御岳山 〜奥多摩の霊山へ〜


 

【東京都 青梅市 平成18年6月4日(日)】
 
 そろそろ天気予報でも梅雨入りの話題が聞かれるようななりました。ついこのまえ「初夏が訪れた」なんて感じていたのに、早くも6月です。梅雨は春先から初夏にかけて花を咲かせ受粉をすませた植物たちが実を成熟させはじめる時期。この時期の雨は植物にとって重要な恵みなのです。
 梅雨入りまではまだ間がありそうですが、今日は天気は思わしくないようです。そんな中、東京からの日帰り行楽スポットとして古くから親しまれている御岳山に行ってみることにしました。
 
                       
 
 東京から中央道を西に向かって走り、八王子ICで下りて、あとは多摩川沿いに北上していきます。
 午前9時半、御岳山のふもとのケーブルカー駅に到着しました。まだ駐車場は半分以上空いています。ここから歩いて上ることもできますが、ここはやっぱり楽な方を…。観察用具などの装備を整えて10時発の便に乗り込みました。

 ケーブルカー

 ふもとの滝本駅の標高は407m、山上の御岳山駅は831mで、その標高差は424mあります。今日はすっぽりと雲に覆われているので、ケーブルカーはその中に飲み込まれていくように上っていきます。
 乗車時間は約6分。途中で上から下りてきたもう一つの車両とすれ違います。ケーブルカーに乗るといつも不思議に思うのですが、あのすれ違いの仕組みはいったいどうなっているのでしょうか。

 雲の中

 ケーブルカーを下りると、そこは完全に雲の中でした。乗客のほとんどはここから御嶽神社に向かって歩いていきますが、yamanekoはしばらくこの周辺を散策することにしました。
 それにしても気温が低く、肌寒い。長袖のシャツを着てきていて正解でした。

 ヤマオダマキ

 歩き始めてまもなく、オダマキっぽい花に出会いました。図鑑に紹介されているものに比べて色が淡いようです。園芸種でしょうか。
 オダマキはなんとも不思議な形をしています。5枚の花弁の後ろ側がピエロの帽子のようにとがっていて、先端には球形になっています。写真の下側に写っている蕾の状態のものをみると分かりやすいと思います。

 林の中に…

 林の中の小径を歩いていきます。他に人もなく、今日は妻と二人で静かな時間を過ごすことができそうです。

 ササバギンラン

 しばらく歩いていくと、これまで見たこともないような光景に出会いました。辺り一面にササバギンランが咲いているのです。これにはビックリしました。今まではぽつんと一株ずつ咲いているものとばかり思っていましたが、環境さえ整っていればこんなに大きな群落を作るものなのですね。あまり詳細な場所を記すのははばかられるのですが、おそらくハイキングでここを訪れる人はあまりいないのではないでしょうか。これは今日一番の感動でした。

 ヤマツツジ

 ヤマツツジの株もこんなに大きく育っています。大気中の水分を葉に集めて、生き生きと潤っていました。

 ヒメウツギ(ユキノシタ科ウツギ属)  コゴメウツギ(バラ科コゴメウツギ属)

 野山を歩いていると「ウツギ」と名のつく植物によく出会います。それぞれ似ても似つかない姿だったりするので混乱してしまうのですが、それもそのはず、調べてみるとみんなが同じ仲間ではないのです。ちなみにヒメウツギはユキノシタ科、コゴメウツギはバラ科です。他にも…

 ウツギ
 ユキノシタ科
 ウツギ属
 マルバウツギ
 ユキノシタ科
 ウツギ属
 コガクウツギ
 ユキノシタ科
 アジサイ属
     
 タニウツギ
 スイカズラ科
 タニウツギ属
 ニシキウツギ
 スイカズラ科
 タニウツギ属
 ヤブウツギ
 スイカズラ科
 タニウツギ属
     
 ツクバネウツギ
 スイカズラ科
 ツクバネウツギ属
 コツクバネウツギ
 スイカズラ科
 ツクバネウツギ属
 ミツバウツギ
 ミツバウツギ科
 ミツバウツギ属

 さらに写真はありませんが、バイカウツギ(ユキノシタ科バイカウツギ属)、フジウツギ(フジウツギ科フジウツギ属)、ドクウツギ(ドクウツギ科ドクウツギ属)といったものもあります。

