幕山 〜春の気配が立ち始める頃に〜


 

【神奈川県 湯河原町 令和6年2月17日(土)】
 
 二十四節気の一つ「立春」。冬が極まり春の気配が立ち始める頃という節気だそうで、今年の場合は2月4日でした。「立春を過ぎたのに真冬のような天気」とかよく言いますが、「春が来る」ではなくあくまでも「春の気配がし始める」なので、そんなに期待するのもお門違いなのかもしれません。実際、今年も立春の数日後に東京は大雪に見舞われ、まさに「春は名のみの」といった天気となりました。
 しかーし、たとえ名ばかりといえどもyamanekoとしては「春」の声を聞いてじっとしてはいられません。日々の雑用をうっちゃってでも野山歩きに出かけなければ。ということで、行き先は神奈川県の南端、湯河原町にある幕山(626m)にしました。この山の麓には湯河原梅林があり、情報では今が七分咲きとのこと。観梅とセットだと「一粒で二度美味しい」(昭和)野山歩きになると思います。
 
                       
 
 午前7時前に自宅を出発。橋本駅からJRの相模線に乗車し、終点の茅ヶ崎駅で東海道線に乗換え。湯河原駅到着は9時半前という、オール各駅停車のなかなかの長旅でした。なんと湯河原の一駅先はもう熱海です。
 天気はどんよりとした曇り空で、なんならポツポツと降り始めた感じも。にもかかわらず駅前のバス乗り場には梅林行きのバスを待つ長蛇の列ができていました。この日は土曜日で花も見頃。そこそこ有名な観光地の湯河原とあって、観光客もどっと繰り出してきているということでしょう。yamanekoたち(今回は妻と一緒)も最初はバスの列に並んでいたのですが、どう見ても次のバスには乗れそうもないこととバスの運行間隔が30分以上あることを知り、列を離れてタクシー乗り場へ。そっちにも結構並んでいましたが、おそらくこの時期駅と梅林をピストンしているタクシーも多いだろうと踏んで、やっぱりそのとおりに数分で乗車できました。

 Kashmir3D

 湯河原梅林は湯河原駅の北側を流れる新崎川の奥にあり、梅林に隣接する狭い谷間に幕山公園と一体として整備されています。
 今日のルートは、湯河原梅林内にある登山口をスタート。梅を見つつ幕山の東斜面を登り、山頂へ。下山は北側に下り、途中で源頼朝ゆかりの「自鑑水」に立ち寄って、幕山の西側を回って梅林に戻ってくるというものです。

 梅林に到着

 タクシーは途中から民家の軒先を縫うように狭い道を走っていきました。運転手さんによると、バスの定時運行を確保するためにタクシーはバス路線とは別ルートで往き来するよう市から指定されているとのこと。なるほどです。それでも、梅林への往復は普段の営業に比べるとコスパのよい仕事なのだとか。
 乗降場でタクシーを降りて、梅林へ。ちょうど「梅の宴」というイベントが行われていました(2月3日〜3月10日)。

 幕山公園

 左手下方に幕山公園があり、イベントはそちらで行われているようでした。写真ではわかりにくいですが、広場に売店が何店舗も並んでいました。



 七分咲き? まあ場所にもよるのでしょうが、ここは三分くらいかな。湯河原梅林は、昭和29年頃から地元の有志ががけ崩れの防止や将来の観光資源となるよう梅を植え始めたのが起源だそうです。

 登山口

 10時15分、スタートです。最初は散策路なのか登山道なのかよく分かりません。



 場所によってはまさに七分咲きといったところも。

 白梅

 曇り空の下の梅も悪くないですね。花弁の淡いグラデーションまで見て取れます。
 ところで、「梅一輪一輪ほどの暖かさ」という句がありますが、子供の頃、実家に梅や桜などを描いた絵皿があり、梅の皿にはこの句が添えられていました。子供心にどこで区切って読めばよいのか分からなかったことを覚えています(大きくなってから俳句であることを認識)。

 九分咲き

 おお、ここは九分咲きくらいですね。枝の間を天女とか舞っていそうな雰囲気です。

 ヤブツバキ

 梅の他にも花がないわけではありません。これはヤブツバキ。梅林のエリア内にありましたが、自生のものだと思います。

 幕岩

 梅林の背後には「幕岩」と呼ばれる岩壁があって、多くのクライマーが訪れていました。遠くから見たときに舞台の幕のように見えたことから幕岩と名付けられたのだそうです。確かに横に広く岩が露出していました(写真はほんの一部)。山の名前もこの幕岩から来ているんでしょうね。

