天覧山・多峯主山 〜低山なれど一級の眺望〜


 

【埼玉県 飯能市 平成24年11月10日(土)】
 
 いつのまにか季節は晩秋。すでに「この秋一番の冷え込み」というニュースを何度となく耳にしています。でも、今日は一日穏やかな日和との予報だったので、軽く近場の山でのんびりしようと思い立ち、埼玉県は飯能市にある天覧山と多峯主山にやって来ました。 
 
                       
 
 ゆっくりと朝ご飯を食べておもむろに出発。関越道は若干込んでいましたが、鶴ヶ島JTCで圏央道に入ると急にスカスカに。狭山日高ICで高速を下りて飯能市街を目指しました。飯能市は、餃子型をした埼玉県の底辺部中央に位置し東京都に隣接していますが、地形的には関東平野の西端、秩父山地との接点に当たります。

 市民会館

 11時45分、飯能市役所の駐車場に到着。ここの駐車場は天覧山に登る人にも開放されているとのこと。今日は市民会館で何かの催し物があったみたいで、たくさんの車が停まっていました。
 時計を見るともう昼前です。ちゃっちゃと装備を整えて、山歩きのスタートです。

Kashmir 3D

 今日は、まずこの駐車場から北に向かって突き当たったところにある能仁寺前を右手に折れます。するとすぐ先に左手に入る道があり、お寺の脇を通って山に登っていきます。天覧山は能仁寺の裏山的な存在。山頂からは反対側の谷地に向かって下っていきます。そこから再び上りに入り、木立の中の尾根道を多峯主山(とうのすやま)に向かって登っていきます。復路は一つ西側の尾根を下り、車道に出たらまた能仁寺前まで戻ってくるというコースです。

 能仁寺

 駐車場から100mほどで能仁寺に突き当たります。えらく立派な山門ですね。下山後に立ち寄ってみましょう。

 登山口の入口

 山門前を右手に折れて、30mくらい行くと左手に「←天覧山」という木の杭が現れました。その先はちょっとした園地になっていて、そこを突っ切る形で小径が延びています。広場に入ってストレッチをして、あらためてスタートです。

 登山口

 しばらく行くと林の中に入り、上り坂になります。まだ舗装路ですが、ここが登山口のようです。

 

 能仁寺の敷地の縁を回るようにして道が延びていて、そこをゆっくりと登っていきます。平地の紅葉も見頃を迎えてきましたね。

 

 スタートから15分ほどで、「中段」と呼ばれる広場に出ました。ここにはベンチやトイレもあり、お弁当を広げている家族もいました。

 

 中段から先がそれらしい山道になります。木漏れ日の中を歩くのは心が落ち着きますね。こういうのが山歩きの楽しみの一つでもあります。

 十六羅漢

 晩秋の柔らかい日射しが路傍の石仏を照らしています。かなり劣化しているものもあり、時代を感じさせますね。解説によると、徳川五代将軍綱吉の病気平癒のお礼に生母の桂昌院が奉納したものだそうです。ということは江戸時代前期、3百数十年前のものなのか。歴史の中の登場人物と現実世界とを直接的に結びつけるものを目にすると、何か不思議な感覚にとらわれます。あの時代と今のこの瞬間とは確かにつながっているんだと。

 

 道はハイキングコースのように歩きやすく、小さな子どもにも安心です。
 山頂が近づいてきた頃、ちょっと展望のきくところに出ました。そこからは…。

 富士山遠望

 おお、富士山が見えるではないですか。ここからだと南西方向に80q弱ほど離れているはずですが、くっきりときれいな姿を見せています。ほんとでっかい山です。手前にかぶっている山は奥多摩の馬頭刈山ですね。

 天覧山山頂

 12時15分、天覧山の山頂に到着しました。スタートからわずか30分、あっという間でした。標高は197mです。

 

 さっきの富士山方向の眺めが雄大です。ちょっと分かりにくいですが、上の写真の中央奥に富士山があります。南端の丹沢山地から北に向かって奥多摩の山々まで。まさにこれが関東山地の辺縁に当たる部分です。

 東京都心部

 こちらは南東方向にある東京都心。距離にして4、50qほど離れています。写真左に見える尖塔は東京スカイツリー。異様な突き出し具合です。狭山丘陵越しにまるで蜃気楼のようにも見える都心のビル群。写真の右端に切れているのが新宿なんですが、スカイツリーに気をとられてフレームから切れていました。それにしても標高200mに満たないのにこんなに遠くまで見通せるのには驚きです。

 

 時刻からするとここで昼食にしてもいいんですが、どうせならもう少し眺めの良さそうな多峯主山に着くまで我慢することに。ということで、体が冷える前に動き出しましょう。

 

 天覧山の山頂で眺望を楽しんだら登ってきた斜面とは反対側に向かって下りて行きます。

 

 林の中の紅葉もいいですな。

 