 ホオノキ

 見上げるとホオノキの天蓋。上の方の枝は雲の中にに溶け込んでいるようです。遠くからホトトギスの声が。加えてポポ、ポポ、とツツドリの声も聞こえてきます。

 御師の集落

 驚いたことに御岳山の山頂付近には集落があります。しかもその多くが民宿を営んでいます。
 ここは山岳信仰の霊場御嶽神社の門前にあたり、古くから御師(おし)の集落として栄えたのだそうです。調べてみると、御師とは信者と神社との橋渡し役で、信者が御嶽神社をお参りする際に家を宿坊として提供したりお参りにまつわる細々とした世話を施したのだそうです。現在の民宿はその名残でしょう。信者は遠くからはるばる「講」を組んで団体で参詣し、当時はこれが庶民の娯楽の一つになっていたのだそうです。有能な御師は多くの信者を抱えていたとのことで、オフシーズン(主に冬場)には御師は新たな信者獲得のために全国を巡ったそうですが、その道中ではしばしば知古の信者の家に招かれ歓待されたのだそうです。この御師と信者との関係は御嶽神社に限ったことではなく、有名なところではお伊勢参りをする信者も現地では御師の世話になっていたとのことです。

 ヤマグルマ

 歴史を感じさせる茅葺き屋根の民宿があり、その土塀の内側にあるヤマグルマが花を付けていました。この樹木は1属1種で、山中で頻繁に見かけるといったものではありませんし、庭木としてお目にかかったのもyamanekoは初めてです。おそらく昔からこの場所に自生していたのではないでしょうか。

 ヒメレンゲ

 また別の民宿の石垣にはヒメレンゲが群落を作っていました。モノトーンの風景の中にそこだけ眩しく発光しているような色彩を放っていました。この家もまた長い時間を経て今ここにあるのでしょう。

 門前の町

 山門のすぐ手前には土産物屋が軒を連ねていました。ここが標高900mあまりの山中にある集落とは思えません。下町の裏路地といってもおかしくない風情があります。往時、たくさんの人々がこの路地を通ってお参りしたのでしょう。

 御嶽神社本殿

 拝殿前に掲げてあった「武蔵御嶽神社由緒」によると、創建は第10代崇神天皇7年とありますから西暦でいえば紀元前90年。この天皇が大和朝廷を確立した最初の天皇と考えられているので(これより前の天皇は実在が疑問視されています。)、有史以来の由緒をもつ神社ということになります。古くから関東の霊山として信仰されてきたそうで、山岳信仰の興隆とともに中世関東の修験の一大中心地として、鎌倉の有力な武将たちの信仰を集めたとのことです。
 深い山の中に忽然と現れる集落といい荘厳な神社といい、やはり信仰の地だけあって日常ならざるものがあります。

 ハンショウヅル

 下向きに咲く鐘形の花を半鐘にたとえたハンショウヅル。紅紫色の花弁に見えるのは萼片で、キンポウゲ科の植物によくみられるように、この花にも花弁はありません。

 オオバアサガラ

 山地の谷沿いで見かけることの多いオオバアサガラです。花はブドウの房のように枝からぶら下がります。その材は箸やマッチの軸に使われるのだとか。そういえば最近はマッチ自体を見かけなくなりました。ずっと若い頃、喫茶店のマッチを集めるのが趣味で、そのためだけにわざわざ店を探してコーヒーを飲み歩いたものです。(そういえば当時は煙草を吸っていたのです。)

 雲が切れて

 午後2時半、そろそろ帰路につきましょう。幸い雲が切れ始め、辺りの景色も少しずつ見えるようになってきました。
 あらためて考えると、ここも都内なんですね。「深山」という言葉がしっくりくる、歴史と信仰の山でした。今日、観察の途中で道標整備のための測量をしている東京都の環境レンジャーのと出会いました。数年前に設置された組織とのことで、本人たちもまだ若いようでした。大都市圏を間近に控えた場所なので、オーバーユースなどに目を光らせてもらって、彼らの活躍によりこの環境が長く保たれることをお願いしておきました。(心の中で。)
 
 帰りは高速を使わず、ひたすら青梅街道を走りました。都心まで2時間半でした。