鹿島・鹿老渡 〜ぶらっと瀬戸の島歩き〜


 

【広島県呉市 平成17年12月7日(水)】
 
 師走に突入してはや一週間。今年もバタバタのうちに暮れようとしています。今日は平日ですが仕事はお休み。残りわずかの今年を楽しむべく(?)日だまりの野山歩きに出かけることにしました。
 さて、どこに行こうかと考えるに、2日前の寒波で県北の方は雪に覆われてしまったとのことなので、ここはひとつ南の方、すなわち島の方に行ってみようかな、と。広島湾やその先の安芸灘には島が多く、主だった島には本土から橋伝いに渡れます。その中で今日は安芸灘の最も南に位置する倉橋島の先端まで行ってみることにしました。
 
 ドリーム号のエンジンキーを回して、シートベルトを締め、ナビの電源を入れる。ややあってETCからカードが挿入されていない旨のメッセージが流れますが今日は必要ありません。そしてシフトレバーをドライブに入れサイドブレーキをはずす。さあ出発です。時計を見ると10時半。ゆっくり走って2時間くらいでしょう。

 広島から呉まではクレアラインという自動車専用道を通ります。その先は海沿いに南下し、音戸大橋を渡って倉橋島へ。呉から音戸瀬戸までは造船工場や海自の艦船・潜水艦などを横目に見ながら走るのですが、そこから先は長閑な海辺のドライブといった様相を呈してきます。ただ、瀬戸の島々は海岸線が複雑に入り組んでいて、その道は何度も入江を回り何度も岬を巡って結構なロングドライブとなるのです。
 やがて倉橋島の中心部(?)、倉橋地区に到着しました。この3月倉橋町が呉市に編入されるまでは役場があった地区で、万葉集にも歌われた桂ヶ浜があることで有名です。個人的には結婚前に妻と海水浴に来た思い出の浜。だからというわけではないですが、ここの浜辺に座って昼食をとることにしました。今日の入江は瀬戸内海にしては珍しく波頭が白く砕けています。風が強いのです。こういうときはおそらく県北では雪になっているのではないでしょうか。

 昼食後、再びスタート。小さなトンネルを抜けてその先の岬を回ると、目的地の鹿島がドーンと見えてきました。直線距離ではここから5qたらずですが、道は海岸線に沿って大きく迂回しています。その浦々には決して小さくはない集落が点在していて、失礼ながらこんな島の果てに何故、と少し驚きました。聞くところによると、これらの集落は昔は瀬戸内海を航行する船の潮待ち、風待ちのための港で、宿屋や酒場もあって結構賑わっていたのだとか。そういわれるとなるほどと頷けます。
 
 やがて「鹿老渡」という港町がある島(?)までやってきました。ここがもともと島だったのかは疑問があります。というのは、倉橋島との間は細くくびれていて、漁船が1隻通れるくらいの幅の水路で隔てられているのですが、どうももともとつながっていた陸地を開削したようにも見てとれるのです。そこに架かる橋が「堀切橋」という名でであるところもそれを思わせます。
 とりあえず鹿老渡は帰りに寄るとして、今はその先に向かうことにしました。

 鹿島大橋
 (鹿島側から)

 大きな橋が見えてきました。鹿島大橋です。
 鹿島は正真正銘の島で、南北に長い長方形をしています。橋を渡ってすぐのところにある集落も決して小さくありません。ちょっと寄り道して町並みの中に入ってみたのですが、地元のおばちゃんたちが軒先で楽しそうに談笑していて、さびれたといった雰囲気はまったくありませんでした。

 ノジギク

 道ばたに白い小さなキクの花がたくさん咲いていました。ノジギクです。もう少し舌状花の数が少ないセトノジギクとともに、瀬戸内海沿岸ではよく見かけるキクです。道路沿いののり面や畑の脇などで2m四方くらいの群落を作っているものを多く見かけました。
 ノジギクは兵庫県の県花だとか。公募の結果だそうですが、豪奢なものではなくこんな身近な花を選んだところに好感がもてます。

 宮ノ口

 ようやく島の南端までやってきました。ここは宮ノ口という集落。ここから先には道はありません。でも行き止まりの集落にしては大きな港町です。三方を陸地に囲まれて天然の良港といった感じ。波も穏やかで、船もたくさん泊まっていました。
 港を見下ろす山肌に段々畑が作られています。鹿島には平地が少なく、海岸沿いまで急斜面の山肌が迫っているので、その昔、なんとか耕地を増やそうと山の頂上付近にまで石垣を築いて段々畑を作ったのだそうです。1段あたりの幅はせいぜい2、3mといったところ。覆い被さってくるような傾斜がこの地での耕作の大変さを物語っているようです。

 蛸壺

 港の防波堤の上にタコ漁に使う蛸壷が並べられていました。港でよく見かける光景ですが、いったい何のために並べているのか?です。壺を沈めておくだけで漁ができるなんて、タコもやっぱり狭くて暗い方が落ち着くんですね。長閑な港の午後です。

