荻野運動公園 野草園 〜近づく春の足音を聴く〜


 

【神奈川県 厚木市 令和6年3月3日(日)】
 
 今日、3月3日は桃の節句。立春から1か月、実際の桃の開花はまだですが、野山ではそろそろ早春の花が開き始める頃です。林床が明るくまだ草が生い茂らないこの時期は、春の妖精と呼ばれる花々を見ることができるタイミングで、毎年どこか良いところはないかと探したりしています。で、今回は妻がネットで見つけた厚木にある野草園へ出かけてみることにしました。 厚木市は神奈川県の中央あたりに位置していて、丹沢山地の南東端から相模川の河岸段丘にかけての自然豊かなエリアに位置しています。
 
                       
 
 今回は愛車のドリーム号Vで向かうことにしました。yamanekoの脳内マップ中では以前から厚木と伊勢原、海老名、綾瀬の位置関係が不明瞭で、県中央部にこれらがごちゃっと存在しているのですが、今回あらためて地図を見てみてその原因の一つが分かりました。厚木と聞いて思い浮かべるのは厚木基地なのですが、この有名な基地は厚木にはなく、東の綾瀬にあったのです。しかも厚木と綾瀬の間には海老名があって、けっこう離れているのです。これが脳内マップを歪めている一因でした。あと、このエリアを貫く東名高速や圏央道に厚木、伊勢原、海老名、綾瀬の名を冠する施設(SA、IC、JCTなど)が集中しているのも混乱の度を増しているのだと思います。 ちなみに、厚木基地の名前がなぜ「厚木」を名乗っているかについては諸説あるようですが、有力な説はないのだそうです。

 荻野運動公園

 そんなふうに長年のモヤモヤが少し晴れかけたところで、目的地に到着しました。時刻は11時15分です。 野草園には似つかわしくないほどの巨大な駐車場。なぜなら今回訪れた野草園は厚木市荻野運動公園に併設されていて、その敷地の北側の一部にあるのです。



 メインの運動公園は大型体育館や立派な観客席を持つ陸上競技場などがあり、かなり大規模なもの。なんでこの敷地内に野草園があるのかと思いましたが、山の麓を造成して作られている運動公園なので、元からあった植物の自生地を保全したのではないでしょうか。それが開発の条件だったのか何なのか経緯は分かりませんが。いずれにしても唐突感はありますね。

 管理棟

 丘の上に野草園の管理棟がありました。園地はその向こう側の北向き斜面に広がっているようです。入園料は200円なり。スタッフの方が常駐されていて、聞くとちょうど2日前(3月1日)に今シーズンの開園を迎えたばかりのようでした。



 管理棟の中を通り抜けるような形で園路に入ります。散策路は幅の広い木道となっていて、踏みつけなどから野草を守る優しい作りになっていました。

 ミスミソウ

 林床は褐色の落ち葉に覆われていますが、しばらく行くと半日陰の斜面にポツポツとミスミソウが出迎えてくれました。丈は10cmに満たないほどで、つい見逃してしまいそうでした。常緑なので本来なら特徴ある緑色の葉(三菱のマークのそれぞれの角を丸めた感じ)が目印になるのですが、往々にして落ち葉に隠れていたりしています。

 ミスミソウ

 萼片(花弁状に見える)の数が10個と多いですが、これもミスミソウだと思います。葉を見れば一発で分かるのですが。ミスミソウは花の色が多様で、白色のものから紺色や濃い赤紫色まであります。しかも同じような場所で株ごとに色が違ったりしています。この辺が花好きに愛される所以でしょうね。

 ミスミソウ

 こちらは薄いピンク色。雄しべの葯が濃紫色で、アクセントになっています。花弁に見えるものが実は萼片、というのはキンポウゲ科の花でよく見られる特徴の一つです。

 水の谷

 しばらく尾根沿いの木道を歩いたら、その先で谷に下りていきます。パンフレットには「水の谷」とありました。

 シュンラン

 谷の斜面にシュンランが。株元に筆の穂先のような花芽があるのが分かります。シュンランは家の近くの多摩丘陵でも多く見かけます。

 ムラサキシジミ

 シダの葉の上でムラサキシジミが日向ぼっこをしていました。成虫で越冬するとのことなので、ようやく訪れた温かい日差しをしみじみ味わっているのかもしれません。「あぁ、この冬は寒かったなぁ」とか。

 カンスゲ

 日陰にはカンスゲ。冬でも葉は緑色です。白いふさふさに見えるのは雄花(雄小穂)。成熟するとちょっとした風や振動で花粉を飛ばします。

 キクザキイチゲ

 「水の谷」の底まで下りてきました。キクザキイチゲです。こちらも花の色の変異が大きく、白色から薄紫色まであります。キクザキイチゲもキンポウゲ科で、ミスミソウと同様に花弁に見えるのは萼片です。

 セリバオウレン

 セリバオウレンが群落を作っていました。雌雄異株ですが両性花もあり、これは両性花ではないかと思います。こちらもキンポウゲ科ですが花弁はないわけではなく、最も花弁のように見えるのが萼片で、それよりやや小さいのが花弁とのことです。

