アヤメ平 〜湿原の上の湿原(前編)〜


 

 (前編)

【群馬県 片品村 平成25年8月11日(日)】
 
 2週間前に尾瀬に行きました。鳩待峠の山小屋に泊まって、初日は至仏山、2日目はアヤメ平を歩く予定でしたが、2日目は朝から大雨に降られてしまって、泣く泣くアヤメ平は諦めました。そのとき帰りながら「尾瀬は逃げやしない」と自分に言い聞かせたのですが、本当に逃げ去っていないか確かめることにしました。今回は大型の太平洋高気圧がドッカと居座っているので、晴天は間違いなしのはずです。
 
                       
 
 午前2時起床。前日は8時に就寝したのですが、遠足の前の日状態でぜんぜん寝付けませんでした。寝ぼけながら着替えて2時30分に出発。首都高埼玉線から外環道に入り、大泉で関越道へ。お盆だからか高速道路には車が結構走っていました。沼田ICで下りたの午前4時。まだ辺りは暗いです。ここから一般道を片品村の戸倉まで走ります。やがて山の端が少しずつ明るくなり、戸倉の駐車場に着いた頃(午前5時)には朝焼けが始まっていました。

 戸倉温泉街

 この時間で駐車場には3割くらい車が入っていました。片品川の対岸には戸倉の温泉街。あの谷を遡ったところにあるのが鳩待峠。その向こうが尾瀬です。
 車内で朝食を取って、準備をして、乗り合いタクシーでその鳩待峠へと上りました。

 鳩待峠

 鳩待峠に着いたのは午前6時。涼しいを通り越して肌寒いほどです。広場には人影もまばらで、同じタクシーに乗ってきた人を除けばあとは2、3人くらいでした。その人たちもしばらく準備などをした後にそれぞれの目的の方向に散っていきました。写真の奥にある看板のところが至仏山への登山口で、そちらにも何人かが。 

 

 こちらは尾瀬ヶ原に下っていく入口。鳩待峠にやって来た人の多くがこちらを利用します。

 尾瀬エリア
 Kashmir 3D
〔今回のルートを大きな地図で〕

 今日は、鳩待峠から東に延びる登山道を歩く、アヤメ平への往復です。標高差は370mちょっと。横田代までは樹林帯の中を行きます。

 登山口

 yamanekoたちも準備運動を済ませて登山開始。スタートは6時25分です。アヤメ平への登山口は鳩待山荘のすぐ脇にありました。

 

 今日の行程ではスタート直後の勾配が最も大きいですが、それでも急登というほどではありません。空気ははっきり分かるほど澄んでいて、それを肺に送り込むと…、うーんデトックス。

 ツルリンドウ

 林床には夏の花々が。ツルリンドウはこれから盛りになる花です。

 アリドオシラン

 小さな小さなアリドオシラン。高さは5pほどです。目が良くなければ見過ごしてしまいます。yamanekoは年相応に目が良くない(妻いわく、注意力が足りない)ので、いつも妻がいろんなものを見つけてくれます。ときにはびっくりするほど分かりにくいものまで見つけるので、これを「鬼の目」と称していますが、聞きようによっては「鬼嫁」とも。

 ギンリョウソウ

 この愛嬌のあるものはギンリョウソウの実です。花の時期には透きとおるような純白の姿をしていますが、実の時期には写真のとおり陶製のような質感に変わります。森の小さな住人といった感じで可愛いですね。

 タケシマラン

 これはタケシマランの実ですね。ランと名が付いていますがユリの仲間です。

 

 木々のてっぺんを照らしていた朝日が少しずつ森の中にも入ってきました。

 ヒトヨタケ

 ヒトヨタケ。毒を持つので食べられません。唐傘お化けのような縦長のシルエットが特徴です。傘は時間の経過とともに黒いインク状に液化し、したたり落ちるのだそうです。

 朝日を浴びて

 7時10分、だんだん勾配が緩やかになってきました。尾瀬の森で浴びる朝日。その光に包まれてミラクル癒されます。

 タニギキョウ

 大きさ1pほどのタニギキョウ。小さいけれどキリッとした姿をしています。

 命の寄せ植え

 たくさんの命を乗せたこの物体は、おそらく倒木の根元の部分だと思います。「倒木更新」というやつです。yamanekoはこういうのが大好きで、出会うたびに写真に撮ってしまいます。自らが倒れることで光を届け、苔をむして水分を留め、そしてその身を朽ちさせて養分を与える。こうやって連綿と命の受け渡しがなされていくんですね。ある種荘厳な自然の理(ことわり)のようにも感じられます。

 サンカヨウ

 お、早くもサンカヨウが実りつつあります。少しずつ秋が近づいているんでしょうか。

 

 森の中がだんだん明るくなってきました。そろそろ樹林帯を抜けるのでしょう。

 視界が開け…

 7時45分、広い場所に出ました。ここが横田代です。写真が斜めっているのではありません。ここは斜面にできた湿原なのです。

 横田代

 湿原を埋め尽くす黄色い花。これはキンコウカです。今回はこの景色を求めてやって来たのです。ああ、それにしても吹き渡る風が涼しくて気持ちいい。下界で吹く風とは明らかに違います。一回氷水で洗って水気を切ってから吹かせたような風、とでもいうか。

 キンコウカ

 キンコウカをアップで。高さは20pほど。茎の上から3分の1くらいに花火のような花を全方位に向けて付けています。全体のイメージとしては、細身のヒヤシンスといった印象でしょうか。

 イワショウブ

 環境が樹林帯から湿原に変わると、一気に花が多くなりました。これはイワショウブです。涼しげな花です。

 オゼミズギク

 オゼミズギクは湿原に咲く菊です。この花が咲き始めると秋の気配が感じられるようになるのだそうです。

 ワレモコウ

 開花途中のワレモコウ。花穂の上の方から順に咲いていくんですね。

 ヒメシャクナゲ

 ヒメシャクナゲはツツジの仲間で、湿原の草に隠れてしまうほど小さな樹木です。もう実になりつつあります。葉を見ると、なるほどシャクナゲの名を持つのも理解できますね。

 本当の世界

 振り返ると一面のキンコウカ。背後には雄大な至仏山。そして夏空に白い雲。静寂で圧倒的な広がりを持ったこの風景は、あまりに出来すぎていて、銭湯の壁絵のようですらあります。
 この木道をトコトコ歩く自分を想像してください。今この空間にいる自分が本物で、日常の中にいるのが仮の自分なのかも、と思うと、日頃のつまらないイライラの素がスーッとどこかに消えていくようではありませんか? なにしろ仮のイライラなんですから。

 池塘

 湿原にぽっかりと口を開ける池塘。「池塘」とは、高層湿原の泥炭層にできる池のことです。それにしても鏡のような水面ですね。その水面に我が身を映そうとする妻。中から「おまえが落としたのはこの金のストックか。」と神様が出てきても、「あ、金は金なんですが、ダイヤの飾り付きの高いやつです。」とか、平気で言いそうなタイプなんですよね。
 
 さて、横田代まで来たということは、アヤメ平までそんなに遠くはありません。続きは後編で。