黒斑山 〜大スペクタクルを眼前に〜


 

 【長野県 小諸市・群馬県 嬬恋村 平成19年10月7日(日)】
 
 午前5時、目覚まし時計に起こされました。目をこすりながらカーテンを開けるとまだ外は真っ暗。ようやく電車が動き始めたばかりで、街はまだ静かです。
 顔を洗っているうちに夜が明け、30分後に出発する頃にはすっかり明るくなっていました。
 
                       
 
 練馬ICから関越道に乗り、一路北西へ。今日は長野県と群馬県の境にある黒斑山を目指します。黒斑山は活火山として有名な浅間山の外輪山。でもいろいろ調べているうちに、単なる浅間山の脇役ではなく、「影の浅間山」とでもいうべき歴史を持った山であることがわかりました。今日は秋が深まった山々の様子を楽しみながらリフレッシュしてきたいと思います。
 新ドリーム号は埼玉県を横断し、群馬県に入ってすぐに上信越道に分岐。峠の釜飯で有名な碓氷峠を越えて(実際にはトンネルで)長野県に入ります。


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 碓氷峠は交通の難所です。大動脈の信越本線は長野新幹線の開通とともに横川−軽井沢間が廃線となってしまいましたが(軽井沢−篠ノ井間も3セクへ移管)、それ以前に電車で越えたこともあります。当時、峠の手前の横川駅で補助の機関車を連結し、馬力を上げて急勾配を登っていました。その連結の時間を利用して、みんな釜飯を買い求めていたのです。この補助機関車には電磁石の抵抗を利用して上りでのずり下がりや下りでの暴走を防ぐという重要な役割があったのだそうです(知らずに乗っていました。)。なので、はっきり言ってスピードは出ませんでした。でも、1960年代初めまでは「アプト式」のラック&ピニオンで機械的にスリップを防止し急勾配を克服していたというのですから、もっとスローな電車だったのだと思います。(ちょっと「鉄」モードです。)
 
 さて、そんな難所を今日は上信越道であっという間に通過(以前、中山道(国道18号)のつづら折れで越えたこともありますが。)。午前8時過ぎ、小諸ICで一般道に下りました。そしてとりあえず給油。159円/gと都心のスタンドより高いのにビックリしつつ、次はコンビニへ。昼食の弁当を買い込みました。さて、準備ができたところで、ここから一気に高峰高原まで上がります。

 車坂峠から

 うねうねとした道を上りきって車坂峠に着いたのは9時過ぎ。すでにたくさんの車があちこちに止まっています。おそらく100台以上はあるでしょう。ここ高峰高原は冬場にはスキー場になるので、ロッジや駐車場があるのです。(大部分は路駐でした。)
 車を下りて峠に立ち、さっき登ってきた峠道を見下ろします。どうですか、この眺め。この峠の標高は1973m。眼下の佐久平は概ね700mですから、1200m以上の標高差があります。遠くには八ヶ岳から蓼科にかけての山並みが望めます。写真では白く飛んでいますが、その左手には富士山の姿も。この景色を見たらもうここで帰ってもいいくらいです。

 登山口

 とはいえ、ここで帰るわけもなく、ここから黒斑山へ向かいます。黒斑山の標高は2404m。ここからの標高差は400mあまりなので、ゆっくり登って2時間くらいでしょうか。ストレッチを終えて時計を見ると9時50分。さあ、深呼吸をして出発です。


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 登山ルート

 これから歩く予定のルートは、まず「表コース」と呼ばれる尾根沿いのルートを登ります。車坂峠からすぐ始まる小さなピークが車坂山。いったん鞍部まで下がって、そこから緩急を繰り返しながら登っていき、赤ゾレの頭」というピークへ。そこからは断崖の縁をたどりながら「トーミの頭」を経由して山頂に達します。帰路はトーミの頭と赤ゾレの頭の間の鞍部から谷沿いを下る「中コース」を歩くつもりです。

