弘法山 〜湘南丘陵・冬から春へ〜


 

【神奈川県 秦野市 平成23年2月19日(土)】
 
 なんだかんだで2月も下旬になりました。早いですねぇ。ついこの前初詣に行ったような気がするんですが。暦の上ではもう春なんですよね。
 ということで早春の陽光を浴びながらのんびりと日だまり野山歩きでも、ということになりました。場所は湘南(?)の弘法山です。最寄り駅は小田急線の秦野。新宿から急行で1時間ちょっとで到着します。週末の天気予報もきっかり「晴れ」だし、楽しみです。
 
                       
 

 秦野駅北口

 で、当日。秦野駅を降りてこの天気。どんよりです。あの天気予報はなんだったんだ、というくらいみじんの晴れ間もありません。晴れ間どころか太陽の在処も分からないくらい密な曇り空です。
 まあ、ここまで来たんだし、歩きますけど。


Kashmir 3D

 三浦半島から伊豆半島の基部にかけての相模湾沿岸一帯を湘南と呼びますが、この秦野の辺りはどうも海の匂いを感じさせません。さきほど「湘南」の後に「?」を付けたのはそのためです。海から5q以上離れているということもありますが、やはりすぐ背後まで丹沢山地が迫っているからでしょう(海からの距離がもっとある藤沢とかは湘南のイメージなんですが。)。
 今日のコースは、丹沢山地の最前衛、高度的には丘といってもよいくらいの弘法山の稜線を、南西から北東に向かって辿ります。まず一番手前にある浅間山という小ピークにとっかかり、そこから更に権現山まで登ります。そのあと盟主の弘法山へ。そこから尾根伝いにゆっくりと高度を下げてゆき、吾妻山を経て鶴巻温泉に下山します。

 権現山

 秦野駅北口を12時に出発して、水無川沿いを東に向かいます。肌寒いですが、風がないのがラッキー。そう、前向きに行きましょう。幸運にも風がないのです! おお、町並みの向こうにこれから登る権現山が見えていますね。あそこが今日の最高地点です。

 登山開始

 12時30分、山のふもとから登山開始です。いきなりジグザグの登り。芽吹きの季節にはまだ遠く、梢を透かして周囲の町並みを見下ろすことができました。

 ナンテン

 斜面にナンテンのつややかな葉を見かけました。赤紫色をしていて、これはこれできれいです。よく見ると上面の葉の陰になっている下の葉は緑色のまま。ははーん、これは日光に関係があるな、と思って調べてみると、やはりこの葉色の変化は、光合成によって作られたデンプンが葉に貯め込まれ、これが寒さでアントシアニン(赤い色素)に変わったもののようです。なんだ、紅葉と同じか。でも、落葉樹は葉を切り離すことで寒さ対策(というより乾燥対策)をとりますが、ナンテンの場合は葉の中に貯め込んだデンプンの糖度を上げて葉の凍結防止を図るのだそうです。これも寒さ対策なんですね。春になるとまた緑色に戻るというのですからおもしろいものです。

 ノカンゾウ

 ノカンゾウの若葉。春の先駆けですね。酢味噌和えなどにして食べると美味です。

 タマネギ石

 まるでタマネギの皮をむいたように風化している岩があちこちにありました。丹沢の山々でよく見かける岩です。これはタマネギ石と呼ばれるもので、もともと海底に堆積した火山灰などが凝灰岩となり、やがて丹沢山地が隆起して地表に露出してから形成されたものだそうです。風化の初期には方形に剥離し始め、風化が進んで内側になるにしたがいしだいに球形になっていくのだそうです。ふーん。

 レース細工

 葉脈だけ残して見事にレース状になった落ち葉。周囲の落ち葉は普通なのに、いったいこの葉に何が起こったのか。虫か?

