戸河内 〜定点観察・初秋〜


 

  観察場所はこんなとこ

【広島県安芸太田町 平成17年9月24日(土)】
 
 本年度の定点観察も今日で3回目。どこにでもあるような風景でも、時季を変えて見てみるといろんな変化があるものです。さて、今回はどんな自然に出会えるでしょうか。

 台風の置き土産

 9月上旬に通過していった台風14号は、太田川沿いの各地に大きな被害を与えました。それからもう半月が過ぎようとしていますが、未だにその爪痕があちこちに残されています。
 定点観察の出発地点近くにある太田川本流に架かる橋の橋脚には流木がたくさん引っかかったままでした。観察コースはこの橋を渡って右に折れ、川沿いを上流に向かって歩いていきます。
 毎回歩くこの道は、地元の人さえほとんど通らないようで、約2時間かけて歩くうちでも通行人と行き会うことはごく希です。左手はすぐに山で、いわゆる「マント群落」とか「ソデ群落」と呼ばれる植物たちが茂っています。「マント群落」とは森の縁を塞ぐように群生している植物で、主としてヌルデやクサギなどの低木、クズやヤブガラシなどのツル植物の群落のことをいいます。日差しや風をやわらげ森の中が乾燥しないようにする役割があり、ちょうど森の縁をマントで覆っているようなので「マント群落」と呼ばれています。「ソデ群落」とはさらにその先端部に位置するもののことをいい、ヨモギやイタドリ、イノコズチなどの丈の低い「雑草」と十把一絡げにされる植物たちのことをいいます。でもまてよ、マントに袖なんてなかったような気がしますが。

 フシグロセンノウ

 そんな彩りの少ない群落の中に、ポッと浮き立つような柿色の花を見つけました。フシグロセンノウです。「センノウ」とはナデシコの仲間の植物のこと。「フシグロ」とは葉腋が節のように膨らみ黒くなっているからです。ナデシコの仲間にしては花弁の先端が裂けることなくツルッと丸くなっているところが特徴です。

 ヒガンバナ

 用水路の畦にヒガンバナが咲いていました。ちょうど昨日が彼岸の中日。まさにこの時期にピンポイントで咲く花です。前回の定点観察のときには同じ仲間のキツネノカミソリが咲いていました。
 ぱっと見にも豪奢な花ですが、よく見ると一本の茎の先端に6弁の花が通常6個集まって付いています。雄しべは6本、雌しべは1本です。単子葉植物なので基本構造は3の倍数になっています。こうやって花を単体で見てみると、上品さがプラスされ、また違った印象を受けます。

 ヒガンバナをよく見ると、おや?と気づくことがあります。
 どの花もすっくと花茎を伸ばしているのですが1枚も葉がないのです。いったい光合成はどうしているのか?これはキツネノカミソリも同じなのですが、この先、花が枯れると地上には何もない状態になります。しばらくして秋も深まってくると、やや肉厚で細長くスラッとした姿の葉が出てきて、ロゼット状にこんもりと茂ります。地中には球根があってそこから葉を伸ばしているのです。このまま冬を迎えるのですが、冬場はライバルとなる他の植物が少ないので、存分に日光を浴びることができ、地中の球根にどんどん栄養を送り込んでいきます。そして、開花や葉の展開でエネルギーを使い果たしてしぼんでしまった球根の横に新しい元気な球根を作るのです。そして春が来る頃になると葉が枯れて、再び地上には何もない状態になります。そして夏が終わり、1日の平均気温が25度を下回るようになる頃、新しい球根からぐんぐん花茎を伸ばし始めます。そのスピードはめざましく、約60pくらいまで伸びる花茎の先に花を咲かせるまでに7日程度しかかかりません。花の期間は約1週間です。
 これがヒガンバナの1年。ヒガンバナは花の時期には葉がなく、葉があるときには花は咲かないのです。

 雌しべと子房

 日本に自生するヒガンバナは種なしスイカと同じように種子が実りません。ということは毎年球根の幅の分しか分布を広げていくことができないことになりますが、実際には土地の崩落や洪水などにより球根が移動して広がっていくようです。また、ヒガンバナの球根にはアルカロイド系の毒があり、これを田の畦などに植えることによってモグラなどを寄せ付けなくする(即ち畦を保護する)効果を狙って、人為的に移動していく場合も多かったようです。同様に、土葬が主流だった時代には墓の周囲にヒガンバナを植えて獣による掘り返しを防いだといいます。ヒガンバナの別名に「死」に関連するものが多いのも、こういったところから付けられたものなのかもしれません。

