景信山 〜緑輝く山々、春から初夏へ〜


 

【東京都 八王子市 平成25年5月5日(日)】
 
 今日は5月5日のこどもの日。端午の節句です。都心のごみごみしたところに住んでいるせいか、とんと鯉のぼりを見かけません。近年ではマンションのベランダに飾る小さな鯉のぼりまで近所迷惑だとして許容しないような風潮になってきているようです。世知辛いですなあ。yamanekoがまだ小さな子どもだった頃、実家の庭兼畑に長い竹竿が立てられ、黒い大きな鯉のぼりが垂れ下がっていた(風に泳ぐようなことはめったにない)のをかすかに覚えています。当時は何とも思いませんでしたが、子の健やかな成長を願って農作業の傍ら長い竹竿を立てたんでしょうね。結構な重労働だったと思います。今思うとありがたいことです。社宅暮らしだったyamanekoの息子にはそんな思いを抱かせる記憶すら残せなかったのだと思うと、ちょっと申し訳ないような気がします。
 
 そんなことをつらつら考えながら中央特快の車窓を眺めているうちに、電車は高尾駅に到着しました。時刻は午前9時。ここから路線バスに乗り換えます。
 
                       
 
 高尾駅北口のバス乗り場は山に向かう人々でごった返していました。yamanekoたちが向かう9時12分発の小仏行きは、臨時便を加えた3台が同時に出発しました。1号車、2号車、3号車って感じで小学校の遠足みたいでした。違うのはどのバスも通勤ラッシュ並みの激混みだということ。初っぱなからなかなか疲れます。

 大下バス停

 小仏行きのバスは、細い谷をさかのぼっていきます。谷のどん詰まりは小仏峠で、その昔は武蔵国と甲斐国をつなぐ重要な道の一つだったところ。現在ではJR中央線と中央道がトンネルで抜けています。上の写真では、正面が峠方向。左手にちょうど通過中の電車が写っていますね。中央道は右手上の山の中腹を通っているはずです。
 9時25分、終点の一つ手前の大下バス停で下車。準備運動を済ませてここからスタートです。


Kashmir 3D

 今日は、まず大下バス停から来た道を少し戻って、小下沢林道に入ります。渓流をさかのぼりキャンプ場の跡地に出たら、そこから山の斜面にとりついて一気に稜線へ。最近メジャーになってきた奥高尾稜線コース(高尾山と陣馬山をつなぐ山道)に横からアプローチする形です。景信山山頂からは稜線コースを南下し、小仏峠から小仏バス停を目指してさらに谷を下っていきます。

 オニグルミ

 新緑の季節。本当に緑が輝いていますね。見上げるとオニグルミの花が咲いていました。「花? どこに?」って感じですが、よく見ると…。

 左上の赤いのが雌花序(花序=花が寄り集まって付いている部分)。花といってもいわゆる花びらはなく、赤い部分は雌しべの柱頭に当たる部分。その基部が子房になります。ここが膨らんであのクルミになるんですね。
 一方、右下にでろんと垂れ下がっているのが雄花序。小さな雄花が房になっています。花期が終わるとこの房ごと地面に落ちるので、遠目にはぶっとい毛虫が大量発生しているように見えます。

 分岐

 車道を戻ること5分、小下沢林道との分岐までやって来ました。バスは右手のガードをくぐって来ました。yamanekoたちはここを左手に上っていきます。

 ヒメコウゾ

 これはヒメコウゾの花ですね。赤いのが雌花序、白いのが雄花序です。これも花序なので、すなわち花の集まりということ。雌花序の髭のようなもの一つ一つが雌しべの花柱に当たる部分です。雄花序の方の白いのは雄しべの花糸の部分です。
 別にコウゾという近縁種もあり、どちらも和紙の原料として古くから利用されていたそうですが、近代になって盛んに栽培されたのはやや大型になるコウゾの方だそうです。

 眼下にはJR中央線。そして遠方に見慣れない構造物が。あれは中央道と圏央道とがクロスする八王子JCTです。かなり巨大です。小仏トンネルと並ぶ大渋滞発生ポイントですね。線路のさらに下の道にバスが2台写っていますね。yamanekoたちが乗ってきた便の次の便が終点で折り返して高尾駅方面に戻って行くところです。写真には写っていませんが、手前にもう1台、この便も計3台で運行していました。

 小下沢の入口付近です。道はだんだん林道っぽくなってきました。この辺りにマイカーを停めて山に登る人もいるようです。

 ノミノツヅリ

 直径5oほどの小さな白い花が目に入りました。これはノミノツヅリ。ナデシコの仲間です。漢字で書くと「蚤の綴り」。綴りとは粗末な衣のことだそうで、毛羽だった葉の様子から名付けられたようです。蚤の方は小さなという意味を表しているのだと思います。

 ホウチャクソウ

 透き通るようなホウチャクソウの花。成熟するにつれて黄緑色から白色に変わっていきます。

 ラショウモンカズラ

 日向にはラショウモンカズラ。花冠の大きさは5pほどあり、シソ科の仲間内では大型の方です。

 

 ウラシマソウ

 やや地味ですが、ウラシマソウも生き生きとしています。特徴的なのは仏炎苞(筒のような部分)から伸び出す付属体(左の写真にマウスオーバー)。これを浦島太郎が釣り糸を垂らしている姿に見立てて名付けられたということです。

