岡山自然保護センター 〜花の季節再び〜
【岡山県佐伯町 平成16年9月4日(土)】
この週末は岡山で用事があったので、土曜日の空いた時間に「岡山県自然保護センター」に行ってみることにしました。初めて訪れる場所です。
このセンターは、農村風景が広がる山あいの盆地から一段奥に上がった里山にあり、谷地を堰き止めて作った大小二つの池の周囲に展開しています。
田尻大池 |
施設内には湿生植物園、虫の原っぱ、水生植物園などがあり、自然保護に関する各種調査研究のほか、自然観察会や指導者養成研修会など普及啓発活動にも力を入れているそうです。入場は無料です。
パンフレットには、このセンターの主要事業の一つとしてタンチョウの飼育があると記されています。
タンチョウは特別天然記念物。明治以降の乱獲により一時は絶滅したものと思われていましたが、給餌などの成功により、現在では釧路地方を中心に約1000羽ほど生息しているそうです。
このセンターでは現在33羽を飼育していて、将来自然の中でのタンチョウの飼育が可能となるかどうかを調査しているのとこと。最終的にはタンチョウが最小限の人の関与によって生息するようになることを目指しているそうです。
JR岡山駅から山陽本線の各駅停車に乗って30分ほどで和気町の和気駅に到着。駅前の小さな広場を素どおりしてまっすぐ50mほど歩くと川に突き当たります。その土手にある富士見橋バス停から柵原病院行きの片鉄バスに乗り換えました。乗客は自分のほかに高齢の方が5人ほど。バスはのんびりと吉井川沿いをさかのぼっていきます。途中いくつかある「○○病院前」というバス停でパラパラとお客さんが降りていくところを見ると、お年寄りたちのために廃止を免れた路線なのかもしれません。
15分ほどバスに揺られて、隣町の佐伯町、矢田で下車。ここから自然保護センターまではもう交通機関がありません。さて、どうしたものか。とりあえず町の中心部を目指してぶらぶら歩くことにしました。
??? |
やがておかしな光景が目に入ってきました。道路に沿って駅のホームが延びているじゃないですか。
解説板を読んでみると、もともとここには「片上鉄道」が通っていたとあります。なになに…
片上鉄道は、柵原町にある鉱山で掘られた硫化鉄鉱などの輸送を目的として大正12年に運行を開始し、昭和6年に片上(備前市)−柵原間の33kmが全線開業したそうです。その後、沿線住民の通勤通学の足としての役割も果たすなどして永く親しまれてきましたが、平成3年、惜しまれながら最後の列車を見送ることとなったそうです。ここは当時の備前矢田駅の名残なのです。
駅のホームを後にして、吉井川をまたぐ「ふれあい大橋」を渡ります。静かな町。そういえばさっきからまだ誰ともすれ違っていません。でも地図ではこの辺りが町の中心部です。
やっぱりここから先はタクシーしか移動手段がないようです。とはいっても、もちろん流しているわけがありません。そこで町に一つだけあるというタクシー屋さんを探すことにしました。
佐伯タクシー |
ありました、ありました。パッと見、昔ながらの民家。隣に車庫がなければ見過ごしてしまいそうな感じです。
薄暗い土間に入ると、なぜか大型コンバインが。これがタクシー?な訳ないか。その奥に事務所のような居間のような部屋がありますが人影はありません。
「ごめんくださーい。」 すると奥から柔和そうなおばさんが出てきました。自然保護センターまで行きたい旨を伝えると、2階へと続く階段の上に向かって、「ヒロちゃーん、お客さーん。」 やがて、どたどたと階段を下りてくる音がして、運転手のヒロちゃんが登場。小走りで車に向かい、手で後部座席のドアを開けてくれました。
車で走ること約10分、民家がきれてしばらく行ったところにあるセンターの駐車場でタクシーを降りました。
入ってすぐに広がる田尻大池の縁に沿って遊歩道を歩きます。やっぱり誰ともすれ違いません。
ガガブタ |
