越前岳 〜歴史が刻み出した峰々(前編)〜


 

 (前編)

【静岡県 裾野市・富士市 平成24年5月13日(日)】
 
 GWも薫風と共に去りぬ。そう、もういくら呼んでも戻っては来ません。あとはお盆まで仕事に精を出すべし(苦)。
 しかーし、土日は毎週やって来ます。衣替えや暖房器具の片付けなど家のことはできるだけほっといて、野山優先で暮らしていきたいと思います。
 
                       
 
 ということで、今回は富士山の南麓にどっかりと構えている愛鷹山(あしたかやま)に行ってみることにしました。家事放置を正当化するために妻も一緒です。
 新宿駅6時45分発、小田急ロマンスカーの「あさぎり1号」に乗って最寄り駅の御殿場を目指します。ロマンスカーは普通、小田原・箱根方面に向かうのですが、「あさぎり」は、途中からJRの御殿場線に乗り入れるというちょっと変わった運行。小田急線の新松田駅の手前で、立体交差する御殿場線への連絡線路があるのです。ちなみにこの連絡線路は「あさぎり」のためだけにあるのではなく、小田急の新型車両はJR線を通って運ばれてきて、ここから小田急線に送られるのだそうです。


Kashmir 3D

Kashmir 3D

 広々としたシート、きれいな車内。日頃有料特急など乗ることがないので、ちょっとウキウキした気分です。車窓の景色を十分に楽しんで、終点の御殿場駅には8時18分に到着。駅前から8時30分発の富士急バスに乗って、これまた終点の十里木まで移動します。十里木は愛鷹山の北麓にある集落です。
 
 上の地図のとおり、愛鷹山は富士山の南麓、箱根山の西に位置しています。約40万年前から約10万年前までが活動期で、箱根山とほぼ同時期にできあがったと考えられています。活動を終えてからずいぶん長い時間が経っているので、その間に山体の開析が進んで現在では火口の跡は残っていません。富士山が今の形になったのが約1万年前ですから、富士山の噴出物も厚く降り積もったはずですが、それも含めて浸食していき、現在ではいくつもの峰が作られています。これらの峰々を総称して愛鷹山という名が付けられているのです。その昔、愛鷹山は「足高山」と書き表されていて、富士山北麓の足和田山、箱根の足柄山と合わせて「富士三脚」と称されていたそうです。


Kashmir 3D
 

 上の図は、愛鷹山を南北に延びる稜線に沿って切った断面図(直線で切った図ではないので見た目のシルエットとは若干異なります。)。標高が最も高いのは北端に位置する越前岳で1504m。そこから富士山の裾野の傾斜に沿うようにして標高を下げ、南端の愛鷹山が1188mです。ちなみに、もともと南端の峰を愛鷹山といい、それが連峰全体を指す名前としても用いられているのです。なぜ最も低い愛鷹山が盟主とされたのかは、この峰の頂に愛鷹明神を祀る桃沢神社があることからだといわれています。神様が祀られているから格が高いということです。

 準備体操

 十里木のバス停には9時15分頃に到着。終点まで乗っていた人は皆山登りの人のようでした。
 バス停から5分ほど歩くと越前岳の広々とした裾野が開け、30台くらい収容できる駐車場が現れます。ここが越前岳登山の起点。きれいなトイレもありました。

 出発

 9時35分。装備を整え、準備体操をして、おもむろに出発です。いきなりの階段。ここから300mくらい先の展望台まで続いているようです。


Kashmir 3D
 

 今日のコースは、ここ越前岳の北麓の十里木からスタートしてほぼ直登。山頂までの標高差は約650mです。山頂からは南に延びる主稜線ではなく、東に下る稜線を行きます。長い下りの後、黒岳の手前から南側の谷に向かって下り、最後は林道を歩いて「愛鷹山登山口」バス停に向かうというものです。ちなみに、主稜線のうち呼子岳−鋸岳−位牌岳は足場が悪く「立入禁止」になっています(でも経験豊かな登山者は縦走しているようです。)。