 タチツボスミレ

 地面にも小さな花がありました。タチツボスミレのようです。



 登り始めて30分、そろそろ梅林エリアの最高地点に至ります。



 谷の斜面を覆う梅の古木。どこからか雅楽の妙なる調べが聞こえてきそう(妄想)。

 ヤブニッケイ

 梅林を過ぎると野生の植物が目に入ってきます。これはヤブニッケイの葉。テカテカした革質で、照葉樹林を構成する代表的な植物です。

 アオキ

 アオキの冬芽が展開し始めています。今までさぞ窮屈だったでしょう。

 シキミ

 おっと、頭上にシキミの花です。まだ開き始めのようですね。早春に咲く薄黄緑色の花は特徴的です。シキミは全体として有毒で、中でも果実は猛毒。それゆえ「悪しき実」が転訛してシキミという名になったのだとか。

 ツルグミ

 だらんと垂れ下がる枝に若いグミの実が付いていました。これはツルグミですね。これからもう少し膨らんで4月頃には赤く熟します。

 アオキ

 これは去年実ったアオキの実。アオキは雌雄異株なので、この木は雌の木ということになります。

 シロダモ

 シロダモの冬芽には金色の毛が密生していてビロードタッチ。中に格納されている葉も、展開してしばらくは柔らかい毛に覆われて金色に輝いています。そして成長するとテカテカの濃緑色となり、3本の太い葉脈が目立つ革質の葉となります。葉を単体で見るとさっきのヤブニッケイによく似ていますが、ヤブニッケイは葉が枝に並んで付き、シロダモは枝先に集まって付くという分かりやすい違いがあります。

 マルバウツギ

 常緑樹が続きましたが、このマルバウツギは落葉樹。写真は果実です。萼が花びらのように残っていて、それ自体が小さな花のように見えますね。

 東屋

 11時10分、東屋が現れました。中で何人かが休憩しているようでした。



 見るからに冬の低山という風情。東屋を過ぎると、山頂に向かってジグザグの登山道となります。

 ふきのとう

 道の脇にふきのとうを発見。誰かに踏まれたような形跡があります。まあ、このくらいではへこたれないでしょう。

 真鶴半島と相模湾

 眼下に湯河原の街、そして相模湾に突き出す真鶴半島が望めました。ここが今回のコース随一のビュースポットです。それにしても真鶴半島は盲腸みたいでおかしな形をしています。地図で確認すると約2.5kmも突き出ていました。幕山の背後には箱根の巨大カルデラがあり、真鶴半島も含めこの辺りの地形は箱根の火山活動に大きな影響を受けているとのことです。

 ヤマアジサイ

 箱根火山は富士山より古く、約50万年前に活動を始めたといわれています。その活動の中で箱根火山から真鶴半島に向けて南東方向に伸びるライン上でいくつもの噴火が起こり、溶岩ドームの連なりができたということです。そう言われて見ると、ニキビみたいな突起が連なっていますね。幕山もそのうちの一つです。もしかしたら真鶴半島の先の海中にも続いているのかもしれません。

 ヤマアジサイ

 小休止の後、再び歩き始めます。これはヤマアジサイの花序。既にドライフラワー状態です。アジサイに特徴の装飾花までちゃんと残っていますね。

 ホトトギス

 ちょっと見にくいですが、これはホトトギスの果序です。水平に伸びた花茎に果序が上向きに付いています。こちらもドライフラワー状態。

 イチヤクソウ

 茶色の枯れ葉の上にみずみずしい緑色の葉。イチヤクソウの葉です。この姿で冬を越します。



 少し傾斜が緩やかになってきました。山頂も近いようです。



 山頂直前の分岐。ここは直進です。

 山頂

 12時ちょうど、山頂に到着しました。既にたくさんの人が休んでいます。



 なぜかみんな広場の縁に沿って円形になっています。yamanekoたちも腰を下ろして休憩。今日は、下山後に売店で暖かいものを食べるつもりで弁当を持ってきていないので、とりあえず行動食のメロンパンとかお菓子を食べました。そうこうするうちに次から次へと登山者が上がってきて、広場の真ん中まで人で埋まってしまいました。

 北側に下る

 山頂では長居せず、次の行動を開始。yamanekoは北側に向かいますが、妻は来た道を戻ることに。早めに下りて、yamanekoが戻ってくるまでの間もう少し梅林を観るつもりのようです。



 いきなり結構な傾斜の下りです。でも道幅も広く歩きやすい。

 オニシバリ

 オニシバリの花が咲いていました。花の形でジンチョウゲの仲間であると想像がつきます。雌雄異株で、これは雄花だと思います。花弁のように見えるのは萼片で、横から見ると長い萼筒があることがよく分かりますね。樹皮の繊維が強く、それが名前の由来。すなわち鬼でも縛ることができるということのようです。

