入笠山 〜梅雨入り前の高原へ〜


 

【長野県 富士見町 平成20年6月1日(日)】
 
 今日から6月、梅雨のシーズンも間近です。この梅雨入り前の晴天というのは本当にクリアで気持ちいいですね。今日は長野県の東の端、山梨県との県境に近いところにある入笠山(にゅうかさやま)に行ってみることにしました。お目当ては、そろそろ見頃のはずのクリンソウと、雄大なパノラマビューです。山頂近くまでゴンドラで上がり、山上にある湿原を散策してみたいと思います。
 
                       
 
 前日(土曜日)、神戸まで日帰りして午後11時過ぎに帰宅。一夜明けて今日が仕事であれば重い体を引きずって起き出すところですが、天気の良い休日とあればバネ仕掛けの人形のように飛び起きることができるのですから、我ながらホントつくづく不思議です。目覚まし時計は午前5時半を指していました。
 支度を済ませて6時過ぎに出発。首都高4号線から中央道へ乗り入れて、あとはひたすら西を目指します。車の量はそこそこありますが、順調に流れていて、このくらい気持ちよく走れるのなら高速料金を払ってもいいかと思ってしまいます。
 山梨県を横断し長野県に入ってすぐ、諏訪南ICで高速を下りたのは8時過ぎ。ゴンドラが動き出す時間までには小1時間あるので、入笠山の姿がよく見えるポイントに行ってみました。

 入笠山(中央やや左)

 南北約120qに連なる南アルプス。南端の光岳(静岡・長野県境)から北端の鋸岳(山梨・長野県境)まで3000m前後の嶺々が連なり、その中央部に富士山に次ぐ標高の北岳を擁しています。入笠山は、鋸岳の更に北、南アルプスが諏訪湖に向かって徐々に標高を下げていくその途中に位置しています。上の写真はその稜線で、標高は概ね2000m。中央にゴンドラの索道が見えますが、その終点(雲に隠れている)から左に少し下って登り返したピークが入笠山(1955m)です。
 入笠山の登山口付近はスキー場になっていて、この時期はクロスカントリーやダウンヒル(ゴンドラに自転車ごと乗り込んで上がっていくのです。)など自転車競技のフィールドになっていました。

 スタート直前

 駐車場に車を止めてゴンドラ乗り場に向かう途中、ちょうどクロスカントリーの大会のスタートに出くわしました。ノリノリの音楽とDJで賑やかでした。

 山上へ

 9時30分、ゴンドラに一番乗りして山上へ。高度を上げるにつれ正面の八ヶ岳がドーンと迫ってきます。山頂からのパノラマをみる前にもう既に感動気味です(写真は後ほど)。そして約10分ほどで山頂駅に到着です。

 入笠湿原へ

 ゴンドラの山頂駅からはすぐに林の中に入っていきます。さすがに標高2000m近いだけあって、この時期にしてようやく若葉が伸び始めてきたところ。カラマツ林の林床にはまだ早春(?)の日差しがたっぷりと届いていました。

 マイヅルソウの若葉  コハウチワカエデの若葉

 展開しはじめたばかりの若葉は触ってみるとしなやかで、しっとりとしていました。眩しい木漏れ日、心地よい風。山頂に登らずに、こんなところで一日過ごすのも悪くないかもしれません。


Kashmir 3D

 今日は、ここから少し下って、まずは入笠湿原へ。次にそこから御所平峠を経て入笠山山頂に登り、そのまま反対側に下って大阿原湿原に向かいます。入笠山の西側には牧場があって、ここまで車道がつながっています。(東側から上がってくる車道もあります。)

 入笠湿原

 カラマツの森を抜けると、すり鉢状に窪んだ広い場所に出ました。ここが入笠湿原です。田の字型に木道が整備され、来訪者の踏みつけによる荒廃から湿原を守っていました。こんな山の上にこんな湿原が、と少々ビックリです。正面には入笠山がきれいに見えていました。

 クリンソウの若葉

 明るい光を浴びてクリンソウの葉がみずみずしく輝いています。でもまだ葉を展開しはじめたばかりで、花茎すら伸びていません。残念ですがちょっと時期が早すぎたようです。

 バイケイソウも

 シラカバの根元にはバイケイソウ。こちらはもともと夏の花です。
 バイケイソウは新芽の姿がオオバギボウシのそれと似ていて、毎年誤植による中毒が後を絶たないそうです。オオバギボウシの新芽はウルイといって、タラの芽などと並んでおひたしや天ぷらにして食す山菜の定番です。(ネットで検索していたらウルイスパゲティなんてのもあって、これがなかなか美味そうでした。)

