大山 〜江戸庶民の行楽地へ〜


 

【神奈川県 伊勢原市 平成20年1月5日(土)】
 
 年が明け、平成20年となりました。小渕元官房長官が「平成」と書かれた額縁を掲げてから早20年。おぉ、なんとあれから20年もたったのか。月並みだけど、早いなぁ。その間、歳だけは無駄に重ねてしまいましたが、自然観察の楽しさに出会ったことは大きな収穫でした。今年も去年以上に元気で野山に出かけたいと思います。
 ということで、初詣は済ませているものの、本年の野山歩き初めとして大山詣でに出かけることにしました。西日本では大山といえば鳥取県にある「大山(だいせん)」ですが、関東では神奈川県にある「おおやま」のことを指します。
 
                       
 
 7時30分、新宿駅から小田急の急行に乗り、神奈川方面へ。約1時間で伊勢原駅に到着、そこからカナチュー(神奈川中央交通)のバスに乗り換えて大山の登山口に向かいます。車内は山歩きの格好をした人が半分と、あとは去年の破魔矢などを持った初詣の人が半分。ほぼ満席の状態でした。

 バス終点

 8時55分、バスの終点に到着しました。空はどんよりとして雲がたれ込め、いまにも雨が落ちてきそうな雰囲気です。でも予報では午後から晴れ。テレビでかなりキッパリと言い切っていたので、たぶん大丈夫なのでしょう。
 ここから先はケーブルカーの駅まで約500mにわたって大山詣での参拝客相手の商店街が軒を連ねています。

 参道商店街

 谷をさかのぼるように延びている参道の両側に、みやげ物屋さんや茶屋、旅館などがずらりと並んでいます。江戸時代から盛んだった大山詣での参拝客をもてなしてきた歴史が今にまでつながっているのでしょう。ちょっと目についたのは豆腐料理のお店。どうやらここの名物のようです。
 もともとは鎌倉時代以来、武運長久を祈る真摯な参拝だったのですが、江戸時代になり庶民にも若干の経済的余裕があるものが出てくると、信仰と行楽を兼ねての大山詣でが流行するようになったといいます。大山詣で単独のものの他に、江ノ島や鎌倉とセットにした数日間の行程のツアーも盛んだったといいます。

 追分駅

 9時15分、ケーブルカーの追分駅までやってきました。ここの標高は約400m。すでにずいぶん高いところにやってきた感がありますが、ここから上の駅まで約6分ほどケーブルカーに乗車すると、一気に標高700mに達します。もちろんケーブルカーを使わずに登るための登山道もありますが、まぁ、そこんとこは、ちょと…。
 ということで、改札の前にはざっと50人くらいは並んでいます。こりゃ一便やり過ごさなければならないかも。

 下社駅から

 乗車が始まると、なんと並んでいた人全員が乗ることができて(ラッシュ状態でしたが)順調に上の下社駅に到着。駅舎の横から谷の出口の方向を見てみると、写真では白く飛んでいますが、遠く相模湾が望めました。水平線の方がうっすらと明るいところをみるとやっぱり天気は回復方向にあるのかもしれません。

 阿夫利神社下社

 下社駅からすぐ、2、30mのところに阿夫利神社の下社があります。上社というか本来の阿夫利神社は標高1251mの山頂にあり、参拝客のほとんどはこの下社にお参りすることになります。阿夫利神社は古代から山野の幸を司る水の神、山の神として、また、海上からは羅針盤をつとめる海洋の守り神、さらには、大漁の神として信仰を集めてきました。
 大山はまたの名を阿夫利山といい、阿夫利の名は常に雲や霧を生じ雨を降らすので「雨降り=阿夫利」と名付けられたといわれています。雨乞いの神でもあるわけです。確かに大山は丹沢山塊東端に位置し、相模湾からの湿った南風がぶつかって雲を生じさせやすい地形になっています。

 登山口

 9時45分、靴の紐を締め直して出発です。空は相変わらず曇っています。本当に今日は晴れるのでしょうか。


Kashmir 3D

 今日の行程は、まず下社から西側の尾根に出て、ひたすら登って山頂の上社を目指します。帰りは東側の尾根を下り、雷ノ峰見晴台を経て再び下社へ戻ってくるコースです。標高差は約550m。正月明けの鈍った体にとってはちょっときつめかもしれません。

