白木山 〜広島のバックボーン〜


 

【広島市安佐北区 平成17年3月13日(日)】
 
 3月も半ばになり春の足音がだんだん近くに聞こえてくる頃になりました。と言いたいところですが、不意打ちを喰らわす恰好の大寒波がやって来ました。
 昨日は沿岸部でも雪が舞い、近郊の山々も吹雪にその姿をかき消されていました。
 明けて日曜日の今日。天気予報では昨日に増して冷え込むと伝えていましたが、外を見ると青空です。ということで予定どおり白木山の山歩きをすることにしました。

 白木山駅

 広島駅9番ホーム、7時55分発のディーゼル車に乗って芸備線を北上します。車内には朝帰り風の人がパラパラと。あとは自分と同じような山歩き風の人が何人かで、閑散としたものです。
 登山口のある白木山駅に着いたのは8時34分。さすがにここで降りるのは山歩きの人だけです。
 駅の近くの集合場所には既に何人かが先着していて、それぞれ準備を始めています。今日の参加者はyamanekoを含めて6人。いつものメンバーです。

 大きな山塊

 それにしても寒い。というか指先や耳が痛い。日差しがあるとはいえじっとしているのが辛いくらいです。
 集合場所から白木山の方を見ても山頂を臨むことはできません。白木山の山塊は大きく、そこから張り出した尾根に遮られてしまうのです。上の写真の山並みの最奥に見えている白銀の稜線は白木山山頂と隣の鬼ヶ城山とを結ぶ尾根筋です。今日は白木山山頂を踏んだ後ここを歩いて鬼ヶ城山まで行き、そこから下山する予定です。白木山と鬼ヶ城山との標高差は150mほどありますが、その間の稜線には鞍部と呼べるようなくびれはなく、ほぼまっすぐな尾根で結ばれています。これらが一つの大きな山塊となって広島の奥座敷に鎮座しているのです。


Kashmir 3D

 トイレだストレッチだと、なんだかんだで出発したのは9時15分になりました。

 登山口

 9時20分、登山口に到着。ここからいきなりの急登となります。
 白木山は広島市近郊に位置する山ですが、他の山とは一格違う重厚な存在感のある山として知られています。
 標高は889m。傾斜が急な上にほとんど直登で、さらに登山口からの標高差が820mもあることから、国体の県予選に使われたりアルプスを登にり行く人がその予行演習に登ったりと、ちょっと一目置かれている山なのです。

 一歩一歩

 9時40分、2合目を通過。「馬の背」という標識がつるされていました。地形から名付けられたものでしょうか。辺りは雪景色。でも青空と木漏れ日で心は軽くなります。
 10時5分、3合目。今度は「獅子の門」とあります。ときどき通り過ぎる風が枝を揺すると、キラキラとパウダースノーが舞い落ちてきます。厳しい冷え込みで雪質もサラサラです。
 10時20分、4合目。「別当松」です。別当とは平安時代の検非違使庁の長官、鎌倉幕府の政所・侍所・公文所などの長官のことをいい、そのほかにも僧官や荘官の一種の名前でもあるそうです。もっとくだけたところでは、庄屋や村役人のことを指したり、遊女の取り締まりや乗馬の口取りをしたりする人のことも別当といったそうです。いずれにしても曰く因縁のありそうな松です。(でもまてよ、松の寿命ってどのくらいだったっけ?)

 山頂  ズームイン

 10時27分、「天馬の段」というところまでやってきました。ここが5合目でしょうか。標高538m。登山口からの急な登りもここで一段落です。
 白木山駅からの登山道はほとんど樹林の中を登ることになるのですが、ガイドブックには唯一ここからのみ山頂を臨むことができるとありました。確かに山頂の電波塔が正面に見えます。ここから7合目辺りまでの傾斜が若干緩くなるため、地形的に前方の視界が開けるからです。左右の見晴らしも良く、右手には広島湾に浮かぶ島々、左手には三篠川沿いの集落が見えます。

 ブナ

 10時50分、7合目。「営門の段」です。6合目の札は見つけられずじまいでした。
 営門とあるからには、ここには兵営が築かれていたのでしょうか。でもあまり白木山と戦国の山城とを結びつける話は聞かないので、後に名付けた呼び名なのかもしれません。
 この辺りになると積雪も多く、ひとたび風が吹くとあたり一面吹雪のように雪が舞い、10秒間くらいは視界0mになります。その間はみんな立ち止まり吹雪が去るのを待つのです。傾斜もまたきつくなってきました。