 キクザキイチゲ

 谷の底にも陽が当たり始め、キクザキイチゲも目一杯花を開いています。日が陰ると閉じてしまいますが、一旦咲いたのであればわざわざ閉じなくても良いのではと思ったりします。これはきっと陽が陰ると花粉を媒介する虫の活動がにぶるので、待っていても来ないのなら花を閉じて大事な雄しべや雌しべを保護しておこうということではないでしょうか。

 ショウジョウバカマ

 ショウジョウバカマが一株だけ咲いていました。漢字では「猩々袴」。猩々とはサルに似た中国の伝説上の動物で、顔が真っ赤というもの。そこから名付けられた日本の伝統色に「猩々緋」という赤色があり、それをこの花の名に付けたということのようです。袴の方は地面に伸びる根生葉のこと。
 中学校くらいのとき古典の教材に「猩々緋」という言葉が出てきたのが何故か記憶に残っています。登場人物が猩々緋の羽織を着ているというものでしたが、話の前後は全く記憶から飛んでいて、「猩々」ってどんな生き物だろうと思ったことしか覚えていません。(昔の記憶ってこんなのばっかりです。)


 写真は谷の底から丘の縁を見上げたところ。円形コロシアムのような形の谷です。

 ヤマルリソウ

 ヤマルリソウです。花は経1cmくらいの薄青色。花弁はちょっと傷んでいますね。開花後に霜にでもやられたのでしょうか。

 ミスミソウ

 このミスミソウは葉の形がよく分かりますね。確かに三菱のマークの角を丸めた感じです。残念ながら上の部分が欠けていますが。

 これらもみんなミスミソウ。こんなのが家の裏山に自生していたらそりゃ守りたくもなりますよね。

 フクジュソウ

 谷を上がって「野草の散歩道」というエリアにやってきました。
 これはフクジュソウ。写真などでよく見るのは地面すれすれに咲いているものですが、花期が結構長く、こんなに茎が伸びても花を咲かせています。

 ミスミソウ

 このミスミソウの葉は若干寒さ焼けをしているみたいです。常緑の葉は厳しい冬を越して長期間使えるよう、厚く頑丈にできていることが多いです。

 セツブンソウ

 セツブンソウはもうほとんど終わっていて、唯一この株だけが花冠を残していました。その花冠も閉じ気味ですが。



 常緑樹の林床を歩いていきます。これはシラユキゲシではないでしょうか。花冠はまだ開ききってはいませんが、本来は5月上旬に咲く花なので、フライングしたみたいです。中国原産で、元々の自生種ではないですね。



 このあたりにはシラカシやヒノキなどが生えていました。

 フッキソウ

 フッキソウに花序が伸び始めていました。開花は3月下旬か。漢字では「富貴草」で草の字が付いていますが、樹木だそうです。高さはせいぜい15cmくらいにしかなりません。



 野草園の東側に向かいます。

 ニリンソウ

 ニリンソウがお辞儀をしていました。花の最盛期はこれからです。

 ホトトギス

 これは去年咲いたホトトギスの花殻でしょう。逆光に輝いていい感じです。

 シダの谷

 野草園の東側にある「シダの谷」にやってきました。この辺りは主にスギやヒノキなどの針葉樹の森になっています。最初に下った「水の谷」よりも光が少なく、より湿った環境のように感じました。

 シロダモ

 シロダモの葉は3本の主脈が特徴です。冬でもみずみずしい緑色で、硬く光沢があります。枝先に集まって付くのも特徴の一つ。

 ヤマアジサイ?

 この花殻はヤマアジサイ? 花序がソフトボールくらいとちょっと大きめだったので、園芸種なのかも。

 キジムシロ

 「シダの谷」から丘の尾根に上がってきました。これはキジムシロ。似たような花にミツバツチグリやヘビイチゴなどがありますが、葉が奇数羽状複葉なのがキジムシロの特徴です。葉が八方に丸く広がるので、その様子を雉が座る筵(むしろ)に例えたものだそうです。それにしてもなぜ雉なのか。

 見晴らしの丘

 「見晴らしの丘」というエリアです。野草園の中で唯一南側(運動公園側)の展望が広がっています。

 ハナニラ

 石畳の隙間に生えていたハナニラ。南米原産の花で、日本に入ってきたのは意外に古く、明治時代だそうです。過酷な環境で健気に生きているように思えましたが、調べてみると非常にたくましい植物のようで、このような環境も苦にせず繁殖していくのだそうです。

 管理棟

 野草園を時計回りに巡って、管理棟に戻ってきました。時刻は12時55分。正味1時間半くらいの散策で、まったりと落ち着いた時間でした。



 ホトケノザ  オオイヌノフグリ

 駐車場に戻る途中に咲いていた春の使者。ホトケノザとオオイヌノフグリです。ネームプレートが掲げられることのない「雑草」ですが、春を待つ心にはミスミソウに負けないくらいに出会って楽しい花たちです。
 さあ、これから春本番がやってきます。ワクワクしますね。
 
 駐車場に着いた途端に急にお腹が空いてきました。時計を見ると1時過ぎていたので当然です。ナビで最寄りの飲食店を検索して、インドカレー屋さんで昼食をとり、家路に着きました。辛くて美味かったです。