加入道山・大室山 〜雲の中の花畑〜


 

【山梨県 道志村 平成26年9月15日(月)】
 
 敬老の日を含む三連休。先日の尾瀬の筋肉痛も治まったので、この連休中にどこか山に行きたいなと考えていました。ガイドブックを見ていて目に止まったのは丹沢と道志にまたがる大室山(1587m)。どっしりとした山容で、登山者が少なく静かな登山が楽しめると記されていました。連休の中日に登って最終日は筋肉痛を癒そうかと考えていたら、土曜日の天気予報では最終日が最も安定して晴れると言っているではないですか。さすがに2日後の予報を外すことはないだろうと、それに合わせて日曜日までに諸々の用事を済ませておきました。
 
                       
 
 で、月曜日。朝6時に駐車場を出る時点の天気は曇り。なんだ、またいい加減な予報にやられたかと思いつつも、日が高くなれば晴れるかもと考えることにして登山口を目指しました。
 まず国道413号線を西進。津久井湖の南岸を通り、三ヶ木で左折して道志道(どうしみち)へ。途中県境を越えて山梨県に入り、日帰り温泉「道志の湯」の奥にある臨時駐車場に着いたのは7時過ぎでした。

 駐車場はがらんとしていて現在使われているか一瞬疑いましたが、どうみてもここしかないので車を停めることにしました(ほどなく他の車も来たので間違ってなかったようです。)。この時点でも空はどんよりとした曇り。今日はもうずっとこんな感じだなと秋晴れの山歩きは諦めることにしました。

 準備体操を済ませて、駐車場から少し上がったところにある登山口へ。また随分と鬱蒼としていますな。スタートは7時25分です。


Kashmir 3D

 今日のコースは、まず登山口の直上にある加入道山に登り、そこから稜線を歩いて大室山に至るというシンプルなもの。地図を見ると加入道山の手前で稜線に出るまでがしんどそう。その標高差800mはyamanekoにとってはハードな方です。
 今回は北側の道志側から登りますが、南側の西丹沢自然教室(地図外)から白石峠経由か犬越路経由でアプローチするのが一般的のようです。

 天気のせいもあるでしょうが、薄暗い森の中を歩いて行きます。 登り始めてほどなく、登山道の両側に横浜市の各区が植林をしたエリアが現れました。道志村には昔から横浜市の水源涵養林があり、平成13年にここで植樹祭が開かれたとのこと(看板に説明あり)。誰もいない森のあちこちに区の名前が書かれた標識だけが静かに立っていました。どうやらyamanekoが車を停めた駐車場はそのイベント用に整備されたもののようです。

 ツリフネソウ

 色の少ない風景の中でツリフネソウに出会いました。天然のモビール。これからが盛りのようです。

 しばらく行くとシカの侵入を防ぐためのゲートがありました。このての構造物の中では立派な方ですが、御多分に洩れずゲートの左右の柵がだだ破れで、まったく用をなしていませんでした。作るのは易し維持するのは難し、ですね。

 タイアザミ

 このアザミ、総苞片のトゲトゲしさからするとタイアザミのよう。ヨシノアザミの変種で、中部地方南部から関東地方にかけて分布している種だそうです。超攻撃的な容姿ですが、そんなにしていったい何から身を守ろうとしているんだろう。

 これはアケビの果実ですね。大きくなる前に落ちてしまったのでしょう。出来損ないのナスみたいにも見えます。

 登山道は登るに連れて斜度が増してきます。この先、加入道山手前で稜線に出るまではずっと山腹の斜面を歩いて行くことになります。

 東屋

 8時5分、東屋が現れました。ガイドブックによるとここが最後の水場だそうです。ここまでノンストップで登ってきたので、ここで小休止です。

 ヤマジノホトトギス

 東屋の脇で咲いていたヤマジノホトトギス。通常、花弁のような花被片が6個あるのですが、これは一見3個に見えます。残る3個は落ちてしまったのかも。花被片にある斑紋も薄れてしまっているので、花期ももう終わりなのかもしれません。

 東屋から先はまた一段ギアチェンジしたように斜度が増しました。息が荒くなります。

 ふと足を止めると風に揺れるススキの姿が目に入りました。野山はもう完全に秋なんですね。 ところでこの登山道、稜線に出るまではほとんど眺望がありません。道志側から登る人は少ないというのも分かる気がします。木立の間から富士山方面が望めるポイントが2箇所ほどありましたが、手前の山も雲に隠れて、いったいどこが見えているのかまったく分かりませんでした。

 道は火山灰土で、ところどころ枕大の礫が折り重なり、かなり歩きにくいです。

 ずっとこんな感じで眺望はありません。新緑の時期とか、木々が葉を落とした後小春日和の山歩きとかだったら気持ちがいいかも。

 ハコネトリカブト

 かなり登ってきました。さっきから足元の様子が変わって、ガラガラとした石灰岩の破片が出てきました。するとこれまでなかったトリカブトが現れ始めました。やはり地質と植物は相性があるんですね。
 このトリカブト、葉が深く避ける様子からするとハコネトリカブトだと思います。ここから上、大室山の山頂までずっと咲いていました。

