大雪山(旭岳) 〜北の秋、一瞬で冬景色〜


 

【北海道 東川町 令和元年9月22日(日)】
 
 東京ではまだ残暑の真っ只中のこの時期、北海道の大雪山(旭岳)に行ってきました。ただし、登山ではなく観光でです。そこには「やっぱり北海道は違うわ(感嘆)」という風景が広がっていました。

 
                       
 
 今回の北海道行きはもっぱら富良野観光(ドラマ「北の国から」のロケ地巡り)が目的でしたが、せっかくなので大雪山の雰囲気だけでも味わいたいと、旅の行程に組み込みました。当日は、レンタカーで標高1050mの旭岳温泉に向かい、そこからロープウェイで標高1600mの姿見駅へ。その周囲がテーブル状になだらかになっていて、そこに周囲2km程度の散策路があるので、その辺りの自然を観察しようというものです。

 ロープウェイから

 大雪山に向かう2日前、ニュースで「大雪山が初冠雪」と言っていました。まあ、冠雪なので、山頂部がうっすら白くなっている程度かなと思っていましたが、ロープウェイで上がる途中から白いものが見え始め、「ひょっとして雪の中を散策か」と不安がよぎり始めました。



 旭岳の標高は2291m。で、姿見駅を降り立ったところに広がっていた風景が、これ。
 うん、冠雪してるね…。最果て感はありますが、同じように散策する人はたくさんいたので、心細くはありません。ただ、散策路周辺は雪で覆われているようなので、今日はもっぱら雪景色の観察で終わるかもしれません。

 シラタマノキ

 12時ちょうど、時折ガスに覆われ視界が遮られる中、出発しました。
 これはシラタマノキ。白いのは萼が肥大化して実を包み込んだもので、本当の果実はその中にあります。図鑑などでは中部地方以北の亜高山帯に生育するとありますが、我が故郷の山三瓶山(島根県)でも見ることができるんですよね。

 エゾオヤマリンドウ

 雪の中のエゾオヤマリンドウ。エゾリンドウやオヤマリンドウによく似ています。これらの中では最も小型です。厳しい環境にじっと耐えている感じですね。

 ウラジロナナカマド

 散策路沿いのウラジロナナカマド。寒そうです。ウラジロとは、葉の裏が粉白色をしているから。ナナカマドは四国や九州にも分布しているそうですが、このウラジロナナカマドは北海道と本州中部地方以北の亜高山帯、高山帯に分布が限られるそうです。

 エゾノツガザクラ

 長さ1cmにも満たない小さな花を見つけました。エゾノツガザクラです。花冠はこれ以上は開きません。東北北部以北の高山帯の雪渓の縁や湿地に生えるそうで、まさにここはそのとおりの場所です。こんなに小さくても草本ではなく常緑の低木。花柄の根元の緑色の葉が付いている部分が木本っぽいですね。ツツジの仲間です。

 チングルマ

 海原に浮かぶ小島のように雪のない部分があり、そこでチングルマが紅葉していました。ミニチュアの椰子の木のようなものがドライフラワー化した花茎(木本なので花茎と言っていいか)です。

 擂鉢池

 しばらく登っていくと夫婦池の畔に出ました。こちらは二つ並んだ丸い池の小さい方で、擂鉢池とも呼ばれています。噴火口の跡でしょうか。それにしてもこの景色。真冬か。

 エゾシマリス

 池を見渡せる広場で休憩しているとき、可愛い生き物に出会いました。エゾシマリスです。茂みから茂みへあっという間に駆け抜けて行きました。北海道では10月から翌年の4月まで200日程度冬眠するそうで、このエゾシマリスも冬眠を控えて忙しかったのかもしれません。それにしても1年の半分以上寝ているなんて。



 一瞬ガスが晴れました。これから池の向こう側の縁を歩いていきます。あの稜線(?)の向こう側に夫婦池のもう一つの池、鏡池があります。

 コメバツガザクラ

 これはコメバツガザクラ。図鑑には高山帯の風当たりの強い岩場や岩の隙間に生えるとあります。コメバは「米葉」で、小さな葉ということでしょうか。葉の主脈がへこんでいるので、どちらかというと米よりは麦の実に似ている気がします。

 イソツツジ

 このヒトデのような葉はイソツツジですかね。6月頃、小さな花が球状に集まって咲き、一般的なツツジとはかなり印象が異なります。

 コケモモ

 見るからに美味しそうなコケモモの実。完熟するとかなり甘く、よくジャムにしたものが売られています。 道の駅とかにいくと「コケモモ」を冠したお菓子がたくさん売られていますが、それらすべてにこの実が原材料として使われているとしたら、完全に取り尽くされて絶滅しているでしょうね。お菓子はおそらくコケモモ「風味」なのでは。



 再びガスり始めました。
 ところで、こんな風景を目にするたびに思い出すことがあります。遠い昔(たぶん小学生の頃)テレビで見た「人間の条件」という映画のラストシーンがこんなだったような。 その記憶が50年くらいたった今でもときおりよみがえってくるのです。その記憶の中にあるラストシーンとは、
 終戦後、満州に侵攻したソ連軍の敗残兵狩りから地獄のような逃避行を続け、願い叶わず遠い異国の地で行き倒れてしまう主人公。降り積もる雪の中、故国で待つ妻の名を呼び息絶える。遠のく意識の中にはっきりと妻の待つ我が家を見ていたが、やがてそれも薄れ、途切れてしまう。
 ちょうどその頃、一人夫を待つ日々を送っていた妻がふと夫の声がしたような気がして、裁縫の手を止め顔を上げる。部屋を見渡すとストーブの薬缶がチンチンと湯気を吐いていて、辺りは静寂があるのみ。気のせいかと、再び視線を手元に落とす。