 明神社

 「宮ノ口」というくらいですからどっかに神社があるだろうなと思って見渡してみると、島の先端にある小山の中腹に鳥居が見えました。寺社林は伐採されることが少ないので絶好の自然観察ポイントなのです。民家の軒下を通って小山のたもとまで行くと登り口があり、階段が延びています。近所に住むおじいさんに話しかけてみると、「10月ごろにゃ鳥を見に大勢(人が)来よったんじゃが、今ごらぁ来んよになったのぅ。カラスに似たよな鳥じゃったが。」とのこと。どうも推測するに、ハチクマ(タカの仲間)かなんかの「渡り」を見に大勢のバードウオッチャーが訪れたのではないかと思います。地形的に見てこの場所なら十分にあり得ますから。
 神社は「明神社」といって、小さいながらもきれいにされていました。

 トベラ

 境内脇にトベラの木があり、実を裂開させていました。やや薄暗い境内にあって朱色の種子が鮮やかに目立っています。節分に鬼除けのためトベラの枝を扉に挟むという風習から「とびらのき」と呼ばれるようになり、そこからトベラの名が付いたのだとか。節分の鬼除けといえばヒイラギが一般的ですが、鬼にとってトベラのいったいどこが苦手なのかよく分かりません。

 サネカズラ

 サネカズラの赤い実がぶら下がっています。丸い実がブドウ状に集まっているようにも見えますが、じつは中心に球状の花托があってそこに直径約5ミリの液果がたくさんくっついているという構造です。
 サネカズラは漢字で書くと「実葛」。実の美しさから名が付いたといいます。別名をビナンカズラといい、これは樹皮を煮て整髪料を作ったことから「美男」にかけた名なのだそうです。
 トベラにしてもサネカズラにしても、その名から人の生活に深く関わっている植物であることが分かります。

 安芸灘

 神社の横にある斜面を登るとすぐに小山の頂に出ます。その先には広々とした安芸灘。ここまで陸地伝いに飛んできたハチクマが、ここで上昇気流に乗り旋回しながら高度を上げ、そして一気に海を渡っていく。そんな光景が目に浮かぶようです。
 
 さて、そろそろ引き返して鹿老渡に行ってみようと思います。鹿島を海沿いにその北端まで戻り、鹿島大橋を渡ってしばらく行くとその港町に到着です。

 鹿老渡

 宮ノ口が安芸灘に面していたのに対し、こちらは斎灘(いつきなだ)に面しています。東に向かって半島状に突き出た部分があって、先端には山、その手前の細い首のような部分に鹿老渡の町並みが広がっています。町並みの北と南は海に面していますが、港があるのは南側のみ。その港では漁師のおじさんが網の手入れをしていました。

 上空はかなり風が強いようで、雲が飛ぶように流れていきます。さっきまで青空だったのに急に陽が陰ってきました。その天気のせいでもないでしょうが、町の中は静かで落ち着いた感じ。土蔵風の屋敷壁がそれらしい雰囲気を醸していますが、近寄ってみるとどうもこれは比較的新しいもののようでした。
 港の先にこんもりとした丘があって、その上に神社があるのが見えます。漁師のおじさんに神社の名前を聞いてみましたが、「さぁ、わしら『お宮さん』ちゅうとるが、ほんとの名前は何じゃったかいの。」とのことでした。さっそく行ってみることに。

 ツルナ

 丘の下の砂浜に青々としたツルナが茂っていました。「蔓菜」というだけあって茎は若干つる性で、根元の方は地下を這っていました。肉厚な葉で、かじるとわずがに塩辛い味がします。黄色いのは花弁ではなく萼片。その茂りっぷりから、砂浜という過酷な条件でも生きていくしたたかさのようなものを感じました。

 伊勢社  鹿老渡の町並み

 鳥居には「伊勢社」という額が掛かっていました。でも「お宮さん」の方がしっくりくるようなこぢんまりとした神社です。
 階段を上って境内に出ると鹿老渡の町並みを見渡すことができました。上右の写真でも鹿老渡が海に挟まれていることが分かります。

 ???

 神社の裏手に回ってみたら、変なものを見つけました。赤く錆び付いてはいますが、これはどう見ても砲弾です。横に置いた10円玉と比較したらその大きさが分かってもらえるでしょうか。それにしてもなんでこんな所に放置されているのか? 地元の人はみんな知っているんでしょうか。

 上蒲刈島

 また青空が戻ってきました。
 港の反対側にある北側の海辺にやってくると、遠くに上蒲刈島の姿を望むことがでしました。直線距離で約25q、道程で約70q先のあの島も、なんと合併により同じ呉市になっているのです。何か不思議な感じがします。
 
 今日は平日にもかかわらず十分すぎるくらいリフレッシュさせてもらいました。陽が傾いてきて少し冷えてきたことだし、そろそろ広島に戻った方がよさそうです。また延々と海沿いの道を走ることになりますが、帰り道のドライブも楽しめばたいして苦にはなりません。(ちなみにここからだったら四国の方が近くにあります。)