 湿原のシラカバ

 なんかエアコンのコマーシャルに出てきそうな風景です。爽やかな風がスィ〜っと…

 クリンソウ

 一株だけ花茎を伸ばしつつあるクリンソウを発見しました。高さは20センチほど。これからぐんぐん伸びて最終的には60〜80pの高さに。花は5個ほどが花茎をぐるりと取り囲み、それが3、4段に重なるという、なんともフォトジェニックな姿をしています。名前は仏塔の先端にある相輪(別名を九輪)からきているのだそうです。

 ムシカリ

 湿原のそばの林の中に入ってみるとムシカリの白い花。あぁ、どこに行っても気持ちいいなぁ。

 入笠湿原からの流れ

 そろそろ入笠山に向かいましょう。道の脇には湿原からの流れが。まさに春の小川はさらさらいくよ、です。でもここは高い山の上。この先で一気に谷を下りふもとを目指すことになります。

 シロバナエンレイソウ  ニリンソウ

 シロバナエンレイソウにニリンソウ、春の花はみな可憐です。忙しい日々のふとした瞬間にこんな花、こんな風景を思い出すことができたなら、たとえ帰宅が毎日1時でも元気にやっていけるというものです。

 入笠山への登り口

 湿原から1q弱で御所平峠に到着。この向こう側には牧場があります。ここから入笠山に登っていきますが、所要時間はおそらく30分くらいでしょう。日光浴を兼ねてのんびりと登りたいと思います。

 ゴツゴツとした岩が

 やがてゴツゴツとした岩が露出しはじめました。南アルプスの山々はそのほとんどが堆積岩でできていますが、甲斐駒ヶ岳あたりから北は花崗岩でできているとのこと。入笠山もそうかもしれません。(じっくり見てこなかったのが残念です。)

 まだ芽吹きの季節

 抜けるような青空。木々の梢は若葉の色合いで彩られています。

 入笠山山頂

 ほとんど汗もかくことなく山頂に到着しました。山頂には樹林はなく、完全な360度の眺望です。では、その一部を…。

 南アルプス

 北側から登ってきたので山頂に着いて正面に広がっていたのがこの景色です。これが南アルプスの北端です。写真右の雪渓を多く残す山は仙丈ヶ岳(3033m)。間ノ岳(3189m)をはさんで左の鋭い稜線は鋸岳(2685m)。見た目の高さと標高とが一致していませんが、間ノ岳が最も奥にあり、鋸岳が一番手前にあるのです。ちなみに甲斐駒ヶ岳(2967m)はちょうど左端の雲の中です。

 八ヶ岳山塊

 こちらは北東側の展望。八ヶ岳山塊とそこから広がる雄大なすそ野が視界を圧倒しています。この山々の向こう側は長野県の佐久地方です。
 山の名前として「八ヶ岳」というものはなく、主峰の赤岳(2899m)を中心として、横岳(2829m)、阿弥陀岳(2805m)、硫黄岳(2760m)、権現岳(2715m)、天狗岳(2646m)、編笠岳(2524m)などなどで構成されています。
 写真左手前の小山の上にある施設がゴンドラの山頂駅です。

 北アルプス

 北西側の展望は奥行きが約60qとかなり広大なものとなっています。それゆえ稜線がやや霞んでいますがご容赦を(肉眼ではくっきりと見えていました。)。
 手前の稜線(横長の牧場がある稜線)とその奥の稜線との間が高遠の里。その向こうは伊那谷で、天竜川やJR飯田線、中央高速などが走っています。さらにその向こうは中山道やJR中央本線が通っている谷です。
 北アルプスのビッグネームとしては、写真左端(丸い雲隗の奥)に御岳山(3067m)、中央やや右が乗鞍岳(3026m)、右端が穂高連峰です。
 (上の写真の展望はこの範囲

 宝剣岳、木曽駒ヶ岳  空木岳

 気になる嶺々を双眼鏡で覗いてみましょう。
 中央アルプスは幅が狭く、山々はみな急峻です。最も有名なのが木曽駒ヶ岳(2956m)、あと千畳敷カールでお馴染みの宝剣岳(2931m)でしょう。新田次郎の「聖職の碑(いしぶみ)」の舞台となった山です。
 空木岳(2864m)も中央アルプスの主役級。山頂東側にカールがあり、お花畑が広がっているそうです(真夏には)。

 乗鞍岳  穂高連峰

 こちらは北アルプスの名優たち。乗鞍岳もそれ自体を名に持つ山はなく、剣ヶ峰を主峰とする23の嶺の集合体です。穂高も然り。奥穂高岳(3190m)、北穂高岳(3106m)、涸沢岳(3110m)などです。あの嶺々のふもとは上高地。高校生の頃によく読んだ北杜夫の小説に穂高連峰が登場し、昭和初期の松本から徳本峠を越えて上高地に入るルートについて描写されていました。上の写真では手前の稜線を越えて行くルートで、泊まりがけで臨む険しい道のりであったようです。北杜夫は旧制高校時代を松本で過ごし、その頃の様子を「どくとるマンボウ青春記」に残しています。
 
