サン・レイク 〜NACS−Jリスクマネジメント研修会〜


 

【島根県平田市 平成15年3月22日(土)〜23日(日)】
 
 出雲平野に吹き付ける北西の季節風が姿をひそめ、明るく穏やかな日々が続くようになると、ここ山陰の地もいよいよ春の訪れを迎えます。
 田んぼでは粗起しが始まり、その畦はホトケノザ、オオイヌノフグリ、オランダミミナグサなど色とりどりの草花で飾られます。そんな田園風景の広がる島根県平田市でNACS−J((財)日本自然保護協会)主催の「リスクマネジメント研修会」が開催されました。

 会場のサン・レイク

 今回の研修会は、自然観察指導員のフォローアップ研修会という位置づけで、指導員としてスキルアップが求められる能力のうち特に危険管理、事故対応に的を絞って行われたものです。
 
 観察会などで自然の中に出ていくと、どうしても大なり小なりの危険に身を晒すことになります。指導員としては、この危険が現実の事故に進展しないようにあらかじめ危険を察知し事故を防止する、また、事故に進展した場合でもそれを最小限のものにとどめ、かつ、速やかに善後策を講じることが重要となります。
 「ボランティアだから」、「悪気はなかったのだから」 は通用しないとあらためて心にとどめ、自然やその中にある危険ともうまくつき合っていく方法を、この研修会を通じて学んできました。(修得できたかどうかは自信がありませんが…。)

 開会直前

 3月22日(土)、午前10時に受付開始。参加者44名中、島根県外からの参加者が13名。中には遠く茨城県からやって来た人もいました。かくいう自分も広島県からの参加です。今回、広島自然観察会から加藤代表をはじめ6名の指導員が参加しました。
 今回の研修会は、昨年の神奈川県開催の研修会に続き第2回目になりますが、前回は試行的な色合いが濃く、実質的に全国初の本格開催ということになるのだそうです。

 柴田敏隆氏

 オリエンテーションに続き、11時からさっそく講義。「自然の中の危険とうまく付き合う」 講師はNACS−J理事の柴田敏隆氏です。
 自然の中での危険の種類や危険の予察、危険な生物への対応、安全対策と心得などについて、様々なエピソードを織り交ぜてレクチャーしていただきました。氏の軽妙な語り口による講義で、まだ硬さの残る参加者もリラックスしてきたようです。

 宍道湖

 昼食は3階の食堂で。壁全面がガラス張りで、目の前に広がる宍道湖を眺めながら食事をすることができます。
 
 午後1時からまた講義。「リスクマネジメントその1 〜状況把握と判断〜」 講師は関東学院大学の先生で日本赤十字社の救急法指導員でもある鈴木秀雄氏です。
 自然の中でのリスクマネジメントを語るとき頻繁に例に出されるのが平成11年8月の玄倉川の水難事故です。この事故の後、「自己責任」について考える機会が多くなりました。河川という自然公物の「権利としての自由使用」には「義務としての自己責任」が伴う、と氏は解説されます。
 これが我々が開催する自然観察会での事故の場合には、観察会という手段化された場であることから主催者には安全保持義務が生じることになります。
 また、氏は、リスクマネジメントで重要なことは「認識」→「判断」→「具体的な行動」という一連の流れであり、中でも特に「認識」することが重要とおっしゃっています。その場合、ただ漫然とではなく、意識して危険を認識しようとする必要があるとのことでした。
 
 午後2時からは実習。「野外における救急・救護 〜基本編〜」
 まずは鈴木秀雄氏による止血法です。動脈のとあるポイントを圧迫することにより、その先の血流を簡単に止めるとができます。傷の応急手当をする間、血がダラダラと流れていたのではスピーディーに処置できませんが、短時間でも止血できれば手当をしやすくなります。

 鎖骨窩動脈での止血  大腿動脈での止血

 つぎに東海大学体育学部で非常勤講師をしている鈴木英悟氏による心肺蘇生法です。若いジャニース系の講師でハツラツとした方でした。聞いてみると鈴木秀雄氏とは親子の関係だとか。両氏とも救急・救護のプロです。
 
