尾白川渓谷 〜背筋も涼しい渓谷歩き〜


 

【山梨県 北杜市 平成19年8月25日(土)】
 
 ド暑い毎日が続いています。ただ道を歩いているだけでクラクラしそうです。でも、ふと気がつくともう8月も下旬。もうじき夏が往ってしまうと思うと、この暑さも今のうちに存分に楽しんでおきたいとか思ってしまいます。
 ということで、今回は渓谷を歩いて涼んでみようと思い、山梨県は北杜市の尾白川渓谷に行ってみることにしました。
 
                       
 
 午前7時、新ドリーム号発進。天気は今日も ”もの凄い” くらいの晴れです。
 この時間、甲州街道(国道20号線)はまだ空いていると読んで、首都高へは最寄りの初台ランプからではなく、永福ランプから上がることに。
 首都高4号線は甲州街道の上を通っていて高井戸で中央道に接続しています。首都高の通行料は定額制でどんなに短い距離でも基本的に700円ですが、永福から中央道に直接乗り入れるときは300円で済むのです。(注:この5年後に料金体系の見直しが行われ、距離別料金制に移行。)これは、高井戸は中央道の起点でありながら一般道からの入り口がなく、首都高から直接乗り入れるしか方法がないので、しぶしぶ首都高の永福ランプから上がらざるを得ず、そんな状況で定額の700円を払うのは理不尽、との批判があるからだと思うのです。(直接聞いたわけではないので本当かどうかは分かりませんが、そう理解しています。) ちなみに永福ランプから高井戸ICまではわずか3q弱です。

←中央道 都心→
首都高速道路株式会社HPより

 幸い甲州街道は空いていて、予定通り永福ランプから首都高へ上がり、そのまま中央道へ。高井戸から八王子ゲートまで(約30q)は均一料金区間で、600円です。でもって、その八王子ゲートを9時までに通過すれば、ETC割引の「通勤割引」が効きます。「通勤割引」とは、午前6時から9時までの間か午後5時から8時までの間にICを通過した場合、その通行区間の距離が100q以下であれば、料金が半額になるというお得な割引(詳しくはこちらへ)。今日は本来ならば山梨県の須玉ICで下りれば目的地に近いのですが、須玉だと八王子ゲートから100qを超えてしまうので、その一つ手前の韮崎ICで下りることに。そうすることで八王子−韮崎間の通行料が往復で2700円も割引になるのです。ややこしいですが、結構お得ですよ。
 ということで順調に走っていたのですが、だんだん渋滞してきて9時にゲートをくぐれるか微妙な状況に。ちょっとヒヤヒヤしつつも、結局残り50秒くらいで通過することができました。やれやれ…。(競艇のスタートか)

 中央道(上野原付近)

 八王子ゲートを過ぎてもしばらく渋滞気味でしたが、元八王子バス停を過ぎたあたりから流れ始め、後は快適なドライブです。途中で運転を妻に任せて、もっぱら助手席からの風景を楽しむことに。たまにはゆっくり景色を眺めるのもいいものです。
 大月を過ぎ、笹子トンネルを抜ければ甲府盆地。そこも通り抜けて釜無川沿いに八ヶ岳方面へ進み、10時半くらいに韮崎ICに到着。ここからは再び国道20号線を走ります。

 甲斐駒ヶ岳(左)

 途中のコンビニで昼ご飯を調達し、北杜市白州町の「道の駅はくしゅう」手前の交差点を左折。すると正面に甲斐駒ヶ岳(2967m)が。これからあの麓の渓谷に入っていくのです。
 甲斐駒ヶ岳は南アルプスの北端部に位置する高山。3000m前後の峰々がひしめく南アルプスの中でも存在感では一、二を争う名峰です。ちなみに、日本全国に駒ヶ岳と名の付く山はいくつかあるようですが、やはり有名なところでは、会津駒ヶ岳、木曽駒ヶ岳、そしてこの甲斐駒ヶ岳でしょう。
 
