亀山八幡神社 〜照葉樹林・西日本の原風景〜


 

【広島県呉市 平成18年2月19日(日)】
 
 1月下旬から寒い日が続いていたうえに、ここ数日間は天気もぐずついています。このまま花粉のシーズンに突入するとなると、今ひとつ気分がスッキリしません。このところそんな毎日です。
 今日は2月の定例観察会。場所は安浦町(現呉市)にある亀山八幡神社です。どんよりとした雰囲気を吹き飛ばして、早春の一日を楽しみたいと思います。

 亀山八幡神社の社叢

 安浦町は安芸灘に面した海沿いの町ですが、山あいには田畑が広がり昔からの民家と新しい住宅が混在している、典型的な現代の里山風景が広がっています。亀山八幡神社はそんな里山風景の中にあってこんもりとした社叢を今に残していました。

 参道前で開会

 午前10時、参道前に集合して開会です。今回のテーマは「鎮守の森」。鎮守の森とはその土地の守護神を祀った神社を取り囲む木立のことで、寺社林(社叢)とも呼ばれます。古くから信仰の対象となってきたことから、多くは伐採をまぬがれ、結果的にその地方における最も自然な状態の森を現在まで伝え残しているのです。縄文時代、西日本全域と東海、関東南部には手つかずの常緑広葉樹林が広がっていたといわれています。なのでこの辺りにある社寺林は、シイやカシなど、冬でも緑色で、ツヤツヤと光を照り返す葉の樹木(照葉樹)を中心として構成されているのです。
 ちなみに、縄文時代に西日本を覆っていた照葉樹林は、人間が分け入るのも容易でないほど密生し、また、木の実も小粒でアクが強く食用にしにくいものが多かったことから、縄文文化は西日本ではほとんど進展しなかったのだそうです。当時、四国や九州はほとんど無人状態だったと考えられています。

 観察開始

 今日の観察コースなどの説明が終わったらいくつかのグループに分かれて観察開始です。鳥居の脇にある解説板には概ね次のようなことが書かれていました。
 「この社叢には111種の植物が認められています。高木層の大部分がシイを主とする照葉樹で占められ、亜高木層以下の層にコバンモチが出現することから「シイノキ−コバンモチ群落」に分類されています。この群落は関門海峡沿岸によく発達していて、ここのものは飛び地的存在です。広島県内ではこの一帯に限って見られます。」 ふーん、なるほど。
 
 さあ、今回は目についた照葉樹の葉を中心に紹介していきたいと思います。

 コバンモチ

 コバンモチ(ホルトノキ科)。
 葉がモチノキに似ていて形が小判型であることから名がつきました。長く赤い葉柄がよく目立ちます。花はスズランの花を緑色にしたような姿。西日本に自生します。

 ナナミノキ

 ナナミノキ(モチノキ科)。
 こちらも静岡県以西の西日本に自生。モチノキ科だけあって、赤い楕円形の果実をつけます。別名ナナメノキですが、名の由来は斜めとは関係なく、「七実の木」、「長実の木」、「名の実の木」など諸説あるとか。

 カンザブロウノキ

 カンザブロウノキ(ハイノキ科)。
 さらにこちらも静岡県以西の西日本に自生する木。いわくありげな名前ですがその由来は不明だそうです。写真では鮮明ではありませんが、葉の縁に浅い鋸歯があります。

 リンボク

 リンボク(バラ科)。
 テカテカと光って縁が波打っているのが特徴。でも木が若いときにはヒイラギのように針状の鋭い鋸歯があります。とても同じ種の葉とは思えません。9月から10月にかけて、木全体を白い花が覆います。

 参道

 さて、ようやく階段を上ります。両脇から木が覆いかぶさり、まるで緑のトンネルのよう。

 ヤブツバキ

 ヤブツバキ(ツバキ科)。
 照葉樹の代表選手といえばこのヤブツバキ。先端が鋭く尖って縁に細かい鋸歯。表面にはクチクラ層が発達していて鮮やかな光沢があります。子供の頃、野山でこの花をもいで花筒の根元にある蜜を吸ったりしていました。

 センリョウ(左)
 キミノセンリョウ(右)

 階段の途中にキミノセンリョウの果実がありました。この鎮守の森には普通の朱い果実のセンリョウもあり、紅白そろいぶみです。図鑑によるとキミノセンリョウはセンリョウの変種なのだとか。
 「変種」とは分類学上の階級の一つ。種あるいは亜種の下におかれます。専門的には「通常少数の顕著な遺伝性質によって識別できる種内の個体群をいう。」のだそうです。植物では変種は重視され、命名規約によって別個の名前を付けることが認められているそうです。

 アラカシ

 アラカシ(ブナ科)。
 もっとも普通にあるカシ類なので単に「カシ」と呼ばれることが多いそうです。葉の上半分には大型の鋸歯がありますが、下半分はつるっとしたまま。漢字で「粗樫」と書き表すのは、この目の粗い鋸歯が由来なのかも知れません。

