〜仙元山(黒潮を望む照葉樹林で)〜


 

【神奈川県 葉山町 令和5年11月23日(木)】
 
 暑い暑いと言って過ごした今年の秋。いや、そもそも秋と言えるような時期があったのかという感じでしたが、それでも11月も半ばになると朝夕は冷え込むようになり、ようやく各地の紅葉の便りが聞かれるようになりました。テレビでも多くの観光客で賑わう様子が連日紹介されています。今回の野山歩きは、そんな観光地とは対称的な、誰に褒めそやされることもない民家の裏山の紅葉を楽しもうと出かけました。場所は三浦半島の付け根部分、神奈川県葉山町の仙元山(118m)です。
 
                       
 
 葉山町は、超メジャー観光地鎌倉の先にあります。休日で晴天という条件下で鎌倉に車で出かけるということは無謀なこととyamanekoは経験的に知っているので、今回は公共交通機関での移動です。
 JRの横浜線、京浜東北線、湘南新宿ライン、横須賀線を乗り継ぎ、1時間半かけて逗子駅に到着しました。地理的には手前から鎌倉、逗子、葉山という並びです。ちなみに、逗子へは京急線で行くこともでき、その場合JR逗子駅から300mほど離れた京急の逗子・葉山駅に到着します(この日は京急線にダイヤ乱れがあり、JRを選択)。 なお、葉山には電車は通っていません。

 風早橋バス停下車

 逗子駅からはバス移動です。駅前のコンビニで昼食とおやつを調達し、湘南国際村センター前行きのバスに乗車。5個先(10分くらい)の風早橋バス停で下車しました。今日はここから歩き始めることになります。

 Kashmir 3D

 バス停の先、トンネル手前を右手に折れ、100mほど先に登山口があります。
 今日のルートは、 登山口の急坂を登って、稜線の道を歩きます。500mほど歩くと仙元山に到着。そこから更に稜線を進み、何回かアップダウンを繰り返すと今日の最高地点の189mピークに至ります。ここからゴール地点までは下り基調。南側の谷を回り込むようにして高度を下げていき、住宅街の裏手に出たらほどなくゴールの葉山小学校バス停です。

 登山口

 10時50分、登山口に到着。写真左側の道を歩いてきて、Uターンする形で急坂を登っていきます。天気は、雲が多めですが隙間に若干青空が見えています。今日はこれから晴れ間が広がる予報。

 キヅタ

 球状の花序を付けているのはキヅタ。よく壁面緑化に使われています。ここのものはそれが野生化しているような感じでした。

 相模湾越しに

 坂の途中から振り返ると、相模湾越しの富士山が望めました。右端には江ノ島が。スタート直後にこんな絶景なんて、いきなりご褒美をもらったみたいです。

 タブノキ

 沖合を黒潮が流れる三浦半島。温暖な気候で、山には照葉樹林が広がっています。これはタブノキ。「照葉」の文字どおり葉がテカっていますね。

 ビワ

 じわじわと坂道を上って行きます。これはビワの花。数少ない冬に咲く花の一つです。野山歩きをしているとビワは民家の近くにあることが多いと感じます。果実として美味しいだけでなく、葉が薬用として利用されていたようなので、民家の庭先に植えられることも多かったんでしょうね。
 ところで、植物のビワと楽器の枇杷。形が似ているから同じ名前が付いているわけですが、どっちの名前が先かというと楽器の方だそうです。じゃあ枇杷が日本に渡来するまでビワは何て呼ばれていたのか。気になります。

 ツワブキ

 こちらも冬に咲く花、ツワブキです。葉は火傷の民間薬として使われていました。yamanekoも火傷をしたとき祖母から貼られた記憶があります。

 イヌビワ

 イヌビワの実。ビワと言いつつ、どちらかというと形はイチジクの実に似ています。大きさはせいぜい2cmくらいにしかなりません。人間様の役に立たないものに「イヌ」の名が冠せられるという植物の名前あるあるですね。イヌにして見ると、遠い昔から人間に従って役に立ってきたにもかかわらず、ひどい仕打ちです。

 葉山教会

 舗装された坂道を上り詰めると教会が現れました。葉山教会です。

 ???