 ところで、日本の屋根と呼ばれる日本アルプス。奥穂高岳や槍ヶ岳などの北アルプス(飛騨山脈)、木曽駒ヶ岳、空木岳などの中央アルプス(木曽山脈)、北岳、赤石岳、甲斐駒ヶ岳などの南アルプス(赤石山脈)の3本で構成されています。
 この3つのアルプスには地質や成因の違いがあるそうで、北アルプスは東西から大きな力を受けて褶曲で盛り上がった山脈。大きなY字型に連なっています。火山が多いのも特徴です。(なんと中央アルプス、南アルプスには火山は一つもないのだそうです。) 中央アルプスはほぼ全山が花崗岩でできている山脈で、急激な隆起運動によりできたもの。他の2つに比べて山脈の幅が薄く、その分急峻にそそり立っています。また、千畳敷カールなど氷河地形が残っているほか、高山植物の植生も豊かなのだそうです。南アルプスはもともと日本列島のはるか沖合の深海で作られた堆積岩が徐々に移動し来て、それが隆起したもの(北端の甲斐駒ヶ岳、鋸岳一帯のみ花崗岩)。比較的新しくまだ浸食が進んでいないので、北アルプスなどと比べると稜線がなだらかです。富士山に次いで日本第2位の高さを誇る北岳も南アルプスに位置しています。
 

 市営駐車場

 11時45分、ようやく駐車場に到着しました。ほぼ満車、ざっと7、80台は停まっているのではないでしょうか。もっとひっそりとしたところかと思っていましたが、なかなか賑わっています。でも、この車のほとんどは、ここからすぐのところにある河原に水遊びをしに来た家族連れやカップルのもの。渓谷はその先に延びていて、こちらはなかなか手強いので分け入る人は少ないです。
 まずは駒ヶ岳神社に向かいましょう。もうお昼なので境内を借りて昼食をとってから歩きたいのです。左手のかなり下に川の音を聞きながら歩いていくと、右手にはウリカエデ、ダンコウバイ、ミズナラなどの林が広がっていました。

 駒ヶ岳神社

 駐車場から300mくらいで駒ヶ岳神社です。この神社は約280年前に創建されたものだそうで、本宮は駒ヶ岳の山頂にあるのだそうです。
 さあ、とりあえず昼食です。

 コバギボウシ

 日向にコバギボウシの小さな群落。食後のひととき、風に揺れる淡い紫色の花を見ながらまったりとすることができました。川の方から聞こえてくる子供たちの嬌声も水の音やセミの声と同様にどこか夏を演出する効果音のようで、避暑にやってきたなという気持ちになってきます。

 つり橋  川下方向

 12時半、リュックを背負って再出発です。神社を過ぎるとすぐにつり橋です。人一人がぎりぎり通れるくらいの幅しかありません。しかもけっこう揺れます。下を流れる水はビックリするほど透明。高さは10m弱でしょうが、川底の石の模様までくっきりと見えました。
 橋を渡ると河原に下りる小径がありますが、それはやり過ごして、渓谷の奥へと続く道へ進みます。

 今日のルート

Kashmir 3D
 渓谷沿いの道

 すぐに分岐です。右は渓谷沿いの道、左は尾根筋の道です。これからいくつかの滝を巡りながら渓谷をさかのぼりますが、渓谷沿いの道は急な上り下りが連続し、足場もよくないことから、帰りにこのルートを下ってくることは危険が大きいとのことで、看板にも「滑落の危険があるので復路は尾根筋の道を通ってください」とありました。したがって、帰りは尾根筋のルートを通ってここに戻ってくることになります。(「尾根筋」といっても実際には山腹の道と言った方が正確です。この辺りの尾根筋は標高2000mを超えるのですから。)