 歩き始め

 爽やかな秋晴れの朝、空気がひんやりとしていて気持ちいいです。写真のように明るく開けたところと、林の中の木陰とを交互に歩いていきます。周囲を観察しながらゆっくりと。もう花々の季節はほぼ終わりで、これからは紅葉が山を彩る番です。

 シラタマノキ(実)

 最初に目についたのはシラタマノキの実。その名のとおりパチンコ玉を一回り大きくしたサイズの白い実です。中部地方以北の亜高山から高山にかけて分布するツツジ科の低木(「木」といってもせいぜい20pくらいでしょうか。)ですが、なんと標高1000mあまりの我が故郷の山「三瓶山」と鳥取県の大山に限って隔離分布しているのだとか。知りませんでした。ちなみに実に見えるところは萼が肥大化したもので、本来の果実はその中に隠れているのだそうです。

 ホソバノヤマハハコ

 この時期、平地ではまだまだ秋の花が咲き誇っていますが、この標高になると花の種類はぐっと少なくなってきます。でも、このホソバノヤマハハコなどはこの辺りでも今月いっぱいくらいは咲いていてくれるのではないでしょうか。秋の日差しを浴びた純白の花冠が眩しいですね。
 車坂山のピークを越えて、いったん鞍部に向けて急降下していきます。下りたらすぐに登り返しで、一気に汗が噴き出してきました。こまめにシャツを1枚脱いで温度調節をします。

 10時30分、見晴らしのいいガレ場で小休止です。眼下に登山口である車坂峠のロッジが見えています。ロッジの裏山が高峯山。その奥の山塊は、左端が三方ヶ峰、右のツインピークが西篭ノ登山と東篭ノ登山です。その右奥に見えているのは四阿山(あずまやさん)でしょうか。その向こう、最奥は戸隠高原の山並みです。一方、三方ヶ峰の遥か後方(方角としてはほぼ真西)に北アルプスの穂高や槍ヶ岳がはっきりと見えました。

 三方ヶ峰の向こうをズームアップしてみました。写真のほぼ中央の三角形に尖ったところが槍ヶ岳。その左にあるギザギザの山並みが穂高連峰になります。逆に右の方には野口五郎岳を中心とした山々が居並んでいます。ここから直線距離で約70q。20万分の1の地勢図を持参していましたが、風景の奥行きがありすぎてまったく役に立ちませんでした。
 それにしてもなんて素晴らしい眺め! 早起きしてここにきて良かった。

 マイヅルソウ(実)

 透きとおるような木漏れ日の中にマイヅルソウの紅い実。ガーネットのような深い輝きを放っています。yamanekoとしては、こんな素晴らしい自然の中で出会えたマイヅルソウなら、本物のガーネットを貰うよりよっぽど嬉しいのですが、世の女性の皆さんはそうはいかないんでしょうね。

 ウスユキソウ

 ウスユキソウです。一見きれいに咲いているようにも見えますが、白い花弁のように見えるのは苞葉で、実際の頭花はその中央に集まって付いています。花期は7月から8月。この時期はもう花殻の状態ですね。

 登山道

 この山を形成しているのは安山岩でしょうか。瓦ほどの大きさの板状に砕けた岩がゴロゴロしていて、つい足を取られてしまいます。
 ところで主な火成岩の分類の暗記方法として「リカちゃん焦(あせ)って下駄(た)履()いた」って覚えた人は他にはいないでしょうか。yamanekoは未だにこのフレーズが頭から消えないのです。
 「リ」=流紋岩、「カ」=花崗岩、「あ」=安山岩、「せ」=閃緑(せんりょく)岩、「げ」=玄武岩、「は」=斑糲(はんれい)岩です。
 流紋岩と花崗岩、安山岩と閃緑岩、玄武岩と斑糲岩はそれぞれ構成する鉱物が共通していて、その違いは岩石が創られた場所。マグマの状態から地表近くで急激に冷えれば(こういうでき方の岩石を「火山岩」といいます。)流紋岩で、地中深くでゆっくりと冷えてできたら(こういうでき方の岩石を「深成岩」といいます。)花崗岩、といった具合です。同様に安山岩に対応する深成岩は閃緑岩、玄武岩に対応する深成岩は斑糲岩ということになるのです。(一見詳しそうに感じるでしょうが、知っているのはせいぜい理科の教科書レベルで、実際の岩を見て判別できるのは、花崗岩、安山岩、玄武岩くらいです。(それも怪しいとの声も…))

