生藤山・三国山 〜日本武尊伝承の息づく山〜


 

【神奈川県 相模原市・山梨県 上野原市 平成21年4月19日(日)】
 
 4月も半ばとなり、すっかり春本番となりました。街の街路樹も新緑が日に日に伸びていっています。さあ、いよいよ野山に出かけるのにいい季節となりましたぞ。
 今日は神奈川と山梨と東京の3都県境に位置する生藤山と三国山に行ってみたいと思います。標高は1000m弱。なまった体に活を入れるのにちょうどいいくらいでしょう。
 朝6時起床。朝食と着替えを済ませリュックの準備を終えてソファに座ったとたん、あっという間に二度寝してしまい、気がついたら9時半。せっかく(少しだけ)早起きしたのに、と舌打ちしながら駐車場へ。結局出発したのは10時でした。
 
                       
 
 首都高4号線から中央道に入り、「高速1000円効果」の渋滞もなくスイスイと走って、山梨県の上野原ICで一般道へ。そこから境川という小さな川に沿って谷間を北上していきます。この辺りは神奈川・山梨県境が入り組んでいて、道は両県を出でたり入ったり。やがて現れた小さな集落で今日の弁当を仕入れて、さらに道をさかのぼります。車の外は初夏のような輝く日射しです。

 石楯尾神社

 しばらく行くとこんもりとした社叢が見えてきました。今日の山歩きのベースとなる石楯尾(いわだてお)神社です。ここに車を数台停められるスペースがあるのです。縁起を記した看板によると、石楯尾神社は、日本武尊が東征の折、持参していた天磐楯(あめのいわたて)を東国鎮護のためにこの場所に鎮め、神武天皇を祀ったのが始まりなのだとか。この辺りは日本武尊の東征にまつわる故事が多く残っている地域なのだそうです。
 リュックに弁当を詰め込んで靴を履き替えたら準備完了。手水で喉を潤して、さあ出発です。

 上岩集落

 歩き出しはのどかな田園風景。頬をなでる風も優しく、陽光は輝くばかり。どこか遠くでケーンとキジの声が聞こえてきます。これぞ里山、といった申し分のないリラックス空間です。

 ノウルシ

 道ばたの休耕地にノウルシが群落を作っていました。ちょっと肉厚でキャベツのようなみずみずしさなので一見食べられそうですが、葉を切ると乳白色の汁が出てきて、ウルシのようにかぶれてしまいます。これが名前の由来でもあるのです。

 登山口

 やがて民家が途切れると左手に分かれる小径があります。ここが登山口です。


Kashmir 3D

 今日は、ここから谷沿いに進み、その奥から山腹をグングンと登っていきます。佐野川峠で稜線に出るとそこから北上。途中、甘草水という休憩ポイントを経て、さらに標高を上げていき、神奈川、東京、山梨の境界となっている三国山の手前で右手にそれて生藤山へ。そこから折り返してあらためて三国山に向かうというコースです。

 ホウチャクソウ

 登山口から小径を進むとそこはスギとヒノキの混合林。やや薄暗い中にホウチャクソウを見つけました。蝶に例えるなら羽化したばかりといったところです。まだ花は緑色。やがてこれが白い色になっていきます。

 小さな社

 登山道脇にあった小さな社に今日の無事を祈って、また登り始めます。

 山腹を登る

 ヒノキの植林地の中をゆっくりと。木漏れ日を浴びながら歩くと自分の体もマーブル模様に。開けた場所を歩くのも爽快ですが、こういった場所も気持ちいいですよ。

 イタドリ

 葉を伸ばしはじめたばかりのイタドリです。見るからにしなやかで美味しそうですね。

 キランソウ  イカリソウ

 変わった形の花二種。キランソウはシソ科に共通した特徴である唇弁花です。花冠の下の部分が前に突き出した唇のような形をしていて、この部分は虫が着地しやすいような、ちょうどプラットフォームのような役割を果たしています。一方、イカリソウはなんだか訳の分からない形をしてますが、これは「距」(花弁の一部が管状に変化したもの)が四方に向かって反り返っているもの。距の中には昆虫をおびき寄せる密が入っています。昔の和船に用いられた4本鈎の錨に似ているからこの名が付きました。勉強用に一つ花冠を取らせてもらって、丁寧に分解してみるとその構造がよく分かりますよ。

