八ヶ岳美濃戸林道〜幻の花に会いに行く〜
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【長野県 茅野市 平成27年6月7日(日)】
今年もあっという間に6月に入りました。そろそろ梅雨入りの声も聞こえてきます。野山の緑は一段と濃くなり、花の時期も一段落したという感じ。今回はこの時期にしか出会うことのできない花に会いに行くことにしました。
その花はホテイラン(布袋蘭)。本州中部以北の針葉樹林に生える野生のランです。八ヶ岳西麓の美濃戸口から林道を進み、谷を分け入ったところに自生地があるとのことで、何年も前から行ってみたかったのですが、ようやく実行に移すことに。そこでの開花時期は5月末から6月初めまで。まさにピンポイントで今しか出会えない花なのです。この場所は以前は公にされていなかったそうですが、6年ほど前、もう秘密にしておくのは限界でむしろ公開して保護を徹底したほうが良いと方向転換したのだとか。当時の新聞などでもニュースになっていたようです。
起床は午前3時。諸々準備をして4時前に家を出ました。なんでこんなに早く出発するかというと、現地の駐車場がすぐに満杯になるから。なにしろ八ヶ岳の主要な登山ルートの登山口(美濃戸口)が起点なので、早朝から登山客で駐車場が埋まり始めるのです。
圏央道の相模原ICから高速に乗り八王子JCTで中央道へ。小仏トンネル、笹子トンネルと抜けて甲府盆地に入った頃には車もずいぶん増えてきました。そして八ヶ岳の裾野に差しかかると長い上り坂が続くようになります。
甲斐駒ヶ岳 |
これは休憩に立ち寄った八ヶ岳PAから見た甲斐駒ケ岳。南アルプス北部の名峰です。時刻は午前6時です。
八ヶ岳山荘と駐車場 |
標高1015mの中央道最高地点を越えると道は下り始め、ほどなく現れる諏訪南ICで高速を下りました。ICを降りるとそこは原村。昭和の終わり頃にはペンションの多いリゾート地として有名だったところです。
広大な畑の中の一本道を走り、やがては森の中へ。途中からは別荘地の中の細い道を分け入って行きました。そして森の中に現れたのは八ヶ岳山荘という山小屋。ここには大きな駐車場があります。ここが美濃戸口。到着したのは6時半でした。約2時間半で来られたことになります。
この先は数km行ったところに山小屋が3軒あり、そこまでは車が通れる幅の林道になっています(本格的な登山道はそこから。)。山小屋周辺には50台くらいは停められるのではないでしょうか。ただ道はデコボコで轍の深いところもあったりして、車高の低いドリーム号では確実に腹をするので、ここ八ヶ岳山荘に駐車することにしました。ここからの路傍で出会う花も楽しみですし。
とりあえずまだ時間も早いので車内で朝食をとることに。メニューはコンビニで買ったおにぎりとスープ春雨です(お湯は水筒で持参。)。
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今日のコースはほぼほぼ美濃戸林道を歩くというもの。八ヶ岳山荘をスタートして、谷を下って柳川を渡り、再び谷を登ってあとは林道をひたすら山に分け入っていきます。美濃戸山荘からは南沢に入ってしばらく行ったところが目的地です。
スタート |
ゆっくり準備をして7時半に歩き始めました。既に奥の山小屋の駐車場も満杯になったようで、林道入り口は車止めが出されていました。
朝の清々しい林内を歩いていきます。道はこの先で谷に向かって急角度で下っていき、下りきって川を渡るとまた急角度での上りになります。
イカリソウ |
この辺りではまだイカリソウが咲いているんですね。標高は約1500mくらいです。
柳川 |
谷底に下り、小さな流れを渡りました。川幅の割には水量があります。この川は八ヶ岳の主峰赤岳辺りからの水を集めて流れ下り、この先で西向きに大規模な扇状地を創り上げている川です。
マタタビ |
橋の近くにマタタビの花が咲いていました。ツル性の樹木で、花期にはツルの先端の葉が白くなるのですぐにその存在に気づくことができます。
ヒメマイヅルソウ |
これはヒメマイヅルソウ。マイヅルソウより小型で、より寒冷地仕様です。
比較的明るい森の中を歩いていきます。上り坂でも一向に汗をかかないのは気温が低いからでしょうね。
ツマトリソウ |
おっとこれはツマトリソウ。10cmに満たない大きさですが、端正な姿をしています。この花を初めて見たのは草津白根山でした。花の種類の多い山でした。今は確か噴火警戒レベル2で入山規制が行われているはず。
レンゲツツジ |
これはレンゲツツジですかね。有毒であることは広く知られています。林道沿いに結構見かけましたが、いずれも色合いが今ひとつでした。
八ヶ岳に登る人たちはこの先の山小屋に泊まるなりして既に出発している時刻なので、林道を歩いている人はまばらです。聞こえるのは鳥の声だけ。腰の熊鈴がなければですが。
見上げるとハウチワカエデの天蓋。この辺りはまだ新緑です。
イワシモツケ |
谷の底を流れていた川がいつのまにか林道と同じくらいの高さになっていました。その流れのほど近くに白い花。イワシモツケですかね。
イボタヒョウタンボク |
水際にはなんか初めて見る木が。ちょうど花を付けています。近づいてみると花の形がスイカズラのそれに似ています。花は2個くっついて咲くようです。後で調べてみたらこれはイボタヒョウタンボクだそう。秋にはルビーのような色合いの液果を付けるそうです。
やまのこ村 |