 イワカガミ

 イワカガミの花は5月頃には咲いてしまいますが、その後も光沢のある葉が見る者を楽しませてくれます。特に秋も深まってくると赤みを帯びて、地表の紅葉といった感じになります。

 ハクサンシャクナゲ

 こちらは夏に花を咲かせ終わったハクサンシャクナゲです。青空に映えてきれいな緑色をしていますね。葉の表面は硬く光沢があり、人の背中のように葉軸を中心として左右がふくらんでいます。葉は枝先に集まって付いていて、その中心には早くも次の葉の芽が用意されていました。

 八ヶ岳

 遠く南に連なる山並みが見えます。左端が八ヶ岳(2899m)、右端は蓼科山(2530m)。同じような高さに見えますが、この山並みは北西から南東にかけて延びていて、こちらに近い蓼科山まではここから約35q、最も遠い八ヶ岳までは約50qもあるのです。あの向こうには諏訪湖や南アルプスが控えているはずです。

 ツガザクラ(実)

 ツガのような葉と、サクラの花弁のような淡いピンクの花を付けるツガザクラはツツジの仲間。高さ20pほどのかわいい花ですが、いまはもう実の時期です。

 ゴゼンタチバナ(実)

 こちらで紅葉しているのはゴゼンタチバナ。朱い実を付けています。この花の葉はおもしろく、普通6個の葉を付けますが、まだ花を咲かせない若い株の葉は4個なのだそうです。花を咲かせ実を付けるのによりたくさん光合成をしなければならないので、途中から葉を増やすのでしょうか。不思議です。
 ちなみにゴゼンタチバナのゴゼンとは「御前」と書き、白山連峰の最高峰のことなのだそうです。

 登山道

 10時50分、ちょっとなだらかな尾根道になってきました。正面に鞍部が見えています。右のピークが赤ゾレの頭、鞍部をはさんで左側がトーミの頭です。こちら側に向いている山肌は鬱蒼とした樹林となっていますが、向こう側は断崖絶壁になっているはず。ちょっと想像しにくいですね。これから少しきつい登りとなり、まず赤ゾレの頭へ。そこから崖のきわを通りながらトーミの頭に向かいます。

 赤ゾレの頭から

 11時10分、赤ゾレの頭に到着。ここからはこれまでの景色とはまったく異なる世界が広がっていました。大きくえぐり取られた山肌。屹立する岩柱。そしてその向こうに浅間山が姿を現しました。ここまで登ってきた疲れを瞬時に忘れさせるその威容。まだ全体像は見えませんが、これだけでも鳥肌ものの景色です。
 さあ、ここからいったん鞍部に下り、写真左に見えるトーミの頭に向かいます。目的地の黒斑山はその先です。

 剣ヶ峰

 鞍部まで下りてきました。南東に見える剣ヶ峰も浅間山の外輪山。上の写真の右端にもその一部が写っています。

 トーミの頭へ

 さあ、デイパックを背負い直してトーミの頭への登り道にとりつきます。足場は決して良くありませんが、一歩一歩ゆっくりと登っていきます。

 大カルデラ

 11時25分、トーミの頭に到着。どうですか、この景色。ここから浅間山のカルデラの全貌を見渡すことができます。太古の世界のような荒々しく圧倒的な空間に、まったく異質ともいえるたおやかな山容。あまりの存在感にその周囲の重力がゆがんでいるかのような感覚に陥ってしまいます。
 頭上はどこまでも高い青。足下は切り立った断崖です。岩峰の先端に立って目の前に広がる景色を見渡したとき、本当にここは日本なのか、とつい声に出してしまいました。あぁ、こんな一日を用意してくれた大自然に感謝です。

