武田山 〜八区覧会で雇われガイド〜


 

【広島市安佐南区 平成17年10月2日(日)】
 
 朝からどんよりとした雲がたれ込める空。今にも降り出してきそうです。いや、よく見るとパラパラと降っているじゃないですか。となるとリュックのレインウエアを取り出しやすい位置に詰め直して出発です。
 今日は安佐南区にある祇園公民館主催の「武田山登山ガイドツアー」のお手伝いに行く日です。
 
 このツアーは市民自由参加のイベントで、この秋に市内各地で行われる「ひろしま八区覧会・八区物館」参加企画の一つ。「ひろしま八区覧会・八区物館」とは、広島市8区の各地域を博覧会の会場や博物館に見立てて、各地域の魅力を市民活動を通じて多くの人に紹介するイベントで、開催期間中、各区の自然、歴史、文化などを楽しめる約300のイベントが開かれるのだそうです。 


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 幸いにほどなく雨は上がったようです。まずは、9時半に祇園公民館に登山ガイドのスタッフ10人が集合。登山ガイドといってもその道のプロではなく、いつもの自然観察指導員仲間です。ここ祇園公民館を活動のベースとしている指導員のO氏からの招集を受けて傭兵のごとく集まったのです。せっかく登るのならただ黙々と登るよりも自然のことを話しながら登ろう、ということでしょうか。
 
 今日の参加者はここから歩いて10分ほどのところにあるJA祇園支社に集まってきます。そこで開会のセレモニーがあって、その後、グループ分け。登山ツアー参加者は120人くらいはいそうなので、10グループに分けるとすると1グループ当たり10人強。観察会としてはちょっと多めですが、なんとかなるでしょう。
 武田山は戦国時代に数々のドラマを生んだ歴史の山でもあります。山頂には銀山(かなやま)城が築かれ、中腹から山麓にかけても往時を偲ばせる史跡があちこちに残されています。今日はそれぞれのポイントにボランティアの歴史解説員の方が配置されていて、登山の途中に足を休め、興味深い話を聞かせてもらうことができるようになっています。まさに至れり尽くせりの企画。これで参加費無料なんですから、お金を使って遊ぶのがバカらしくなります。(いや、大げさです。)

 JA祇園支社

 さて、JA祇園支社に行ってみると、決して狭くはない駐車場に黒山の人だかりができています。これが今日の参加者。別企画(山に登らない歴史探訪)の参加者が少し混じってはいるものの、ほとんどは登山コースの人たちです。公民館の人がメガホン片手に叫んでいますが、ほとんど誰も聞いていない状態。ほんとにスタートできるのか、こんな調子で。
 yamanekoが担当するのは第4班。中高年のお姉さま方や熟年のご夫婦、20代後半とおぼしき男性3人組、あとちびっ子連れのファミリーの計15人です。(んー、どの層に的を絞って解説していいのか… )
 
 10時半、何とかスタート。前のグループとつかず離れず歩いていきます。道はすぐに上り坂になり住宅地の中を一直線に登っていきます。途中、武田家ゆかりの墓所へ立ち寄って、登山口のあるいこいの森にやってきました。ここまででも解説するネタはたくさんあったのですが、いつもの観察会のように一つ一つ立ち止まっていたのでは、いつ山頂に到着するのか分かりません。なので、登山:観察を8:2くらいになるように心がけて登ることにしました。
 
 憩いの森でトイレを済ませて再スタート。ここからが本格的な山歩きになります。道は山腹をまくように延びていて、そのほとんどが木立の中を歩くコースになっています。眺望こそあまりききませんが、緩やかな山道なので軽快に歩くことができます。
 
 尾根筋の道になってからは少し傾斜がきつくなってきました。グループの中にはそろそろ辛そうな表情の方も出始めたので、ところどころで休憩をしながら登ります。今日はテレビの取材クルーも同行しています。重たい機材を担いで、ほんと大変そうでした。

 馬返し

 やがて平らに開けた場所に出ました。「馬返し」です。昔、馬に物資を担がせ登ってきても、ここからは山道がきつくなるのでここで荷物を下ろして馬を引き返させたといわれる場所です。
 歴史解説を聞いて一休みしたら、再び山頂を目指して歩き始めます。馬が引き返しただけあって、ここからは少しずつ傾斜がきつくなってきます。
 
 また雨粒が落ちてきました。本格的な降りではないですが、中には折りたたみ傘を差そうとする人も。でも、山道で傘を差すのは危険な行為です。滑ったときに片手がふさがっていると思わぬ大けがにもなりかねませんから。

 御門跡

 だんだん山頂が近づいてきたことが分かります。頭上の木立がまばらになり、明るくなってくるからです。と、ちょっとした岩場を登ったところで展望が開けました。気持ちいい風が吹き上げてきます。ここは「御門跡」。ここからはふもとの祇園町の街並みが一望にできます。ここでも歴史解説を聞かせてもらいました。
 
 12時半、ようやく山頂に到着しました。すでに何グループかはシートを敷いて昼食を食べているようです。当方も昼ご飯といきたいところですが、なによりもまずその景色を楽しまなければ。それほどに素晴らしい眺めなのです。今日は小雨模様で遠くの方は霞んでいますが、それでも広島市を眼下に納める絶景といってよいでしょう。
 