しばらく行くと、遊歩道の脇にある小さな池にガガブタがたくさん咲いていました。六畳間ほどの広さの池一面に咲いています。花弁に生える細かい毛が、この花の表情を優しいものにしているようです。
ガガブタはリンドウの仲間だとか。へ〜、です。
上池とセンター棟 | センター棟入口 |
田尻大池と堰堤で仕切られている上池の縁を回り込むと、そこにセンター棟があります。
ひょうたん型に並んだ二つの池。ひょうたんのお尻の位置が自然保護センターの入口で、ひょうたんの口の部分に当たる所にセンター棟があるという位置関係です。
タンチョウ |
タンチョウです。もちろん近づいたり驚かしたりしてはなりません。
足下の水の中にカメがいるのが分かりますか。鶴亀そろい踏みで、いやぁ、めでたいめでたい。
センター棟内の展示は、自然観察の方法や植物、動物などの生き物の情報を易しく解説しています。印象としては小学生をメインターゲットにしたもののように感じましたが、大人でも十分に楽しめるものになっています。
何組かの入館者がいるところを見ると、他にもお客さんがいたようです。敷地が広いので園内ではほとんど出会いません。
ひととおり展示を見た後、中庭のウッドデッキで持参した弁当を広げました。ゴミは全部持ち帰りです。
次に、今日のお目当てである湿生植物園に向かいました。センター棟よりさらに奥にあり、谷地のどん詰まりに当たります。
ナンバンギセル |
途中の道の脇、ススキの藪の中にナンバンギセルが林立していました。
「道の辺の尾花が下の思ひ草(以下略)」 万葉集ではこの花を「思ひ草」と呼んでいます。花柄の先で物思いにふけるように小首を傾げる姿から名が付いたのでしょうか。
坂を上っていくと、湿生植物園に突き当たりました。広さは陸上競技場のトラック程度です。
いきなりたくさんの花たちが迎えてくれました。
盛夏、花の端境期から、初秋に入り再び花の季節がやって来たことが分かります。
ミソハギ | ミズオオバコ |
ミソハギは「禊ぎ萩(みそぎはぎ)」の略で、盆に仏前に供える風習があるところもあるそうです。夏場、民家の庭先を賑やかにするサルスベリと同科だといわれてもピンときません。
ミズオオバコは葉がオオバコに似るからだとか。でも肝心の葉は水の中です。
サワギキョウ | ミズギボウシ |
サワギキョウはその名のとおりキキョウの仲間ですが、キキョウに代表される放射相称の花とは形が異なり、左右対称の花となっています。これは前回の「八千代湖」のページで紹介した、同じキキョウ科のミゾカクシに近いといえます。
ミズギボウシは、ほかのギボウシの仲間が丸っこい葉を付けるのに対し、細い線形の葉を付けるのが特徴です。一株に付く花の数が少ないのもこの花の特徴でしょうか。
ノアズキ? | タヌキマメ |
この黄色い花はノアズキか、それともヤブツルアズキか? もともとそっくりさんなので今ひとつ判然としません。
タヌキマメもいきいきと咲いていました。中には丈が50pにも達するものも。初めて見たときはひ弱な印象を受けましたが、けっこうガッシリしたヤツもいるようです。
湿生植物園 |
実はこの湿生植物園は、ゴルフ場造成のために消滅することとなった湿原を丸ごと移植して造ったものです。でも辺りを見回してみてもずっと前からこんな風景であったかのように見えます。それもそのはず、基盤造成から維持管理まで、時間と手間をかけて、自然の状態に近い湿原をつくりだしたのだそうです。この自然保護センターでは、移植後3年目から定期的に植生調査を行い、植物群落の変遷を注意深く見守っているのだそうです。
ミミカキグサ | ホザキノミミカキグサ |
この小さなミミカキグサが食虫植物だとは。浅く地中を這う地下茎に虫を捕らえる袋をたくさん付けているのだそうです。袋の大きさはわずか1oほど。いったいどんな虫を捕らえるのかと思いきや、泥の中の微少生物を捕らえて栄養分としているのだとか。