 浅間山

 12時55分、浅間山に到着しました。人っ子一人いません。薄ら寒い風景です。

 スイセン

 あちこちにスイセンが植えられていました。曇り空の下でもそこだけポッと明るくなったような感じがします。スイセンは花の構造がちょっと特徴的で、白い6枚の花弁状のもののうち外側3枚が外花被片、内側3枚が内花被片と、ここまでは普通の単子葉植物のそれですが、その内側にカップ状の部品が。これは副花冠というものだそうです。なぜスイセンにはこんなものがあるんだろう。内側にある雄しべや雌しべを保護する役目なのか、それとも虫を囲い込むためか。

 

 浅間山からしばらく尾根道を歩くとやがて長い階段が。ここを登ると権現山です。

 展望台

 息が荒くなってきた頃、なんか道教のお寺のような建物が見えてきました。歴史的な建物かと興味津々で行ってみたら、なんと 展望台でした。鉄筋コンクリートの。まだ比較的新しかったです。

 秦野市街

 午後1時10分、権現山に到着。標高は244mです。早速展望台に上がってみました。西側に秦野市街が広がっています。写真奥から手前にかけて緩やかに低くなっていく地形で、低い丘が市街地を取り囲んでいます。まるで丹沢山地が両手を伸ばして囲い込んでいるかのようです。人口約17万人。中世以降タバコ栽培で栄え、秦野といえばタバコというくらいに有名だったとのこと。市の中心部に専売公社(懐!)の大きな工場もあったそうですが、その後のタバコ需要の衰退によって秦野でのタバコ栽培は完全に廃れてしまい、今では工場跡地はジャスコなどの商業施設になっているそうです。でも秦野とタバコの縁はつながっていて、毎年行われる秦野タバコ祭りに往時の面影をたどることができるのだそうです。歴史のある街っていいですね。

 大山

 北側にはひときわ目を引くどっしりとした山容。大山です。関東平野の際から一気に1200mまでせり上がっているのでよく目立ち、yamanekoの家のベランダからもその姿を眺めることができます。今日はちょっと寒々としていますね。

 山頂広場

 ここの山頂広場もそうですが、尾根道のいたるところにサクラの古木がありました。きっと春先には満開のサクラに覆い尽くされるのだと思います。花見も賑やかそうです。ここのサクラは日露戦争の戦勝を祝って植えられたものなのだとか。そうするともう100年ちょっと前からこの山を飾っていることになります。すごい。

 弘法山

 尾根は北東方向に延びています。そしてその先に弘法山が見えました。標高が235mですから、ここより9mほど低いことになります。弘法山のピークは写真奥のピークですが、一般に弘法山というときにはここ権現山を含んだ一連の山塊のことをいうことの方が多いようです。

 早春の空

 上空の雲が少しずつ薄くなり、青空が覗いてきました。まだ弱々しい早春の空の青です。
 さあ、弘法山を目指して歩き始めましょう。

 ウソ

 ヒュィ…、ヒュィ…という鳴き声が聞こえてきます。声のする方を探してみると、10mほどさきの梢にウソ(♀)がいました。ウソは天神様の使いといいます(ウソの漢字「鷽」が学問の「學」に似ているということで)。この時期、受験生には縁起の良い鳥ですね。
 「小鳥引く」。春が来て冬鳥たちが北へ帰ることをこう言います。辺りの野山からまるで潮が引くようにいつの間にかいなくなってしまうということでしょう。このウソもまだしばらくはこの辺りで過ごしているでしょうが、やがて春が来て繁殖期が訪れる頃には山地の針葉樹林へと戻っていくでしょう。

 江ノ島遠望

 尾根道から江ノ島が見えました。ここから南西に20qちょっとのところにあります。その向こうは葉山あたりでしょう。

 ヤママユ

 道の脇にヤママユの抜け殻が。ヤママユを拾ったことを人に話すときに、この微妙な色合いをなんと言って説明するかが難しい。で、日本の伝統色は465色もあってほとんどの色を言葉で表現できるそうなので調べてみたところ、「鶸色(ひわいろ)」というのが最も近いようでした。さすがは日本語。語彙が無尽蔵ですね。でも鶸色の説明がまた難しいか。

 ビワ

 ビワの花序。花は初冬に咲き終わっていて、今は花冠が褐色に枯れています。花床の部分がちょっと膨らんでいるようですが、ここがビワの実になるのです。萼が毛深いのは防寒対策か?