8時45分、建物が見えてきました。やまのこ村という山小屋です。ここでちょっと休憩。登山客はとうの昔に出発した後で、建物の中はガランとしていました。売店にツクモグサが描かれた可愛いバッヂがあったので手に取ってみると「八ヶ岳開山祭2015」と書かれていました。スタッフの若いお兄さんに話を聞くと、今日がその開山祭の日だそう。イベントは山上で行われているそうです。記念に購入しました。登ってないけど。
ヒロハヘビノボラズ |
いろんな花が見られます。これはヒロハヘビノボラズ。ヒロハは「広葉」、ヘビノボラズは「蛇登らず」で、枝に鋭いトゲがあることから蛇も登れないということだそうです。花はメギ属に特徴の6個の花弁の外側を6個の萼片が包むように取り囲んでいます。
クリンソウ |
ちょうどクリンソウが満開です。華やかですね。
赤岳山荘 |
やまのこ村から20mくらい先に赤岳山荘がありました。ここも閑散としていて、スタッフ方が今夜の受け入れの準備をしているようでした。
カラマツソウ |
これはカラマツソウですね。繊細な姿をしています。
美濃戸山荘 |
9時10分、赤岳山荘から歩くこと10分で美濃戸山荘に到着。車はここまで上がってくることができます。
分岐 |
山荘の前で道が二手に分かれています。左は北沢へ、右が目的地のある南沢に続いています。
登山道はこんな感じ。この時間、歩く人もほとんどいません。
ズダヤクシュ |
ズダヤクシュ。5mmに満たない小さな花を付けています。
皿か? |
苔むす倒木の上にお皿のようなキノコが。直径20cmくらいありました。サルノコシカケならぬ「猿の皿」。
仮設の橋を渡ります。いよいよ核心部に近づいてきました。
キバナノコマノツメ |
橋を渡ったところにキバナノコマノツメの群落がありました。見ての通りスミレの仲間ですが、名前にスミレの文字がないのは珍しいです。
そろそろか… |
道は細い尾根の上に延びています。
ホテイラン |
森の中の細い道を行くことしばし、ついに出会えました。登山道脇にロープで囲まれた小さな群生地がいくつかあり、そこにおよそ自然の造形とは思えない姿のホテイランが静かに咲いていました。そう、まさにそよとも揺れずに。まるで時間の流れから切り取ったかのようです。深山で偶然出会ったりしたら、嬉しいというよりなんだかこの世のものではないような軽い怖さのようなものを感じてしまいそうです。
この花の構造はものすごく複雑。一般的なランの構造は、中心にずい柱(雄しべと雌しべが合体したもの。)があり、その外側に側花弁と唇弁、さらにその外側に背萼片と側萼片というもの。これをホテイランにあてはめると、上部のリボンのようなもの5個は3個の萼片と2個の側花弁。両者の見た目は同じです(茎の最上部にある同じようなものは、苞。)。幅が広く蓋のようになっているのがずい柱。その下の縞模様のある白い部分が唇弁です。
こちらはバックショット。いったいどのような必然性があってのこの形なのか。
ツバメオモト |
これは同じような場所に咲いていたツバメオモト。ちょっと距離があったのでこれが限界です。
美濃戸山荘 |
ひとしきり出会いを喜んだ後、来た道を折り返すことに。10分ちょっとで美濃戸山荘まで戻ってきました。この時間の山荘は長閑なものです。
コマガタケスグリ |
山荘前に咲いていたこの花。初めて見るものでした。葉はカエデに似ていましたが互生しているので違うんだろうなと。帰ってから調べたところコマガタケスグリという樹木でした。ユキノシタ科、APG体系ではスグリ科だそうです。
サラサドウダン |
赤岳山荘の前にはサラサドウダンが。
やまのこ村も過ぎ、のんびりと林道を下っていきます。
シロバナヘビイチゴ |
シロバナヘビイチゴ。実は美味しいそう(食べたことなし。)。
ウマノアシガタ |
プラスチック製のような質感の花弁のこの花はウマノアシガタ。別名キンポウゲです。
ミヤマハンショウヅル |
流れを渡る橋のところまで戻ってきました。対岸に咲いているのは…、大型のハンショウヅルのようですが、これはミヤマハンショウヅルです。光沢があり赤っぽい色をしたハンショウヅルとは一見して異なります。
11時30分、美濃戸口の八ヶ岳山荘に戻ってきました。せっかくなのでここで昼食をとることに。ポークカレー、なかなか美味でした。そして1時間ほど休憩をして山荘を後にしました。
帰りに立ち寄った富士見高原リゾート。八ヶ岳連峰の南麓にある観光地です。全自動運転のカートに乗って標高1400mの展望台まで上がると南アルプスの絶景が…、望めるはずでしたが、この時期はこんな感じなんでしょうね。早朝は綺麗に見えていたのですが。写真の左端が鳳凰三山、右端が甲斐駒ケ岳という位置関係です。
アマドコロ |
そこで見かけた花々を。ほとんどが植栽だと思いますが。 これはアマドコロ。
スズラン |
スズラン。
アヤメ |
アヤメ。
キバナノヤマオダマキ |
キバナノヤマオダマキ。
ニッコウキスゲ |
ニッコウキスゲ(ゼンテイカ)
現地を発ったのは午後3時。ちょうど高速道路が混み始める時間帯です。小淵沢ICから高速に乗った時点で既に「八王子まで2時間以上」の表示が。ならばと途中の釈迦堂PAに入って昼寝をすることにしました。今朝早かったですからね。
夕方、再出発したのですが、当然のごとく激混みに巻き込まれ、家に着いたのは8時半。でも、ホテイランに逢えたせいか、今日はそれほど渋滞疲れを感じなかったような。そんな小さな感動を求めての野山歩きです。
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