上高地 〜神造りたもうた地〜


 

【長野県 松本市 平成20年8月22日(金)】
 
 乗鞍高原で2泊して、今日は上高地にやって来ました。上高地には20年近く前に訪れたことがあります。乗鞍高原からは距離にして15q程度。思ったより近かったのだと今更知りました。当時はハイシーズンを避ければマイカーで行くことができましたが、現在では通年マイカー規制が行われていて、途中の沢渡(さわんど)というところでシャトルバスに乗り換える必要があります。


Kashmir 3D

 シャトルバスは梓川に沿って国道158号をさかのぼり、岐阜県に抜ける安房峠の手前で右折して釜トンネルに。トンネル入口の標高は1315m、出口が1465mですから、トンネル内で150mも登ることに。しかもヘビのように蛇行しています。以前通ったときにはトンネル内は岩肌が露出していて、狭く、、暗く、急勾配でした。もちろん車同士の離合はできず、完全な交互通行だったと記憶しています。今では内装はコンクリート張りの普通のトンネルで、勾配もトンネルの長さを長くしたことにより若干緩くなっているように感じました。

 焼岳

 釜トンネルを過ぎると、やがて湖水が広がってきます。大正池です。そしてその背後には荒々しい岩肌の焼岳も。この大正池は大正4年6月6日の焼岳の噴火による火山泥流が梓川をせき止めてあっという間に造った湖。当時は大きな湖だったそうですが、その後の土砂の流入により、細長い形になってしまい、今では定期的に浚渫をしているそうです。(発電用の調整池になっているので。)


Kashmir 3D

 大正池ホテル前でバスを降り、ここから河童橋までの自然研究路約4qを歩いてみようと思います。

 焼岳の山頂

 山頂から噴煙が上がっているのが分かるでしょうか。北アルプスに数ある火山のうち現在噴気活動を行っているのは立山とこの焼岳のみだそうです。(ちなみに、中央アルプスと南アルプスには活動中のものはおろか火山自体が一つもないのだそうです。)
 焼岳が最近噴火したのは昭和38年。とはいえ、いつ活発に活動しはじめるかは誰にも分かりません。なにしろこの上高地自体を創ったのが焼岳であると考えられているくらい、その実力は折り紙付きですから。上高地は北アルプスの山ひだ深くに位置しながら平坦な土地が広がっている不思議な地形をしています。これだけの高度でこれだけの平坦な土地は日本では他にないそうです。これは、太古西に向かって岐阜県側に流れていた梓川が焼岳の噴火でせき止められできた堆積平地なのだそうです。その後梓川は南に流路を開き、長野県内を流れ下っています。

 水中の枯木

 大正池といえばこの風景。子供の頃大正池の写真を見て、ずいぶんと遠くの国の風景のように感じ、これが日本のどこかに本当にあるのかと遙かな気持ちになったことを覚えています。

 穂高連峰

 そして大正池の畔から眺めた穂高連峰です。(あまりに風光明媚で、今日はなかなか先に進めません。)
 上高地とは、この大正池湖畔から正面に見える岳沢のふもと、そして明神岳を左に見ながらその裏側にまで回り込んだところまでの平坦な地形の部分をいいます。明治以降に近代登山が普及するまでは、木こりなどの山仕事をする者が希に立ち入るだけだったのだとか。その頃、いったいどんな気持ちでこの風景を眺めたのでしょうか。明け方にほのかに白み始める山の端とか、夕映えに燃え立つように赤く染まる山肌とか、降ってきそうなほどの満天の星空とか、そんな風景を眼前にこの空間にたった一人いるときのその気持ちとは。

 エゾニワトコ(果実)

 さあ、河童橋に向けて歩き始めましょう。
 まず目についたのはエゾニワトコの赤い実。もう半分くらいは落ちていました。ニワトコは別名「接骨木」。いろいろな薬効がある中で特に打ち身や骨折に効いたということです。

 ハンゴンソウ

 特徴のある裂け方をするハンゴンソウの葉。写真では分かりづらいですが、高さは1.5mほど。大型で存在感のある花です。反魂(はんごん)とは魂を呼び戻すということ。深く裂けた大きな葉が手招きをするように見えたことからこの名が付いたとのことです。

 田代池への自然研究路

 けっこうたくさんの人が歩いています。木漏れ日を浴びながらの気持ちいい散策です。

 ヤマホトトギス(果実)

 ヤマホトトギスの果実も光を透かして蛍光グリーンに。木陰を背景に浮き立って見えます。

 マイヅルソウ(果実)

 マイヅルソウの若い果実。熟すと真っ赤になりますが、このマーブル模様もなかなかのもの。ちょっとしたアクセサリーです。

 シラタマノキ(果実)