 午後3時からも引き続き実習。「野外における救急・救護 〜応用野外編〜」
 今度は固定法、包帯法です。
 大型の三角巾(短辺1mの直角2等辺三角形)さえあれば保護できない部位はないのだとか。頭、耳、腕、胸、背中、下腿などなど、どこでもOK。

 三角巾を包帯状にして…  耳の傷の保護

 午後4時からは「自然観察指導員の心構え 〜下見と危険予知〜」
 講師はNACS−J講習会講師の金田正人氏。昨年、広島県御調町で開催した指導員講習会に講師として来ていただいた金田平氏の息子さんだそうです。

 危険はあるかな?

 サン・レイク周辺の散策路を歩きながら、身近に潜む危険に注意を向けてみました。
 
 夕食、入浴を済ませてホッと一息。ここまで開会直後からの怒濤のような研修メニューに無我夢中でした。
 午後7時からは「知っておきたい保険の基本」 講師の西代幹雄氏は松江市で損害保険の代理店を営んでおられる方。傷害保険は観察会参加者のための、損害賠償保険は観察会主催者のための保険であることをあらためて知りました。なるほど。でも、できれば保険を使うようなシチュエーションにならなければいいですね。
 
 午後8時からは講師陣とスタッフの大野正人氏(NACS−J普及・広報部)とによるパネルディスカッションです。

 パネルディスカッション

 採りあげられたテーマのうちでも、特に「指導員が負うべき責任の範囲」に興味を抱きました。
 十分な下見や安全配慮をしていたとしても、また事故後に適切かつ迅速な処置を講じたとしても、さらに事故に遭った人に終始誠実に対応したとしても、主催者側として責任は追求されるもの。指導員として観察会運営に携わるかぎりは法的責任を問われた時の覚悟(大げさすぎるのなら、心構え)を心のどこかに持っておかなければならないのでしょう。このように考えるとやや気が重くなりますが、その心構えをすることの煩わしさを上回るくらいのやりがいが、観察会にはあると思います。
 
 午後9時半からはお楽しみの交流会です。ここは青少年教育施設なのでアルコール抜きの宴会です。(そういうことにしておきましょう。)
 講師、スタッフ、参加者がごちゃ混ぜになっての楽しいひとときでした。

 交流も重要です

 


 明けて翌23日(日)、今日もすばらしい晴天です。
 宍道湖の西方に、頂にまだ雪を残した三瓶山がきれいに望めました。

 たなびく朝靄の向こうに
 三瓶山

 朝食後、午前9時から2日目の講義。「島根県での”野外における危険要素”」と「知っておきたい”危険な生物”への対応」 講師はNACS−J参与で島根県景観自然課の佐藤仁志氏です。
 危険な生物は図鑑などでは解っていても自然の中で見るとなかなか見分けられません。これは経験を積むしか無いのかもしれませんね。

 ヤマウルシ

 午前10時半からは実習「野外における救急・救護 〜応用編・事故発生時〜」
 講師は両鈴木氏。もっとも応用頻度が高いと思われる足首固定を教わりました。また、傷病者の搬送方法もしっかり修得しておかなければならない事項です。一人で、二人で、また、複数での傷病者の搬送方法。それぞれ違います。

 一人での搬送

 まだ彼岸も明けていないのに、今日はもう春本番といった日和です。これから桜前線が駆け上がり、やがて新緑が山を覆い、一年で最も楽しい季節を迎えます。
 
 昼食を済ませ、あとはこの研修会のまとめを残すのみ。どのカリキュラムをとっても内容の濃い指導員にとって欠くことのできないものでした。個人的にはもう一日延長して救急・救護法をみっちりと教わりたかったです。
 最後に、この研修会を企画運営してくださったNACS−Jの方々、また、影で支えてくださった島根県景観自然課の皆さん、本当にありがとうございました。これでこの研修会の内容を実践することなく忘れてしまったら皆さん方に申し訳ないですね。 
 そうならないよう頑張らねば。その前に自分が事故に遭わないように、注意です。