千畳敷カール 〜雲上の季節はまだ早春〜


 

【長野県 駒ヶ根市 平成25年7月12日(金)】
 
 7月に入り早々に梅雨明け。そしてそれと同時に夏風邪をひいてしまいました。2日ほど寝込んだ後になんとか回復したのですが、日々の暑さが体にこたえます。喉も荒れてヘリウムを吸ったような声だし。そんな今ひとつ本調子になれないときには、やっぱり山に行ってリフレッシュするしかないでしょう。ちょうど代休があるので、金曜日から出かければ混雑を避けて快適に山歩きができるかもしれません。
 ということで、今回向かったのは中央アルプスの木曽駒ヶ岳。氷河が削り出した圏谷、千畳敷カールのあるところです。標高は2千メートル超。いかに梅雨明け後の猛暑とはいえ、さすがにここは涼しいでしょう。まず初日にロープウェイを使って千畳敷カールまで上がり、そこで1泊して翌日に木曽駒ヶ岳を目指すという計画です。
 
                       
 
 ここで白状しておくと、2日目は天候不良で木曽駒ヶ岳登山をあきらめるという悲しい事態になりました。代休を使って遠路長野県までやって来て、しかも前泊までして臨んだのに。なので、今回は千畳敷カールの中の散策のみという、贅沢なんだか中途半端なんだかよく分からない山歩きとなったのです。
 
 さて、現地には午後に到着すればよいので、東京出発は余裕の午前9時。天気は晴れ。平日ということもあり中央道は渋滞もありません。途中、2回ほど休憩をして、駒ヶ根ICを下りたのは12時半でした。

 菅の台駐車場

 木曽駒ヶ岳へのアプローチは、菅の台から始まります。駒ヶ根ICからは5分ほど、マイカー用の大きな駐車場があり、ここに車を停めて乗り合いバスでロープウエイ駅のあるしらび平に向かわなければなりません。しらび平の標高は1700m。ここ菅の台との標高差は850mあり、その間のくねくねと曲がった細い道を登っていきます。

 バスは30分おきに出ていて、次の1時15分発の便まで20分ほど時間があります。その間、チケットを買ったり昼食のおにぎりを食べたりして、なお時間があったので辺りをブラブラと。すると遠くに目的の千畳敷カールが見えるではありませんか。こんな遠くからでもはっきりそれと分かる地形。よほどでかいということでしょう。

 千畳敷カール

 アップで見るとプリンの角をスプーンですくい取った跡のような地形をしています。正面の壁に聳える鋭い峰は宝剣岳(2931m)。木曽駒ヶ岳へはあの壁を登ったその先約1qのところにあり、ここからその姿を望むことはできないようです。上空に青空は見えているものの、やはり雲が多いよう。天気の下り坂を予感させる空模様です。

 しらび平駅

 定刻どおり1時15分の便に乗って、30分ほどでしらび平に到着しました。平日、しかもこの時間帯ということで人影はまばらです。これがシーズン中の休日になるとロープウエイに乗るのに2時間待ちはざらという状態になるとのことで、明日辺りはまさにそうなるのでしょう。
 ロープウエイは30分間隔で発車していて、次は2時ちょうど。それに乗ると7分半ほどで標高差850mを駆け上り、あっという間に標高2611mの千畳敷駅まで連れて行ってくれるのです。ちなみにこの千畳敷駅にはホテル千畳敷が併設(?)されていて、今日はそこに泊まることになっています。

 そして、千畳敷駅に到着し、外に出たとたんにどどーん! と、この絶景。これが千畳敷カールです。写真をパノラマ合成しているのでなんとなくまっすぐな壁に見えますが、実際には円形劇場のように湾曲していて、こちらに迫ってくるようでした。


Kashmir 3D

 今日は夕方までこのカール内を散策し自然観察をするつもり。そして、当初の予定では、明日の早朝に宿を発って岩壁を登り、宝剣岳の右手の鞍部から稜線へ。そこから中岳を経由して木曽駒ヶ岳を目指すことにしていました。ゆっくり歩いても4時間ほどで戻ってこられるので、混雑し始める頃には下山できるという計画でした。

 さて、チェックインは夕方にして、それまで高山植物の宝庫といわれるカールの中を散策です。

 ホテルの裏側に出ると麓の駒ヶ根市街が見下ろせました。あの辺りは伊那盆地。天竜川が削ったところです。そしてその向こうの山並みは南アルプスです。今日はその稜線越しにうっすらと富士山の姿も望めました。

 ウラジロナナカマド

 まずカールの底部に向かって下りて行きます。
 ナナカマドより標高が高いところに分布するウラジロナナカマド。葉の先端の尖り具合が緩やかなのが特徴です。

 コケモモ

 岩の間で小刻みに揺れていたコケモモの花。花弁がくるんと反り返っていて可愛いです。秋に完熟する赤い実は甘くて美味。ジャムやアイスクリームなどに加工され、よくお土産物で売られていたりします。