 紅葉と青空

 トーミの頭で思いっきり感動しまくった後、あらためて黒斑山の山頂を目指します。紅葉しはじめた木々の葉が秋の日差しに照らされています。そのバックには青空。気持ちいいことこの上ないです。

 黒斑山  山頂

11時50分、黒斑山山頂に到着しました。さほど広くない山頂にざっと50人くらいの登山者が記念写真を撮ったり弁当を食べたりしていました。yamanekoもさっそく正面に浅間山を見ながら食事をとることに。

 山頂部

 双眼鏡で噴火口を見てみると人の姿が見えました。何人かの登山者がいるようです。浅間山の山頂部は小さなカルデラになっていて山体を含む外側の部分を前掛山、中央の噴煙を上げている部分を釜山といいます。この山に近づくときには必ずリアルタイムの火山情報を確認しておく必要があります。
 ところで、はじめに黒斑山は単なる浅間山の外輪山ではないと書きましたが、この山には次のような歴史があるようです。(解説の左のにマウスポインタを乗せると図解が表示されます。)

 今から数十万年にこの地に誕生した黒斑火山は、標高3000m弱の大きな円錐状の山容をしていたと考えられています。
 黒斑火山の活動の末期、今から約2万2千年前に大規模な爆発が起こって、山体の東側が岩なだれとなって、南北のすそ野に広がりました。その結果、崩れた山頂に直径2.2qの東に開いた馬蹄形のカルデラができました。
 約2万年前、黒斑火山の活動が沈静化した後に、東側からデイサイト(石英安山岩)が噴出しはじめ、かなり大きい平たい火山を造りました。これを仏岩火山と呼びます。
 現在盛んに活動している浅間山は、黒斑火山と仏岩火山の上に新しく生成したもので前掛火山と呼ばれています。この火山は二重の構造をもち、外輪山の前掛山と中央火口丘の釜山からできています。
 前掛火山が成長しはじめたのは今から数千年前のこと。その後10回ほどの大規模な活動の時期があったと考えられています。中でも天明3年(1783年)の噴火では人的被害が大きく、また、このとき北側斜面に流れ出した大量の溶岩が「鬼押出し」を形作りました。
 (参考)「浅間山の観察手帳」 図は概念図です  

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 概ねこのような歴史をもつ黒斑山。現在の浅間山(前掛火山)の山体のほとんどは黒斑火山を構成していたものであり、前掛火山はその上に薄く乗っているに過ぎないのです。これが「影の浅間山」と表現した所以です。

 トーミの頭の向こうに剣ヶ峰

 岩のベンチから足を投げ出して休憩。はるか下方にカルデラ内の地面が見えます。日常でこんなに広い空間に身を置くことがないので、本当に心が解放されるようでした。ほとんど無風でポカポカ陽気。右手にはトーミの頭。そのバックには剣ヶ峰です。写真では白一色ですが、肉眼では遠く妙義山や荒船山の姿も見ることができました。
 山頂で30分ほど休んで帰路につくことに。名残惜しいですが、東京まで渋滞をくぐって帰ることを考えると、余裕を持って行動した方が良いでしょう。

 ウスノキ(実)

 「おや? 何の花?」 道の脇の赤いものが目に入ったので立ち止まってみると、ウスノキの実でした。チューリップの花びらのように見える先端の部分は萼片の跡です。ちなみに、その萼片に囲まれたへこんだ部分が臼に似ていることから名が付いたとのこと。これもツツジの仲間です。

 赤ゾレの頭

12時30分、トーミの頭を通過。目の前に赤ゾレの頭が見えます。その間にある鞍部から右手に折れて中コースを下りていくつもりです。
午後になってから大気中の湿度が高くなったのか、遠くの景色が白く霞んで見えるようになりました。特に西の方向はかなり靄っていて、北アルプスはもう見えません。

