養老渓谷 〜山里の渓谷と温泉と〜


 

【千葉県市原市 平成18年9月17日(日)】
 
 いつの間にか朝夕が涼しくなってきました。ついこの前まで蒸し暑かったのに。
 今日は若干空模様が気になりますが、とりあえず出発することに。行き先は房総半島のど真ん中にある養老渓谷です。この時期なので花はあまり期待できないかもしれませんが、仮にそうであっても帰りに養老温泉に浸かってゆっくりすれば、それはそれでOKです。
 ということで、まずは首都高の7号小松川線へ。そのまま京葉道路に入って東京湾をぐるっと回り、市原ICで下りて房総半島の中心部へ向けて南下します。
 
                        
 
 しかし千葉県はどんなに山の中に分け入っても、いたるところにゴルフ場があります。バブル期に大量発生したゴルファーの受け皿として、あちこちの山里が削り取られたのでしょう。西日本から飛行機で東京に入ったことがある方はお気づきかもしれませんが、飛行機は伊豆大島上空からいったん外房の太平洋上に出て、そこから引き返し九十九里から房総半島を横断して羽田に降ります。そのとき眼下には鹿の子模様のように点在するゴルフ場を見ることができるのです。(ある意味壮観です。)

 渓谷への入り口

 そうこうするうちにひなびた養老温泉街にやってきました。山里に忽然とホテルや旅館が立ち並んでいるのです。観光客向けの駐車場に車を入れて、管理人のおじいさんに渓谷までの道順を訊いてみました。すると、渓谷はこの温泉街から山筋をひとつ越えた向こう側にあるとのこと。見上げると間に横たわる山はそこそこの高いさがあります。どーすんの、と思っていたら、その心配を察したらしく、「トンネルを抜ければすぐだぁ。」 なーんだ。

 養老川

 トンネルを抜けると川筋に出ました。この川が養老川。上流にダムがあるわけではないのに、水量が少なく、川の流れが止まっているかのように見えます。
 もともと房総半島には高い山がないので水源から河口までの高低差が小さく、流れは緩やかで、どの川もくねくねと蛇行を繰り返しているのです。浸食の最終段階のような地形です。

 ナンバンギセル

 川の左岸の遊歩道を下ってきます。コンクリートの土手と川岸とのわずかな隙間にナンバンギセルが咲いていました。もう実を付けているものもあります。いつのまにかもうこんな季節になっていたのですね。

 ジャゴケ

 水がしたたり落ちるような岩肌にびっしりと絨毯のような植物が。なんだこりゃ。パッと見シダのようにも見えますが。葉のような部分はヘビ皮のような感じです。帰ってから調べてみたらこれは「ジャゴケ(蛇苔)」というコケの仲間の植物なのだそうです。山野の沢筋など、湿った場所に群生し、葉のような部分(葉状体)は扁平で数回二股に分かれて成長するのだそうです。ヘビの皮の模様のように見えていたのは六角形の斑紋で、それぞれに一個ずつ気孔があると解説にありました。

 川底

 養老川の川底は泥岩だとか。比較的浸食されやすいのか、川底が板状になっているところが何カ所かありました。

 どんよりした天気のせいか、渓流を散策する人の影はまばらです。紅葉まではあと2ヶ月くらいはかかるでしょうか。

 カラスウリ

 ぶら下がっていたカラスウリの実をもっとよく見てみようと蔓を引っ張ったら、プチッと切れてしまいました。あぁ、申し訳ない!
 この実は秋が深まると朱黄色に熟れますが、まぁ食べられません。
 カラスウリの他、カラスムギ、カラスノエンドウ、カラスノゴマと「カラス」の名の付く植物はいくつかありますが、おもしろいことにカラスを取るといずれも人間様の食材となる植物です。つまるところ、ウリとかムギとか人間が食用とする本来の植物に似るものの、実が貧弱でとうてい食用にならないので、カラスに食わせておくのにちょうどよい程度のもの、といった意味なのでしょう。

 ツユクサ(白花)

 白いツユクサを見つけました。何日か経つうちに色素が抜け落ちてしまったのかとも思いましたが、よく考えるとツユクサは一日花。この花は今朝咲いたときから白いのです。朝夕が涼しくなってきたこの時期によく似合う白いツユクサです。

 沈下橋

 これも「沈下橋」と呼んでよいのかどうか。コンクリート製のブロックが飛び石のように並べてあります。渓谷には何箇所かこんな橋があって、川を横切ることができるようになっていました。


 弘文洞

Kashmir 3D

 しばらく行くと、「弘文洞」と看板のある場所に着きました。「洞」とはありますが、別に洞窟があるわけではなく、深いU字型の谷が合流してきているだけです。解説板によると、今から約140年前、養老川のもう一筋向こうにある蕪来川の「川回し」(蛇行する川をせき止めて人工的に三日月湖を造り、湖の部分を耕地にする方法。上の地図の左上部分に典型的な川回しの痕跡を見てとれます。)をする際に、間にある山に洞門を掘って流れを変え、ここで養老川に合流させたのだそうです。それが昭和54年5月24日の未明、突然大音響とともに天井部分が崩落してしまい、以来深い谷のような地形になってしまったのだそうです。

 ナギナタコウジュ

 ナギナカコウジュです。まだ花はこれからといったところで、この花に特有の強いハーブ臭はありませんでした。名前の「ナギナタ」とは、花穂が反り気味でしかも小さな花が外側だけに並んでさく姿を、薙刀の刃先に例えたものでしょう。

 ???  ツルニンジン

 あまり見かけない植物を見つけました。蔓性です。葉腋から袋状の器官を数個出していて、触るとぷくぷくしています。ひとついただいて袋を裂いてみると、中には蕾状のものが。何だろうと考えてみても一向に思いつきません。そんなこんなで、数日後、偶然に正体が判明しました。ツルニンジンの蕾だったのです。袋状の部分がやがて5つに裂けて星状に開き、中心にある蕾が生長してあの金魚鉢を伏せたような形の花になるのです。蕾の状態のものをこれまで意識したことがなかったので新鮮な発見でした。ツルニンジンなら何度も見たことはあります。同じ植物でも花の時期だけに注目するのではなく、時期を変えて観察するとまたおもしろいことに出会えるようです。

 チヂミザサ

 ごくごく小さな花ですがチヂミザサが道の脇にたくさん咲いていました。一見地味ですがルーペで見ると驚くほど華やかです。これでサイズさえ大きければきっと人間からちやほやされただろうに。小さいばっかりに雑草扱いです。ちなみにチヂミとは葉に皺がよっていて織物の「ちぢみ」のようだからです。

 途中から雨が落ちてきて、だんだん本格的な降りになってきました。こんな天気なのに傘もレインウエァも持ってきていないなんて、いったい何年野山歩きをしているんだ、って感じです。
 いったん車に戻り、温泉に浸かりに近くの「鶴乃家」という旅館へ。玄関に入って「おや?」、なんか見覚えがあるのです。よく考えてみると、今から12、3年前、この近くにキャンプに来たときにまさにこの温泉宿に来た記憶があるのです。湯が黒かったのが印象に残っていました。
 こじんまりとした湯船にゆったりと浸かって(もちろん貸し切り状態)、今日の野山歩きは終了。暖まった体に再びぬれた服を着て、車内で乾かしながら家路につきました。