 参道

 いきなり信じられないような急な階段からスタート。そして、その階段を上りきるとヒノキの森に入りました。結構太いヒノキが辺りにずんずんと立っています。そのヒノキの森を縫うようにして天然石で作った石段がジグザグに続いています。
 登山道はすなわち上社の参道でもあり、一定の間隔で丁石が置かれていました。聞くところによると山頂までに全部で28の丁石があるとか。目の前の丁石には5丁目と刻まれています。この丁石のおかげか、一丁一丁着実に歩を進めることで、もうここまで来たとか、あとちょっとだとか、上り坂の苦しさを軽くしてくれているような気がするから不思議です。

 霜柱

 黒い火山灰土が露出しているところにはあちこちに大きな霜柱ができていました。やっぱり明け方はかなり冷え込むのでしょう。
 10時、ちらちらと小雪が舞っていますが、7丁目を過ぎたところでアウターを一枚脱ぎました。外気温に反して体は暑いのです。

 立派なモミ

 9丁目辺りから大きなモミが出てきました。やはりスギにしてもヒノキにしても、このモミにしても、大きなものが多いです。昔からの信仰の山だけあって人々が伐採を避けてきた結果でしょう。
 登山道沿いには緑色の草本はほとんど見あたりません。少し生気を失ったマツカゼソウの葉が見える程度。でも花茎は完全に枯れて茶色になっています。あとはジャノヒゲとか。

 牡丹岩  天狗の鼻突き

 登山道に枯れ葉が多くなってきました。落葉広葉樹の森に変わったようです。この辺りは丁石でいえば14丁目くらい。ちょうど行程の半分くらいのところでしょうか。足下の岩は安山岩っぽい形状をしています。その中に牡丹岩と呼ばれるボタンの花冠のような岩が露出していました。
 15丁目には天狗の鼻突き岩というものがありました。岩に直径10pくらいの穴が空いていて、天狗の鼻で突いて穴を開けたのだそうです(いったい何のために?)。苔生した岩ですが、どのくらい前からここにあるのでしょうか。

 溶けない雪

 16丁目辺りまで来ると細かな雪で地面がうっすらと白くなっていました。この火山灰土の黒土にもかかわらず、土はカチカチ。明らかに凍っています。地中が凍って地表の温度が低いせいか、地表で雪が溶けずにどんどん白くなっていきます。

 小休止  氷結

 10時30分、19丁目。ちょっとした広場があったので小休止することにしました。少し日が差してきた感じです。かぶっていたフリースのキャップを脱いでみると、放出された湿気がキャップの表面で外気に触れてすぐに冷やされ氷結していました。

 富士見台  雲間から

 20丁目には富士見台という西側に向いたビューポイントが。標高は約1050mです。ここから富士山が見えるらしいのですが、曇っていてどこに何があるやらまったく分かりません。でも、たまたま出会った年配の方と「今日は見えませんね」とか雑談をしていると、そうこうするうちになんと少しずつ雲が割れてきて、富士山の山の斜面が少し見えてきたではありませんか。きっとyamanekoがここに到着するのを待っていたに違いありません。(今年は何事も自分に都合良く解釈することにしたのです。)
 そして天気はここから急激に回復してきたのです。

 日差し

 10時55分、25丁目までやってきました。ここはヤビツ峠からの登山道の合流点。標高は約1180mです。山頂まではあとちょっと。もうすっかり日が差してきて、両側からアセビの大きな木がトンネルを作っているところではマーブル模様の日だまりを作っていました。

   阿夫利神社

 11時5分、上社に到着しました。青空が眩しいです。下社に比べると上社はごく簡素な造りで、高い石垣の上に建っているちょっとしたお堂といった感じです。とりあえずお参りしてから休憩しようと思います。

 上社からの眺望

 参拝してそのまま振り返るとこの素晴らしい眺望。正面は平塚や茅ヶ崎の湘南海岸で、その先に眩しく光っているのは相模湾です。今日は霞んでいてあまりクリアではありませんが、広い範囲を見渡せます。その昔、沖を往く船の目印になったというように、確かに遠く海の上からでもこの山の姿を認めることができたでしょう。