 採石場跡

 大理石(石灰岩)の採石場跡です。ガイドブックにはこの採石場が現れるとほどなく稜線に出ると書いてありました。こんなところで大理石?と思い後で調べてみました。
 太古(2千万年くらい前)、フィリピン海プレートに乗った島々がプレートとともに北上してきて次々にユーラシアプレートの縁(後に日本列島になるところ)に衝突したといいます。フィリピン海プレートはそのままユーラシアプレートの下に沈み込みますが、上に乗っていた島や海底の堆積物などはユーラシアプレートの縁にこそぎ取られるようにして付加され大陸の一部となりました。そのぶつかってきた島々は赤道近くにあるときに島の周囲にサンゴ礁を発達させていて、それが石灰岩になり、その石灰岩が地下から上がってきたマグマに触れて熱変成して大理石になったということです。その状態で大陸に衝突し、そして後からぶつかってきた伊豆半島(になった島々)に押されて盛り上がり丹沢山地になったのだそうです。この場所にある大理石の欠片はそんな歴史を経てここにあるということなんですね。

 さあ稜線まではあと少し、と気楽に歩き出したところ、かなり崩れた斜面をトラバースする箇所に出ました。かなり高度感があります。上の写真は渡り終えた後に振り返って撮ったものですが、斜度は45度はありますね。ロープが張ってあったのでなんとかクリアできましたが、こうやってみると足を置く水平な部分がないじゃないですか。

 ソバナ

 で、終わったかと思ったら、その先にはさらに急斜面で、下を見るとほぼ垂直に落ち込んでいるところが現れました。今度はロープも張ってありません。とりあえず冷静になろうと、目の前で岩から乗り出すようにして咲いていたソバナの写真を撮ることに(こんな状況でも花の写真は撮る。)。そして、あらためて慎重に歩き出しました。足場の確保が難しかったですが、山側の岩壁に抱きつくようにして少しずつ登り、どうにかクリアすることができました。こんなスリリングな箇所があるなんてガイドブックにはまったく書かれていなかったし、勘弁してくれよと思いましたが、帰宅後、道志村のホームページを見てみたら、 「加入道山の登山ルートにおいて山が一部崩落している危険箇所がありますので、加入道山登山の際は十分ご注意下さい。(初心者や登山に自信のない方は別ルートからの登山をお願いします。)」と。産業振興課のページの奥深くに。この記事までたどり着かないって、普通。

 稜線に出た

 難所を抜けるとすぐに稜線に出ました。ふう、やれやれです。

 ここから加入道山の山頂まではすぐそこ。薄靄がかかってきましたが、これは雲の中に入ったということでしょう。

 加入道山山頂

 9時30分、加入道山の山頂に到着しました。予想どおり誰もいません。ここまでで出会った人は、登り始めにyamanekoの前を行った年配の人と、東屋の手前ですれ違った下山中の人だけ。本当に静かな、寂しいくらいの山歩きです。天気が良ければまた印象も違うのかもしれませんが。
 山頂では休憩することなくそのままスルー。もっとも、ここは晴れていても眺望はないそうです。

 避難小屋

 山頂を過ぎるとすぐ右手に避難小屋が現れました。結構しっかりした建物のようです。

 テンニンソウ

 ここから大室山まで稜線を歩きます。どんな花に出会えるかワクワクしますが、さっそく現れたのはテンニンソウの群落。シカの食害から守るためか、広い範囲がフェンスで囲まれていました。

 長閑な稜線の道。ずっとこんなだと楽なんですが。

 前大室

 わずかに下って登り返すと前大室という小ピーク。読んで字のごとく大室山の手前にあるピークです。ここからは道志側に下る道が出ているようです。

 破風口(鞍部)

 前大室からは下りの傾斜がきつくなります。大室山との間の最大鞍部である破風口まで細い山道を慎重に下りました。特に鞍部の直前直後は一歩一歩慎重に足を置きながら。この辺りはヤセ尾根になっていて高度感もあり、ズルッと滑ったりするとヤバそうです。

 ホトトギス

 鞍部を越えて、今度は急な斜面を登り返します。その途中に咲いていたホトトギス。 花被片は漏斗状に上を向いています。これがヤマジノホトトギスでは水平になり、ヤマホトトギスは下を向いて反り返ります。それぞれどういう意味があるんだろう。

 シロヨメナ

 これはシロヨメナ。今日のルートではこの辺りでしか見かけませんでした。

 大室山の山頂に向けてジワジワと登って行きます。
 筋肉疲労のせいか、右足の腿の裏がつりそうになってちょっと焦りました。いわゆるハムストリングというところです。膝の裏の腱もカッチカチ。こんなところで腿を痛めてしまったら大変です。その場でゆっくりと筋を伸ばしてしばらく腿の裏の筋肉をマッサージしました。

 トリカブト

 脚の違和感もなくなったようなので、再び歩き出しました。するとトリカブトの大群落が。おお、凄いじゃないの。諦めずに登ってきてよかった。これが一面に広がっていました。

