八千代湖 〜湿地の生物を訪ねて〜


 

【広島県安芸高田市 平成16年8月22日(日)】
 
 朝から今にも降り出しそうな空模様。お盆を過ぎてからというもの、ぐずついた天気の日が続いています。
 8月の定例観察会は、安芸高田市にある八千代湖。一般には「土師ダムの湖」と言った方が通りがよいかもしれません。今年3月1日、平成の大合併により旧高田郡6町がひとつになって「安芸高田市」が誕生しました。ここはもともと「高田郡八千代町」だったところです。

 開会

 午前10時、集合場所となった国道脇の駐車場に集ったのは総勢42名。
 今回のリーダーは、地元にお住まいの松浦指導員です。
 
 加藤代表からは、明日(8月23日)は二十四節気の「処暑」にあたり暑さが一段落する頃であること、今年の厳しい暑さは10年前の夏に似ていることなどの話が紹介されました。そういえば去年は冷夏でしたが、10年前の猛暑の年の前年もコメの大凶作となった冷夏でした。

 河川敷

 開会後、参加者は4つのグループに分かれて河川敷に下りていきました。
 河川敷は水際までの幅が約50m。膝から腰丈くらいの植物が生い茂る中にところどころヤナギの木が立っている、そんな景色が広がっています。車の轍があり、ときには人が入る場所のようですが、ゴミの散乱などはなく自然観察のフィールドには適しているといえそうです。

 スズメウリ

 地を這うようにスズメウリが蔓を伸ばしていました。初めて見る植物です。原野や水辺に生える植物だそうで、ここはまさにスズメウリにとって適地と言ってよいでしょう。

 クサネム  カワラケツメイ

 クサネムとカワラケツメイ。双方よく似た羽状複葉を広げています。花を見れば一目瞭然ですが、葉だけでは迷ってしまいます。どちらかと言えばカワラケツメイの方が小葉の付き方がやや疎な感じでしょうか。

 キクイモ

 緑の藪を背景にして、キクイモのオレンジ色があまりにも鮮やかです。
 
 一行は河川敷からさらに一段下りて、水辺に沿った野道を歩いていきました。
 風はまったく無く、足下から熱を持った湿気が立ちのぼってくるようです。
 腰の赤いツバメが、ツイーッと河原の上をすべっていきました。ときおり急激に方向転換し、まるで曲芸飛行をしているようです。餌となる昆虫を捕っているのでしょうか。もう子育ては終わったはずです。もしかしたら、この先に控える長旅にそなえて体力をつけているのかもしれません。

 ノブドウ

 ノブドウが瑠璃色の実をつけていたので、いくつか失敬して手のひらでグラデーションを楽しんでみました。この色を何と表現すればよいのか。やはり自然が作りだす微妙な色合いは文字にはできません。
 
 野道ではバッタの類も何種類か見かけましたが、馴染みのトノサマバッタやショウリョウバッタの他はみな同じように見えてしまいます。ところで「ショウリョウバッタ」は「精霊バッタ」。最近知りました。何かいわくありげな名前です。お盆の頃から現れはじめるから、なんてことなのでしょうか。(誰か教えてください。)

 ミゾカクシ

 足下の草の根元にミゾカクシが咲いていました。高さ5pほどの可憐な植物です。水気のあるところに生え、溝などを隠してしまうほど生い茂ることから名が付いたとのこと。幅1.5pほどの小さな花ですが、実際群生しているところを見ると、花柄のカーペットを敷いたようで見事なものです。これでもキキョウの仲間です。

 生態湿地公園

 腕の時計の針はそろそろ12時を指そうとしています。(腹の時計はだいぶん前から12時です。)
 ようやく今日の目的地、生態湿地公園に到着しました。公園といっても、造成されてからかなりの年月が経過しているため、ちょうどよく本来の河原の状態に近づいているような感じです。
 サッカー場ほどの広さの原っぱにいくつかの池。奥にはヤナギの林があり、そのまま公園のエリア外の河原に続いています。人工物といえば木道と小さな解説板くらいでしょうか。 

 ミズタマソウ

 そのヤナギの林の中を通る木道に腰を下ろして、コンビニ弁当を広げることにしました。
 やはりここもそよとも風が吹きません。林の中にすっくと立つミソハギも微動だにせず、こうなるとピンクの花もやや暑苦しく感じます。
 向こうに見えるあの鏃(やじり)型の葉はオモダカかアギナシか。おむすびを頬張りながら、ああだこうだと議論するも結論を得ず。少し距離があるので細かい相違点まで確認できませんでした

 タヌキマメ

 昼食後は、またグループに分かれて生態湿地公園を観察して回ります。
 道の脇にタヌキマメが花をつけていました。これも初めて見る植物です。この花は午後開いて夕方にはしぼむとのこと。ちょうどいい時間にお目にかかりました。形はさっきのクサネムと同じ蝶形花。萼にたくさんの毛をもっていて、これが名の由来といわれています。

 キイトトンボ(♂と♀)
 (撮影:前田指導員)

 池の周りにはたくさんのトンボが。大きさや色、飛び方も様々です。
 黒く、先端が透明な4枚の羽根を真横に伸ばし、がむしゃらに羽ばたくことはせず蝶のように舞う。その名がチョウトンボというのも頷けます。
 おぉ? カヤの葉先に黄色のつまようじが。キイトトンボ(黄糸トンボ)です。飛び方も、さきほどのチョウトンボや滑るように飛ぶアキアカネなどとは異なり、ちょっと移動してはホバリングを繰り返す、このタイプのトンボ特有のものです。
 色違いの淡青色のものも見かけました。目盛りがついていないのでモノサシトンボではないようです。(後で図鑑で見ると、ホソミオツネントンボ(細身越年トンボ)に似ていました。)

 湿地とヤナギ林
 (橋の上から)

 観察の最後に、近くに架かる「ふれあい大橋」の上から今日の観察フィールドを俯瞰してみることにしました。この橋は高さが30mくらいはありそうで、下から見上げるとあの余部鉄橋を彷彿とさせます。(ちょっと言い過ぎか。) 


 観察を終え、車道沿いにスタート地点に戻る途中、指導員の舛田さんが歩道脇のU字溝に落ちて這い上がれないでいるヤマカガシの子どもを見つけました。体長約25p。太さは鉛筆ほどで、首の周りの黄色い帯が子どもの特徴です。

 ヤマカガシ(幼体)

 U字溝が野生の小動物にとって大きな脅威となっていることはあまり知られていません。U字溝の壁の高さは約30p。垂直に切り立って(?)いて、落ち込むと元に戻ることができず、流されたり、水がない場合でもそこで衰弱死したり、また、天敵に見つかりやすく捕食されたりするのです。今、舗装道路の建設で揺れている旧吉和村の十方山林道でも、このU字溝が野生動物の生活圏を分断してしまうことが問題視されています。最近はスロープ付きのU字溝があって、落ち込んだ動物がそのスロープを登って元に帰ることができるようになっているものも開発されているそうですが、公共事業などではコストの面で採用されることは少ないようです。

 ヘビをつかんだときのヒンヤリ感が気持ちいいだとか、昨日マムシを5匹見ただとか、ひとしきりヘビ談義に花を咲かせた後、枯れ枝を使って溝の上に戻してやりました。心底ホッとしたのか、ヤマカガシは藪の中に向かって一目散に逃げ帰っていきました。(途中で振り返りペコリとお辞儀をしたように見えたのはもちろん錯覚です。)