 ヒメイチゲ

 涼冷な気候を好むヒメイチゲ。高さ8pほどの小さな花です。初めて見たのは日光の戦場ヶ原だったか。

 チングルマ

 カールの底部に下りて行くにしたがって気温が下がっていくのが分かります。雪渓で冷やされた空気が集まってくるからでしょう。花の楽園と呼ばれる千畳敷カールもこの気温からすると春まだ浅いといった感じです。都心では連日の猛暑日なんですがね。

 コイワカガミ

 深く濃い色のコイワカガミが咲いていました。この花の周囲だけに春が来たといった感じです。

 散策路上でもっとも低いところが広場になっていました。本来であれば低いのだからより気温が高いはずなのに、カールの斜面で冷やされた空気がここら辺りに溜まっている感じです。

 ミヤマキンバイ

 灌木の下に丈の低いミヤマキンバイが咲いていました。高山に咲く花にしては花期の長い花です。

 シナノキンバイ

 ここからはカールの斜面に沿って昇っていきます。雪田の脇にシナノキンバイが群落を作っていました。写真を写そうとしゃがんだだけで気温が低くなるのが分かります。

 なんか荒涼としていますが、7月中旬なんですよね。奥に見える建物が千畳敷駅。右側がロープウエイの施設で左側がホテルになっています。

 3時15分、千畳敷駅から斜面をトラバースしてくる道との合流点までやってきました。ここから見るとカールの湾曲した地形がよく分かります。2万年前、ここを氷河が大地を削りながら滑り下りていったのかと思うと…。

 宝剣岳

 振り返って斜面を見上げてみると宝剣岳がそそり立っていました。翌日にはここを登っていく予定だったのですが。

 さて、今度は千畳敷駅に向かって歩いて行きます。

 ショウジョウバカマ

 鮮やかなピンク色をしたショウジョウバカマ。この花は色の変異が大きいですよね。

 イワヒバリ

 残雪の上をピョンピョンと跳ね回る鳥が。クリアには写せませんでしたが、あれは間違いなくイワヒバリ。ところで雪の周りは草刈りをした跡ではありません。これから芽吹くところなのです。雪が辺りの気温を下げているんですね。

 

 シダの仲間2種。種類はよく分かりません。シダの図鑑は開ききった葉が掲載されていることが多く、「芽立ち」と呼ばれるこの状態ではなかなか調べきれませんでした。山菜のこごみ(クサソテツの芽立ち)はこの状態のときに収穫するんですよね。

 エンレイソウ

 エンレイソウ。下界では早春の花です。葉がしっとりと柔らかそうです。

 サンカヨウ

 こちらも柔らかそうな葉。サンカヨウです。輝くような白い花です。

 クロユリ

 千畳敷駅の近くまで戻ってきました。やはり駅やホテルから熱を発せられるからなのか、カールの中に比べて咲いている花の種類が多いようです。
 これはクロユリ。高山でも初夏の花です。

 クモマスミレ

 高山の砂礫地に生えるスミレ。これはクモマスミレです。もともとはタカネスミレに分類されていたのが、変種として別に分類されたのだそうです。

 チングルマ

 チングルマの群落です。谷から吹き上がる風に吹かれて寒そうですが、この時期に咲いておかないとすぐに秋が来てしまいますからね。

 コガネイチゴ

 主に針葉樹林の中に生えるコガネイチゴ。確かにハイマツの下に生えていました。一見して葉が5個あるように見えますが、本当は3個で、左右の2個がそれぞれ深く切れ込んでいるので5個に見えているのです。このトラップのおかげで図鑑で調べるのに時間がかかってしまいました。

 ゴゼンタチバナ

 丈は10pほどですがれっきとした樹木。夏の高山で見かけるyamanekoの好きな花です。

 ハクサンイチゲ

 おお、ハクサンイチゲも。高山植物の有名どころがあらかた揃っているという感じです。

 部屋の窓から

 カールの中を2時間ほどかけて散策し、ホテルにチェックインしました。まずは部屋で一休み。そして夕方5時半、ちょっとウトウトして気がつくと空が綺麗に晴れ渡っているではないですか。なんとなんと、明日の好天を約束してくれるかのような青空です(と、そのときは喜んだ)。
 ところで部屋の窓からこの景色が見られるという幸せ! 心身ともに解放されますなあ。

 夕食後、午後7時前の宝剣岳です。夕日に照らされたちぎれ雲が、お好み焼きの鰹節のように舞っていました。表現が俗ですね。でも下界では見られないような光景に目が釘付けになりました。


 そして翌朝。
 こんな状況でも駒ヶ岳に向かうグループもありましたが、yamanekoたちは下山することに。残念。
 まあ山は逃げないということで、そのうち再挑戦したいと思います。
 
 幸い帰りの中央高速も大きな渋滞はありませんでした。やれやれ。