 山頂はすぐそこ

 11時5分、水場に到着。なんとここからも山頂を臨むことができました。去年の台風で高い木が倒れたからでしょうか。青空をバックに白く輝く山頂はまさに「清冽」という表現がぴったり。この風景を見ることができたなら今日はこのまま下山しても悔いはない、と思えるほど感動しました。
 さあ残りはあとわずか。ここから右手に巻きながら尾根道を進むと、ほどなく山頂です。

 あと少し

 11時10分、8合目の「風の穴」を過ぎると頭上が開けてきて山頂が近いことをうかがわせます。足下を見つめながら一日一歩登っていきます。歩くたびに雪を踏み固めるクククッという音が心地よく聞こえます。
 11時25分、9合目を過ぎるといよいよ頂上も間近。
 そして11時45分、ついに山頂に到着です。所要時間2時間30分。標準で2時間強ですから一般的にはややスローなんですが、いっぱい道草をしながら歩く我々のいつものペースからすると「超」が付くほどハイスピードで登ったことになります。

 山頂

 山頂には数人の先客がいました。単独行の人が多いようです。
 それにしても凄い青空でいい天気。風は強くはありませんがなにしろ冷たいので、風の通り道を避けて腰を下ろすことにしました。雲も近いです。
 しかしこんな風景の中に身を置くことができるなんて。時季はずれの大寒波もこんな素晴らしい景色を用意してくれたのだからナイスタイミングと言わざるを得ません。お疲れぎみの体も心も一気に解放されていくようです。
 
 北東から延びてきた大きな山塊は、ここ白木山をピークとし、さらままっすぐ南西に向かって延びています。その先端に位置する鬼ヶ城山からは広島平野を一望することができ、中国山地の中位面から突き出した巨大な展望台のようでもあります。
 白木山山塊は、地理地形的にも、山歩きをする人たちの思いの中でも、まさに広島のバックボーンといえるのではないでしょうか。

【東】 【南】
【南西】 【北西】

 山頂からはグルリ360度の展望。
 南東側には三篠川をはさんで、正面に高鉢山。右手手前には木ノ宗山や二ヶ城山。遠くには絵下山や野呂山も見えます。南に下がっていくと広島湾に似島、江田島の姿も。
 北西側には根之谷川が流れていて、すぐ眼下には可部町三入地区の新興住宅団地が。その南には来週登る高松山。奥には福王寺山、その右手に堂床山、可部冠山と続き、さらにもう一段奥には牛頭山、久地冠山など。その先はもう中国山地で、今日は雪雲の中に隠れています。
 この白木山山塊は、北東−南西に走る断層に沿って発達した三篠川と根之谷川とに挟まれる形で削り残されたものなのです。そしてこの二本の川は、山塊の先端に位置する鬼ヶ城山の先で西からやって来た太田川本流と合流します。
 広島県西部の地形の特徴として北東−南西に走る断層が平行に幾本も走り、それに沿った谷が発達しています。これは日本では他に例を見ないものだそうで、そのエリアはほぼ太田川水系の流域と符合します。西からやって来た太田川本流は、その途中でも断層沿いに流れる鈴張川、水内川、丁川など多くの川を左右から招き入れ、そして広島湾に注いでいるのです。

 鬼ヶ城山へ

 12時30分、昼ご飯も食べ終え、鬼ヶ城山を目指して出発することにしました。
 両側を樹木に囲まれた尾根道は小さなアップダウンを繰り返しながら徐々に高度を下げていきます。気温が低く足下の雪が融けていないので、比較的歩きやすいです。
 ときおり尾根筋を越えていく北西の季節風がゴーゴーと林を揺らしていきます。

 林道と合流

 1時15分、山塊の北斜面から上がってきた林道と合流。ここの標高は740mほど。延々歩いて山頂からまだ150mほどしか下がっていません。しかもここから先は鬼ヶ城山までほぼ水平移動です。

 雪の林道

 この山塊には大きな電波塔があちこちにあり、この林道はその保守管理用のものです。道は尾根筋の北側を通ったり南側を通ったりしながら延びていて、北側には写真のように雪が沢山残っていますが、南側の雪はもうほとんど融けてしまっていました。やっぱり日差しのエネルギーは強力です。