 弘法山へ

 弘法山への鞍部はこんなに開けた道でした。陽も差してきて気持ちいい。

 弘法山山頂

 道が上りに転じてしばらく、あっけないほど簡単に弘法山山頂に到着しました。1時50分です。山頂には釈迦堂と鐘楼がありました。
 弘法山の名の由来は弘法大師がここで修行したとの言い伝えによるものです。弘法大師に関する伝説は、北海道を除く全国に数千カ所もあるとのこと。畿内や九州、四国を中心に足跡を残している弘法大師がどう考えても訪れていないところがたくさんあるそうです。それでも全国にその名が広まっているのは、中世に各地を勧請して回っていた高野聖が、弘法大師の徳を説いて歩いたからではないかと考えられているそうです。
 ちなみに「弘法大師」という呼称は死後100年近く経ってから醍醐天皇によって諡されたものだとか。生前にそう呼ばれることはなかったとのことです。ここの言い伝えが事実だとすると、この山で空海が修行した後少なくとも数十年間は別の名前で呼ばれていたことになりますね。「あの山で修行なさってた偉れぇお坊さんは弘法大師様っていうだか。」、「んだ、あの山は弘法山って呼ぶことにするだ。」

 大船・藤沢方面

 山頂は木立に囲まれていて眺めはよくありませんが、南西の方向に展望がありました。大船や藤沢の方向になります。

 

 山頂をあとにして尾根道をさらに進みます。手入れが行き届いている雑木林。風も通って光も差し込むいい環境です。
 国道246号が伊勢原から秦野へ抜ける善波峠を左に見ながら、徐々に標高を下げていきます。都心では青山通りと呼ばれる「246」も、この辺りまで来ると普通の国道ですね。

 タンキリマメ

 ここからは道ばたで目にとまったものを。これはタンキリマメの実ですね。緑色の葉はササで、これに巻き付いているだけです。

 カワラタケ

 コナラの枯木をビッシリと覆い尽くしているひだひだ。これはカワラタケです。触ると若干ビロードタッチでした。聞くところによると、抗がん剤になる成分を持っているそうです。

 ツチグリ

 ミカンのように外側の皮がめくれているのはツチグリ。湿度に応じて開いたり閉じたりするそうですが、写真のものは去年の秋のものなのか、しなやかさは全くありません。丸い袋をつついてみても胞子は飛びだしてきませんでした。

 オケラ

 ドライフラワー化したオケラ。秋に筒状の小さな白い花をたくさん咲かせます。総苞の周りにトゲのような魚の骨のようなものがありますが、これは苞(芽や蕾を保護するために花序に出る葉)が変化したものです。

 

 北側の善波地区へと下りていく道と分岐し、吾妻山を目指します。歩きながら思い出しましたが、この道は17、8年前に子供たちとハイキングで歩いた道でした。その子供も成人し…。その間に重ねた月日を考えると、なんか感慨深いものがありますな。

 吾妻山

 3時05分、吾妻山に到着。標高は140mですので「近所の裏山」的な山です。ベンチと東屋があり、木立越しに鶴巻温泉の街並みを見下ろすことができました。

 麓へ

 あとは麓を目指して下りていくだけです。木々の梢が明るく見えるのは、少しずつ蕾が膨らんでいるからでしょう。

 スイバ

 ここにも春の気配を見つけました。地面に張り付くようにして冬を越したスイバのロゼットが葉柄を少し持ち上げています。スイバは「酸い葉」。葉を噛むと確かに少し酸っぱいです。

 オニシバリ

 林の縁にこの時期には珍しく花の姿が。ジンチョウゲの仲間のオニシバリです。ジンチョウゲの花に似ていますね。でも花弁に見える部分は萼です。そういえばジンチョウゲもそろそろ咲く季節です。
 このオニシバリの名は、樹皮が丈夫で鬼でも縛ることができるということから(ならヨメシバリでもいいか。)。また、夏に落葉することからナツボウズという別名もあるそうです。

 春兆す

 3時25分、民家の裏手に出てきました。菜の花の出迎えを受けてホッと一息です。

 鶴巻温泉駅

 落ち着いた温泉街を通り抜けて鶴巻温泉駅にやってきました。周囲にはマンションが建ち並んでいて、温泉情緒はちょっと…。都心への通勤圏内ですからね。
 ちなみに鶴巻温泉のカルシウムイオン含有量は世界一だそうです。なんと牛乳並みだとか。ということは牛乳風呂と同じ効き目? いや、お湯で薄められない分、牛乳風呂より高濃度ではないのか?
 
 今日は日だまりの野山歩きの予定でしたが、出だしは冬空。天気予報にだまされたと舌打ちしつつも、でも後半に薄日が差してきて、最後は春の気配。期せずして半日で冬から春への季節の移ろいを感じることができました(何事もプラス思考で。)。