 エイザンスミレ

 半日陰を好むエイザンスミレ。スミレにはめずらしく葉が細かく裂けた複葉になっています。葉だけ見たらとてもスミレのものとは思えませんが。淡い桃色がなんともいい雰囲気を醸していますね。

 ヒトリシズカ

 中腹より上になるとこの花、ヒトリシズカが多く見られるようになりました。「花」といっても花弁も萼もなく、雌しべ1個と雄しべ3個があるのみ。その組み合わせを1個の花として、花茎の先端に10数個集まった花穂を作っています。

 つややかな葉が木漏れ日を照り返し、白い花をより白く浮き立たせています。天然のレフ板ですね。ずっと眺めていても見飽きない姿をしています。

 稜線へ

 何度も足を止めながら、ようやく稜線にたどりつきました。佐野川峠、標高は760m。歩き出しからは約350mほど登ったことになります。ここで小休止。水分補給をして、これからは尾根道を辿りながら少しずつ高度を上げていきます。

 ヤマザクラ

 道沿いにはところどころにヤマザクラの大木がありました。個体としてはかなり年齢を重ねたものばかり。それでも春の訪れとともにたぶん何十回目(何百回目?)かの花を咲かせていました。この桜もいずれ次の世代に命を繋いでいくことでしょう。

 甘草水

 左手から別の稜線が合流する地点、「甘草水」に到着。ここは休憩ポイントのようで、いくつかベンチが据え付けられていました。展望も開けています。「甘草水」とは、正確にはここから右手に50mほどそれたところにある湧水の名前のことです。言い伝えによると、日本武尊の東征の際、この山に兵を進めたものの水がなく苦しんだのだとか。そのとき尊が鉾で一つの岩をたたくとそこから清水がこんこんと湧き出し、その後その湧水を甘草水と呼ぶようになったということです。
 yamanekoもここで遅い昼食にすることにしました。

 あー、それにしてもいい陽気。稜線を越える爽やかな風。降りそそぐ陽光。見上げれば今を盛りと咲く桜。ヤマザクラなので開花と同時に葉も展開していますが、それがまた雅な雰囲気です。佳きかな、佳きかな。

 ここが本当の「甘草水」

 昼食後、本当の「甘草水」を訪れてみました。ここは稜線からわずかに下ったところ、神奈川県側に向かって広がる一つの谷の始まりの部分に当たります。四畳半くらいの広さの窪地の周囲が柵で囲まれていて、その周囲に降った雨がいったん地中にしみこんで、その下のところで湧き水となって出てきているのです。

 タテヤマリンドウ?

 さあ、また歩き始めましょう。さっそく小さなリンドウを発見。見た目にはタテヤマリンドウのようでもありますが、標高1000m足らずのこの場所に咲いているものだろうか。まぁ、あってもおかしくないか。

 山頂手前の分岐

 やがて三国山山頂直下の分岐までやってきました。ここを右手に折れて、まずは生藤山の方に向かいます。

 芽吹きはじめの道

 ここは落葉広葉樹の林。今まさに芽吹きが始まったところです。林の奥にまで差し込んでいる光と、木々の枝先の淡い緑とで、1年のうちで最も綺麗な姿を見せる時期です。なんかウキウキしてきますね。

 岩場の急登

 生藤山の山頂直下は安山岩質の岩場。足元に気をつけながら、一歩一歩登っていきます。

 生藤山山頂  リョウブ

 岩場を登っている時間は5分ほど。あっという間に山頂に到着しました。標高は990m、広さは10畳ほどで、周囲は樹木に囲まれていて展望は良くありませんでした。残念。とりあえずここで小休止です。見上げると、去年の果穂を残したリョウブの枝先に若葉が伸び始めていました。この木も毎年飽くことなく生のサイクルを繰り返し、その寿命が尽きるときまで淡々と生きていくんだな、なんてぼんやりと考えてしまいました。

 三国山へ

 生藤山山頂でちょっと休憩してから、折り返して三国山へ向かいます。途中の分岐から伸びる階段状の坂を登ると、山頂はすぐそこです。

 スゲの仲間?

