多摩森林科学園 〜隠れたサクラの名所〜


 

【東京都 八王子市 平成22年5月2日(日)】
 
 今年のGWは休暇を組み合わせると、ドドーンと7連休。行楽地はどこも人だらけのようです。ということは行楽地に向かう高速道路も車だらけということ。高速料金も1000円だし。なので、yamanekoはこの連休をもっぱら休養に充てることにして、気が向いたら近場に出かけようと心に決めたのでした(財布と相談した結果)。
 何日か前のテレ東で、八王子にある「多摩森林科学園」を番組で採り上げていて、けっこう良さそうだったよと妻が言うので、では、ということで行ってみることにしました。「多摩森林科学園」、初めて聞く名前です。
 
                       
 
 新宿駅から京王線で乗換なし。高尾駅には約1時間で到着します。JRでも乗換なしで行けますが、京王の方が安いんです。車内には高尾山に向かうであろう山歩き姿の人も。もっとも高尾山はケーブルカーがあるので、街着の人たちの中にも高尾山に向かう人も多かったのではないかと思いますが。電車は高尾山口が終点で、yamanekoが下車する高尾駅は、その一つ手前の駅になります。

 多摩森林科学園

 高尾駅に降り立って、まず駅前の蕎麦屋へ。ほぼ満員のお客さんで賑わっていました。ここで腹ごしらえをして森林科学園に向かいます。それにしても高尾駅から徒歩圏内に森林科学園のようなところがあるとは、今まで聞いたことがありませんでした。すぐ隣には多摩御陵(大正天皇や昭和天皇の陵墓地)があり、こちらには20年近く前に仕事で来たことがありましたが。
 蕎麦屋を出て、とことこ歩くと10分で森林科学園の入口に到着しました。調べてみると、ここは森林総合研究所の附属施設だそうで、メインは各種サクラの遺伝子を保存するための保存林だそうです。

 森の科学館

 まず研究成果をレクチャーする施設「森の科学館」に入ってみました。様々な種類のサクラの花を透明アクリルブロックの中に閉じこめた実物標本がズラッと並んでいました。これなら枯れることもなく、写真とは違って実物そのままで見ることができます。他にも、園内に生息する動物や昆虫などの展示も。ここだけでも十分楽しめそうでした。
 さて、森の科学館を出て、広い森の一部を歩いてみましょう。パンフレットを見ると、ここには3つの樹木園とサクラの保存林があり、それらをつなぐ散策路があるようです。そしてそれらの森の背後には広大な試験林(立ち入り禁止)があるとのこと。なにしろ高尾から奥は奥多摩の山地ですからね。

 ルイヨウボタン

 さっそく清楚な花に出会いました。ルイヨウボタンです。葉がボタンのそれに似ているから「類葉牡丹」なのだとか。淡い緑色の花なので森の中では目立ちませんが、葉の形を覚えていれば見落とすことはないのでは。

 イカリソウ

 前衛アートのようなイカリソウの造形。たしか六本木ヒルズのエントランスにこれを巨大にしたようなやつがありましたよね。

 ハイノキ

 西日本に自生するハイノキ。ここのものは植栽なのかもしれません。薄暗い森の中で白い花の周りだけがほんのり明るくなっていました。
 漢字で書くと「灰の木」。この木の灰を媒染剤に利用したことからだそうです。と、ここまではどこかで聞き知っていて、観察会などで解説したこともありましたが、なぜ灰が媒染剤になるのかは理解していませんでした。そこで、これを機に調べてみると、それは思いのほか化学の世界。媒染剤とは、染色の際に染料を繊維に固定する役割をする金属化合物のことだそうです。植物と金属とが今ひとつ結びつきませんが、ハイノキには酸化アルミニウムが多く含まれていて、この木を燃やして灰にし水に溶かした液に繊維を浸けておくと、繊維に染み込んだ金属イオンが染料の分子と結合して(この辺が化学オンチのyamanekoにはブラックボックス)固定し、色落ちを防ぐのだとか。
 この染色法は平安時代にはすでに確立していたといわれていて、学術的裏付けのなかった当時、どうやってこの方法を考え出したのでしょうか。きっと偶然の積み重なりだったのでは。

 フデリンドウ

 足元で「ここにいるよー」とアピールしていたフデリンドウ。背丈はわずか5pほどで、うっかり見落としそうになります。花がよく似るハルリンドウには大きなロゼット状の根性葉があるので、慣れると見分けは簡単です。

 森林浴

 GWの頃の緑と日差しって輝いていますよね。大好きです、この季節。

 サクラ保存林

 サクラ保存林にやって来ました。浅川の支流のうちの一つがここに端を発していて、その源流域がそっくり保存林になっていました。ここには、江戸時代から伝わる栽培品種や各地の名木のクローンが保存されているそうで、その種類も豊富。毎年、2月下旬から5月上旬まで、次々に開花していくそうです。