 しばらく下ると谷地が見えてきました。良く陽が当たっていて暖かそうです。

 天覧入

 谷地に下りてきました。ここは「天覧入(てんらんいり)」と呼ばれる谷です。「入(いり)」とは里山に深く切れ込んだ谷のことで、谷地や谷戸、谷津と同じ意味合いのようです。この辺りには他に諏訪沢入、御嶽入、本郷入と計4つの谷地があるそうです。

 

 谷地はもともと水には恵まれた場所で、昔は水田が作られることも多かったですが、やはり地形上日当たりが今ひとつで、収量はなかなか上がらなかったようです。日本の有史以来、人々が飢えの心配から解放されたのはようやく昭和中期になってからのことだそうです。それまではわずかな平地でも切り開いて水田をひろげる努力がされてきたとのことです。食糧事情が変わり減反が進むと条件の悪い水田は真っ先に放置されるようになったというのは、いかにも皮肉な話ですね。

 ヘクソカズラ

 ヘクソカズラの実。宝石のように輝いています。

 

 谷地の奥から再び山道に。ここから多峯主山に向かって登っていきます。それにしても誰にも出会いません。さっきの天覧山の山頂にはそれなりに人がいたのですが、みんなどこかに行ってしまったようです。

 チゴユリ

 チゴユリも紅葉するんですね。いい色合いです。

 

 光と影が作るマーブル模様。こんな山道をのんびりと歩けることにしみじみと幸せを感じます。

 ヌルデ

 ヌルデの幼木が立派に紅葉していました。樹齢は4、5年といったところでしょうか。少しでも多くの光を受けようと、一般に幼木は成木よりも葉が大きいという特徴があります。

 

 天覧入の谷地から登ること20数分、鎖場が現れました。山頂も近いようです。傾斜的には鎖を使うほどのことではありませんが、足元がズルズルと滑るので鎖があれば重宝するかもしれません。yamanekoは滑る前に駆け上がりました。

 多峯主山山頂

 午後1時5分、多峯主山の山頂に到着しました。標高は271mです。驚くことに山頂には多くの人がいました。登山道では行き交う人もなく静寂だったのに。

 昼食

 さて、早速腰を下ろして昼食にしましょう。今日は高速を下りてからローソンで買ったネギトロ巻とからあげクン。

 

 目の前にはこんな鮮やかな紅葉が。「野生の紅葉」といった風情ですね。こんな風景を楽しみながら食べると、ネギトロ巻の味も2割くらいアップです。

 

 食事を終えて、後ろ手に手をつき頭上を見上げてみると、宇宙まで続いていそうな(続いていますが)深い青色の空。ずっと見ていると上下が逆になって落ちていきそうな気がしてきます。

 秩父山地

 食後には山頂からの眺望を楽しみましょう。
 北の方角を見ると、正面には秩父山地が横たわっています。写真中央右側が武甲山。中央左の複数のピークが大持山、小持山です。こちらの山々は標高1300m前後です。眼下に見える住宅街は武蔵台団地。山の中にぽっかりと開けた大きな団地です。昭和52年の分譲開始ということで、当時の交通事情を考えるとここから通勤するのはなかなか大変だったのではないでしょうか。

 飯能市街

 今度は反対の南方向。目の前にさっき経由して来た天覧山が。その向こうには飯能市街。そして狭山丘陵越しに東京の都心が見えています。

 

 関東平野の辺縁に立つ多峯主山。その山頂はこんな眺望を楽しめる隠れた名所でした。

 下山開始

 1時30分、眺望も楽しんだのでそろそろ歩き出しましょうか。下りは一つ西側の尾根を通ります。

 

 山頂から20mくらい下ったところに、なにやら立派な墓所が。解説板があったので読んでみると、この墓は江戸時代に飯能地方を治めていた黒田直邦というお武家さんのものとのこと。下館藩や沼田藩の藩主となり幕府の要職にも就いていた人だそうです。領地を見下ろすところに葬られたんですね。

 

 尾根道を下ること20分、麓の民家が近くなってきました。里の音も大きく聞こえてきます。

 

 午後2時、能仁寺まで戻ってきました。どんなお寺なのか境内にお邪魔してみました。芝生の庭に燃えるような紅葉が。境内というより庭園といった感じです。
 縁起によると、この能仁寺は5百年前に創建された曹洞宗の寺院で、江戸時代に入って徳川家から若干の領地を認められ、五代将軍綱吉の時代に大幅に領地を増やしたのだとか。それに貢献したのがさっき墓所を見た黒田直邦だったのだそうです。

 

 能仁寺の紅葉を堪能してから駐車場に戻ってきました。軽く整理体操をして2時半には東京への帰路につきました。帰りは高速道路は通らず、入間市、瑞穂町と一般道を走り、青梅街道を通る予定です。
 
 飯能市街を抜けて入間川の対岸から山の方を振り返りました。天覧山はもとより多峯主山も低山なので、あの山並みのどこにあるのかもう分かりません。山高きが故に尊からず。今日の山は標高は低くとも抜群の眺望で、なおかつ手軽に登れてなかなか良いところでした。
 それにしても長閑な風景ですね。この里にももうじき冬の足音が聞こえてくるでしょう。