武甲山 〜高度経済成長を支えた山(前編)〜


 

 (前編)

【埼玉県 横瀬町 令和4年11月3日(木)】
 
 11月3日は「晴れの特異日」とよく言われます。特異日とは、偶然とは言えないくらいの高確率でその前後の日と比べて異なる気象状態を示す日のことだそうです。とはいえ細長い日本列島のこと、同じ日でも地域によって天気は異なるでしょうが、「晴れの特異日」と言われるような日は全国おしなべて晴れるんでしょうね。毎年のように同じ日に。しかも前後の日は晴れ以外で…。かなり難易度高そうですが、これって気象科学で説明が付くことなんでしょうか。
 まあ、難しいことは分かりませんが、せっかく晴れるのなら山に行こう! ということで、今回は埼玉県の秩父地方にある武甲山(1304m)に行ってみることにしました。この山、なかなか数奇な運命を辿ってきた山のようなのです。
 
                       
 
 午前6時過ぎ、ドリーム号Vで自宅を出発。さすがは特異日だけあって天気は上々です。
 圏央道を狭山日高ICで下りて、国道299号線を秩父に向けて走ります。山ひだを縫うようにカーブを重ねながら正丸峠を越える道で、ドライブ好きに人気のルートです。ところでこの国道299号線、秩父までで終わりではなく、なんとその先群馬県を通って長野県の茅野市まで続いていたのです。今回初めて知りました。
 正丸峠を越えて、秩父の市街地の近くまで下ってきた辺りの「生川入口」交差点を左折して、武甲山の裏側(?)というか南側の谷を遡っていきます。道の左右にはセメントの大型プラントが何社も並んでいて、なんか異世界に迷い込んだような雰囲気でした。秘密工場的な感じで。
 やがて道は狭くなり建物もなくなって林道のような感じに。この先の生川(うぶかわ)という所が登山の基点となります。「生川入口」交差点から5kmくらいです。

 一の鳥居

8時40分、生川(地名)に到着。道路脇を流れる生川(川の名称)を小さな橋で渡ると鳥居があります。これは武甲山の山頂にある御嶽神社の「一の鳥居」。ここからの登山道が始まりますが、それはすなわち神社の参道です。

 駐車場&トイレ

 鳥居をくぐると駐車場(収容30台くらい)と綺麗なトイレがありました。ちょっと前のガイドブックには「路肩に数台分駐車可」といった記述があるので、比較的最近に整備されたもののようです。ただ、yamanekoが到着したときには既に満車で、車道の片側にズラッと車が停められていたので(200mくらいにわたって)、ドリーム号Vもそこに並べて停めさせてもらいました。

 Kashmir3D

 今日のルートは、生川の登山基点から武甲山の南面を登り、山頂直下で稜線へ出ます。そこからすぐに山頂。北面は石灰岩の採掘で大規模に削られているので(マップにマウスポインタを乗せると削られている範囲を表示)、復路は南側の稜線へ。シラジクボという鞍部の分岐で谷に向かって下り、一の鳥居に戻ってくるというものです。



 トイレの前がちょっとした広場になっていたので、そこで準備体操を。その後登山届を書いてポストに入れて、準備完了です。



 この場所は谷間なのでまだ朝日は届いていませんが、見上げると空も緑も輝いていました。
 さて、9時5分、登山スタートです。



 出だしはこんな感じ。山作業のための林道です。



 しばらくは(1q弱)生川に沿うように歩いて行きます。



 小さな橋を渡りました。こんな山奥の流れでも二面護岸されていますね。大雨の時の急な出水に対応するためでしょうね。

 マムシグサ

 マムシグサの実の赤が、まだ陽の届かない林縁でそこだけ明るくしていました。さすがにこの時期なので花は期待していませんが、こういうのに出会うと嬉しいですね。



 何か小屋が現れました。周囲に塩ビパイプが何本も敷かれているところを見ると、ここから取水して一の鳥居ところにあったトイレに送っているのかもしれません。



 それにしても結構な斜度の道です。あらためて地図を見ると、山腹に取りつくところまで続くこの道は、一の鳥居の登山基点から標高差200mを登るなかなかの坂道でした。川沿いの道なのでほぼ傾斜はないと勝手に思い込んで、油断していました。

 ヨウシュヤマゴボウ

 ヨウシュヤマゴボウの実がツヤツヤです。一見美味そうですがかなりの有毒だそうです。このタイプの実は、動物に食べられ種子を運ばれることによって分布を広げるのが一般的ですが、動物はこれを食べるのだろうか。

 復路合流点

 9時35分、左に川を跨ぐ簡素な橋が現れました。復路で辿る道がここで合流してくることになります。この奥の森の中を下りてくるんですね。



 9時40分、いよいよここから谷筋を離れて山腹に取りつきます。
 この登山道(=参道)には丁目石が置かれていて、一の鳥居のところが「一丁目」、山頂の御嶽神社が「五十二丁目」。ここは「十五丁目」でした。昔の参拝者にとっては、丁目石のおかげで道迷いも減ったでしょうし、なにより「○丁目まで来たぞ」と思えば坂道の辛さも和らぐというものです。
 ちなみに、1丁は109mとのこと。ただ、山道などでは必ずしも正確な距離で置かれているわけではないようです。