 亀山八幡神社

 参道の階段を上り詰めると亀山八幡神社の境内が広がっていました。
 調べてみると県内にはここ安浦町の他に少なくとも4箇所の「亀山八幡神社」があるようです。その4箇所とは三和町(現神石高原町)、豊平町(現北広島町)、芸北町(現北広島町)、蒲刈町(現呉市)です。ちょうど「氷川神社」が各地にあるように、この亀山八幡神社にもなにか共通の縁起があるのかとも思いましたが、ここの神社は亀山というこの地の山の名前を冠していることから、たまたま偶然の一致のようです。亀の甲羅のようなこんもりとした小山には「亀山」という名が各地で普通に付けられたのかもしれません。

 イチイガシ  若い葉(上) 葉裏の星状毛(下)

 境内から振り返ると、階段を上り詰めたところにイチイガシの大木が聳えていました。この葉も上半分に鋸歯がありますが、アラカシのそれとは異なり鋭い鋸歯です。地面に落ちていたまだ若い葉を拾ってみると、裏にはびっしりと星状毛が密生していました。ファーブル(ニコン社製の実体顕微鏡)で覗いてみると、白い毛がフサフサです。(写真を左右に貫くオレンジ色の部分は葉の側脈)

 森の中

 ひとしきり境内で観察した後に、社殿裏の森の中に入っていきます。照葉樹林の中は薄暗く、それゆえに下草も多くはありません。

 サカキ

 サカキ(ツバキ科)。
 サカキといえば神事には欠かせないもの。なにしろ「木偏」に「神」と書くのですから。なので昔から神社によく植えられたのだそうです。これももともとは植栽なのかもしれません。ちなみに同じツバキ科にヒサカキという木がありますが、葉も花もまったく似ていません。

 カクレミノ

 カクレミノ(ウコギ科)。
 カクレミノの葉は観察会のときのネタとしては定番です。葉は若い木では3〜5裂していますが、大きく成長した木では切れ込みのない葉になります。葉の大きさも木が大きくなるにつれてサイズが小さくなるようです。
 写真は上段左から、裂片が5箇、4箇、3箇。下段が2個、裂片なし、の葉です。

 ネズミモチ

 ネズミモチ(モクセイ科)。
 森をぬけて反対側の林縁に出てきました。鎮守の森を縁取るように生活道路(車が1台通れる幅)が通っていて、今度はその道を歩きながら観察していきます。
 ネズミモチは果実がネズミの糞に似ていて、葉がモチノキに似ているからこの名が付いたのだとか。ただしモチノキの葉は互生なのに対しネズミモチの葉は対生です。よく似た木に中国原産のトウネズミモチというのがあり、こちらは葉が大型です。

 サザンカ

 サザンカ(ツバキ科)。
 小ぶりの葉に鈍い鋸歯。晩秋に白い花をつける馴染みの深い樹木です。「サザンカ、サザンカ、咲いた道♪」 この花を見ると童謡の「たき火」を口ずさんでしまいます。図鑑にはサザンカの分布は、九州、四国と本州では山口県とあります。この辺りにあるサザンカはみな植栽なのでしょうか。

 ツブラジイ

 ツブラジイ(ブナ科)。
 広島では「コジイ」と呼びます。細長い果実のスダジイにくらべて果実が丸く小さいからでしょう。yamanekoの故郷(島根県中部)ではシイといえばスダジイだったので、ツブラジイの円らな実を初めて見たときは新鮮でした。子供の頃、野山で遊んだついでにシイの実を拾って帰って、焙烙(ほうろく)で煎ってもらって食べたものです。ほんのり香ばしく微かに甘く、ちょっとしたおやつでした。

 林縁

 鎮守の森に沿って続く道を歩いてスタート地点に向かいます。辺りには民家が散在し、まさにこれぞ里山といった感じです。

 カナメモチ

 カナメモチ(バラ科)。
 先端は鋭く尖り、縁には細かい鋸歯があります。若葉は赤く美しいそうですが、yamanekoには意識して見た記憶がありません。材は堅くて、日本産の木材の中では最も比重が大きい木のひとつだそうです。名の由来は、材が扇の要に使われたことからだとか。

 マンリョウ(左)
 シロミノマンリョウ(右)

 そろそろスタート地点に近づいてきました。
 冠状に展開した葉の下に散形状に実をぶら下げるマンリョウ。センリョウとともに縁起がよいとして正月飾りや庭木などに使われます。果実が白く熟すシロミノマンリョウは園芸種だそうで、変種とは異なり人為的につくり出したものです。マンリョウとシロミノマンリョウがごく近くに並んで生えていました。
 
 時計を見るともうとっくに12時を過ぎています。一行はここから場所を異動して、海の見える稚児公園に向かいます。この公園で昼食をとった後、塩谷海岸に再移動して海岸の植物を観察する予定です。


 塩谷海岸から

 塩谷海岸からは正面に上蒲刈島、豊島を望むことができました。早春の瀬戸内海です。