浅間隠山 〜山上の花畑ははや秋の装い
(前編)〜


 

 (前編)

【群馬県 東吾妻町・長野原町 令和元年8月25日(日)】
 

 暑い日が続いています。巷は残暑の最中ですが、8月も下旬なので山の上ではそろそろ秋の気配が感じられたりしないでしょうか。高原の涼しい風をイメージしながらガイドブックをめくり、ちょうどいい感じの山を見つけました。群馬県西部、長野県との県境近くにある浅間隠山(1757m)です。「ん?浅間山?」となりがちですが、浅間「隠」山。この山の東側にある中之条や東吾妻方面から浅間山方向を眺めると、この山が前に立って、あの雄大な浅間山であってもその姿を見ることができないと。そこからこの名前がつけられたそうです。なんとも直接的なネーミング。それだけ浅間山の存在が大きいということでしょうが、この山としてももっとオリジナルな自分の名前が欲しかったではないでしょうか。
 
                       
 
 午前3時半起床。寝ぼけまなこでドリーム号Vに乗り込み、近くのコンビニで食料を調達してからあらためて4時に出発しました。圏央道を北上し、鶴ヶ島JCTで関越道へ。前橋ICで下りて、国道406号線、県道54号線と走り継ぎ、最後は急坂でつづら折れの峠道に入りました。そして登山のベースとなる二度上峠手前の駐車場に到着。時刻は7時過ぎになっていました。

 駐車場

 10台ほど駐車できるスペースに乗用車2台が先着していました。簡易のトイレもあり(十分にきれいでした。)、登山のベースには申し分ない設備です。ここでストレッチをしていると、走り屋的な車がやってきて、中から中年男性の二人組が下りてきました。話をしてみると、ドライブしながら写真を撮るのが趣味とのこと。これから峠を越えて軽井沢方面に向かうと言っていました。一日で何箇所も巡るのだそうです。いろんな趣味があるものです。

 北東方向から
 Kashmir 3D

 今回は浅間隠山の写真が撮れなかったので、カシミール3Dで山容紹介です。なかなかどっしりとした山ですね。今日の登山口は反対側に位置しています。ところで本当にこの山が浅間山を隠してしまうのでしょうか。
 上の画像は浅間隠山を北東の東吾妻町須賀尾地区から眺めたときのもので、この位置から浅間隠山をきれいに望むことができます。確かに浅間山は見えていませんね。


 Kashmir 3D

 で、視点をここの上空1600mまで上げてみると、おお確かに山並みの向こう側に浅間山が。ただ、位置的には浅間隠山が隠しているのではなく、そこから北に延びる山並みが隠しているようです。浅間隠山にとっては濡れ衣だったわけです。

 登山口へ

 午前7時35分、スタートです。駐車スペースから100mほど戻ると二度上登山口があります。

 キツリフネ

 その100mほどの間にも様々な花がありました。これはキツリフネ。黄色のツリフネソウ(吊り舟草)ということですね。名前のとおり花茎から花が吊り下げられています。

 二度上登山口

 登山口にやってきました。山頂までの標高差は420mほどになります。さりげなく「熊出没注意」と書いてありますね。


 Kashmir 3D

 今日のルートは、ここからまず山腹を登って岩淵山東側の鞍部へ。トラバース気味に浅間隠山との鞍部に出て、そこから急登を登っていきます。南峰を踏んでからは傾斜が緩み、稜線沿いにしばらく歩くと主峰に至ります。下山は来た道を辿ります。



 登り始めはカラマツの森。登山道を水が流れていて足場が良いとは言えませんでしたが、それもしばらくすると普通の登山道になりました。

 ソバナ

 林床にはソバナの群落が。下を向いて咲く姿が清楚です。ソバナは個体によって花の色の濃さが異なり、ほとんど白色に近いものから結構濃い紫色のものまで様々です。これは薄い方ですね。

 シモツケソウ

 シモツケソウは雄しべが長く花冠から飛び出しています。これがまばらに集まって付いている姿は、線香花火に似ていると感じるのはyamanekoだけか? ちょうど線香花火がジジッ、ジジッと細かく弾ける様子に似ているように思えるのです。

 シシウド

 山肌を上る道は傾斜を増してきました。これはシシウドでしょうか。背丈は2m以上ありそうです。林床から突き出るように立つ姿には唐突感があり、何やらこの森を守る番人のようでもありました(またまたyamaneko的感性)。

 シロヨメナ

 これはシロヨメナですかね。葉に葉柄はなく基部が若干心形気味。総苞片はシロヨメナのそれでした。白色の頭花が林内でよく目立っていました。



 また一段と傾斜が増しましたた。ただ鞍部はそう遠くはないようです。息の苦しさを次々と現れる花で紛らわしながら、ゆっくりと登っていきます。

 クロイチゴ

 黒く熟した実。これはクロイチゴの実ですね。径1cmほどの実が数個球状に付くのが特徴です。野生のイチゴの中ではかなり美味な部類に入るとのことです。

 レンゲショウマ

 レンゲショウマ。管理されていない純粋に野生のものを見たのは初めてかもしれません。花冠は優美で、蕾も可愛らしく、確かに人を魅了する姿をしていますね。

 ヤマアジサイ

 ヤマアジサイの両性花だった部分に実ができていて、周囲に結実しない装飾花が残されています。もう虫を呼ぶ必要はなくなっているのですが、装飾花は落ちることなく、この姿のまま枯れていきます。