 武田山の山頂は2段になっていて、上の段と下の段を合わせて50mプールくらいの広さ。館跡と呼ばれている場所です。今日の参加者がまとまって食事をしても人であふれかえるようなことはありません。山頂は東側に向かって樹木が刈り払われていて、祇園の街並みの向こうを流れる太田川、その向こうに居並ぶ牛田山、松笠山、二ヶ城山などを見渡すことができます。

 広島市街を望む

 1時20分、再びグループごとに下山開始。下山路沿いの各史跡でも解説員の方が待っていてくれています。
 弓場跡、上高間、下高間、馬場跡と下ってきて、それぞれのポイントでお話を聞かせてもらいました。尾根沿いに下っていった道もいつの間にか谷沿い変わり、やがて民家が見えてくるようになってくると、そろそろ登山ツアーも終盤です。この先に広がる町は祇園の隣町になる山本地区。ここからは最後の解説ポイントになる立専寺(りゅうせんじ)を目指します。

 上高間

 山本地区の住宅街に入ると迷路のような小道にとまどいますが、立専寺に行くには家並みの向こうにそびえる巨大なイチョウの木を目指して歩けば迷わないとのこと。このイチョウは立専寺の隣にある真幡神社の境内にあるもの。ちょうどよいランドマークです。

 立専寺は、もとは金龍院といって、武田氏の祈願所だったのだそうですが、武田氏の滅亡により廃寺になったものなのだそうです。その後再興され、寺号も立専寺と改められたそうです。(伝聞の連発)
 さて、あとは今朝の集合場所だったJA祇園支所に戻るだけです。ここまでケガをしたり体調を崩したりする人がいなくてホッとしています。でもここからは車の通行も多いので交通事故に注意。最後まで気が抜けません。
 
 午後4時、JAに戻ってきました。後続のグループも次々と帰ってきています。みな笑顔で戻ってきたようです。
 第4班も最後に参加者の無事を確認して解散です。今日はみなさん楽しい山歩きができたでしょうか。これを機に自然の大切さに関心を向けてもらえるようになると、一ガイドとしてのみでなく自然観察指導員の立場としても嬉しいです。


 今回は、雇われスタッフなので元々の主催者というわけではありませんでしたが、参加者から見れば主催者側の人間となります。1週間前に行われた下見に参加できず現地の様子がよく把握できていなかったので、特に進行管理と安全管理には気を遣いました(つもりです。ハイ。)。このページ、いつもより写真が少ないことからもyamanekoに余裕がなかったことがうかがえるでしょう。(笑)
 
 自然観察会を行う場合、特に主催者と参加者が明確に区分されている観察会の場合、その講師・スタッフに求められるものは何だろうか。今日、傘を差して山を登ろうとする参加者に注意を促した後、最近よく考えるこのテーマについてまた考えていました。
 自然に関する知識。もちろんそうでしょう。やる気、経験。これも必要ですね。あと話術や小ネタなどのテクニック。これが豊富にあると講師・スタッとして幅が広がるに違いありません。ただ、なにより欠いてはならないものとしては第一にリスク管理ではないかと思っています。ちょっと大げさですが、参加者を楽しい思い出とともにいかにして安全に帰すか、これができてこその講師でありスタッフであろうと。(もちろんyamanekoの実力もまだまだですので、かくありたいという願望ですが。)
 「自分が好きで参加してきたのだから」、「立派な大人なのだから」、「自己責任の世の中なのだから」、いずれも事故という現実の前ではたいして言い訳にもなりませんし、ましてや「元々こちらはボランティアでやっているのだから」、なんて言うに至っては「だったら最初からやるな」と言われてしまいそうです。厳しい話ですが、そこまでを折り込んだうえで関わらなければならないということでしょうか。
 事故が起こった場合、事件としての対応を迫られる場合もあります。損害賠償請求がなされるケースでは金銭的な負担も生じるかもしれません。なにより辛いのは、ボランティア活動を通じて世間に貢献したいというその志までもが大きな傷を負うことになることです。これは悲しいことですし、事故の後処理をしていく上で精神的なダメージとしてのしかかってくることは想像に難くありません。もうこんな活動はすまい、ということになるかもしれませんし。
 
 それでは、観察会を主催する側に立つ場合、どうすればよいのでしょうか。なかなか「これは!」というものが見つかりませんが、数年前に日本自然保護協会主催のリスクマネジメント研修を受講して以来、なんとなく見えてきたものはあります。
 事故を完全になくすことはできません。むしろ事故は起こるという前提に立つことがポイントではないでしょうか。その上で、事故の防止に向けて十分な準備をすること。そして、その準備をしたことが参加者から見ても分かること。また、危険の存在があらかじめ分かっている場合には必要な注意喚起を行うこと。事故が起こったら素早く、かつ、誠実な対応をとること(そのために、ある程度の事故のイメージをしておくことも必要かもしれません。例えば山道で骨折した者が出た場合の連絡態勢や応急処置とか。)。 「主催者側はあれほど十分な対応をとっていたのだから、もうこれ以上はしょうかがない。」と被災者が思ってくれるか否かで、その後の展開がまったく異なると思われるのです。ただ自然を愛する人が集まって善意で観察会をしています、では納得してもらえない局面にも立ち至るかもしれませんから、それなりの心構えが必要なのでしょう。
 そうはいっても、そのようなリスクは日常の生活の中にも数多く潜んでいること。リスクがあるから活動しないなんてことはナンセンスですよね。これからも観察会を行うといった元々の発意はなにより大切にして活動していきたいと思っています。