恐羅漢山 〜県下最高峰のパノラマ〜


 

【広島県安芸太田町 平成16年11月13日(土)】
 
 今年は夏から秋にかけて大型台風が次々とやってきて、紅葉の名所はどこも今ひとつのようですが、それでも新聞に「宮島の紅葉が見頃」といった見出しが出ていました。そうか、もう11月も半ば。広島県南部では例年この時期が紅葉の見頃になります。
 土曜日の朝、そうやって新聞をめくっていると携帯に着信が。みると観察会でお世話になっているRさんからです。
 「おーい、今どこにおるんや。船の上か?」 ン? 船の上? 「えーっと…。今日、何かありましたっけ?」 「またかい。今日は宮島の公募観察会の下見だぞ。」
 すっかり忘れていました。11月23日に行われる宮島パークボランティアの観察会の下見で弥山に登るのだったのです。
 自宅から宮島までは車と船で1時間半。ということで、申し訳ないですがそちらの方は欠席させてもらうことに。でも外は素晴らしい青空。やっぱりどこかに出かけたくなります。
 時計を見るとすでに9時。ちょっとスタートがおそいですが、芸北の山「恐羅漢山(おそらかんざん)」に行くことにしました。広島県北西部、島根県との県境に位置する恐羅漢山の辺りではこの時期紅葉はすっかり終わり、晩秋特有の風景を見せてくれることでしょう。

 中国自動車道を戸河内I.Cで降りて、国道191号を北へ向かいます。安芸太田町役場(旧戸河内町役場)を過ぎて信号を左折。内黒峠を越えて行くのがオーソドックスなコースです。ところが峠道の入口にバリケードが。この秋の台風の災害復旧作業により通行止めになっていました。案内によると、191号をさらに北上し大きく左に迂回して、芸北町小坂地区から大規模林道を下るとあります。時間をロスしますがしょうがないです。
 この大規模林道はナビのマップ上では途中の餅の木集落で途切れていますが、その先の二軒小屋(恐羅漢山のふもと)まで立派な道路ができていると先日聞きました。走ってみると確かに立派です。

 谷の向こうに恐羅漢山

 途中の峠道で前方に恐羅漢山の姿を望むことができました。この山の広島県側はスキー場として古くから整備されていて、なんとも味気ない姿をしていますが、島根県側は深いブナ林が広がりまだまだ豊かな自然を残しています。
 真新しいトンネルをくぐり大規模林道を進んでいくと二軒小屋に到着します。ここを右手に折れて斜面の道を上っていくと、5分ほどで登山口のある牛小屋高原の駐車場に到着します。ちなみに二軒小屋を直進すると、すぐに未舗装の狭い道となって十方山林道につながっていきます。大規模林道をさらに延伸し十方山林道をすべてアスファルト舗装する計画が進行中ですが、もうこれ以上は必要ないのではないでしょうか。これから先は集落はないのですから。

 登山口

 駐車場には車が5、6台停まっていました。スキーシーズンを見越して300台くらいは駐車できそうな広さがあります。
 準備を整えて、11時10分スタート。往路は、恐羅漢山とその北東にある砥石郷山との鞍部に当たる夏焼峠(なつやけのきびれ)まで林の中を北方向に進み、そこから恐羅漢山の稜線に沿って南西方向に登っていきます。復路は山頂近くから牛小屋高原に向かってまっすぐ東方向に下ります。ちょうど直角三角形を描くように(駐車場が直角の角)歩くのです。

 熊鈴

 ここは西中国山地のど真ん中。ツキノワグマの影の濃い地域です。なので今日は熊鈴と二人連れ。真鍮特有の高い音色が耳につくので(熊の耳にはよく聞こえる)普段はあまり使わないのですが、さすがに場所が場所なので、また今年の場合は特に使わざるを得ません。