 それにしても、どうですかこの眺望。デジカメにテレコンバータを装着して性能の限界ギリギリで撮影したものですが、やっぱり肉眼にはかないませんね。なにしろ目の機能は衰えてきていても、人間は脳のCPUで絶妙に補正しますから。

 クサボケ

 さんざん景色を楽しんでから、草地に腰を下ろして昼食です。シートのすぐ脇にクサボケの花が咲いていました。「草」と名が付いていますが立派な樹木です。日当たりの良いところを好む植物なので、ここは絶好の場所でしょう。

 ブナ  まだ軟らかい葉

 昼食後、登ってきた方とは反対側に下山です。
 長い間、風雪に耐えてきたであろうブナ。それでも毎年こうやって軟らかい若葉を広げるのだと思うと、我々人間も細かいことで悩んだり腹を立てたりせずに、やるべき事を当たり前のようにちゃんとやる。それが大切なんだと再認識させられる気がします。

 大阿原湿原

 下山路から車道に出てしばらく行くと大阿原湿原に到着です。こちらは入笠湿原より規模が大きく、一方でやや乾燥が進んできているようです。木道を反時計回りで散策してみることにしました。

 ズミが生い茂る

 湿原の周辺ばかりでなく、まばらにですが湿原の中にもズミが入り込んでいました。この辺りの地質は約3億年前(当時、各大陸は「超大陸パンゲア」として一つになっていたと考えられています。)に形成された秩父古成層に属するものなのだとか。高層湿原としてはめずらしいタイプなのだそうです。この湿原自体がいつ頃出来たものなのかは調べても分かりませんでしたが、現在では乾燥化が進み湿原としては老齢期なのだそうです。(パンフレットや看板には3億年前に出来たかのような表現がされていましたが、日本列島自体が形成されたのが約2千万年前なので、それはあり得ませんね。地質と地形が混同してしまったか?)

 高層湿原

 一般に湿原と言った場合にイメージされるものは釧路湿原に代表される低層湿原でしょう。解説書によると、低層湿原は地下水面が湿原の表面まで冠水していて、比較的栄養状態が良く、ヨシやガマ、スゲなどが生い茂っています。一方、高層湿原は寒冷な場所にあるがゆえに分解されない泥炭が多量に堆積して、そのため周囲よりも高くなり地下水がとどかず、雨水のみで維持されている貧栄養な湿原をいいます。尾瀬ヶ原などは高層湿原に当たります。標高の低いところにあるのが低層湿原で、高いところにあるのが高層湿原と思っていたあなた、yamanekoと同じです。でも、高いところは寒冷だという意味では当たらずといえども遠からず、ですよね。
 写真は湿原の中を走る自然の水路。のぞき込むと深さは1m以上ありました。その厚みだけ植物が分解されずに堆積しているのです。水路以外の場所も決して固い地面ではなく、足を踏み入れるとおそらくずぶずぶと埋まっていくと思います。

 苔に覆われた森

 湿原の先端部まで行くと、今度は反対側の森の縁を通って戻っていきます。ちなみに大阿原湿原の水は、この先端部から西の谷を下って小黒川となり、最終的には伊那谷で天竜川に合流します。一方、先ほどの入笠湿原の水は東に下って、釜無川から笛吹川、富士川へと流れていきます。

 マルバネコノメソウ?

 上の写真のところで見つけた小さな花。マルバネコノメソウでしょうか。葉の切れ込みがやや深いのが気になるところです。
 
 大阿原湿原の散策を終えると、来た道を引き返しました。帰りは入笠山の中腹を巻く車道を歩き、御所平峠へ。そしてそこから入笠湿原を経由してゴンドラ駅へと向かいました。
 今回、クリンソウのあでやかな姿を見ることはできませんでしたが、入笠山山頂からのものすごい景色を見ることができたので、あまり残念感はありませんでした。また来年にでも、今度は開花情報を確かめてやって来たいと思います。
 
 帰りもゴンドラで下山です。下りてみたらまだ自転車のレースをやっていました。

 ゴンドラ券売り場

 


 アツモリソウ

 ゴンドラの山頂駅で「アツモリソウ展」というのをやっていたので覗いてみました。植木鉢だと胡蝶蘭のようなド派手な花でもたいして驚きはしませんが、例えばこのアツモリソウを自然の中で見つけたら、飛び上がるほど嬉しいでしょうね。