 足下に小さな花が。花冠の大きさは6、7mmほど。見た感じシソ科の植物のようですが、何なのか分かりませんでした。葉を見るとトウバナのようでもありますが、花の様子がちょっと違うような…。

 山道へ

 教会を過ぎると山道になりました。頭上を常緑樹に覆われ薄暗い感じです。



 これはイヌビワの黄葉です。あまり注目されることない木ですが、木全体がレモンイエローに黄葉するとかなり明るい感じになります。今日のコース上にはイヌビワがたくさんありました。

 シシガシラ

 このシダはシシガシラでしょうか。葉身の長さは60cmくらいはありました。

 シロヨメナ

 シロヨメナです。まだ結構元気ですね。山の木陰で白い野菊を見たらまずシロヨメナではないかと推測できるほど、分布が広く個体数も多いのだそうです。



 スタートして30分、頭上が開けました。

 ユウガギク

 ユウガギクです。漢字では「柚香菊」と書きますが、ほとんどそのような香りはしません。情緒のある名前ではありますが。
 この株は草刈りの後に出てきたものなのか、丈が低いまま冬を迎えてしまいそうです。



 正面の丘の上が仙元山の山頂です。なにやら大きな木がありますね。

 ヤマハッカ

 陽当たりが良くなると花の種類も増えてきます。これはヤマハッカ。寸づまりの花冠が可愛いです。シソ科に特有の唇形花ですが、上唇が4裂していて、これはシソ科では珍しい部類なのだそう。ルーペがないと分かりにくいです。

 ツリガネニンジン

 こちらはツリガネニンジン。その名のとおり釣鐘形の花を付けています。草原の花というイメージですが、山中でも見かけます。

 タイアザミ

 これはタイアザミでしょう。ナンブアザミの変種とされていて、両者ともかなり鋭いトゲの葉を持っています。図鑑の解説によると、両者は総苞の形状で見分けられるそうで、ナンブアザミは、総苞が幅広で丸みを帯びていて触ると粘り気があり、総苞のトゲ(刺針)は短くて反り返っている。一方、タイアザミは、総苞が細身で粘り気はなく、トゲは太くて長い。とのことです。



 頂上が近づいてきました。柵があるので展望台になっているのでしょう。

 イブキ(ビャクシン)

 11時45分、仙元山の頂上に到着しました。山頂の大きな木には幹にプレートが掛けられていて、「ビャクシン」と書かれていました。暖地の海沿いに生えるヒノキ科の樹木で、標準和名はイブキのようです。
 隣に建つ石碑には「招魂碑」と彫られていました。調べてみると、西南戦争と日露戦争の戦死者10柱を合祀したものと分かりました。故郷を見下ろせる場所に祀られ心が安らいだでしょうね。

 イブキ

 イブキの葉と雄花。来年の春になると花粉を飛ばします。



 振り返るとこの眺めです。眼下には葉山の街並み。相模湾を挟んで遠くに伊豆半島の稜線も見えます。富士山は…、ちょっと分かりにくいですね。



 ズームしてみると、青空と雲の模様に紛れるように立つ富士の姿が。いつ見ても秀麗ですね。右の島影は江ノ島です。

 ランチ

 山頂のベンチに腰掛けて昼食を。逗子駅のコンビニで買ったお弁当です。あとデザートの団子も。



 昼食休憩を終え、再スタート。写真は山頂広場を振り返ったところです。

 ツワブキ

 寒くなってくると咲き出すツワブキ。葉がツヤツヤしていますね。「艶(つや)蕗」が転訛した名前だそうです。



 ここからは小さなアップダウンを繰り返していきます。下り階段は膝を痛めやすいので、要注意。



 これから向かう189mピークまでは稜線歩き。概ねこんな感じの道です。



 緩やかな上り。木漏れ日も地面に届き、気持ちのいい野山歩きです。こんなのんびりとした時間を持てるありがたさよ。



 歩き出しは曇り気味でしたが、すっかり秋晴れの空になりました。

 ムラサキシキブ

 ムラサキシキブです。鮮やかな赤紫色の実は、鳥に食べてもらうべく自らの存在をアピールしているようです。ところで鳥にも赤紫色に見えているんでしょうか。

 シロダモ

 これはシロダモの雄花序ですね。花序の大きさは直径5cmほどです。ちなみに、雄花にも雌しべがありますが、結実はしないそうです。

 シルトの坂道

 滑りやすい坂道を登っていきます。この地面はシルトが露出したもの。シルトとは、砂より小さく年度より粗い砕屑物のことで、特に雨に濡れていたりするとツルッといきます。シルトを含むこの辺りの地層は「逗子層」と呼ばれ概ね400万年前に海底に堆積してできたものだそう。ここ三浦半島ではよく出会います。

 アオツヅラフジ

 頭上にアオツヅラフジの実がぶら下がっていました。白い粉をふいたようなマットな質感が特徴です。図鑑上では草本ではなく木本として掲載されていました。

 ハゼノキ

 青空を背景にハゼノキの紅葉が映えています。鮮やか過ぎないのが和テイストで良いですね。



 落ちていたハゼノキの葉。これ全部で一つの葉です。葉軸に対して左右に小葉が並び軸の頂点に小葉が1個。全体として小葉は奇数となるので、このタイプの葉は「奇数羽状複葉」と呼ばれています(写真のものは小葉のいくつかが欠落している)。頂点の小葉のないタイプは「偶数羽状複葉」。

