神野瀬峡 〜静かな静かな山の秋〜


 

【広島県三次市 平成17年10月27日(木)】
 
 秋も深まってまいりました。春先から続いていた仕事が一段落したこともあって、今日は休暇をとって山歩きに出かけることに。場所は三次市(旧君田村)にある神野瀬峡。ちょうどこの時期に咲くジンジソウを見に行こうと思います。
 中国自動車道を三次ICで下りて、そこから県道39号線を北上。神之瀬川沿いの道を約20qさかのぼっていきます。三次盆地にはこの神之瀬川をはじめ馬洗川や西城川など八方から川が集まり、それを一つに集めて江の川となって中国山地を越えていきます。越えるといっても実際に山を登るわけではなく、中国山地のど真ん中を切り裂いて最終的には日本海に注ぐのです。おそらく中国山地の隆起スピードより江の川の浸食スピードが勝っていたのでしょう。

 秋の山並み

 道の駅「ふぉレスト君田」を左折し、杵築神社を過ぎたあたりから周囲はいい雰囲気になってきました。わずかに紅葉が始まっているようです。明け方の最低気温が約7度以下になると葉緑素が分解を始め紅葉の準備が進むと聞いたことがあります。ここ数日、広島市内でも朝方の冷え込みが強まったように感じていたので、中国山地の真ん中にあるこの辺りではさらに寒い朝が続いていたのでしょう。

 入口の駐車場  昼メシ

 中国電力の発電所の手前に広い駐車場とトイレ。時間がたっぷりあるときはここに車を置いて、一日かけて神野瀬峡を往復するのもよいでしょう。でも、今日はすでに12時を回っています。とりあえず三次市内で買ってきた昼メシをここで食べて、ここから先へもドリーム号で入ることにしました。

 神野瀬峡

 川沿いに延びる道は車が離合できるほどの幅はありません。なのでところどころにある幅が広くなっている待避所のようなスペースに車を停めて、そこからぶらぶらと歩いて観察していきます。そして次の待避所までやってきたらUターン。車まで戻って今度は車に乗ってその待避所まで移動します。そしてまた次の待避所まで歩いてUターン…。この繰り返しです。

 ジンジソウ

 歩き始めて間もなく、なんといきなりジンジソウに出会うことができました。日陰でやや湿った山側ののり面にけっこうたくさん咲いています。数年前、島根県の裏匹見峡でこの花を見かけたときにはデジカメの電池切れ。しっかりと脳裏に焼き付けてきたのですが、そこはそれ写真にも記録したいと思うのが人情(?)というもの。ところが、その後再訪したときには崖崩れで通行止めになっていてたどり着けませんでした。そんなこんなで今まで逢わずじまいだったのです。

 ジンジソウ  ユキノシタ

 ジンジソウは、5枚ある花弁のうち下の2枚だけが長く伸び、「人」の字に見えることから名が付いたといわれています。ユキノシタ科に属していてユキノシタそのものにも形が似ていますが、上3枚の花弁の模様が異なります。ユキノシタは春の花だけあってピンク色がベース。ジンジソウは白秋になぞらえたのか白を基調とした色合いです。

 静かな渓谷

 今日は平日ということもあって、誰とも行き会いません。そもそもこの道をさかのぼっていくと古いダムがあるのみ。民家(別荘?)も1軒だけです。ダムを越えるとその先に集落がありますが、そちらには山の向こうの広い県道を通っていくのが普通なので、もともと日常的に行き交う人はほとんどいないのです。

 マタタビ

 マタタビの実が熟していました。ご存じ、猫の大好物です。その昔、旅人が旅に疲れた時にマタタビの実を食べて元気を回復し、また旅を続けたという話から名が付けられたといわれています。ときどきひどくでこぼこした実を見かけることがありますが、これはつぼみの頃か花の開く直前に「マタタビアブラムシ」という虫が子房に産卵すると、虫こぶのように不定型な実になるのだそうです。

 ヤブムラサキ  オオバクロモジ

 マタタビもそうですが、この時期さまざまな木々が実を付けていました。ヤブムラサキの葉はビロードのような手触りなのが特徴。こんなに鮮やかな紫色の実が葉の下に隠れるように付いているのがおもしろいです。オオバクロモジは普通のクロモジより葉が大きい(その名のとおり)。本来は日本海側に分布する種ですが、マルバマンサクなど他にも日本海型でありながら中国山地を超えた山陽側の山にまで分布を広げているものがあります。黒光りする実もやや大型です。

 シロダモ  クサギ

 シロダモもクロモジと同じクスノキ科の植物。もともと熱帯から亜熱帯に分布する樹木だそうですが、常緑広葉樹の中でも最も寒さに強い種とのことで、日本では東北中部くらいまで分布しているそうです。楕円形の果実は赤く熟し、鳥が食べてくれるのを待っているかのようです。クサギの実は光沢のある藍色。紅色の萼がその色を引き立てています。この実は草木染めに使われるそうです。

 ダイモンジソウ

 おっと、ジンジソウによく似たダイモンジソウにも出会えました。こちらは「大」の字です。やっぱりこれもユキノシタ科。ジンジソウよりダイモンジソウの方がより水に近い位置に生えているような気がするのですが、どうでしょうか。花はジンジソウより清楚な感じです。

 スギヒラタケ

 このままどん詰まりのダムまで行こうと思っていましたが、谷間の午後は日が陰るのが早く、3時前でもすでに肌寒いほど。そろそろ引き返すことにしました。ダムまでの中間点くらいのところです。
 高い山の上から始まった紅葉は、駆け足でふもとに下りてきて、そして里へ街へと移っていきます。ここ神野瀬峡の紅葉も来週くらいには見頃を迎えるのではないでしょうか。今日は静かな渓谷を歩いて深まりゆく秋を感じることができました。