 ミズナラにヤドリギ

 葉を落とした林はすみずみまで明るく、今日は風もないので、本当に心地よい。立ち止まると無音の世界の中にいることに気がつきます。
 と、前方の梢の先をカケスが渡っていき、しばらくして林の奥から嗄れた鳴き声が聞こえてきました。この辺りの標高は960mくらい。ミズナラを中心とした林で、クリ、ウリハダカエデ、クマシデなどに混じってブナもあちこちに見られます。
 登山道の脇から水が湧いています。ごくごく小さな流ですが、ここを発した水は谷を下って三段峡に入り、田代川、柴木川と名前を変えて旧戸河内町で太田川本流と出会うことになります。そして長い旅の果てに広島湾に注ぐことになるのです。ひょっとしたら広島デルタで分流する京橋川に入り、yamanekoの家の近くを流れるかもしれません。

 落ち葉

 足下には役目を終えた落ち葉たちが一面に散らばっています。これから訪れる厳しい冬。木々たちにとっては乾燥から身を守るために葉を落としたにすぎませんが、地中の生き物たちにしてみれば冬を前にして暖かい毛布を掛けてもらったようで、結構ありがたいのかもしれません。

 夏焼峠

 そうこうするうちに夏焼峠に着きました。この辺りにはカラマツが多いようです。
 ここまでの所要時間は35分。登山口との高低差は100mほど。今日の気温では少し汗ばむくらいです。
 
 小休止の後に再スタート。ここを左に鋭角に折れて、今度は恐羅漢山の稜線をたどりながら山頂を目指します。傾斜もこれまでよりはきつくなり、息づかいも荒くなります。数日前の雨のせいなのか、ところどころぬかるんでいるところがありました。一歩一歩足場を確かめながら登っていきます。

 砥石郷山

 しばらく登ったところで振り返ると、すぐ後に砥石郷山が。見えているのは手前のピークで、本当の山頂はその奥に控えています。山の名前の由来は、山裾の谷で砥石に適した石が採れたから。そのまんまですね。

 ブナ

 この辺りまで来るとブナの密度がぐっと増してきます。そのいずれもが逞しく天に向かって屹立していて、まるで彼らをとりまく自然環境が厳しいものであることを物語っているようです。実際、真冬には日本海から吹き上げてくる吹雪で、蔵王ばりの樹氷がたくさんできるのです。
 胸元のファスナーを開けて汗を逃がしながら登っていくと、だんだん傾斜が緩くなってきました。山頂はもうすぐです。

 山頂

 12時45分、山頂に到着です。先客は10人ほどでしょうか。
 空腹のはずですが、そんなことはすっ飛んでしまうほどの素晴らしいパノラマが広がっていました。数日前に降った雨が大気中の塵を落としたのか、はるか遠くまでクリアに見えます。しばし地図とコンパスとで見渡し続けました。
 恐羅漢山は西中国山地の中心に位置し、広島県の最高峰になります。標高は1346m。ちなみに中国地方の最高峰は鳥取県の大山で1711m。中国山地はなだらかな起伏の連なりなのです。

 1 十方山
 2 高岳
 3 深入山
 4 臥龍山
 5 大佐山
 6 大潰山
 7 雲月山
 8 阿佐山
 9 大箒山
 10 龍頭山
 11 天上山
 12 東郷山
 13 堂床山
 14 呉娑々宇山
 15 安芸小富士
 16 小田山
 17 野呂山
 18 休山
 19 大江高山
 20 三瓶山

 
 【山頂から見えた範囲】

 ずいぶんと広い範囲が、しかも遠くまで見えました。西側半分は木立に遮られて一望に見渡すことはできませんでしたが、真北から真南までの東側180度の範囲には素晴らしい展望が広がっていました(東南東から真南までの範囲は、恐羅漢山のすぐ南にある十方山に隠れていて、そこから向こうは見えませんでした。)。

 