 モクレイシ

 モクレイシは房総半島以南の沿岸部に生える常緑樹。普段の野山歩きではあまり出会うことはない樹木です。葉が影絵遊びのようになっていますが、虫にでも喰われたのでしょうか。それにしても端から全部食い尽くさず、丸く穴を開けているのは何故なんだろう。

 189mピーク

 木立の向こうに189mピークが見えてきました。こちら側から見ると案外かっこいい姿をしていますね。これからあそこまで行きます。



 ただ、その前に階段地獄が。ここからは30m下って40m登り返すことになります。写真は鞍部まで下りその先を見て絶望する妻。



 そして意を決して登り始める妻。



 階段が終わると傾斜がなだらかになりました。正面に小さな標識があり、そこが分岐になっています。ピークは左手の先に。

 189mピーク

 1時15分、189mピークに到着しました。南面は樹木が伐採され眺望が確保されています。
 地図やガイドブックには表記がありませんでしたが、このピークはソッカ(ソッカ山)と呼ばれているようです。この場所の保全活動をされているグループが山名について古文書や聞き取りにより調査されたようで、過去には橘山とか大澤山などと呼ばれていた時代もあったそうですが、今ではその名は廃れ、もっぱら「ソッカ」と呼ばれているのだとか。調査の過程では名前を知らないという方もおられたようで、知っている人も音としてソッカと認識していて漢字表記などは分からなかったそうです。

 長者ヶ崎

 南西方向には麓の長者ヶ崎が見下ろせました。海が白銀色に輝いていますね。右手の山かげには葉山御用邸があります。葉山町といえば葉山マリーナを連想し、ちょっとハイソな町といったイメージがありますが、御用邸の存在も大きいですね。



 北西方向には相模湾。富士山と江ノ島の構図です。銭湯絵のような様式美を感じます。



 189mピークでは長居をせずに下山の途につきました。時刻はまだ1時半前なんですが、陽の傾きは夕方近くに感じます。
 さっきの小さな標識のところまで戻り、今度は右手の登山道を進みます。ここからは谷を囲む稜線を周回するように、南側に向かって歩きていきます。

 シロヨメナ

 しばらくは陽当たりのいい道。これはシロヨメナみたいです。弱くなった秋の陽射しを目一杯に浴びているようでした。



 189mピークからは概ね下り。午後の木漏れ日も穏やかで気持ちいいです。



 しばらく行くと分岐が現れました。これを右手に下ると谷のどん詰まりにあるクリーンセンター(ごみ処理施設)脇に至ります。ここは直進で。

 カンノン塚・実教寺分岐

 1時40分、「カンノン塚・実教寺分岐」に到着しました。道を間違えるケースが多いのか丁寧にルート説明されていました。ここは右手の実教寺方向に進みます。



 谷をぐるっと回り込むように更に進んでいくと、右手に向こう側の稜線が見えました。仙元山と189mピークの間の稜線で、しばらく前に歩いたところになります。



 落ち葉を踏みしめて歩く道。木立の向こうから麓の街のさざめきが聞こえ、それがかえって静かな時間を際立たせてくれているようでした。

 リョウメンシダ

 シダはどれも同じように見えてほとんど区別がつかないのですが、そんなyamanekoでもこのリョウメンシダは特徴が際立っているので覚えています。通常シダの葉裏には胞子が付いていたり色味が白っぽかったりして、表裏の違いがはっきりしているのですが、このリョウメンシダは裏返しても葉脈が浮き出ていて色も濃く、いかにも表っぽい姿なのです。両面が表っぽいのでリョウメンシダ。



 1時50分、ちょっとした広場が現れました。前面が刈り払われ眺望が利くように整備されていました。もうゴールは近いですが、ここで小休止です。



 実教寺の墓所を左手に見ながら下って行くと、林が途切れた先に住宅地が見えました。山道はここまで。路地を下り、交通量の多い国道134号線に出ると、今日のゴール、葉山小学校バス停は目の前です。

 バス停から

 2寺15分、無事にバス停に到着して今回の野山歩きは終了です。バスを待っているとき、目の前に今日歩いた稜線が望めました。
 
 バスに乗ったらいきなりウトウト。終点のアナウンスに起こされました。そして逗子駅からは湘南新宿ラインで横浜へ出て、そこで横浜線に乗り換え。往きに比べ乗り換え回数が少なくラッキーでした。