名は花の形ではなく果実が耳掻きの先の形に似ていることから付いたそうです。
ホザキノミミカキグサもミミカキグサと同じ機能を持っています。ただ、食虫植物とは言っても命を支えるのはやっぱり光合成によって作り出す栄養であり、虫からの栄養はあくまでも補助。いわゆる今流行りのサプリメントというやつです。ちなみに「ホザキノ…」は「穂咲きの…」
サワヒヨドリ | ミズトンボ |
さすがに湿原だけあって、「サワ…」とか「ミズ…」とかいった名前の植物が多く目につきます。
サワヒヨドリは葉が三つに深く裂ける点が、野生ではあまり見られなくなったフジバカマに似ています。ヒヨドリバナをはじめとしたこの仲間たちの名は、もともとヒヨドリが鳴く季節に咲くことから付いたとされていますが、今や都会などではヒヨドリは一年中鳴いています。特に冬場の公園では耳障りなほど。
ミズトンボはランの仲間。薄い緑色の花なのでつい見逃してしまいそうです。ところでこの花、ひところブームになったあのクリオネの上半身に似ていませんか。
サギソウ |
ご存じ、サギソウ。上のミズトンボと非常に近い仲間です。
それにしてもラン科の植物の造形美にはいつも感嘆させられます。
ヒツジグサ | アサザ |
未の刻(午後2時)に咲くからヒツジグサ。でも実際には咲き始めの時刻にはばらつきがあるそうです。一方、アサザの開花時刻はあさざ(朝だ)。…スミマセン。アサザは今日最初に出会ったガガブタと近い仲間です。
ヘラオモダカ |
オモダカの葉は鏃(やじり)型で、昔から武士に好まれ、家紋の図柄としても多く用いられていますが、ヘラオモダカはその名に箆(へら)が付くとおり、葉が箆状になっているのが特徴で、また、花も小振りです。
ざっと見て回っただけでも数多くの花に出会うことができました。他にも、ツユクサ、ミゾカクシ、サワオトギリなども。
水生植物園 |
次に訪れたのは水生植物園です。ここはセンター棟の近く、上池のほとりに当たる場所です。
水面は鏡のようになめらかで、午後の日差しを穏やかに反射していました。手前に密生しているのはヒシの葉です。
ミズアオイ |
最初に目に入ったのはミズアオイ。一面に咲いていました。
花も葉も鮮やかな色をしていて、しかも光沢があり、肉厚。見ようによってはポリエチレン製の作り物のようでもあります。
アカバナ | ヒシ |
アカバナの花。名前の割には花は赤くないなと思っていたら、秋に葉が赤く色づくことから名が付いたとのことです。「赤葉花」が訛ったのかも。
ヒシの花がこんなに繊細なものとは知りませんでした。あの鋭利な棘(とげ)をもつヒシの実からは想像できません。「菱形」の名の元となったのはもちろんこのヒシの果実なのですが、葉も菱形をしているとは。このヒシも家紋に多く用いられています。
ミズトラノオ |
次に虫の原っぱに行ってみることにしました。
ミズトラノオの群落が緑の草原の中で遠目にもよく目立っています。この原っぱも様々な植物であふれています。アキノノゲシにミヤコバナ。ヨメナ、ノギラン、マツヨイグサ。ゲンノショウコにキツネノマゴ。まだまだあります。アキノタムラソウ、ボタンヅル、タカサブロウ、ヌスビトハギ…。
ここに様々な昆虫が棲めるように、草丈の違う草原や池や流れが作ってあるのだそうです。
時計を見るともう3時半。夕方には人と待ち合わせているので、そろそろ帰途につかなければなりません。
携帯でまたヒロちゃんを呼んで、矢田のバス停へ。帰りのバスの乗客はとうとう最後まで自分一人でした。
そして岡山駅に着いたのは5時。駅前の広場に出ると、目の前にはさっきまでの風景とはうってかわって夕方の雑踏が広がっていました。
今日訪れた自然保護センターは、湿地あり、草原あり、池あり、林あり。植物だけでなく、鳥や魚、きのこや昆虫などの観察でも十分に楽しめそうなところです。ホント、こんなに楽しいところがタダでいいの?って言いたいくらい。
また今度、季節を替えてぜひ訪れてみたい場所です。