下総台地と大町自然観察園

 
 下総台地は千葉県北部に一帯に広がる標高20mから50mのなだらかな台地です。その成り立ちは、約50万年前から10万年前頃にかけて古東京湾と呼ばれる浅海域で堆積した下総層群と呼ばれる地層の上に、関東ローム層が被さったもの。関東ローム層は主に富士山が供給した火山噴出物で、隆起して陸地化した下総層群の上に約1万年前までの間に降り積もったものです。
 下総台地は日本でも有数の広さで、武蔵野台地の2倍以上あります。台地の西半分は、東半分に比べて標高が低いですが、これは関東造盆地運動の影響を受けて、北西に向かって傾斜しているためと考えられています。

下総台地
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 台地の縁辺部には数多くの谷が刻まれていて、その地形と水利の良さを利用してに不定形の小さな田圃がたくさん作られていきました。これが豊かな里山環境を育んできた歴史があります。一方、台地の奥は、水利の悪さから昔から集落自体が作られにくく、原野か、あるいは牧草地として利用されてきました。
 明治時代になってから、失業士族を中心に入植が始まり、現在の鎌ヶ谷市初富を皮切りに、二和(船橋市)、三咲(船橋市)、豊四季(柏市)、五香(松戸市)と拡大し、それぞれ入植順にちなんだ地名が付けられたそうです。現在、千葉県を代表する作物として落花生がありますが、これは明治中期から八街市(この名前も8番目の入植地にちなんだものです。)を中心に作られ始めたもの。下総台地ではこのほかにもスイカやサツマイモなど、その土壌に適した作物の栽培が進められ、現在では全国有数の生産量を誇っています。

下総台地西部
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 開発の波は農地だけではなく、その後の鉄道や幹線道路の敷設を契機として宅地化が進み、高度経済成長期には千葉ニュータウンに代表される大規模住宅地の造成へとつながっていきました。その結果、長閑な田園風景と広大な住宅地が上手くマッチした地域となっています。下総台地西部では鉄道網も比較的充実していて、台地を南北に走るJR武蔵野線、東武野田線、東西に走る北総鉄道、京成電鉄本線、東葉高速鉄道があります。ちょっと異色なのは新京成電鉄で、松戸から津田沼までうねうねと蛇行しながら台地の分水嶺を走っていて、そのため橋梁が一つもないのだそうです。

大町自然観察園

 上の写真で分かるとおり、自然観察園の周辺はビックリするほどの田園風景です。実はこの農地、ほとんどが梨園。この辺りは二十世紀なし発祥の地なのです。自然観察園に車で行く場合には南側の駐車場を利用します。また、電車で行く場合にはすぐ北側にある大町駅(北総鉄道)が便利です。
 自然観察園は台地を刻んだ「長田谷津」と呼ばれる谷地(やち)を巡る湿潤な環境の場所です。ひとたび中にはいると、周囲を木立で囲まれているせいで、ずいぶん田舎にやってきた感じを受けます。市川市の施設として博物館や動植物園なども併設されています。 
 


市川市HPより