 果実3連発。こちらはシラタマノキ。ツツジ科の小さな樹木です。白いのは萼が肥大化したもので、本物の果実はその中に包まれています。

 田代池

 やがて林を抜けるとパッと視界が開けました。田代池です。池と名が付いていますがその大部分は周囲から流れ込む土砂で湿原と化していて、こんな風景になっているのです。初夏にはレンゲツツジやゼンテイカが爽やかに咲き誇るそうです。湿原、木立、そしてその向こうには雄大な山並み。いったいこの風景が出来上がるのにどれだけの時間がかかっているのでしょうか。間違いなく気の遠くなるような時間を経て、今目の前にあるのです。(でも、今が出来上がりというわけではなく、これからも長い時をかけて違う風景になっていくんですね。)

 イワアカバナ

 山地の明るく開けた場所に咲くイワアカバナ。小さな花ですが、この時期湿原を最も彩っている花でした。

 林海コースを行く

 田代池から先は川沿いをたどる「梓川コース」と再び林の中を行く「林海コース」とに分かれます。多くの人が「梓川コース」に向かう中、yamanekoたちは「林海コース」を行くことにしました。

 ノリクラアザミに
  クモガタヒョウモン

 ノリクラアザミの葉や茎はちょっと普通のアザミっぽくない感じです。そのノリクラアザミの頭花にクモガタヒョウモンが2頭。花が下を向いているので蝶も下向きです。

 ツバメオモト

 やや薄暗い林床でコバルトブルーに輝いていたツバメオモトの果実。(今回は果実が多いですね。この辺りはもう実りの秋を迎えているんですね。) うつむき加減に咲くあの白く可憐な花が、この紺碧の果実になるなんて。自然の不思議です。

 水の森

 こんな森の中を歩いていきます。(写真ではこの雰囲気を十分に伝えきれないのが残念ですが。) 無意識に足が止まり、深く息を吐く。半眼でぼーっとしていると、どんどんリラックスしていくのが分かります。自らのDNAの奥に記憶されている何かが、こういった風景の中に身を置くことを求めているような気がしてなりません。魂が反応するというか、大げさに言えば「渇望」に近いものがあるかも。ひょっとしたら、人間も自然の一部として無意識に、その中に組み込まれたい、組み込まれることによって安心したいという本能があるのではないかと思っています。なんとなく。

 マルバダケブキ

 木道沿いのマルバダケブキ。背丈はそれほどでもありませんが、葉は大きく立派でした。

 清流

 この辺りは右手に聳えている六百山と霞沢岳の間の八右衛門沢から広がる扇状地の先端部に位置していて、この扇状地の砂礫層を流れている間に濾過された伏流水がこんな清らかな流れを作っています。
 
 自然研究路をさらにたどり、やがて田代橋へとやってきました。ここからは橋を渡り、梓川の右岸を歩きます。

 ウワミズザクラ(果実)

 これはウワミズザクラの若い果実。熟すと赤くなります。この実はクマの大好物なんです。この状態でもなんか美味しそうですね。

 ミヤマニガウリ  果実

 ミヤマニガウリ。図鑑では「深山の林縁に生える」とありました。果実はちょっとシワシワですが、これが普通の状態です。
 植物の雌雄性の区分けとして、雄花だけを付ける個体を雄株、雌花だけを付ける個体を雌株といい、イチョウなど株によってこれが完全に分かれているものを集団として「雌雄異株」と表現しますが、このミヤマニガウリは「雄性両全性異株」だそうで、これは雄花だけをつける雄株と雄花と雌花の両方をつける両性株とがある極めてめずらしい植物なのだそうです。こういった植物の雌雄性には何パターンかがあって、それぞれ自然界での出現率に大きく差があるところに興味深いものがあります。

 河童橋

 ご存じ上高地のランドマーク、河童橋です(アクセントは「ぱ」。平坦に発音すると浅草の道具街「合羽橋」)。平成5年に架け替えられて現在は5代目だということですから、前回来たときは4代目の橋だったということになります。この写真は右岸から橋を渡って左岸側から撮ったもの。たくさんの人であふれかえっていました。

 奥穂高岳

 河童橋の上から。岳沢の背後に奥穂高岳が聳えています。下を流れる梓川は、源流部に近いにもかかわらず水量は豊富で、まさに「滔々と」流れていました。またその水の清冽なこと。月並みですがこの流れを見ただけで心洗われるようです。

 バスターミナル

 バスターミナルまでやってきました。ここには売店やインフォメーションセンターもあり、かなり大規模な施設になっていました。
 ここからシャトルバスに乗り、また沢渡まで戻ります。

 穂高岳を含む北アルプスの隆起は約100万年前から始まり、その間に幾度かの氷河期が訪れ、隆起と浸食との果てに今こうして神々しいまでの姿となって我々の前にいます。「上高地」はもともと「神垣内」。即ち神域の内ということですが、この大自然の中に身を置くと、それも無理なく腑に落ちるような気がします。


 

 秋近し

 今回、夏休みを使って乗鞍、上高地でゆっくりさせてもらいました。それぞれ標高の高いところだったので、巷のうだるような残暑とはまったく無縁でした。それどころか群れ飛ぶトンボや上空の筋雲に秋の気配を感じさせられるほど。ここでは一足先に次の季節へと移ろい始めているようでした。(写真は、帰りに寄った美ヶ原のウシ君。)