坪山 〜尾根を彩る妖精たち〜


 

【山梨県 上野原市 平成19年4月14日(土)】
 
 4月。巷には新しい生活のスタートで忙しい毎日を送っている人も多いはず。yamanekoもまた然り。別に生活は新しくなっていませんが、毎年この時期は忙しいのです。それは野山に繰り出す予定がいっぱいだから。これから6月半ばくらいまでは生き物の活動がめざましく、ちょっと時期がずれると会えない花がこの時期にたくさん咲くのです。(こうやってあちこち行きたくなるのも自分自身生き物としての活動が活発になるからでしょうか。)
 今日は山梨県(といっても奥多摩の裏側あたりです。)の上野原市にある坪山に行ってみました。 


Kashmir 3D

 「坪山」と聞いても、知る人はそう多くはないのでは。おそらくどのガイドブックにも載っていないのではないでしょうか。どこにでもある山あいの集落の裏山、といった感じで、事実秀麗といった山容でもありません。ところが最近じわじわと人気か出てきているようです。そのわけはこの山にこの時期に咲く花。イワウチワです。
 
                       
 
 午前7時過ぎ、新ドリーム号を快調に走らせて首都高4号線から中央道へ。一路西へ向かいます。と、しばらくしてナビから渋滞情報が。元八王子バス停付近を先頭に事故渋滞のようです。何もなければこのまま上野原ICまで中央道を走るのですが、渋滞を抜けるのに1時間40分とのことなので、手前の八王子ICで下りて、おおむね併走する国道20号線に迂回することにしました。
 ところがこっちもあちこちで渋滞。特に大垂水峠を越えて神奈川県に入った辺りからびっちり詰まっていました。事故ポイントをやりすごして次の相模湖ICから再び中央道に乗ったのが1時間40分後。そのまま高速にいたのとほとんど変わらなかったようで、がっくりでした。
 そんなこんなで、相模湖ICから一区間だけ高速に乗って次の上野原ICで高速を下り、そこからは相模川の支流、鶴川が刻んだ谷に沿って山奥深く入っていきました。

 飯尾地区

 9時45分、登山口近くに到着。都心ではとっくに散ったソメイヨシノが、ここではまさに満開です。
 装備を整えて、入念にストレッチをして、おもむろに出発。ここから登山口までは300mほどです。それにしても川の水が透きとおっていること。川底の石の模様までくっきりと見えています。

 登山口

 川沿いに歩いていくと御岳神社前というバス停があり、そこに橋が架かっています。この橋を渡ると登山口。10人くらいのグループが先に登っているのが見えます。この場所の標高は約560m。坪山の山頂は1102mですから、標高差は約540mです。いつものペースでゆっくり歩くとお昼くらいには山頂に着きそうです。

 集落

 畑の脇の小径をつづら折れに登っていくと、さっそく分岐が現れました。左折すると東コースをたどって山頂に至りますが、お目当てのイワウチワは直進の西コースにあります。早くも荒くなった息を静めて振り返ると、集落が箱庭のよう。さっき渡った橋も見えています。
 この辺りは地理的にはかなり山奥なのですが、集落を貫くこの道は小菅村を通って丹波山村で青梅街道につながっているので、「どん詰まり」感はあまりありません。

 沢沿いの道へ

 やがて道は杉木立の中に入っていきました。未明まで降っていた雨のせいで足下が滑りやすく、木製の小橋を渡るときもちょっとヒヤヒヤものでした。

 ミヤマシキミ

 少し薄暗い林の中に咲いていたミヤマシキミ。そこだけポッと灯りがともったようです。これは雌花で花は白いですが、果実は朱色。秋になるとつややかな実が7、8個がかたまって実ります。この植物、名前にシキミと付きますが、命を落とすほどの猛毒のあのシキミとは無関係で、なんとミカンの仲間です。とはいえ葉はアルカロイドが含まれていてやっぱりそれなりに有毒なのだとか。昔から民間薬としても利用されていたとのことです。

 尾根筋の道

 しばらく登っていくと尾根筋の道になりました。広葉樹林はまだ葉を展開していない樹木が多く、辺りは明るい雰囲気です。しかし、この登山道、息つく間もない急な登りの連続で、なかなか侮れません。

 若葉

 柔らかな若葉の芽吹き。まるで蝶の羽化のようでもあります。

 イワウチワ

 山頂までのちょうど中間地点あたりでイワウチワの群落が出てきました。尾根道の両側に、断続的に500mくらい続いています。荒い息も、パンパンに張った足も忘れてしまうほどのすばらしい光景。花で覆い尽くされた花壇を見ても感じることのできない感慨を、こういった風景を目にしたときには往々にしてもつことができます。これは一体何なのか。季節が過ぎていく中で自然が見せる美しい一瞬に行き逢った、その驚きと幸運が見る者の感情に加味されるからでしょうか。