 泰山府君

 サクラには様々な品種名があるようで、「太白」、「朱雀」といったものから「御車返し」や「普賢象」、「泰山府君」といった曰くありげなものも。

 ミツバツチグリ

 キジムシロ、ミツバツチグリ、ヘビイチゴ(七五調)は似たもの三兄弟。葉の枚数や花の付き方で見分けることができます。

 キランソウ

 いい色のキランソウ。そういえばいつものデジカメは修理に出してしまったので、今日は妻のデジカメを使っています。何かちょっといつもと色味が違うような…。

 ハハコグサ

 ハハコグサです。全体に白い綿毛が覆っているので「母子」という柔らかなイメージとマッチしている気がします。黄色い頭花の一つ一つはさらに小さな花の集合体。そんな小さな花で、受粉という本来の目的は達することができるのでしょうか。

 保存林の最奥には谷筋のどん詰まりの斜面を利用して、コロシアムの観客席のようなアーチ階段状の休憩施設が造られていました。ここに座って見下ろすと、谷筋に広がるサクラを一望することができます。GWでありながら人もそんなに多くなく、ちょっとした穴場ですね。

 チゴユリ

 チゴユリももうそろそろ花の時期が終わりそうです。また来年の春にも出会いたい花です。

 ジャノヒゲ

 細い葉をかき分けなければ、この群青色に輝く姿を見ることはできません。いったいだれにアピールするための輝きなんでしょうか。ジャノヒゲとしては種子を遠くに運んでもらっても、湿った日陰の環境でなければ生きていけないわけですから、むしろ斜面を転がって似たような環境の中で生息域を広げていくという戦略の方がいいでしょう。すると、逆にけものや鳥などには認識されにくい色としてこの姿をしているのかもしれませんね。

 コバノタツナミ

 散策路脇の斜面に咲いていたコバノタツナミ。別名をビロードタツナミというように、葉は短い毛でビロード状に覆われています。

 尾根道

 乾燥した尾根道を歩きます。右手に見える山の向こう側がサクラ保存林のある谷です。

 コバノガマズミ

 純白の花、コバノガマズミです。ガマズミの仲間の中では細身の葉です。

 カンアオイ(おそらく)

 山のすそ野の方に下りてきました。んー、これはカンアオイでしょうか。

 新緑

 少し陽が傾いてきました。頬を撫でる風も柔らかく、心地よいです。

 ジュウニキランソウ?

 ジュウニヒトエだと思っていましたが、調べるうちに葉がちょっと違うような気がしてきました。同じシソ科のキランソウとのハイブリッドのジュウニキランソウというのもあるのだそうで、ひょっとするとそれかもしれません。両者が生育する場所ではそう珍しくはないのだそうです。

 セリバヒエンソウ

 長い間名前の分からなかったこの花。見かけるたびに何だろうと考えるのですが、葉はセリ科のようでもあり、でも花は全然違っていて、長い距まであって、さっぱり分かりませんでした。調べるとっかかりさえなかったのです。それが、ようやくセリバヒエンソウという名であることが判明しました。漢字で書くと「芹葉飛燕草」。中国原産で明治時代に渡来したキンポウゲ科の帰化植物だそうです。全体的に健気な雰囲気の植物です。

 ジロボウエンゴサク

 ケシ科のジロボウエンゴサク。この花も長い距をもっています。まるでスポットライトを浴びているように、そこだけ明るく、すっくと姿勢良く立っていました。

 クロモジ

 葉の下に控えめに咲くクロモジ。この白い花が秋には漆黒の実になるとはねえ。

 ウマノアシガタ

 金属光沢の花びら(本当は萼片)をもったウマノアシガタ。この色と光沢はフクジュソウに共通するものがありますね。どちらもキンポウゲ科です。ありふれた花ですが、立ち止まってよく見てみると美しい。希少性とかに関係なく野山で出会う花はみなそうです。そのことに気がつくかどうかは、要はこちらが関心を持って見つめるかどうか、ってことですね。
 
 森の科学館まで戻ってきました。時計を見ると3時間が経過していました。連休のまっただ中、今日は素晴らしい穴場スポットで楽しい時を過ごすことができました。極楽極楽。帰りも電車なので渋滞知らずです。

 JR高尾駅

 森林総合研究所は今話題の独立行政法人。研究対象は長いライフサイクルを持った樹木たちで、地道に何十年もの長い時間をかけて研究していく必要があるでしょう。目先の人気取りのために仕分けされることのないよう祈るばかりです。研究を止めてしまった後に「しまった」と思っても、その時には仕分け人も政権も霧散しているかもしれませんから。