三瓶山 〜天高く… 牛も肥える秋〜


 

【島根県大田市 平成15年10月12日(日)】
 
 前夜の天気予報では「曇りのち雨」 今回はレインウエアを着込んでの山歩きを覚悟していたのですが、目覚めるときれいな青い空。最近は半日先の天気予報も当たらないのかと思いつつも、この場合は嬉しいハズレです。
 
 午前8時30分、三瓶山スキー場のある「東の原」に到着。集合時間が9時30分だったので一番乗りのつもりで車を下りたのに、すでに4人が待っていました。みんな気合い入ってんなぁ。あいさつをして、やがて5分も経たないうちに最後の一人がやってきました。1時間も前に揃ってしまうなんて、仕事ではありえないことです。たぶん。
 ここで時間をつぶしていてもしょうがないので、9時に出発することに。今日は全員で6人です。

 今日のコース  東の原

 東の原のレストハウス「ミラベール」の裏がリフト乗り場。片道420円のリフトに乗って女三瓶(上写真右の山)と大平山(上写真左のなだらかな山)との鞍部に向かいます。
 リフトの下に広がる草原を眺めていると、カワラナデシコ、ウメバチソウ、ツリガネニンジン、ヤマラッキョウ、リンドウ、マツムシソウ、ヤマハッカ、アキノキリンソウ、オミナエシなど、秋の草原に咲く花の代表選手が次から次へと姿を見せてくれました。早くも花尽くしの様相です。
 
 リフトを降りて5分、標高差にして20mほど歩くと大平山(854m)の山頂です。
 ここまではお手軽に登って来られるので、大平山には山歩きをしない人もたくさん訪れます。眺めも一級品ですから。

 大平山からの眺め

 まだ汗もかいていないのに、こんなに素晴らしい眺めにありついていいのでしょうか。
 上の写真の左端にある小さなピークが孫三瓶、中央の山が子三瓶、そして右の大きな山が男三瓶。写真にはないですが男三瓶の右には女三瓶も控えています。これらが円形に連なり、その中央にはすり鉢状に「室の内」と呼ばれる火口が広がっていて、「室内池」という小さな火口湖もあります。

 ガマズミ

 ひとしきり景色を楽しんだら、大平山の山頂から縦走路を下り孫三瓶へ向かいます。20分ほどで鞍部の「奥の湯峠」。休まずそのまま孫三瓶にとりつきます。

 孫三瓶へ

 やっと汗が出てきました。両側の木々を観察しながらゆっくりと登っていきます。
 10時25分、孫三瓶(907m)に到着。小休止をとっておやつをパクリ。いつもの「伯方の塩飴」も。
 ここから隣の子三瓶を眺めると見下ろすような感じで見えますが、実際には子三瓶の方が50mほど高いのです。

 子三瓶遠望

 10分ほど休んだら次の子三瓶に向かいます。
 下りがけっこう急な勾配で、下から登ってくるグループはゼイゼイと荒い息ですれ違っていきました。



 藪の中の哲学者
 トモエシオガマ

 急な斜面にトモエシオガマを見つけました。花弁がみごとにスクリュー状になっています。
 また、藪の中でガサガサという音が。見ると目を「半眼」に、そして口元をきりりと結んだ大きなヒキガエルが鎮座していました。その風貌には真理を見つめる哲学者といった趣があります。
 
 孫三瓶を発って15分ほどで子三瓶との鞍部「風越」に到着。さあ、ここから子三瓶への急な坂道を上ります。

 室の内

 今度はこっちが荒い息をする番です。
 室の内の方を見やると、女三瓶(上写真左の山)や大平山(上写真中央のなだらかな部分)、そして今登ってきた孫三瓶などに囲まれた平坦な火口原が広がっています。この室の内は標高700m弱。三瓶山のふもと周辺の標高が400〜500mなので、稜線に立ってはじめて目にすることができる隠れ里のような感じです。
 
 三瓶山の噴火は10万年前までさかのぼることができるそうで、火山灰や軽石を一気に成層圏まで吹き上げる「プリニアン噴火」をおこし、やがて激しいエネルギーの放出が落ち着くと次に溶岩ドームを形成する、といったパターンの活動を何回か繰り返しているのだそうです。
 もっとも新しい噴火は今から約3600年前のこと。約1万年前にできあがった何度目かの巨大な溶岩ドームを破壊して、現在の幾つもの峰に分かれた姿になったのだそうです。また、大平山はこの時の火砕流によって造られたのだそうです。
 