 広島デルタ

 1時40分、798mピークを回り込んで山塊の先端部近くまでやって来ました。ここからは南の展望が開けています。眼下に高陽地区の住宅地、正面の二ヶ城山を挟んで広島のデルタ、そしてその向こうの広島湾まで一気に見渡すことができます。
 ここから見えるすべての場所からここが見えるのか…。ということで、逆に目の前の二ヶ城山から白木山方面を見渡したのが下の写真です。(先日、二ヶ城山に行ったときに撮った写真)

 逆から見たところ

 ひとしきり展望を楽しんだら、鬼ヶ城山を目指してまた稜線の道を歩き始めます。振り返ると白木山の山頂が見えました。あそこからずっと稜線を歩いてきたのです。もう雪はだいぶ融けてしまったようで、そうしてみるとまさに絶妙のタイミングで白銀の山頂を踏むことができたのだと思います。 

 白木山山頂

 南側に面した林道はすでに雪の「ゆ」の時もなく、まさに早春の様相。北側とはまるで違う世界です。
 この先、林道は鬼ヶ城山の山頂直下を巻く形で半周し、そこで終点となります。鬼ヶ城山は山頂からの展望が悪いとのことなので、あえて寄らないことにしました。

 南に面した林道

 「グォッ、グォッ」 ん?何かの声がします。

 ドンビキ

 ほんの小さな水たまりにヒキガエルが大集結していました。子孫繁栄のための作業中です。失礼しまーす。
 しかし、あっちにもこっちにも。みんな水たまりを目指しているようで、なかには背中にオスを乗っけたままのそのそと歩いているものもいました。
 ここは山からの湧き水が流れ込む場所らしく、晴天の日が続いてもこの水たまりが干上がることはないようです。

 産み立ての卵  「ほっといてくんない?」

 ヒキガエルの卵は直径1pほどのゼリー状のチューブの中に並んでいて、まさに羊腸のごとしです。でも産み立ての卵はにはゼリー状の部分はほとんどなく、ポッキーくらいの太さでした。これからふやけて太くなるのでしょうか。
 みんな子供に返ったようにあーだこーだと盛り上がっていました。

 上深川地区

 2時20分、林道の終点に到着。ここの標高は700mです。ここからふもとの上深川地区に向かって一気に650mを急降下するのです。
 さあ、あと一踏ん張り。スリップしないように気を引き締めて下っていきましょう。

 巨岩

 250mほど下ったところに「← 20畳岩」という小さな看板がありました。
 「20畳…?」 きっと大きな岩があるのでしょうが、それにしても20畳とは妙にリアルというか正直というか。ふつうちょっと大きな岩があると「百畳」とか「千畳」とか大げさに名付けるものですが。
 その謙虚さに惹かれて行ってみることにしました。
 が、それらしい大きく平らな岩はありません。平らな岩はあることはあるのですが、6畳とか4畳半とかのものばかり。3LDK分を合算して20畳だったのでしょうか。結局、それらの岩を見下ろすことができる巨岩の斜面が20畳くらいあるだろうということで、この巨岩を20畳岩ということにしておきました。(岩のてっぺんにいる人の大きさと比較してください。)

 アセビ  イワガラミ

 3時20分、312mピークの横を通過。ここからは今日のコースで初めて谷筋を歩くことになります。

 小さな沢

 沢の音はいつ聞いても心が落ち着きます。しゃがんで手を浸けてみるとやっぱり冷たい。雪解けの水ですから。
 この水は日本海上空の湿った空気が中国山地にぶつかって雪や雨となって降ってきたものでしょう。まだまだ旅の途中。これから三篠川に注ぎ太田川と合流し、広島のデルタを抜けて瀬戸内海へと流れ出すのです。
 
 3時40分、大きな砂防堰堤を過ぎると集落が見え始めました。
 いつの間にか日が傾いてきています。

 下深川から

 4時ちょうど、上深川に到着。長かった今日の山歩きもこれで終了です。誰もケガをすることなく楽しい一日になりました。出発地点に車を置いているメンバーは上深川駅から白木山駅まで2駅ほど戻ることになります。yamanekoを含む3人はここからバスに乗って帰ることに。
 振り返ると西日を浴びた鬼ヶ城山が見送ってくれていました。
 
 (ところが時刻表を見ると次のバスまで1時間! まじっスか?)