 ミヤマシキミ

 ミヤマシキミに花序ができていました。まだどれも蕾で、花は春に咲きます。開花するとこんもりとしたボール状になるので、見るとほっこりとした気分になります。

 分岐

 坂道を下りきると分岐が現れました。まずはここを直進。頼朝ゆかりの自鑑水に向かい、引き返してきてこの分岐を左手に向かいます。

 林道

 しばらく行くと舗装された林道に出て、ここを横断し、正面の林の中の道に入っていきます。

 自鑑水

 林道から数分で自鑑水に到着しました。ヒノキ林の中にある小さな池でした。昼間でも薄暗く、誰もいないときにはなんだかゾクッとするような感じのところです。
 標識には「自鑑水(自害水)」と記されていましたが、解説版を読んでみると…。治承4年(1180年)、石橋山の戦いに破れた頼朝主従が平家の追手から逃れるうちにこの地にたどり着いたそう。喉を潤し、水鏡で乱れた髪を結い直すと、その水面に平家を破り天下を納める自らの姿が映り、自害を思いとどまって、そこから頼朝の再興が始まったということのようです。
 2年前のちょうどこの時期、NHKの大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で、石橋山の戦いに破れた後に真鶴から海を渡って安房で再起を図るくだりを放送していました。その時はここを訪れる人も多かったでしょうね。



 いったん分岐まで戻って、幕山の北側を回る小径を歩きます。両側から背丈をゆうに超えるハコネザサが迫ってくる道でした。



 道の脇には大きな岩がゴロゴロしていました。幕山の噴出物かもしれません。



 道は延々と下っていきます。この先の大石ヶ平で川筋に出るまで、さっきの分岐から標高差にして200mちょっとの下りになります。

 スイセン

 道端でスイセンに出会いました。こんな山の中に誰かが植えたのでしょうか。スイセンは古い時代に中国から渡ってきたもので、日本では海岸部に野生化しているものです。

 905mピーク

 正面に見える高い山は? 地図を見てみると、箱根外輪山の大観山から張り出したピークで、標高は幕山よりも280mも高い905mもありました。

 コクサギ

 コクサギの果実。熟して開裂直前の状態ですが、本来熟すのは秋なので、これは種を弾き出すことなくそのまま冬を迎えてしまったものだと思います。

 大石ヶ平

 1時20分、広々とした大石ヶ平に出てきました。ここからは林道歩きです。

 新崎川

 林道を下っていきます。傍らには新崎川の流れが見え隠れしていました。新崎川は、源流部から河口までの標高差960mを約8kmで流れ下る「急流」。平均勾配を計算すると12%ということになります。

 山の神

 比較的新しいコンクリート製の鳥居が現れました。奥の大きな岩に四角く穴が穿ってあって、中に石の祠が安置されていました。周囲も整地されて芝が敷かれ、由緒が刻まれた石板なども置かれています。これらはどうやら平成18年に設置されたもののようでしたが、早くも石板の表面を地衣類が覆っていて、なかなか解読が難しかったです。なんとか読み解くと「鍛冶屋の山の神」「豊かな山の幸に感謝し、仕事の安全を願い、江戸末期頃から「山の神」が山仕事の仲間によって祭られていました。その後、毎年一月十六日に鍛冶屋山の神講によって祭事が行われ、山の恵みや安全を祈願しています。この「山の神」は平成十八年一月二十六日に山の中腹から現在地に移設されました。」と彫られているようでした。地元で祀られる山の神にしてはずいぶん立派ですが、隣接する河原がお花見公園的に整備されていて山の神の周囲と同様に芝敷になっていることからすると、公園整備が行われた際にその一環として設けられたものではないでしょうか(推測)。



 1時35分、湯河原梅林まで戻ってきました。滲むように浮き立つ紅白がきれいです。

 

 その後、無事に妻と合流し、「梅の宴」の会場となっている幕山公園に移動して、温かいソバをいただきました。こちらも梅林同様たくさんの人出でした。
 
 二十四節気は1年を24分してそれぞれの季節を表しています。本来は特定の時点(瞬間)を指すものですが、「今年の立春は2月4日」というように普通はその時点を含む日で言い表します。一方で、節気には期間として用いることもあり、その場合、立春は2月4日から次の雨水(2月19日)の前日までということになります。その意味でまさに立春の中の今日、曇天下での野山歩きにはなりましたが、確かに「春の気配」を十分感じることができました。