 地球が生まれたときを1月1日の午前0時、現在を12月31日の24時として、地球の歴史を1年間の長さにたとえると、海中に原始生命が出現したのが3月の初め、海中の酸素が飽和状態になり大気中に溜まりだしたのが7月の末、最初の脊椎動物(魚類)が出現したのが11月23日のことになるのだそうです。そして生物(両生類)が初めて陸上に進出したのが11月29日。この日まで地上には生き物は存在しなかったということになります。
 哺乳類が出現したのが12月13日のこと。その翌日に恐竜が出現し12月26日には絶滅してしまいました。
 暮れも押し詰まった12月30日の昼前、日本列島が形成され、いよいよ大晦日の夕方6時過ぎに人類が出現、そして「往く年来る年」がはじまる11時45分、三瓶山の最初の噴火が起こったのです。
 10万年の歴史を持つ三瓶山の活動ですが、地球的な時間の流れからするとごくごく最近のことなのです。

 センブリ

 吹き出す汗を拭いながら急な斜面を登りきると、頂上近くはなだらかな道となります。辺り一面ススキに覆われていて、それらをなびかせて渡る風が心地いい。

 山頂まであとわずか

 11時10分、子三瓶(961m)に到着。ここでは30分と長めの休憩です。
 ここからの眺めも素晴らしい。日本海も雄大に広がっています。

 天高く…

 頭上に広がる高い空。これぞ秋の空です。山頂から見渡すと空ってこんなに広かったかな、と感じます。
 それにしても空が青い色でよかった。これが黄色だったりすると高い空を見上げても清々しい気分になれたかどうか。

 孫三瓶

 ふり返るとさっき登ってきた孫三瓶が見えます。一度通ってきた山だけに何かしら親しみを感じるような。
 
 昼前ですが、昼食は後回しにして次に進むことにしました。目の前に聳える男三瓶の姿をみると、このままぐるっと全周を縦走したいような気持ちになってくるから不思議です。これって一種のコンプリート欲でしょうか。
 また急な登山道を下っていきます。

 ホソバノヤマハハコ

 12時10分、子三瓶と男三瓶の鞍部に到着。
 眼前に立ちふさがる壁のような男三瓶の山肌と、そこにへばりつくように伸びている登山道を目の当たりにしたとたん、さっきまでの勇ましい気持ちは吹き飛んで、予定どおり室の内に下りていくことに衆議は一決したのでした。あっさりと。

 のしかかるように
 迫る男三瓶

 ここからはすり鉢の縁の部分を下っていきます。
 ケヤキやカシワなどの広葉樹林特有の明るい森です。

 室の内

 あちこちに牛の糞が。しかも立派なやつが。
 西の原で放牧されている牛が険しい峠道を越えてここまでやってきたのでしょう。秋も深まって牛舎に戻る時期になるまでこの辺りでのんびりするのかもしれません。

 室内池

 ちょっと神秘的な色の池です。この池から流れ出る川はないのですが、ここの水はいったいどこに行くのでしょうか。
 室内池には魚の影がありました。誰かが放流したもの?

 牛くん

 いました、いました。毛並みのつやつやした立派な牛です。我々が近づくと「面倒なやつが来たなぁ」といった感じでのそのそと離れていきました。
 13時、池のほとりの林の中でようやく昼食です。

 ヤマボウシ

 よく熟れたヤマボウシの実がたわわに実っていました。甘く、イチジクのような味がします。
 聞こえるのは風に揺れる梢の音だけ。腹もいっぱいになって、満ちたりた時間が過ぎていきます。

 ヤマナシ

 ヤマナシもありました。八百屋に並ぶナシの元の種だといわれています。この大きさで成熟した果実で、果肉は固くてやや渋いですがちゃんとナシの味がします。
 13時45分、荷物をまとめて出発点の東の原に向かいます。またすり鉢の縁を登っていかなければなりません。

 リフト降り場から
 東の原を臨む

 30分ほどで朝方降り立ったリフト降り場に到着しました。室の内を背にして稜線に立ち外界を眺めると、そこには東の原が広がり、そのはるか向こうには中国山地の山並みが連なっていました。
 下りはリフトを使わず、東の原の縁を巻くようにして下山していきました。
 駐車場に到着したのは15時15分。6時間あまりの行程でした。


 この近くに三瓶山の噴出物の堆積の様子がよく分かる露頭があると聞いたので行ってみることにしました。
 場所は西の原の近くです。

 切り通し

 約3600年前の最後の噴火の際、激しかった火砕流の勢いが弱まって粒の細かい噴出物が中心になると、降り積もった火山灰などがごつごつした山肌を覆い隠して西の原や東の原を造ったのだそうです。
 ここの堆積物もその頃のものかもしれません。

 堆積物

 粒の粗い層の上に粒の細かい層が積み重なっています。まず重たい粒の粗いものが先に落下し、空気中を長く漂っていた粒の細かいものがその上に降り積もったのでしょう。

 火山弾着弾の証

 火山弾(漬け物石大)が降り積もった火山灰の層の上に落下した様子がよく分かります。そしてその上からもさらに火山灰が降り積もってその火山弾を埋めています。ちょうどうまい具合に露頭として現れていました。