吾妻山 〜秋の錦は山から里へ〜


 

【広島県庄原市 平成17年10月30日(日)】
 
 秋も深まり、そろそろあちこちで紅葉の便りが聞かれる頃。山の方では今が盛りかもしれません。ということで、中国山地の脊梁に位置する吾妻山に行ってみることにしました。
 
 吾妻山は広島県の北東部、島根県との県境にあり、県の南西部にある広島市からは最も遠い場所にあります。ETCの割引時間帯に間に合うようになんとか9時までに広島ICのゲートをくぐり、中国自動車道を高速クルージング。およそ100q先にある庄原ICで下ります。ここからは国道432号線を北上。約30q先の吾妻山国民休暇村を目指します。休暇村は標高1000mの位置にあり、そこから山頂(1239m)まで登っても標高差は200m余り。お手軽な山歩きにはもってこいのフィールドです。


Kashmir 3D

 休暇村の駐車場に着いたときにはすでに11時を回っていました。しかも満車です。なので少し手前の広場に駐車して、そこから歩き始めます。
 今日はまず休暇村の裏手から山頂に向かい、そこから尾根を越えた反対側の大膳原の方に下りていきます。すると休暇村から比婆山に向かう道に出るのでそこを右折。南に大きく張り出した吾妻山の尾根を回り込むようにして元の休暇村に戻ってくるコースです。

 車を停めた広場

 天気は上々。やっぱり紅葉は背景の青空が一番です。この辺りの山々は全山紅葉していて、今がちょうど真っ盛り。赤はウリハダカエデ、黄色はイタヤカエデ、茶色はブナやミズナラでしょう。ところどころに混ざる緑色も紅葉をシャープに引き締めているようです。

 鮮やかな木々の下をくぐって、まずは休暇村の裏手の草原に向かいます。そこはなだらかな丘になっていてその上には池があります。山に登らなくてもこの辺りで一日のんびりしてもよいでしょう。もうちょっと時期が早ければ、マツムシソウやウメバチソウなど草原の植物がたくさん見られたことと思います。

 吾妻山

 草原の池のほとりに立って吾妻山を眺めると、長い尾根に少し盛り上がったところがあり、そこが頂上になります。登山道は写真の左手から延びていて、ゆっくり歩いても1時間もかからずに頂上に立つことができます。
 そうこうするうちに空にはどんどん雲が集まってきて、あっという間に一面を覆ってしまいました。さっきまで燃えるような山肌だったのに陽が陰ると急に色を失ってしまったようです。まさに「山くれて紅葉の朱をうばいけり」(蕪村)です。

 リンドウ

 今の時期でも花を咲かせているのはリンドウです。草原のあちこちで見かけました。さっきまで陽が差していたのできれいに花を開いています。

 山腹

 丘を登って樹林帯の縁までやってきました。ここから見ると山頂近くまで一面の紅葉です。でも陽が陰っているので今ひとつ感動がありませんが。
 登山道脇にはコマユミが赤い実をたくさん付けていました。なかなかデジカメのフォーカスを合わせにくい被写体です。ウリハダカエデは深紅の葉を枝いっぱいに広げています。もうしばらくするとこれがみんな落ち葉となって、ペルシャ絨毯のように地面を飾ることになるのです。

 眼下に休暇村

 道は樹林帯をかすめるようにしてすぐに抜け、見晴らしのよい山歩きとなります。一応防寒用としてレインウエアをはおってはいますが、寒くもなく、かといって汗も出ず、ちょうどいい感じ。振り返るとスタート地点の休暇村、そしてさっき通ってきた草原の丘や池などが箱庭のように見えます。紅葉シーズン真っ盛りなので登山客もひっきりなしに登ってきています。見上げると西の空には雲が切れて青空がぽっかりと広がっている部分もあります。うまくいけばまた日差しが戻ってくるかもしれません。
 イワカガミの葉がテカテカと輝いています。ノギランの花穂はドライフラワー状態。華やかな色合いはありませんが、花々が咲き誇っていた頃の様子を想像しながら歩くのもよいものです。

 山頂

 12時40分、あっけなく頂上に到着。たくさんのグループが車座になって食事をしています。幸いまた青空が戻ってきました。山肌の紅葉も輝きを取り戻しているのでしょうが、なにしろその山のてっぺんにいるのでここからはよく分かりません。

 弁当は風を避けて尾根の向こう側(東側)で食べることにしました。目の前には大膳原を隔てて比婆山連山(烏帽子山、御陵、立烏帽子山)のパノラマが広がっています。ちなみにこの写真のど真ん中を広島県と島根県との境界線が通っています。
 背中に太陽の陽を受けて暖かく、稜線を越えていく風も頭の上を通りすぎるのみ。弁当を食べるのには最高の条件です。

 南の尾根筋へ

 さて、ひと休みしたところで再び歩き始めます。山頂から南に向かって少し尾根沿いに歩き、しばらくして左手に折れて山腹をジグザグに下っていきます。左折せずにまっすぐ行くとそのまま尾根筋沿いに下っていくことになります。
 また雲が広がってきました。山頂にいるときだけお天道様がサービスしてくれたようです。やはり日頃の行いが…。

 マユミ

 マユミの実が熟して開いていました。さきほどのコマユミの実は朱色でしたが、このマユミの実は桃色です。葉を落とした枝にたわわに実っていて、鳥たちに見つけてもらいやすくなっています。昔、この木で弓を作ったことから名が付いたといわれているので、腰と粘りのある材質なのでしょう。丸木のまま弓にしたのだそうです。

 山並み

 山並みの向こうに見覚えのある形の山があります。島根県と鳥取県との境に位置する船通山です。ここからは直線距離で約20q。船通山は「八岐大蛇(やまたのおろち)」伝説のある神話の山です。山頂には天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)をかたどった石碑が建っています。→こちら参照
 吾妻山周辺は広島、島根、鳥取の3県がその境を接する地域。鳥取県と広島県との境に位置する道後山を含め、吾妻山と船通山とで「県境トライアングル」を形成しています。

 ウツボグサ

 足下にウツボグサの花を見つけました。別名を「夏枯草(かこそう)」といい、もともと初夏に咲いて夏には枯れてしまうはずの花です。なぜこの時期に花を咲かせているのでしょうか。訪れてくれる虫はいるのでしょうか。花のまま雪をかぶるのはかわいそうな気もします。

 林の道へ

 休暇村方面から比婆山に向かう道に突き当たりました。ここを右に折れて吾妻山の尾根を南に大きく迂回します。さっきまでとは異なり林の中の道です。もはや空にはみっしりと雲が詰まり、どこにも青空は見あたりません。むしろどんどん暗くなっていくような気配です。

 サワフタギ

 この道沿いにはサワフタギが多く見られました。枝先に独特のコバルトブルーの実をまだたくさん付けています。サワフタギもハイノキ科の樹木の例に漏れず灰汁は媒染剤(紫根染め)として使われたのだそうです。

 ユキザサ

 ユキザサの季節も終わりのようです。葉は薄黄色に色落ちし、液果もしなびてその光沢を失っていました。秋深かし、です。
 街中で毎日を過ごしているとなかなか変化には気がつきませんが、こんなふうにして野山では静かに、そして確実に季節が移ろっていくのです。その変化に気づき、その変化に心を動かす。これこそが野山を歩く喜びだと思っています。

 静寂

 今日は様々な秋の風景を楽しむことができました。これから錦の絨毯が次第に里に向かって下りていくことでしょう。来週辺りには広島市内や宮島などでも紅葉が見頃を迎えるかもしれません。そっちの方でも楽しんでみたいと思います。