荒船山 〜山上の巨大艦船(前編)〜


 

 (前編)

【群馬県 下仁田町 長野県 佐久市 平成25年11月2日(土)】
 
 季節が巡るのは早いもの。今年ももう11月です。11月といえば霜月。冬が来る前に紅葉を楽しみながら山を歩きたいと、今回は荒船山に行ってみることにしました。荒船山は群馬県と長野県との境にある威容の山です。
 午前4時起床。出発の準備をしていると妻が足首の不調を訴えてきたので、しばらく二人で考えた結果今日は中止に…、ということにはならなくて、妻には申し訳ないですがyamaneko一人で出発しました。
 
                       
 
 新宿を出発したのは5時になっていました。まだ夜明け前。真っ暗です。山手通りから新目白通りに入り、環八手前のジョモで給油してから関越道へ(練馬ICまでにガソリンスタンドがなんと3軒しかなく、ここが最初のスタンドです。)。さすがは三連休初日。渋滞まではしていないものの、この時間でも高速道路は普通に混んでいました。
 やがて夜は白々と明けはじめ、上里SAで休憩する頃には完全に朝になっていました。SAはフードコートで朝食をとる人たちで混雑していました。まだ7時前でしたが。yamanekoも関越道を使って山に行くときにはここでお気に入りの弁当を買い込むことが多いです。
 群馬県に入り藤岡JCTで上信越道へ。この道をまっすぐ行くと、軽井沢方面に至ります。yamanekoはそこまで行かずに下仁田ICで下りて国道254号線へ。下仁田はネギとコンニャクと井森美幸で有名な町で、静かな日本の田舎町といった風情の町でした。国道254号線は信州街道と呼ばれ、長距離トラックなどの交通量が多いです。内山峠の手前でくねくねカーブが続き、一気に高度を上げ峠を越えると長野県に入るのですが、yamanekoは県境のトンネルの手前で旧道に入ります。今日の山歩きの基点はこの旧道で越える峠のピークにあるのです。

 内山峠(旧道)

 午前8時、内山峠に到着。峠には長野県側に20台くらい収容の駐車場と群馬県側に5、6台の駐車スペースがあり、到着したときには群馬県側の方にわずかに空きスペースがある程度。けっこう人気のある山のようです。

 出発

 装備を整えて、準備体操を済ませてから出発。時刻は8時20分です。はじめはまだ朝日の届かない木立の中を歩いて行きます。


Kashmir 3D

 今日のコースは、内山峠から県境の尾根道を荒船山に向かって歩いて行きます。一杯水という水場まではアップダウンを繰り返していき、そこからやや険しい急登となります。この山を象徴する艫岩という高台に登った後は、尾根道というには広すぎる幅約300m、長さ約2qの山頂部を歩きます。そしてその南端にピラミッドのように急に飛び出しているピークが経塚山で、ここが今日の目的地になります。経塚山が荒船山の最高地点で、艫岩から経塚山までの範囲が荒船山の山頂部ということになるのです。

 内山峠からはじめは南東に延びる支尾根に沿って歩いて行きます。基本的に左手(群馬県側)は急傾斜になって切れ落ちているため、登山道は稜線の西側を巻くように通っています。

 差し込んでくる朝日が少しずつ木々の梢を照らし始めました。 今回はたぶん花には出会わないでしょうから、素晴らしい紅葉をたくさん紹介したいと思います。まずは紅葉3連発で。

 赤あり、黄あり、緑ありであでやかですね。これぞ日本の紅葉です。

 下から透かしてみる紅葉もまた良し。この時間帯だけに見られる美しさですね。

 切れ込む谷

 yamanekoとほぼ同時に出発した数組の人たちと先になり後になりしながら、気持ちのいい山歩きを続けます。ところどころに崖の縁のヤセ尾根を通るところがあり、覗き込むと少しゾクゾクするような気分を味わいました。こんなことも適度な刺激になって楽しさが増します。

 上の写真も一見長閑ですが、両側が急傾斜で落ち込んでいるんです。

 艫岩

 スタートから30分、おお、梢越しに絶壁が見えるではないですか。崖の高さ約200m。あれが荒船山のシンボル、艫岩です。「艫(とも)」とは、船舶の後部、すなわち船尾のこと。上部が平坦な岩塊を麓から見上げたときに、まるで巨大な船の船尾のように見えるというのでしょう。


 
Kashmir 3D

 地図ソフト”Kashmir 3D”で作成した荒船山の鳥瞰図。これは荒船山北東側3.8qのところにある三ツ瀬集落(の600m上空)から眺めた図です。確かに山頂部は平坦で船の甲板にも見えます。そして艫岩も船尾と言ってもおかしくない形状をしていますね。

 朝日に照らされる黄葉。木立の向こうに見え隠れするのも趣があっていいじゃないですか。公園樹の紅葉は「どうぞご覧ください」といった立ち姿…、いや、公園樹に癒されることも多々あります。

