八幡湿原 〜再生と破壊は背中合わせ〜


 

【広島県芸北町 平成16年5月8日(土)】
 
 5月の定例観察会は、西中国山地のど真ん中、八幡高原に点在する湿原の自然に目を向けてみようというものです。リーダーはひょうひょうとした雰囲気の和田さんです。
 交通の便のよくないところなので、マイクロバスを運行しました。yamanekoは今回はバスの添乗員です。
 広島駅新幹線口を朝8時に出発。戸河内ICまで高速を走って、その後はR191。9時45分に集合場所の「高原の自然館」前の駐車場に到着しました。

 開会

 いつもどおり、加藤代表の時候のお話から。
 「目には青葉 山ほととぎす はつ松魚(かつを)」(山口素堂)というおなじみの俳句が紹介されました。夏の季語が三つも入った掟破りな俳句ですが、まさにこの季節の句です。先日、5月5日が二十四節気の「立夏」で、すでに暦の上では夏となっているからです。また、この句は視覚、聴覚、味覚を使って感じた季節を詠んだもの。皆さんも五感をフルに使ってこの自然を感じましょう、という結びにつながっていきます。
 であれば、「…はつ松魚」の後に「香る走り茶 頬撫でる薫風(かぜ)」とでも続けて、嗅覚、触覚を加え五感を完成させてはどうでしょうか。

 新川ため池

 資料のパンフには、八幡高原の見どころは、臥竜山のブナ林、千町原の草原、尾崎沼・長者原の湿原、と書いてありました。
 開会のあとはその尾崎沼に移動です。「尾崎」と書いて「おぜき」と読むのだそうです。
 芸北町のHPによると、八幡高原には、尾崎谷湿原、奥尾崎湿原、長者原湿原、千町原湿原などが点在していて、これらを総称して八幡湿原と呼んでいるとのこと。日本の湿原分布のほぼ南限にあたるのだそうです。1950年代の三段峡と八幡高原の総合学術調査で、中間湿原の代表群落であるヌマガヤーマアザミ群落が八幡湿原で発見され、一躍世界にその名を知られたのだそうです。すんごいところなんですね。
 
 おそらく農業用のため池だと思いますが堰堤で仕切られた「新川ため池」の周りの遊歩道を歩きます。そんな重要な湿原でありながらため池なんぞ造って良かったのかという疑問が脳裏をチラリ。それとも学術調査以前からあったため池なのか。

 ヤマヤナギ

 ヤマヤナギの雄花です。山間部に多く、西日本でヤナギと言えばまずこの種を指すのだそうです。柳のイメージとしては川端に立つしだれ柳を思い浮かべますがねぇ。

 このクモ、何?  ついでにこのトンボ、何?

 風は心地よいものの、日差しはけっこう強めです。ホント、夏近しといった感じ。ため池は満々と水を湛えて、水面を渡る風が五月の日射しを乱反射させています。
 双眼鏡で覗いてみると、すでにコウホネのつぼみが水の上に顔を出していました。

 リュウキンカの帯

 この辺りは熊の活動地域です。ぬかるみにそれらしい足跡がいくつか残っていました。
 
 ため池の下流側にある湿原には立木が何本も入り込み、徐々に乾燥化が進んでいることが分かります。さらにその下流側はカキツバタ用に圃場整備がされていて、自然の姿はとどめていませんでした。

 芽吹きの臥竜山

 また自然館の前に戻ってきました。ここで昼食です。
 野外で腹いっぱいになると眠くなるのが常なのですが、今日は次のスケジュールがあるので、我慢です。

 ウワミズザクラ

 次は千町原に移動です。
 ここでは県が実施する自然再生事業について、自然館の白川さんからレクチャーがありました。

 千町原

 この事業は、去年施行された自然再生推進法に基づいて、過去に損なわれた自然環境を取り戻すことを目的として行われているものです。
 芸北町八幡地区は、昭和39年に牧畜を目的として大規模草地の造成が行われ、昭和61年に閉鎖されるまで採草地や放牧地として利用されたそうです。もともと湿潤な場所だったところを人間の手で乾燥化したのです。
 従来型のこの手の事業は地方公共団体が直轄で進めるのが定石でしたが、ここでの事業は、地域住民、NPO、有識者と連携して展開しているのだそうです。

 水路

 その手法の概略は次のとおりです。
 もともと湿潤だった土地の外周に水路を作って、山からの水がその内側に入らないようににして乾燥化していった所です。なので、今度はその水路から乾燥した内側に向けて新たに水路を引いて、その水を地中に染み込ますことによって湿地にしようというものです。
 この場所は緩やかに傾斜しているので、水路はもっとも高いところに引きます。そして順々に下に流していきます。

 染み出した水

 水路の縁は「畦なみ」で仕切られていますが、ところどころでじんわりと染み出しています。これが肝要とのこと。染み出した水が直線状に一気に下ることなく横に広がっていくように、「畦なみ」は等高線状に何段も設置してありました。

 畦なみの等高線

 「自然再生を人間の手でやる、はたしてどうなんだろう?」 誰かがつぶやきました。
 白川さんも同様の疑問を感じ続けているのでしょう。「そう、自然再生と自然破壊は裏腹ですからね。」 そう言って、確かめるように現場を見回していました。

 緑のトンネル

 閉会の3時が近づいてきました。千町原に敷かれた木道を通って駐車場に戻ります。
 今日は緑の中に身を置いて、気持ちのいい一日でした。
 あとはバスの添乗員として乗客の皆さんを広島まで送りとどけるだけです。