 登りはじめてしばらくして、妻が面白いものを見つけました。はじめヘビの抜け殻かと思いましたが、よく見るとヘビそのもの。ちゃんと牙も揃っていました。どういうわけか干涸らびています。猛禽類にでも捕らえられ巣に持ち帰る途中で落としたものかもしれません。種類は特定できませんでしたが、マムシではありませんでした。

 

 9時55分、展望台までやって来ました。スタート地点からの標高差は100mくらいです。

 

 バーン! 展望台からの富士山です。広々としていますね。十里木からは常に富士山に背を向けて登る形になり、振り返るとこの風景を楽しむことができるのです。左奥には南アルプスの白い稜線も望めます。愛鷹山はここに富士山が聳えていく過程を長い年月見続けてきたんですね。

 イタドリ

 イタドリの若葉です。これからぐんぐん伸びていくでしょうね。

 

 登山道の周りが草原から林に変わりました。新緑の明るい黄緑色がいい感じです。

 越前岳

 越前岳の山頂部分が見えてきました。何か妙に平らな山頂ですが、ピークはここからは見えていないのだと思います。山頂からの眺めも見事だろうな。

 

 木漏れ日の中を一歩一歩登っていきます。うっすらと汗もでてきました。

 

 10時20分、木立が開けた場所に出ました。ここは笹峰というところで、ベンチなどもある休憩ポイントです。登りはじめて1時間、小腹が空いてきたのでここであんパンを食することにしました。

 南西方向

 写真では判然としませんが、遠くに駿河湾が見えていました。市街地は富士市でしょうか。海が見えるとはちょっと意外でした。

 リョウブ

 上に向かってピンと若葉を立てているのはリョウブ。赤い縁取りも凛々しさを増しています。

 

 登山道には大きな岩が。愛鷹山のもともとの姿は玄武岩の溶岩と火砕物を噴出して形作った成層火山(富士山のような均整のとれた姿の火山)。玄武岩といえば柱状節理を思い出しますが、写真の岩はその柱状の岩石が折れたもののように見えます。

 ツクバネソウ

 ササの藪の中にツクバネソウを見つけました。葉も萼も雄しべも雌しべの柱頭の先も、みんな4の倍数です。

 ヤブレガサ

 明るい林内の斜面を覆うヤブレガサ。萬屋錦之助を連想する人はもういいオジサンのはず。

 

 トラロープが張られているのは傾斜がきついからではなく、登山道を示すため。登山道が判然としないと広い範囲が登山者に踏まれ、樹木の根を傷めたり、表土を踏み固められて保水力を低下させたりするからです。低山の登山道、特に階段状のところなどは、辛い階段を避けてその横の斜面を歩く人が少なくなく、その結果広い範囲の自然にダメージを与えることになってしまいます。登山者は登山道の幅を広げないように気をつけて歩かなければなりませんね。このへんのところを最近勢力を拡大してきている山ガールたちは理解しているだろうか。

 ミヤマシキミ

 ミヤマシキミの花は雌雄異株。雄花が付く株と雌花が付く株とは異なるのです。上の写真は雄花を咲かせている「雄株」です。

 

 新緑の梢越しに見える青い空。この時期、まだ見通しがきいているので清々しく感じられます。

 マメザクラ

 富士山周辺によく見られるマメザクラです。別名をフジザクラとかハコネザクラともいいます。去年、伊豆の天城山でも見かけました。長い花柄でぶらさがり、下を向いて咲くのが特徴。寒さには非常に強いそうです。

 

 何の木でしょうか。若葉の展開時に紅葉しています。やがて緑に変わっていくのだと思いますが、きっとクロロフィルの生成に時間がかかっているんでしょうね。

 

 遙か下に富士山の裾野が見えます。あれは十里木高原の別荘地あたりでしょうか。

 

 11時10分、大きな木の下にシートを敷いて休憩です。登りはじめてここまでで2時間弱。yamanekoにしてはまあまあのペースではないでしょうか。
 耳を澄ますと森の中からツツドリの声が聞こえてきます。ポポポ、ポポポ…。ツツドリはカッコウやホトトギスの仲間で、夏を告げる鳥です。静かな森の中で鳥の声を聞きながらお茶を飲む。体の隅々にまで風を通したような爽やかな気持ちになれました。
 さあ、山頂まではもうそんなにはありません。続きは後編で。