 イワウチワはイワウメ科の常緑の多年草。薄桃色の花冠がなんとも儚げです。葉はその名が示すとおりウチワのような形。昔はこんな規模の群落があちこちの山にあったのでしょう。今はどうかというと、登山道沿いに何基も設置されている保護を訴える看板が、イワウチワの置かれている状況を物語っています。
 目的の花に会えて、しかもちょうど見事に咲き競っている時期に会えて大満足です。もうここで引き返してもいいくらいですが、とりあえずここで長めの休憩を取って、せっかくだからやっぱり山頂を目指すことにしました。

 だいぶ高く登ってきました。振り返ると正面に東京と山梨との境の山々が見えます。登山道脇は相変わらず急で、その両脇はするどく落ち込んでいます。すぐ隣にあるモミのてっぺんが目の高さにあることからも、その斜面がいかにきついかが分かると思います。

 ヒカゲツツジ

 ツツジにしてはめずらしい薄黄色の花を付けるヒカゲツツジ。まず葉を展開させ、その後花を開きます。このヒカゲツツジも大きな群落を作っていました。図鑑によると、本州では関東地方以西に分布するとありましたが、広島周辺では見た記憶がありません。
 林の奥から、ヒィー…、ヒィー…と鳴き声が聞こえてきます。トラツグミでしょうか。

 イワカガミ

 さらに登ると今度はイワカガミご一行様です。ただ、こちらは花の時期にはまだ早い様子。あと2、3週間もしたら10pほどの花茎を伸ばしその先にピンクの繊細な花を咲かせると思います。

 山頂近し

 山頂が近づいてきました。もうトラロープを片手に、ほとんどはい上がるような感じ。これぞ「直登」です。

 山頂

 11時50分、山頂に到着しました。平坦なところがほとんどないにもかかわらず、ざっと50人くらいは先客がいます。登っている途中はほとんど人と行き会わなかったのに、こんなに人がいたとは。

 昼食の前に、まずは眺めを楽しみましょう。360度の展望がありますが、木々の梢に邪魔されないのは南から東にかけて。上の写真は東側の眺めです。正面の大きな山は三頭山(1528m)。なかなかどっしりとした山容です。その左肩ずっと奥にあるちょっと尖った山が雲取山(2017m)。東京都の最高峰です。
 地図とコンパスでひととおり山々を確認して、さて、ようやく昼食です。山頂から少し下ったところに、自分が座るだけのスペースに小さくシートを敷いて弁当を広げました。気をつけないとおにぎりでも落としたらそのままコロコロと転がっていってしまいそうです。

 富士山

 正面(南西側)には純白の雪を頂いた富士山が。手前の山に隠されていますが、ものすごく広いすそ野をもっていて、驚くほど大きな山です。ここからだと約50qも離れているのにこの大きさ。手前の山のすぐ後ろにあるように見えるのは錯覚なのです。
 双眼鏡で覗いてみると山頂は強風のようで、北側から吹き上げる風が舞い上げられているのが見てとれます。一見美しく見えても、そこはゴ−ゴーと風が吹き荒れるおそろしく厳しい世界なのでしょう。
 
 さて、山頂で1時間ほど休憩して、ぼちぼち下山です。登ってきたコース以外にもいくつかルートがあるようですが、もう一度イワウチワを見て帰りたいので、来た道を戻ります。

 モミ

 下山時には登山時とは異なるものが目に入ってくるもの。往きにはあまり気が付きませんでしたが、この山にはけっこうモミもあるようです。モミの特徴はいろいろあり、なかでも葉の先端に切れ込みがあって鋭く尖っているところは特徴的。触ると痛いのですぐに分かります。ちなみにこの木の樹形からクリスマスツリーの木だと思っている人も多いようですが、モミは日本の固有種です。

 膝に負担がかからないように超スローペースで下りましたが、それでも上りの半分の時間で下山しました。幸いしりもちをつくこともなく。(2、3回ズリッとなりました。)
 下りてくると里の桜が青空に映えてすがすがしい。イワウチワやヒカゲツツジに会えたこと、山頂で素晴らしい景色を眺めたことなのど満足感ともあいまって、よけいにすがすがしく感じました。春先のほんの一時期にしかない出会い。いつまでも絶えることなくこの地で咲いていてほしいものです。