 山頂の様子

 上社の建物を回り込むと雛段状になった斜面でたくさんの登山者が昼食をとっていました。yamanekoもとりあえずシートを敷いて腰を下ろすことに。

 豪華ランチ

 山での定番の昼ご飯。カップラーメンとおにぎりです。ガスストーブでお湯を沸かすのは面倒なので、ステンレスの保温水筒に家でお湯を入れて来ます。カップラーメンを作るには熱湯が必要ですが、これにはちょっとしたコツがあって、まず、水筒に熱湯を入れて水筒自体をよく暖めてから、そのお湯をいったん捨ててあらためて熱湯を入れます。そして水筒をタオルでくるんでおくと、昼の時点でも沸かしたてのような熱さを保っています。500ml入りの水筒ならちょうどカップラーメンとコーヒー1杯分で使い切れます。

 カモメヅル(?)の種子

 昼食を食べ終わってのんびりしていると、目の前に変わったものを発見。何かの種子のようです。はじめ、テイカカズラとかサカキカズラとかそっちの方の仲間かと思いましたが、どうやらガガイモ科の仲間のようです。カモメヅルの種子かもしれません。鞘に収まっているときは羽毛をたたんできれいに整列していたものが、いったん宙に舞うとふんわりと羽毛を広げて、わずかな空気の流れにも乗って漂っていってしまいます。

 都心方面の眺め

 11時50分、山頂が混み合ってきたので下山を始めることにしました。山頂直下の広場から都心方面を中心として、北は埼玉、南は三浦半島までの大パノラマが。双眼鏡でじっくり探しましたが霞んでいて新宿の高層ビル街は確認できませんでした。普段、家のベランダからは大山はよく見えるのですが。

 リョウブ

 しばらく行くと大きなリョウブに出会いました。まるで炎のような樹形をしていました。なかなかの存在感です。
 下山路は凍った地面に日が当たってぬかるんできています。踏み出した足がズリッとなって、これが結構歩きにくい。山歩きのケガは下山時に多いというので、十分に注意しなければ。

 明るい小径

 ジグザグの小径をどんどん下っていきます。上りのときとは違って明るい日差しを浴びているので、なんとなく心も軽い気がします。

 雷ノ峰見晴台

 眼下に見える小山の頂きは雷ノ峰見晴台。これからあそこを目指して下りていきます。

 アセビ  ハンノキ

 アセビは早春の開花のためにもう蕾の準備をしていました。頭上のハンノキの花芽はまだ硬く締まったままでしょう。

 雷ノ峰見晴台  振り返ると(左が山頂)

 1時ちょうど、雷ノ峰見晴台に到着。ここからは都心方面に向かっての展望が良好です。でもここはスルー。しかしここに至るまでずいぶん悪路でした。丸太で階段が組んであるところはほとんど土が流れてしまい単なる障害物になっていて、それを避けようとして登山道の幅が大きく広がっていました。一年中多くの登山者が往き来するわけで、メンテが追いつかないのかもしれません。

 下社へ向かう道

 見晴台から下社へ向かう道は、傾斜も緩く歩きやすい道でした。ただ、左手に落ち込んでいる谷はかなりの急傾斜なので、足を踏み外さないように注意しなければなりません。

 二重社

 二重社まで下りてくるとあとはほとんど平坦な道となります。二重社は阿夫利神社の摂社(本社に付属し、その祭神と縁故の深い神をまつった神社のこと)で高龍神という水の神が祀られているのだとか。たしかにここは谷の最奥部にあたり、二重滝という立派な滝もありました。ただこの日はまったく水の流れはありませんでしたが。

 再び下社へ

 1時20分、下社に到着しました。ケーブルカー駅の方からはまだ続々と参拝者がやってきます。とりあえず腰を下ろして、休憩がてら靴の裏に詰まった泥をきれいに落としてからケーブルカーに乗ろうと思います。

 小田急線の車窓から

 ケーブルカーを降りてからは、今朝来たルートを逆にたどります。バスは朝以上にギューギュー詰めでした。
 どうも下りの際の悪路で古傷のある左膝を痛めたようで、特に駅の階段を下るときに強い痛みが走りました。この左膝はこれまでもだましだましつきあってきているので、あまり酷くならないように気をつけなければ。
 帰りの電車の車窓から大山の姿を見ると、阿夫利山の名のとおりその上空に一塊の雲を従えていました。庶民の信仰を集めるのも頷けるようなきれいな三角形の山容が印象的です。
 
 午後3時30分、いつもの新宿駅に戻ってきました。相変わらずの喧噪です。
 さて、今年最初の野山歩き。まずは良好な歩き初めでした。曇りのち晴れで、今年一年も今日の天気のようにだんだん明るくなるといいですね。