 ハグロソウ  ミツバベンケイソウ

 ハグロソウが小さな花を咲かせていました。2枚の唇弁が上下に反り返っています。薄暗い藪の中で存在感を主張していました。
 ミツバベンケイソウはまだつぼみの状態。来週くらいには咲いているかもしれません。

 俄淵

 太田川が大きく蛇行するところの、その流れの外側に大きな淵ができていました。台風の前、ここは丈の高い植物が茂る河原になっていたところです。

 ブッポウソウの羽

 参加者の一人が碧い鳥の羽を見つけました。ブッポウソウの羽だということです。別の場所で何ものかに襲われここに運ばれたようでした。故郷に帰る前の出来事だったかもしれません。
 ブッポウソウは熱帯アジアに分布する渡り鳥で、日本では夏鳥です。山地の大きなスギの生えるところに飛来するらしいですが、なかなかお目にかかることがありません。コノハズクが「ブッポウソウ」と鳴くのをこの鳥の鳴き声と間違えられたというのは、今では広く知られています。

 ツリバナ

 この時期、山に行くとこのツリバナの赤い実に出会うことが多いですが、ここのは特にゴージャスです。

 キバナアキギリ

 キバナアキギリの花は観察会のネタとしていつも使う素材です。
 この花はシソ科の花の特徴でもある唇形花です。下唇は斜め下に張り出し、訪れた虫のプラットホームの役割を果たします。上唇は裂け目のある筒状になっていて、中に雄しべが隠れています。さて、虫がプラットホームにつかまると、目の前には不完全な雄しべの葯があります。この葯は紫色でよく目立ち、虫をだますのが役目のいわば「おとり」です。虫がこの葯を蜜だと勘違いして近づき押し込むと、おとりの葯と支点を介してつながっている本来の雄しべが上唇の筒の中から下りてきて、虫の背中にまんまと花粉をつけることに成功するというからくりです。その後、その虫が他の花のプラットホームにつかまると、その時点で背中につけた花粉を長く伸び出している雌しべにつけてしまうというわけです。
 あっぱれなり、キバナアキギリ。です。

 濁流の跡

 太田川の右岸を歩いてきて、道なりに橋を渡ります。ここから見ると濁流のすさまじさを実感することができます。
 流れの外側に当たる岸辺はきれいにコンクリート護岸が施されているのですが、それでも濁流がぶつかったであろう場所ではその護岸が砕かれ、跡形もなくなっています。想像をはるかに超えるものすごい力が加わったのでしょう。崩壊した箇所のすぐ上には民家があって、庭先まで削り取られていました。恐ろしい一夜だったことと思います。
 それにしても水辺に繁っていた植物がきれいさっぱり流されています。恐るべし濁流。(台風前の川の様子

 敵、襲来

 しばらく歩いていくと、民家の土蔵があり、その土台の部分が何やらにぎやかです。よく見るとそこにはニホンミツバチの巣があるようで、たくさんのミツバチが巣の入口の外に出て羽を震わせています。するとそこにキイロスズメバチが。ミツバチの塊は電流が走ったように一斉に羽を震わせ、キイロスズメバチを威嚇していました。スズメバチが近づいてくるたびに威嚇を繰り返しています。
 どうやらこのスズメバチは本格的な攻撃をしかける前の偵察要員だったようです。観察はここで終えたので、このあと本隊が襲来したかどうかは分かりません。

 砂の堆積

 スタート地点に戻ってきました。ここは太田川本流と柴木川との合流点で、毎回その先端にある小さな祠の前の空き地で昼食をとるのですが、その空き地に目の細かい砂が厚く堆積していました。これも濁流がここを洗った証拠です。

 柴木川

 昼食後は川の生き物を調べます。台風の影響か河原の石の様子が前回と比べて少し変わっているように感じました。ゴロゴロと流されたようです。
 過去2回に比べ生き物の影は大幅に薄くなっていました。川底ごときれいに洗い流されたといった感じです。

 採集結果

 10数名で採集できたのはこんな程度。ヘビトンボの幼虫とサワガニです。
 
 今回は観察ルートのあちこちに台風の影響を見ることになりました。こうやって自然はダメージを受けて、また長い時間をかけて回復していくのでしょう。
 次回の定点観察のときにはどのようになっているのか、楽しみです。