 武甲山の南面はほとんどスギの植林地です。マーブル模様の登山道を一歩一歩登っていきます。早速汗が出てきたのでアウターを1枚脱ぎました。



 ほどなく鉄管を組んだ橋が現れました。凍っていたりすると要注意ですが、そうでなければ安全に渡れる橋です。



 所々に雑木林もあって、そんなところにはシックな色合いの黄葉が。自然の彩りっていいですね。

 不動滝

 山肌を駈け下る水の流れ。不動滝というのだそうです。足を止めてしばらく見入りました。癒やしです。

 祠と丁目石

 流れのすぐ近くに祠がありました。水神様でしょうか。脇の丁目石には「十八丁目」とあります。そして、寄進者の名前でしょう、「秩父町 村田為吉」と彫られていました。各丁目石で寄進者の名前は異なっていたので、御嶽神社に信仰を寄せる人は多かったんでしょうね。
 この参道の丁目石は高さが1mくらいあり、断面は約20cm四方と立派なものです。「秩父町」とあることからすると、設置されてから100年前後経っているのではないでしょうか(秩父町は1916年(大正5年)から1950年(昭和25年)まで存在していました。)



 今度は木製の小橋です。登山者の皆様へとして「なるべく一人でお渡り下さい」との掲示が。確かにすれ違いが困難な幅でした。それとも強度的にということ?

 二十丁目

 いい雰囲気の参道です。参詣者はこの参道を登っている過程で心が澄んでいきそうな感じです。ただ、このスギ林、どのくらい昔からスギ林だったんだろうか。丁目石が置かれた頃にはもうこんな感じだったんでしょうか。
 ここの丁石は「二十丁目」。丁目石とは別に、更に大きな石柱があり、「武甲山御嶽神社参道」とありました。

 オオバイノモトソウ

 シダの仲間、オオバイノモトソウ。林床のあちこちで見かけました。

 カジカエデ

 スギ林の中は暗いですが、ときどきこんな明るい場所もありました。黄葉の鮮やかなカジカエデです。

 イタヤカエデ

 こちらはイタヤカエデの落ち葉。夏場に一生懸命頑張って光合成をして、今役目を終えて地面に横たわったところ。これから時間をかけて土に帰っていくんですね。

 二十六丁目

 「二十六丁目」 ここの丁目石はこれまでのものより明らかに古く、そしてちょっと小さいです。よく見ると「秩父郡高篠村 内田幸○○」とあり、調べてみると、秩父郡が発足したのは1879年(明治17年)、高篠村は1889年(明治22年)から1957年(昭和32年)まで存在していました。ということはおそらく明治期に設置されたものでしょうね。このときの丁石が古くなってきたので、大正期か昭和初期に一回り大きい丁石を新調したんでしょう(この先に、新旧両方が並んで立っているところもありました。)。



 大きな石灰岩の塊。武甲山の南面は凝灰岩でできているとのことなので、山頂部から転がり落ちてきたものでしょうか。岩の上に積み石がしてありました。



 大きなケヤキの根元に祠がありました。今日の野山歩きの無事をお祈りしてから進みました。

 石積場

 祠の裏手に当たる辺りに石灰岩の山ができていました。立て札が刺してあり、「石積場」、「石灰石 山頂神社にあります 御嶽神社守屋」と書いてあります。どうやら山頂の神社に石灰石が置いてあって、それをここまで持って下りることに何らかの意味があるようです。



 スタートから1時間。延々とスギ林です。



 スギの倒木。もう苔むしていました。大きいです。いったいどのくらいの年数を生きたのでしょうか。

 三十五丁目

 10時35分、「三十五丁目」までやって来たところで休憩です。

 シラヤマギク

 シラヤマギクです。登り始めて初めて花に出会いました(いや、見過ごしていただけかも。)。

 大杉

 「三十五丁目」のところにはその名も「大杉」と呼ばれる大きなスギがありました。木肌に手を当ててパワーを吸収しました。



 休憩後もひたすらスギ林の中を登ります。

 コアジサイ

 コアジサイ。小さな株でもちゃんと黄葉するんですね。



 むむ、木立の向こうに妙に明るい壁のようなものが。ひょっとして石灰岩の露頭か? 山頂も近いということか?



 おお、山頂直下の稜線に出ました。時刻は11時15分です。変化の少ない登山道で、けっこう長く感じました。



 山頂部は落葉広葉樹林で、明るいです。何組もの登山者が座って休んでいました。

 武甲山御嶽神社

 まずは御嶽神社に参拝。今日はお膝元で遊ばせてもらっています(感謝)。
 こちらの祭神は日本武尊。日本武尊の東征の折、この山の山頂に武具を埋めて関東の鎮護としたことが神社の縁起だそうです。武具甲冑を埋めた山だから「武甲山」だったんですね。てっきり武州(武蔵)と甲州(甲斐)との境にあるからだと思っていました(実際、境界にあるわけではありません。)

 狛犬

 狛犬はオオカミ。秩父の神社ではお馴染みです。東国で日本武尊が窮地に陥ると白いオオカミが現れ、助け導いたのだとか。そういう間柄だったんですね。



 神社の脇を通って山頂に向かいます。
 まあ、紅葉の素晴らしいこと。今までの暗い登山道は何だったんだ、というくらい目に鮮やかです。日本の秋だなあ。
 ひとしきり紅葉を愛でたら眺望を楽しみに行きましょう。(続きは後編で