官ノ倉山 〜里山展望台二つ〜


 

【埼玉県 小川町 平成19年5月5日(土)】
 
 野山は新緑に覆われる季節。行きたいところは山ほどあるのですが、いよいよゴールデンウイークも残り僅かとなってしまいました。しかも明日の天気予報は雨。となるとやっぱり今日は出かけないわけにはいかないでしょう。ということで、今日は埼玉県小川町にある官ノ倉山(かんのくらやま)に登ってみることにしました。ガイドブックによると「入門者向け」とありますので、去りゆく連休を惜しみつつのんびりと歩くのにはうってつけかもしれません。
 
                       
 
 午前8時18分、池袋発の東武東上線急行に乗って出発。今日は新ドリーム号は休養日です。この急行、川越駅までは主要駅にのみ停車し、後は各駅に停車。終点の小川町に到着するのが9時28分です。そこから寄居行きの普通電車に乗り換えて、一駅で目的地の東武竹沢駅です。

 東武竹沢駅

 9時38分、東武竹沢駅について感心したのは、ここでもちゃんとスイカが使えること。駅舎もそこそこ新しく、改札を出た先にある駅前ロータリーも広々としていました。ただ、周囲は純然たる田舎の風景。聞こえてくるのはもっぱらカエルの声だけで、おそらく朝夕に送り迎えのマイカーが訪れる以外はほとんど人気のないようなところでした。そこからいったん地下通路で線路をくぐり、反対側に上がってくると写真の駅舎。ここが本来の駅正面入り口だったと思われ、駅前には小さな雑貨店がありました。
 さて、ここから今日の散策の開始です。


Kashmir 3D

 駅前の道を南に向かうと、ほどなくJR八高線の踏切を渡ります。天気は上々、通りすぎる車もほとんどなく、前を横切るのは近所の野良猫のみ。吹く風も爽やかで、もうこの時点でかなりリフレッシュされてしまっています。

 登山口まではご覧のような田園地帯が続いていました。民家の庭先からフジの花の甘い香りがしてきます。
 官ノ倉山は低山ながら北側からのルートでは周囲の山々に遮られてなかなかその姿が見えるポイントがありません。上の写真では左の山の奥あたりにあるはずです。

 三光神社

 10時過ぎ、登山口近くの三光神社までやってきました。
 縁起によると、鎌倉時代の創建で、「三光」とは三光天のことで、すなわち日、月、星のことだとか。駅からここまでは平坦な道のりでしたが、この先は山道になるので、ここで靴の紐を締め直して再スタートです。

 登山口

 民家の前の小川にテンがいました。水を飲みに来たのでしょうか。10mくらい離れているので、こちらのことをあまり警戒していないようです。もともと夜行性のはずなのに、こんなに明るくなってから見られるなんてラッキーでした。
 そうこうしているうちに登山口までやってきました。近くで草刈りをしていたおじさんとちょっと世間話をしてから登り始めます。 

 天王池

 しばらく歩くと左手に潅漑用水用の天王池が現れます。ほとりに休憩施設もありましたが、まだ登り始めたばかりなのでここはやりすごします。

 ヤブタビラコ

 道は谷沿いの植林地の中を行きます。足下に揺れる小さな黄色い花はヤブタビラコ。漢字で書くと「藪田平子」で、藪で見かける田平子という意味です。田平子は「田んぼに葉をロゼット状に広げる小さな花」という意味で名が付けられたもの。それの仲間で民家近くに生えることから「藪」がついて藪田平子です。ちなみに、田平子の標準和名はコオニタビラコ(小鬼田平子)といい、春の七草の「ホトケノザ」は実はこの花のことです。また、コオニタビラコがあるくらいですから当然にオニタビラコ(鬼田平子)もあり、こちらは「鬼」が付くだけあって、背も高く葉もいかついです。

 ホウチャクソウ

 葉かげに白い花を揺らすホウチャクソウ。白磁のような色合いの白で、どことなく気品が感じられます。それにしてもこの花冠の形では虫たちが訪れにくいのでは。いったいどのような形状になっているのでしょうか。観察のために一つだけ花冠をいただくことにしました。

 先端側から見てみると、それでも少しは入り口が広がっていますが、これで満開の状態。これ以上は開きません。雌しべの柱頭がほぼ入り口のところまで伸びていて、雄しべは少し奥に引っこんでいます。一見、筒状の花に見えますが、6個の花被片(花弁3個と萼片3個)はそれぞれ独立していて、基部で雄しべとくっついていました。なので、1個の花被片を外すとそれに雄しべ1個がくっついて外れます。花被片はみごとにへら状です。