 三瓶山は写真ではよく分かりませんが、肉眼ではバッチリ見えていました。恐羅漢山から直線距離で75qです。
 あと、広島湾に浮かぶ似島も。その向こうにはボンヤリとですが呉の造船所の大型クレーンまで。信じられないかもしれませんが、ホントなんです。
 こんな山頂で食べる昼食は、それがたとえコンビニ弁当であっても、素晴らしく美味です。
 
 いつの間にか山頂には人影もまばらになってきました。晩秋の陽は穏やかに降り注いでいますが、日陰にはいると足下から冷えていきます。
 13時45分、下山開始。登って来た道を100mほど戻ったところに牛小屋高原への分岐点があるので、ここを右に折れて、山肌の小道を下っていきます。

 はじめはブナやミズナラの林です。
 急な山道を下りながら考えました。こうやって暇さえあれば野山に出かけ、その度に元気になって帰ってくる。それにしても本当に素晴らしい趣味に巡り会うことができたなあ、と。
 きっかけは6年前の暮れ、妻と二人で登った牛田山(広島市東区)でした。妻はその年の春から区役所の「街づくりボランティア」に参加していて、東区内のハイキングマップを作っていました。その現地調査に付き合って登ったのです。そのときたまたま山頂にいたのが広島自然観察会のMさん。妻曰わく「あの人は同じボランティアの人で、毎週そこいらの山に登ってるそうよ。仕事はコンピュータ関係だって。そうは見えないよね。」、「毎週?確かにちょっと変わってるね。」 (このMさんっていう人が「QJY」と称するなかなかの偉人であることを知ったのは、それからしばらくしてからのことでした。)
 年が明けて2月、そのMさんの紹介で初めて定例観察会に参加しました。場所は宮島。寒かった。あまりに寒かったので観察会からはその後しばらく足が遠のいたのですが、その年の5月の定例観察会に参加したときに、また一つの出会いがあったのです。場所は東広島市の虚空蔵山でした。山の上で昼食をとっているとyamanekoの名前を呼ぶ人がいます。誰だろうと振り返ると、自然観察会の事務局長のRさん(今朝電話をかけてきたRさんです。)。初対面でしたが先方はこちらのことを知っている様子です。聞いてみると、yamanekoの会社の知り合いが以前出向先でRさんの部下だったとのこと。数日前に、その人とRさんが話をしていたときに当方のことが話題にのぼったとのことでした。この日、Rさんから受講してみないかと自然観察指導員講習会のチラシをもらいました。ちょっと迷ったのですが、結局その年の7月に行われた講習会に参加したのです。このときの同窓生には今も仲良くしてもらっている指導員仲間が何人もいました。
 その後、頻繁に観察会に参加するようになり、何回か観察会レポートを書いたり、観察会の下見に参加したりするうちに、その面白さにすっかりはまってしまい、いつのまにか事務局の一員として活動をするようになったのです。今ではそこから派生した人的つながりで、広島自然観察会のみならず、自然保護や自然観察に関する様々な活動に足をつっこむようになってしまいました。特に行事のないときには仲間うちでミニ観察会をしたり、こうやって一人でも出かけたりするのです。
 おそらくこれからも一生を通じて楽しんでいくことと思います。そして楽しいだけでなく、様々な出会いをもたらしてくれ、また、いろんな場面で自らを支えてくれるのではないかと思います。こんな趣味に出会えて本当にラッキーでした。

 ゲレンデ

 途中まで下ってくると林は途切れて、そこからはゲレンデになっています。あとは牛小屋高原を目指してまっすぐ下っていくのみです。
 ゲレンデのきわの林にツグミの小さな群がいました。ナナカマドの実でも食べに来たのでしょうか。
 
 
 駐車場に着いて帰り支度をしていると、久しぶりに山らしい山に登ったせいか足がガクガクしていました。心地よい疲労です。
 14時30分、駐車場を後にして広島に向かいました。
 今年も残すところ一月半。まだまだ遊ぶぞ。