 ここで映画はエンディングです。決してハッピーエンドでない、人の一生の理不尽な終わり方に子供心にも衝撃を受けつつも、二人の思いが最後かすかにシンクロしたと思わせるところも印象的でした。それが記憶の襞にしまい込まれたワンシーンをときどき呼び戻す理由なのでしょう。当時このような別れをした人たちはたくさんいたんでしょうね。ただ、何回も思い出したラストシーンではあるのですが、不思議なことにネットで検索しても妻が夫の声を聞いたくだりが出てきません。ひょっとして何か別のドラマと混同しているのでしょうか(そうすると、ストーブの描写は現実の自分の実家の風景だったのかもしれません。)。

 メアカキンバイ

 亀の手みたいな特徴的な形の葉。メアカキンバイです。北海道で見られ、大雪山系は主な生育地の一つだそうです。図鑑で見ると花弁の色がもっと濃いようですが、これはかなり色が抜けています。雪を被ったせいなのかな。

 ホシガラス

 ホシガラスがハイマツの実を食べていました。こちらとの距離、約3m。一心不乱に食べていました。



 またガスが晴れました。遠くに鉄塔が見えていますが、あの辺りから歩いてきたことになります。



 一方、山頂方向は。おお、激しく噴煙が上がっていますね。蒸気でしょうけど。
 地形的には、山頂直下から西側に向かってV字型の谷が延びていて、その谷の内側に何箇所か噴煙が上がっている場所があります。写真はちょうどその谷の底から山頂方向を見上げたものです。

 キバナシャクナゲ

 雪の中から顔を出してるこれは何? 常緑の葉(の基部と葉柄)がちょっと見えていて、その中央から枯れた花柄と額が伸びています。額の一つからは雌しべの柱頭が伸びていますね。これはおそらくキバナシャクナゲでしょう。夏にはこの辺り一面に薄黄色の花を咲かせていたのではないでしょうか。



 それにしても、寒いです。まだ9月なんですが。(遭難してないよね。)



 結構あちこちから蒸気が出ています。

 ミヤマアキノキリンソウ

 寒さにやられたのか、元気を失ったミヤマアキノキリンソウ。葉はまだ大丈夫そうです。やはり低地で見かけるアキノキリンソウよりかなり小型です。

 ミヤマリンドウ

 このしな垂れてしまっているのはミヤマリンドウですね。雪の重さに耐えきれなかったんでしょう。花茎の長さは10cm弱で、かなり小型です。

 エゾマルバシモツケ

 既に花冠がドライフラワー化してしまっているエゾマルバシモツケ。今日3つめの「エゾ」を冠した植物です。なお、山渓の図鑑「高山に咲く花」には「エゾ」又は「エゾノ」を冠する植物は約100種掲載されていました。

 コケモモ

 ここにもコケモモが。国立公園内なので、いや、それ以前に野生動物の貴重な食物なので、採って食べたりしてはいけません。

 旭岳石室

 今日の散策路の最高地点までやって来ました。ロープウェイ駅からの標高差は60mほど。姿見展望台という場所ですが、なにも展望はありませんでした。すぐとなりにあるはずの姿見の池もよく見えません。展望台脇には石を積み上げて作られた「旭岳石室」という小屋がありました。この辺りは積雪も多いでしょうし雪崩もあるでしょうから、石造りでないともたないんでしょうね。

 チングルマ

 姿見展望台からはロープウェイ駅まで下っていきます。ところで、チングルマが生えている箇所がこうやって雪がない(早く溶ける?)というのは、何か理由があるのでしょうか。

 オオダイコンソウ?

 うーむ、これは何だろう。ダイコンソウの仲間っぽい印象ですが。葉の様子からはオオダイコンソウのような。図鑑では北海道にも分布しているとのことです。

 シラタマノキ

 シラタマノキの実はどんな動物が食べるんだろと検索してみると、ナキウサギが食べている動画がヒットしました。可愛い過ぎでした。人間サイズに置き換えるとメロンをまるごと食べるような感じ。栄養価も高そうですし、ナキウサギにとってご馳走なんでしょうね。

 クロウスゴ

 見るからにブルーベリーのような実を付けているのは、クロウスゴ。漢字では「黒臼子」と書きます。これも動物たちの貴重な食物ですね。

 ナナカマド

 これはナナカマドの実。本来は散房状にたくさん付くものです。これはどちらかというと鳥たちの食物ですね。



 12時50分、ロープウェイ駅が見えてきました。

 姿見駅

 なんとなく掘っ立て小屋感がありますが、立派な駅舎です。

 スタート地点

 1時間の散策を終えてスタート地点に戻ってきました。ここまでいくつかの花や実を紹介してきましたが、これは鵜の目鷹の目で探したもので、ぼんやり散策していたら「雪だけだったねー」で終わるところでした。(数日後、この雪はすべて溶け、紅葉の本番を迎えたとのことです。)

 ヤマハハコ

 駅舎の間に咲いていたヤマハハコ。特に傷んだ様子はなく、目立った降雪の影響は見られませんでした。近くに庇や機械設備などがあるので、気温の下がり方が若干緩く、より生育しやすいかもしれません。
 
 ここまでで旭岳での自然観察は終わり。ロープウェイの山麓駅まで下りて、そこで昼食。そこからレンタカーで旭川に向かいました。

 大雪連山

 夕方、旭川市内に入り、その頃になると大雪山に被さっていた雲がきれいに取れていました。
 写真は日没間際、石狩川に架かる橋の上から見た大雪連山です。左端が愛別岳(2113m)、鞍部を挟んで比布岳(2197m)、安足間岳(2194m)、右前に少し下って当麻岳(2076m)、奥まったところに熊ヶ岳(2210m)、そして右端が旭岳(2291m)です。