 急降下

 いきなり急なアップダウンが続きます。谷底に落ちるような階段を慎重に下ります。どうやら川沿いの遊歩道的なものとはほど遠く、というか水辺の道などほとんどなく、崖のような山肌に沿うように上下を繰り返しながらさかのぼっていく道のようです。しかも階段や手すりがあったのはほんの入り口まで。あとはなかなかスリリングかつ体力を要する道でした。

 ミヤマウズラ

 ゼイゼイと言いながら斜面を登っていくと、目の高さのところにミヤマウズラが。ラン科の植物で、高さは15pほど。辺りを見渡してみるとあちこちに咲いています。このやや薄暗い林の中がミヤマウズラにとって住みやすい環境なのでしょう。しばらくはミヤマウズラを眺めながらの山歩きとなりました。
 1時5分、小さな枝尾根に出たところで小休止。林の中には風は全くなく、セミの声と渓流の百々という音が聞こえるのみです。

 谷筋

 一転して今度はまた下ります。そして下りきると小さな沢を渡り、また上りになるのです。これの繰り返し。沢のところでは小さな谷筋に沿って、弱々しくはありますが涼しい風が吹いてきます。川の音は聞こえるものの相変わらず水面は遠いようです。
 足下を注意しながら歩いていると、ヤマカガシが前を横切っていきました。オレンジ色の模様が鮮やかでした。

 ようやく水辺に下りられるところがありました。やれやれちょっと休憩です。それにしてもこの透明度。水温も低く、手を浸けると体中がシャキッとするようです。

 イワタバコ

 近くの岩はイワタバコだらけ。もう一ヶ月前に来たらさぞやきれいだったでしょうに。
 さて、また上りにかかります。一歩一歩、足下を確かめながら歩いていきます。

 カノツメソウ

 華奢な姿で迎えてくれたのはカノツメソウ。やや薄暗い林の中では、そこだけぱっと明るくなっているように見える花です。名の由来は、根の形が鹿の爪に似ているからという説や、葉の形が鷹の爪に似ているからとか、いろいろあるようです。ここから先しばらくはカノツメソウの独壇場でした。

 1時50分、ちょっと開けたところに出ました。左の写真の大きな岩、比較物がないので今ひとつ大きさが分かりませんが、高さ7、8mくらいはあったでしょうか。とてつもない存在感でした。いったいどういういきさつでここに鎮座しているのか。いつからいるのか。やがていつかは砕けてしまうのでしょうが、その時間のスケールが人間のそれとはあまりに違うようで、想像もつきません。
 この段差の上の段にあったのが右の写真の滝。特に名前は付いていないようです。この空間で静かに頭上を見上げ、そしてそっと目を閉じると、自分自身がこの風景にとけ込み、木々や岩たちと同じようにこの自然の構成物の一つになっているかのような感じがしました。
 それにしてもほとんど誰とも行き会いません。帰りのルートが別にあるからかもしれませんが、とんでもなく奥まで分け入ったかのようでちょっと寂しいくらいです。

 ニホンミツバチの巣

 無名の滝から少し登ったところに「旭滝」という看板がありましたが、岩壁を回り込んだところにあるらしく、その姿はちらっとしか望むことができませんでした。なので写真はありません。
 旭滝からずっと登って小さな稜線に出たところに休憩ポイント。すぐ近くのツガの木にニホンミツバチの巣があって、ちょうどスズメバチとの威嚇合戦の最中でした。たくさんのニホンミツバチが巣の入り口のところに集まって、スズメバチが近づくたびに一斉に羽根を震わせ追い払おうとしていました。

 球形の岩が真っ二つに

 この辺りから登山道はより高いところを通り、渓谷の底まで2、30mくらいはあります。道幅は狭いところで30pくらいのところもあり、右手はそのまま断崖に。こういうときはいったん怖いと思ってしまうともうだめですね。ところどころに鎖もありましたが、これが太く重たすぎるうえに足下の方までたるんでいるので、これに掴まって歩こうとするとかえって危ないです。一方、妻はというと、まったく平気な顔をしていました。「丸い岩が真っ二つになってるよ〜。」とか言って。(恐るべし…) のぞき込んでみると確かにはるか下の方に大きな丸い岩が。こっちは完全に重心が尻の方にかかっているというのに。