 バライチゴ

 円筒形のこの果実。バライチゴのものです。名前はバラのような花を付けるイチゴということでしょうか。でも、もともとイチゴはバラ科ですから、当たり前のことを言っていることになりますが。

 ユモトマムシグサ

 ユモトマムシグサの果実がなんかポップな感じでした。

 マルバダケブキ

 雲の中、次々に現れる花々にこれまでの苦しさがどっかに飛んでいってしまいそう。これはマルバダケブキ。バックにはトリカブトです。

 テンニンソウ

 テンニンソウをアップで。

 破風口から標高差にして200m近く登り返してきました。これはバイケイソウの群落を踏みつけから守るための木道。高さが1mくらいあるので橋といった感じです。この辺りはほとんど平らな地形です。

 犬越路分岐

 木道が終わって再び上りが始まり、しばらくすると右手に道を分ける分岐がありました。西丹沢の犬越路から登ってくる道で、むしろこちらの方が表ルートなのかもしれません。手前の資材はおそらく木道や階段などを設置するためのもの。ネットに包まれているということはヘリで運んできてここに下ろしたのでしょう。

 ブナの大木。かなり朽ちていますが、まだ生きた枝もあります。壮年期の姿はどんなだったでしょうか。この木の前に佇むと、ああ人間のなんと小さいことよ。

 傾斜が緩くなりました。そろそろか?

 ようやく大室山の山頂に到着しました。時刻は10時55分です。ご覧のとおり眺望はありません。リュックをおろしてアンパンを食べることにしました。
 大室山の標高は1587m。丹沢山塊では5番目に高い山です(ちなみに道志山塊では御正体山に次いで2番目)。昔は「大群山」と称していたそうです。
 写真に写っている人はyamanekoより一足先に出発していた人で、もうじき70歳になる身ながら、今も現役で仕事をしつつ毎週のように登山をしているという、筋金入りの昭和のおやっさん。この年代の人は日本の高度成長をガチで支えてきたという自負があるので、心身ともにタフなんですよね。百名山はトータル170回くらい登っているそうです。

 山頂でパンを食べたら早めに下山を開始しました。万一雨が降り出すとあの難所がさらに難しくなりますから。
 写真は犬越路分岐。資材がたくさん置かれています。

 こんないい雰囲気の山道を歩くのは楽しいです。日常のストレスの原因がどーでもいいことに思えてくるんですよね。

 破風口

 遙か下に破風口の鞍部を望む。下手したら吸い込まれて転がり落ちそうです。
 この後、今度は左の腿の裏がつりそうになり、またストレッチをすることに。日頃の運動不足がこんなときに現れるとは。

 ナナカマド

 白い世界でナナカマドの赤い実が気持ちをホッとさせてくれます。

 加入道山

 12時15分、加入道山を通過。

 さあ、稜線から例の難所に向かう分岐まで下りてきました。幸い雨は降っていません(ていうか今日の予報は晴れだったはず!)。

 難所(の手前)

 これ、斜めに写真を撮ったわけではありません。写真の左端から谷はほぼ垂直に落ち込んでいます。実はここはまだ序の口のところで、写真奥まで進んでその裏側に厳しい岩場が待っているのです。そこの場所はカメラを出す余裕がありませんでした。くそっ!

 鳥ノ胸山(右)

 冷や汗をかきながら難所をクリアして、あとは淡々と下るのみ。ただ、怪我はそんなときに起こるものなので、歩幅を小さくしてできるだけゆっくりと下りて行きます。
 しばらく行くと木立の切れ目から展望のきくところがありました。午前中は山並みは雲の中でしたが、空が若干明るくなり薄日が差すようになってきて、山の形もくっきりと見えています。写真右の山は鳥ノ胸山(とんのむねやま)。標高は1208mです。もっと晴れていれば正面に富士山が望めるはずなんですが。

 なんと陽が差してきて登山道に木漏れ日が。最初からこの天気のはずじゃなかったのかい。

 東屋を過ぎ更に下っていくと、やがてシカよけのゲートが見えてきました。ということはゴールは間近です。

 おお、緑のトンネルの先に俗世界が。

 登山口

 1時30分、無事に登山口に下りてきました。その先でドリーム号が待っています。
 今日は累積標高差1200mを登って下りて、もう身体中の筋肉がガチガチになっています。早く整理体操をしておかないと明日あたり大変なことになりそうです。
 装備を解いて入念にストレッチをした後、ようやく昼食をとることにしました。朝、出がけにコンビニで買った塩豚バラ弁当です。
 
 自宅のベランダからは正面に丹沢の山々を望むことができます。毎朝、その稜線を眺めながら歯磨きをするのが日課なのですが、蛭ヶ岳などまだ登ったことのない山はどこか他人行儀に眺めていて、いつかチャンスがあれば登りますから、といったふうに眺めています。ところが、一度登ったことのある山になると友達のような親近感があって、おお、あのとき登ったよな、となれなれしい目線で見てしまうのです。大室山も今回登ったことで明日からその重量感のある山容を親しみを持って眺められるでしょう。「よっ、この前はお疲れ」、といった感じで。