 中コース

 中コースは樹林の中なので若干湿り気が多く、林床にはキノコが多く見られました。登山道沿いの環境は上りの表コースとはまた違った雰囲気です。

 カベンタケ  スギヒラタケ

 鮮やかな山吹色をしたカベンタケ。漢字で書くと「花弁茸」で、林床に散った花弁のようだからということで名が付いたようです。可食とのことですが、あまり美味そうではありませんね。一方、純白のキノコはスギヒラタケ。味噌汁の具にすると美味いのでyamanekoも何度も食べたことがありますが、3年前、腎機能障害を持つ人がこれを食べたことにより急性脳症を発症したケースが相次ぎました。なくなった方も幾人かいたと思います。まだ正式には毒の成分は究明されていないようなので、障害のない方も食べない方が良いでしょう。

 秋の森

 下りの道はどうしても早足になってしまいます。相変わらず足下はガレで滑りやすく、こんなときこそ歩幅を小さくして歩くことが必要。その方が膝への負担も軽くなるし。

 イワインチン

 中部地方以北の亜高山、高山に生えるキク科の植物、イワインチン。漢字で書くと「岩茵■」(■は草冠に「陳」と書きます。)で、茵■とはヨモギの漢名なのだそうです。乾燥した礫地を好み、ここ浅間山周辺でも多く見られるとのこと。枯れ色に染まりつつある風景の中でみずみずしく咲いている姿が印象的でした。

 ハクサンフウロ

 1時30分、中コースの最下点まで下りてきました。あとはもうアップダウンもなくほぼ水平移動です。黒斑山とその北側にある蛇骨岳との鞍部から延びている裏コースがここで合流していますが、ロープが張ってあるのでどうやら現在裏コースは使われていないようです。

 お社

 1時45分、登山口に戻ってきました。近くにあったお社に手を合わせて、無事の山歩きに感謝です。
 朝、佐久平を見渡した峠のビューポイントに移動してクールダウンのストレッチ。大きく伸びをしたら、体の隅々にまで今日の青空が染みわたったようで、スカーッとした気分を味わうことができました。
 さあ、そろそろ新ドリーム号に乗り込んで帰途につきましょう。

 麓から

 麓まで下りてきて、浅間サンラインという広域農道のような道を走っていると、白菜畑のバックにさっきまでいた浅間山のカルデラを見上げることができました。写真の左の山が黒斑山。崖の面が見えています。その右の三角形の山は剣ヶ峰。浅間山は右端の山頂が雲に隠れている山です。黒斑火山が大崩壊した2万2千年前、巨大な爆発とともに大規模な岩屑流がこの辺りにも押し寄せてきたでしょう。当時の人々は恐れおののいた…、ん?まてよ、当時この辺りに人間は生活していたのだろうか? 調べてみると、当時は最終氷期が終わる頃。瀬戸内海は完全に陸地で、日本列島は今より一回り大きく、北海道の先端で大陸と陸続きになっていたと考えられています。当然に寒冷な気候で、資料を見るとこの辺りは植物が生育していない地域とされていました。日本列島にどのくらい前から人間が定住していたかは定かではありませんが、確実な遺物が出土している3万5千年前にはすでにいたと考えられています。ただ、当時の人口から推察するとこんな厳しい環境の場所で人が暮らしていたとは考えにくいのではないでしょうか。そうすると、この自然の大スペクタクルを目の当たりにしたご先祖様はいなかったということかもしれません。そんなことを考えながら上の写真を見ると、どうでしょう、雲を凌いで聳える往時の黒斑火山の姿を思い描くことができませんか。


 帰りは軽井沢を経由して浅間山の北側の鬼押出しに寄り、更に北上して吾妻川沿いに渋川へ出るルートをたどりました。そこから関越道を一気に南下、と言いたいところでしたが、予想どおり強烈な渋滞にはまってしまいました。まぁしょうがないですね。