 百合ヶ渕

 2時35分、百合ヶ渕までやってきました。岩壁の隙間から20mくらい下にあるエメラルドグリーンの渕が見えます。涼しそうです。看板の由来書きによると、昔ひとりの行者がここに行きかかると、瀬の中程にヤマユリが流れ来て、そこでいったん止まってそのまま水中に沈んだのだとか。するとそこにぽっかりと大きな穴が空き満々と水を湛えはじめたのだそうです。この幽玄な雰囲気の中であればそんな不可思議なことが起こっても納得してしまいそうな気がします。

 ホツツジ

 ここからの道がまたハード。木々の根に掴まりながら痩せ尾根を這い上がっていくようなところもあり、最初の看板の「滑落」という言葉がよみがえってきました。ちょっとしゃれにならないんじゃないかとか言いつつも、そうやってどんどん高度を上げていきます。

 神蛇滝

 3時ちょうど、稜線上にあるちょっと開けたところに出ました。看板には龍神平とあります。そこからの眺めは思わず感嘆の声が漏れてしまうようなものでした。これが神蛇滝です。両側から樹木がせり出していますが、その高さと奥行きに圧倒されるような風景です。龍神平の端は絶壁になっていて、その先端はちょうど羊羹を切ったときのように幅1mほどの岩が一枚はがれそうになっていました。谷底まではゆうに50mはあります。隙間の幅は6、70pといったところで、木製の小橋が架かっています。高いところが苦手でない人はその岩の上に立って滝を眺めてくださいということだそうです。妻はよろこんで立っていました。
 ひととおり景色を楽しんでから腰を下ろして休憩です。スタートの駒ヶ岳神社のあったところが標高770m。ここが1000mをちょっと超えたところですから、標高差230mあまりをさかのぼってきたことになります。ここから更に渓谷沿いを行くと不動滝という滝があり、一般的にはそこまでの往復ができることになっていますが、今日はこの時点でもう午後3時を回っているので、ここから尾根筋の道を通って戻ることにしました。

 尾根筋の道

 尾根筋の道は山腹に沿って徐々に高度を下げていくような道。往路よりもそよ風があって涼しいです。なにより足下が安定しているのが有り難い。

 モミジガサ  シデシャジン

 直射日光をあまり好まない植物があちこちに見られます。モミジガサはキクの仲間。シデシャジンはキキョウの仲間で確かに色はキキョウの色です。フシグロセンノウはこれでもナデシコの仲間。ナデシコといえば花弁の先端が櫛状に裂けているのが特徴なのですが。

 フシグロセンノウ

 途中、甲斐駒ヶ岳に向かう登山道との分岐を経由して、3時55分、渓流沿いの道との分岐点に到着しました。ここまででおよそ3時間半の山歩きでした。

 つり橋の下

 つり橋の下の河原に下りて、おやつタイムです。フルーツゼリーのカップを流れに浸けて冷やして食します。辺りの人影はだいぶん減りましたが、それでもまだ5、60人くらいは遊んでいました。サンダル履きの女性も多く、渓流沿いの道の方へ行ってみたりしているものの、みなほうほうのていで退散してきています。その道は普通の運動靴であってもちょっとやめておいた方がよいでしょう。
 30分後、駐車場で待っている新ドリーム号に乗って尾白川渓谷を後にしました。予想以上にハードな「山」歩きでした。でも楽しかった。
 


 帰路の途中にある温泉「むかわの湯」に寄って疲れた筋肉をほぐし、韮崎市内で夕食をとってから高速に乗りました。もちろん「通勤割引」の適用になる午後8時前に韮崎ICを通過です。

 南アルプスの夕景