 キオン

 これはキオンですね。漢字では「黄苑」と書きます。丈は1mくらいになり、割としっかりした印象を受けます。同じキク科にシオン(紫苑)という植物があり、その名のとおり紫色の花を付けますが、キオンとは別属です。生えている場所としては、キオンは森の中、シオンは野の中といったイメージです。

 クガイソウ

 クガイソウは薄紫の色合いとスマートな出で立ちで涼やかな印象を受ける花です。漢字では「苦害草」、ではなく「九蓋草」。輪生する葉を傘(蓋=高僧にに後ろから差しかけられる和風パラソルみたいなやつ)に見立て、それが幾重(九は多いという意味で)にも重なって付くからこの名が付いたとのことです。ただ、名前を付けるに当たって、目立つ花穂ではなく葉に着目しているところに意外な感じがします。

 マルバダケブキ

 ちょっとヨレっとしているように見えますが、マルバダケブキの花はこれが盛りの状態。深山で出会うとこの鮮やかな黄金色にハッとします。

 イナカギク

 これはイナカギク(ヤマシロギク)ではないでしょうか。葉柄や葉の基部のくびれがなく、粗く疎らな鋸歯があるのも特徴的です。

 ソバナ

 ソバナ。愛らしいですね。登山道脇にあるからこうやって人に愛でられたりもするわけですが、山中にあるものは誰に見られることもなく朽ちていくんですよね。ただ、命を次代に繋ぐという目的のためには、人目につくよりその方が良いのかもしれません。

 モミジバハグマ

 モミジバハグマです。ハグマとは「白熊」と書き、動物のヤクの尾の毛を束ねて作った飾り道具のことだそうです。例えば、武将の采配だとか、法師の払子だとかに。木本でハグマノキというものがあり、いかにも動物の毛のような花を付けます。このモミジバハグマも花がそんな感じだということでしょう。モミジバはその名のとおり葉がモミジのそれに似ているから。他にカシワの葉に似ているということでカシワバハグマというのもあります。

 鞍部に至る

 8時10分、岩淵山の東側の鞍部に出ました。花を見ながら休み休み来たとはいえ、ここまで結構きつかったです。この先しばらくは岩淵山の山腹を水平移動し、北側の鞍部(というには長く、稜線と言った方が良いかも)を歩いて、最後にまた標高差270mほどの急な上りで汗をかくことになります。



 しばらく水平移動。道の右側は結構鋭く切れ落ちています。木々が生えているのでそれほどの高度感は感じませんが。

 シシウド

 その斜面に生えていたシシウド。位置的に花序を上から見ることができました。

 分岐

 ほどなく標識が現れました。ここは右手に進みます。地図では左手に行くと岩淵山山頂に向かうようですが、道ははっきりしていませんでした。

 リョウブ

 リョウブの花序。花の欠落が多く、綺麗に揃った花序を見ることはなかなかありません。

 レンゲショウマ

 道の脇にふっと現れるレンゲショウマ。この感覚が新鮮です。こんなことは普通ないことですからね。あぁ癒やされる。

 ヤマアジサイ

 こんもりと叢生したヤマアジサイ。もう実の時期です。

 サラシナショウマ

 すっくと立っているのはサラシナショウマ。試験管ブラシのような花序が特徴です。一つ一つの花はごく小さいです。茎の中程から上には葉はほとんどなく、一本立ちしている状態。でも下の方で茂っています。

 ???

 登山道に海綿のようなものが落ちていました。キノコだと思うのですが。大きさは小ぶりのレタスくらいです。図鑑で一番似ているのはハナビラニカワタケでしたが、それもちょっと違うような。

 キバナアキギリ

 キバナアキギリ。雄しべは普段は花筒(花冠上部の長い袋状になっているところ)に格納されていて、虫が訪れ、花冠中央にあるペダル状の見せかけの雄しべ押し込むと、これに連動して雄しべが下りてきて(花筒にはスリットが入っていてそこから花筒の外に出る)虫の背中に花粉をくっつけるという、なかなかメカニカルな仕組みを持っています。大切な花粉を無駄にすることのないよう保護しているんですかね。



 軽井沢分岐を過ぎると道は少しずつ傾斜か増していきます。

 フシグロセンノウ

 フシグロセンノウです。久しぶりに出逢った気がします。野山は徐々に秋に向かっているんですね。



 この辺りから本格的な登りの傾斜になってきました。息が苦しく、立ち止まる頻度が高まります。

 オヤマボクチ

 大きな葉。ナン(カレーの)を2個左右に並べたくらいの大きさです。これはオヤマボクチ。キク科の植物です。 1.5mほどの花茎の先端にはまだ若い頭花が。成熟するとピンポン球を二回り大きくしたくらいの大きさの花になります。



 森の中に光が差し込んできています。このままでいくと山頂からは素晴らしい眺望が得られるのではないでしょうか。続きは後編で