 だいぶ日が昇ってきました。こんな小径が家の近くにあれば楽しい散策ができるだろうなあ、などと考えながら歩を進めます。アップダウンを繰り返して暑くなってきたのでアウターを脱いで調節。面倒でもこれをしないと余分に汗をかいて体力を消耗したり、その汗が冷えて体温を奪われたりするので、おろそかにはできません。

 鋏岩

  9時ちょうど、大きな岩の壁に突き当たりました。左手には洞穴のような部分があり、中には石の祠があります。ここは鋏岩と呼ばれるところで、かつての修験道の行場跡だそうです。お堂らしき建物の礎石も残っているのだとか。何百年も前にこの洞穴で寝起きし行を積んだ修験者がいたのです。当時はいったいどういう世の中だったのか、その人はいったいどういう経緯でここに来ることになったのか、その後はどういう生涯を送ったのか。岩壁の前に佇んでいるうちに何かリアルにその修験者の存在を認識したのでした。

 登山道は鋏岩を右手から回り込んでその向こうへと延びています。これまでとは90度向きを変えて今度は北東方向に向かって歩いて行くことになります。

 経塚山

 木立の隙間から特徴的な山が見えました。あれが今日の目的地、経塚山です。荒船山の平坦な山頂部の南端にあって、天に向かってぴょこんと約100mほど頭を出しています。

 晩秋といった風情。里山的な雰囲気ですが、左手は深い谷です。

 登山道に架けられた橋の中には朽ちて壊れたものも。上の写真は横を通ってやり過ごし、振り返って撮ったものです。

 

 このオニグルミはこれから紅葉するところ。緑色がいい具合に抜けてきています。まるで新緑の色です。

 ここも両側が切れ落ちた痩せ尾根の道。木立の向こうの風景が青空というのがここの立地を物語っていますね。

 立ち止まって北側を覗いてみると、はるか下の方にまだ陽の差していない谷が望めました。うひょー、この高さ。眼下の影は今自分がいる稜線のものです。

 

 それにしても気持ちのいい山歩きです。妻を置いて来てしまったことを軽く反省。帰りにお土産でも買うことにします。

 おっ、木立の向こうに艫岩の一部が見えています。だいぶ近づいてきました。さあ、これからあの上まで登るのです。

 一杯水

 しばらく行くと「一杯水」という水場がありました。小さな滝になっています。きっと昔からここで喉を潤したのでしょう。

 そのすぐ先に木製の橋(少し斜めっている。)が。その先は鎖が張られている岩場になっています。ここは艫岩の直下。ここからしばらくの間、鎖場や梯子が連続するきつい上りになります。しかも濡れた岩に落ち葉が重なり滑りやすいです。気をつけてゆっくり登らなくては。

 岩場を登ることしばし。急に傾斜が緩くなって一面のササ原が現れました。天上界に出たかのようですが、もちろんこれは荒船山の山頂部に出たということです。

 ええっ!

 ササ原をしばらく行くと木立が切れているところが。なんとその先は地面が突然消滅していて、断崖になって切れ落ちているのです。

 崖の縁には丸太が一本置いてあるだけで、柵のようなものはありませんでした。おいおい、危ないじゃないか。高所恐怖症のyamanekoとしては縁から2mくらいまでしか近づけませんでした。

 「転落死亡事故発生」

 もちろん興味本位で縁に近づいてはいけません。艫岩では先月にも転落事故があったといいますから。

 

 再びササ原の道に戻ります。崖の縁から10mほどのところを平行に登山道が延びているので、ササ原を歩いている分には特に怖い思いはしません。

 避難小屋

 3分ほど行くと避難小屋が現れました。ちょっと古くなって傷んでいるようですが、休憩には支障ありません(ガイドブックにはトイレありと書かれていましたが、現在は使用不可となっています。)。

 どこ?ここ

 この小屋の前方に展望広場がありました。ここが艫岩からのビューポイントのようです。 広場は学校の教室ほどの広さで、幅20mくらいにわたって崖が口を開けていました。こちらには丸太すらありません。高低差200mの断崖が無造作にそこにあるのです。10mくらい下がっても背筋のゾクゾクが収まりません。積雪や凍結で足場が不確かな冬場は更に怖いでしょうね。

 艫岩からのビュー

 それでも崖の縁に近づいて写真撮影を。艫岩からは期待どおり素晴らしいパノラマを楽しむことができました。目の高さで写真を撮るとこんな感じ。ほとんど空を撮っているようなものです。正面の最も高い山は物見山(1375m)。その右奥の雲の上に頭を出しているのは浅間山(2568m)です。その間には軽井沢があるはずです。

 

 艫岩からのルートは再び南東に向かっています。ここからはアップダウンはほとんどなくほぼ真っ平ら。気持ちいい森の中を歩いて行きます。

 石の祠

 ところどころに小さな祠があるところからすると、ここはやはり信仰の山のよう。これから向かう経塚山の「経塚」というのも、経典を土の中に納めた塚のことです。

 水源

 途中で小さな流れを渡りました。実際、流れというほどの水流はないのですが、確かにゆっくりと動いています。この辺りが荒船山の水源だそうです。
 
 時刻は9時50分。楽しい山歩きはまだまだ続きます。(後編で)