが、山体の大部分は雲に包まれています。解説板によれば、昭和13年に発行された50銭札にここから見える富士山の姿が描かれていたのだとか。岡田紅陽という当時の写真家の写したものを基にして描いたものだそうです。

 タチツボスミレ

 タチツボスミレ。まだ気温が低いからかずいぶんと背が低いです。

 アセビ

 常緑樹のアセビは色の少ない冬の山歩きでも登山者の目を楽しませてくれますが、この時期は新しい枝に柔らかい葉を展開させていて、まるで朱色の花が咲いたよう。この色もわずかな期間でいつもの濃い緑色になっていくので、今しか見られない姿ですね。

 

 おっ、この可愛い葉はイチヤクソウではないか?葉の付け根に花茎となる小さな芽があるのが分かります。

 鋸岳

 ずいぶんと下ってきました。越前岳から黒岳までの行程の3分の1くらいのところでしょうか。登山道脇の木立の切れたところから鋸岳付近が見渡せるところがありました。左右の峰は雲に隠されていますが、深く切れ込んだ鋸岳周辺はその名のとおりのギザギザの稜線が姿を現しています。この稜線は呼子岳から位牌岳までの崩壊が激しいところで、基本的にはベテラン以外は立入禁止とされているところ。ザイルを使って垂直の岩壁を渡る箇所が続くそうです。yamanekoの技術ではちょっとムリですね。

 

 標高が下がってきたからか、日射しが戻ってきました。心なしか気持ちが軽くなるようです。

 

 鮮やかな色のミツバツツジ。花の頃の葉は上を向いた短剣を並べたようになっていて、それが枝という枝に付いているので、ちょっと面白い姿をしています。

 

 登山道が深くえぐられています。この崩壊箇所を避けるようにして新しい踏み跡ができていましたが、いずれそちらの方も雨水が流れはじめ、やがて同じようにえぐられていくのでしょう。

 

 崩壊した元々の登山道を歩くか、それとも新しい踏み跡の方を行くか、ちょっと考えましたが、元の道の方を行くことにしました。足下は軟らかく、雨の日には靴底に土が張り付くだろうなといった感じでした。

 

 これはホソバテンナンショウかな。サトイモの仲間です。

 

 2時45分、ようやく富士見峠まで下りてきました。この道をまっすぐ行くと上りに転じて黒岳の山頂に至ります。黒岳は、愛鷹山の他の峰々が浸食によりできたのとは異なり、火山噴火で盛り上がってできた山だそうです。上の写真では手前の木立と山頂とがちょうど重なっていて黒岳の姿がよく分かりませんね。峠からの標高差は約100m。当初、黒岳の山頂を踏んでから下山するつもりでしたが、越前岳からここまでで思いの外体力を使ってしまったので、あっさりと諦めることにしました。ここで小休止をして右手に下りて生きましょう。

 

 富士見峠から南斜面を急降下していきます。これが結構膝に響きます。

 愛鷹山荘

 しばらく行くと愛鷹山荘という山小屋がありました。建物はかなり簡素ですが、フェンスはまだ新しいようで、定期的に手が入れられているようです。個人所有の山小屋だそうで、無人ですが「要予約」。無料だそうです。ここで一晩明かすのは勇気いるだろうなぁ。

 

 愛鷹山荘はやり過ごして先に進みます。「ここから120m 落石注意」と看板が立ててあって、つい最近崩れてきたと思われる岩がゴロゴロしています。頭上と足下との両方に注意しながら慎重に下っていきます。

 

 この時期、どの山を歩いても緑が綺麗です。立ち止まって見上げると緑の色素が網膜から染み入って、そこから疲れた体全体がじんわりと癒されていくようです。

 

 山肌を斜めに下る急な道から、やがて谷筋の道に変わりました。斜度も若干緩やかになったようです。この辺りの岩は安定しているのか、皆苔むしていますね。上も下も緑一色です。

 

 山神社

 3時25分、山神社の鳥居をくぐって下山完了です。ケガもなく下山できてなにより。感謝で手を合わせます。鳥居の向こうには広い駐車場があり、ここをベースに登山する人も多いそうです。
 さて、まだここから路線バスが通っている道まで舗装された林道を1.5qほど歩かなければなりません。もうひと頑張りです。
 
 15分後、バス停に出ました。時刻表を見てみると次のバスが来るのは1時間後。悪い予感はしていましたが、1時間とは…。見間違いではないかと、スカスカの時刻表を見つめていたら、目の前で急ブレーキを踏む車が。ウインドウを下ろした窓から日焼け顔の女性が「御殿場方面なら乗っていきませんかぁ」。顔を上げると当然ながらまったく見ず知らずの方です。一瞬妻と顔を見合わせましたが、すかさず「いいんですかぁ」。ご厚意に甘えて乗せてもらうことにしました。
 運転していたのは中年というには若すぎる、でも学生のお子さんがいるという、小田原在住のKさんという方。いかにもアクティブな感じでほぼ毎土日(「毎週末」ではなく、土も日も)には山に登っているとのこと。しかもかなり本格的でハードな登山をしているようです。今日も山神社の駐車場から藪こぎをして越前岳を最短距離で直登し、あの鋸岳の稜線を回って走るようにして下りてきたそうです。これで山登りを始めたのが2年前というのですからビックリです。助手席にいた男性は東京在住で、Sさんの山仲間のようでした。こちらも海外遠征をするほどの登山キャリア。車内でいろいろ面白い話を聞かせてもらいました。
 このKさん、何より「超」が付くほどフレンドリー。十年来の知り合いかといった感じで話しかけてくるので、こっちもつられて親しく話をさせてもらいました。きっとこれまでも歩きの人をごく普通にピックアップしていたのだと思います。現にyamaneko達を乗せて走り出した後、道路を歩いて下山している人をみて「あぁ、もうシートいっぱいだ。ごめんね。」と言っていたくらいですから。
 御殿場駅までというのが、箱根を約半周回った先の小田急線新松田駅まで送ってくれて、本当に感謝。こんな気のいい方が現実にいるんですね。ギスギスしたニュースの多い昨今、心が穏やかになりました。そしてyamanekoも小さな親切をする勇気を持ちたいものだと思いました。これがなかなかできないんですけどね。小田原のKさん、ありがとうございました。