 階段の脇でこんなものを見つけました。ぱっと見、スゲの仲間の雌小穂のように見えます。ピンク色というのにちょっと心当たりがありません。どっかで見たことがあるような気がするのですが。それにしても、小さなものでも拡大して見てみると興味深いものが多いですね。

 三国山山頂

 三国山山頂です。こちらは生藤山よりちょっと低い960mほどの標高。山頂でありながら「三国峠」と呼ばれているのは、すぐ隣にある生藤山との関係でしょうか。一応こちらも独立したピークになっていて、武蔵、甲斐、相模の三国の境界となっているのですが。でも山頂の広さは生藤山の3倍くらいありました。

 山頂からの展望

 山頂からは西の方角の展望が開けていました。手前に見えているゴルフ場は上野原CCです。正面には権現山(1312m)、その左奥には扇山(1137)。春霞の中にキラキラ光るところがあったので双眼鏡で覗いてみたら、どうやら中央道の談合坂SAに停まっているたくさんの車からの反射のようでした。ここから直線距離で10qくらいでしょうか。

 下山

 山頂でひとしきり展望を楽しんだら下山開始です。来た道に戻るのではなく、稜線沿いに北に下って、最初の鞍部で谷に向かって下っていきます。

 カエデの若葉

 見上げると、イロハモミジでしょうか、ここでも若葉が展開していました。本当にいい季節ですね。

 軍刀利神社奥社

 急な斜面をジグザグに何度もトラバースするように下っていき、やがて膝が笑いはじめた頃に、木立の先にこぢんまりとした神社を見つけました。神社の裏手に下りてきた格好です。

 遠近感、変じゃない?

 この神社は軍刀利神社(ぐんだりじんじゃ)の奥社なのだとか。元々は密教の五大明王の一つ「軍荼利明王(ぐんだりみょうおう)」を祀ったものだったそうですが、いつの頃からか日本武尊を祭神とするようになったのだそうです(ちなみに「茶」ではなく「荼」です。)。
 表側に回って参拝したあと、何ごともなく階段を下りたのですが、ふっと振り返ってみて一瞬自分の目がおかしくなったのかと思いました。何か遠近感が変なのです。神社とその手前にある樹木とに、いかにも合成写真っぽい違和感を感じたので、ぐるっと顔を回して周囲見渡してみて初めて理解できました。樹木があまりに巨大すぎたのです。

 「宇宙」

 戻って近寄ってみると、この木は巨大なカツラでした。帰ってから調べてみると、高さ31m、目通り9m、樹齢は300年以上だそうです。その根は神社が建っている岩盤をがっちりと抱え込み、いくつもの根がその隙間にも入り込んでいて、幹は何本かに分かれてまっすぐに天を目指し、大小の枝が四方にその腕を巡らせ、まるであたり一帯の空間をまるごと抱え込んでいるかのようでした。その生命力というか「気」というか、ちょうど磁石のN極とN極を合わせたときに感じる目に見えない力を全身に受けたような、そんな感覚に包まれて驚かされました。このカツラは脇を流れる渓流に直接根を差し入れていて、ここから吸い上げた水を、あの高い枝の先にある若葉にも届けているのかと思うと、どんだけの力を持ってるんだ、と感心しきり。根元に立って見上げると、このカツラだけで一つの宇宙を形成しているようでした。まさに鳥肌ものです。

 ニリンソウ

 奥社で小1時間感動して、もういいだろというほど満足してから再び下りはじめました。しばらく行くと軍刀利神社の本体というか本社というか、立派な社殿があり、ちょうど今日は祭礼が行われているようでした。

 井戸集落

 神社からさらに下ると井戸という集落に出ました。のどかな里山の午後です。
 ここから上野原の駅までバスがあり、ドリーム号を停めた石楯尾神社の前にも停留所があるのですが、ここはストレッチも兼ねて歩いて戻ることにしました。

 戻る道すがら見上げる稜線。写真の奥のピークはおそらく甘草水の辺りでしょうか。三国山や生藤山はここからは手前のピークが邪魔になって見えないのです。
 今日は、都心では過ぎてしまった「早春」をもう一度感じることのできる、楽しい山歩きでした。この時期、山々は様々な緑色に彩られて斑模様になっています。初夏までの限られたこの素晴らしい季節。来年も、再来年も楽しみたいと思います。