 杉木立の道

 ガイドブックに「三光神社 → 山頂:35分」とあるとおり、すぐに登りきってしまう行程ですが、yamanekoの場合あちこちで道草するので通常の2倍程度は時間がかかってしまいます。それでも山頂に近づいてきたのか、杉木立の中にも明るい光が差してきました。

 ウバユリ  コゴメウツギ

 道の脇に葉を広げていたウバユリ。大きさ、厚み、色合いともに存在感があります。若葉の頃のてかてかとしたしなやかさは既になく、これから太い茎をまっすぐに伸ばすために必要かつ十分な強度をもった葉となっていました。一方、日の当たるところには低木のコゴメウツギが白い小さな花をつけていました。この木は秋に黄色く紅葉(黄葉?)し、その色合いがまた「日本の秋」といった風情なのです。yamanekoの好きな植物のうちの一つです。

 山頂

 そしてあっけなく山頂に。時刻は11時10分です。標高は344m。展望を確保するために山頂の木々はまばらに伐採されていました。

 北  東  南

 標高は低いですが、関東平野の縁に位置するためこの展望を得ることができ、このために人気のあるハイキングコースになっているのだと思います。この日も子供連れやカップルで軽装で歩いている人達をたくさん見かけました。
 北の方向には寄居町や本庄市など、関東平野の縁に沿った丘陵地帯が見えます。東には正面に石尊山。その左肩には熊谷や行田など関東平野に点在する街並みが霞んで見えていました。そして南には大霧山や笠山など秩父の山々がどっしりと構えています。「石尊山の方からもこっちを見てるぞ。」とか、「ほほう、あれが熊谷ドームか。」とか、空腹を忘れて地図と双眼鏡で楽しい時間を過ごしました。

 アカメガシワ

 山頂からあちこち見渡しているうちに12時近くになったので昼食にすることに。メニューはおむすび3個とカップゼリーです。
 
 食事が終わったらさっき見えていた石尊山に向かいます。石尊山とはちょうど双耳峰のような関係で、官ノ倉山の山頂からちょっと下るとすぐに鞍部となり、また上り返すと石尊山の山頂に至ります。

 ヤマツツジ

 石尊山の山頂手前に咲いていたヤマツツジ。花と葉が鮮やかなコントラストで、しばらく見とれてしまいました。

 官ノ倉山

 ほどなく石尊山の山頂に到着。さっきまでいた官ノ倉山がすぐそこに見えます。石尊山からの展望は南を除く3方向に限られますが、木立などの遮蔽物がないため、どちらかというと官ノ倉山よりもこちらで昼食をとる人たちの方が多いようです。

 マルバアオダモ

 山頂の日当たりの良いところに咲いていたマルバアオダモの花。「マルバ」と名が付いていますが葉が丸いわけてではなく、仲間のアラゲアオダモの葉が鋸歯が目立つのに対して、こちらは葉の縁の鋸歯が目立たないことから「丸葉」の名が付いたのだそうです。この木を含むトネリコ属の植物は材の有用性が高く、多くが建築材や器具材として古くから活用されてきました。トネリコが野球のバットの材料であることは有名ですね。

 ユリワサビ

 ここからはふもとに向かう道をたどり、平地に出たら小川町の駅を目指します。
 山頂直下の急な斜面を鎖を頼りに下りていくと、やがて谷沿いの少し湿った道となりました。そうなると植物の種類も増えてきます。たとえばこのユリワサビ。水辺でなければ見かけない植物です。

 ウマノアシガタ

 少し開けて谷地の田畑が見えてきだすと、少し乾燥した場所にも耐えられるウマノアシガタなどが出てきます。ウマノアシガタは別名をキンポウゲといい、個性派揃いのキンポウゲ科の植物の旗頭です。花弁は光沢があり、通常5個ですが、写真のものは6個あります。

 里に下りてきた

 やがてぽつりぽつりと民家が現れ、里に下りてきました。ここから小川町駅まで結構な距離がありますが、田園地帯の風景などを楽しみながら歩いてみようと思います。ただ、初夏、いや夏そのもののような日差しが降りそそぎ、暑いこと。

 小川町駅

 歩くこと約1時間。ふくらはぎがパンパンになってきたころ、小川町駅に到着です。今日は電車なので帰りには車内で缶ビールでも、と思っていたのですが、駅に着いてみると発車間際の急行が止まっているではありませんか。売店に寄る間もなく電車に飛び乗って、そのまま発車してしまいました。残念。でも、そもそも対面シートなのでビールなどちょっと飲みにくい雰囲気ですし、実際ビールなどなくても心地よい疲労に包まれて池袋までぐっすり寝てしまいました。
 気がつくとまた都会の雑踏。野山から帰ってくると、このざわめきも少しだけ懐かしくもあります。あぁ、今日も心身の洗濯ができてスッキリできました。