 小下沢林道

 木漏れ日の林道をゆっくりと歩いて行きます。もう何組ものハイカーに抜いて行かれました。

 ルリソウ

 ルリソウの花はちょっと元気がないか。

 森の奥からツツドリの鳴き声が聞こえてきます。もう初夏ですね。

 ジロボウエンゴサク

 ジロボウエンゴサク。片仮名表記だとどこで切って読めばいいのか分かりませんが、漢字では「次郎坊延胡索」と一目瞭然、でもないか。昔、伊勢地方の子どもたちが、スミレの花を太郎坊、この花を次郎坊と読んで、花を引っかけ合って遊んでいたのだそうです。「坊」は幼い男の子に対する愛称ですから、まあ言ってみれば「太郎ちゃん、次郎ちゃん」というようなことでしょうか。太郎vs次郎で花の強さ対決。引っ張ってちぎれた方が負けという、オオバコ相撲のような遊びだと思います。一方、延胡索とは漢方薬の名で、この花の仲間から鎮痛薬を作っていたのだそうです。

 ウツギ

 純白のウツギの花。卯の花です。♪卯の花の匂う垣根に、ってどんな匂いだっけ?

 キャンプ場跡

 11時、キャンプ場跡にやってきました。もっと寂れた廃墟のようなところかと思っていましたが、広々としていてきれいで、現役のキャンプ場といわれても何の違和感もありません。何か違う用途で使われているのでしょうか。
 スタートして1時間半、とりあえずここで小休止です。
 そういえば子どもたちが小さい頃には本当によくキャンプに行っていました。四季を問わず、長いときには1週間近くキャンプしていたことも。最後にキャンプをしたのはいつだったか。今でも押し入れにはキャンプ用具一式が収納されていますが、もうそろそろ処分しなければならないのかもしれません。思い出が詰まっているんですがね。

 登山口

 5分ほど休んで再び歩き始めます。座り込んでしまうと次が辛いですから。
 広場の西端に「国有林」の看板。その脇が登山口でした。小さな流れを渡るとすぐに上りはじめます。

 

 チドリノキ

 渓流に覆い被さるように繁るのはチドリノキ。カエデの仲間なので葉は対生です。それにしてもこの葉の形でカエデの仲間と言われてもピンときませんね。

 さっきまでとはうって変わって山肌の急斜面を登っていきます。

 ヤマクワガタ

 足元に小さなヤマクワガタが。高さ10pほど。つい見逃してしまいそうでした。この花の形、早春の野辺を飾るオオイヌノフグリに似ていますね。同じゴマノハグサの仲間です。

 オウギカズラ

 むむむ、この花はいったい何だ? シソ科であることは間違いないでしょうが、名前がまったく思い浮かびません。花冠の大きさは2.5pくらいでしょうか。さきほどのラショウモンカズラほどではないにしろ、シソ科の花にしては大きめです。で、帰宅後に図鑑をめくってみると、オウギカズラという花でした。うーむ、名前も聞いたこともありませんでした。これまでに何百回とページをめくりましたが、この花が目に留まることはなかったということなんでしょうね。

 

 おお、存在感のあるブナが。抱きついて幹をペチペチとたたいていたら、どこからともなくスズメバチが1匹現れて頭の上を飛び回り始めました。この時期は冬を越した女王蜂が巣作りを始めるまでの体力回復期。樹液などを吸いに来るということなので、きっとそれに出会ったのでしょう。

 

 谷をはさんだ向こう側の尾根が見えます。これからあの尾根まで行くのです。

 

 歩いているときには感じませんでしたが、こうやって写真で見てみると結構な斜度ですね。

 ジュウニヒトエ

 オオギカズラより2回りくらい小さな花のジュウニヒトエ。これもシソ科です。すっくと立った花茎の周りを幾重にも段になって咲いています。花冠の大きさは1pくらいです。

 イカリソウ

 怒り草、ではなく碇草。花冠が和船の碇に似ているからだそうです。棒のように突き出ているのは「距(きょ)」と呼ばれる部分。スミレの花にも後に突き出た距があります。だいたい距の奥に蜜腺をもっているようです。

 12時10分、稜線に出てあとは山頂を目指すのみ。

 

 山頂まであとわずか。頭上が開けてきました。

 センボンヤリ

 これから開こうとしているセンボンヤリの花。春この時期にしては花茎が長いような気がします(秋には本当に槍のようにまっすぐに伸びるのですが。)。

 

 12時40分、なにやら建物が見えてきました。山頂です。赤い幟も見えます。

 

 山頂には茶屋があり、たくさんの人が休んでいました。ここはなめこ汁が有名なんですよね。なので今日は弁当は持ってきていません。

 

 おなかも空いているので早速なめこ蕎麦と山菜天ぷらを注文。具だくさんであつあつで美味しゅうございました。天ぷらもサクサク。軽く塩を振って食べました。食後はコンビニで買ってきた柏餅です。今日は端午の節句ですからね。

 奥高尾稜線コースが目の前にどーんと。茶屋の前からの眺望です。写真右奥には丹沢山塊も望めました。ベンチに腰掛けてこの風景を見てしまったら、もうなかなか動き出せませんね。

 奥高尾稜線コース

 山頂では1時間ちょっと休憩して、午後1時10分、下山開始です。まずはここから小仏峠まで下ります。

 小仏峠

 そして、30分ほどで小仏峠が見えてきました。

 キランソウ

 そういえばキランソウもシソ科。今日はこの仲間が多かったですね。今日出会ったシソ科の花の中では最も小さいものです。

 八王子市街

 小仏峠から東を望むと八王子市街が広がっていました。広大な関東平野の辺縁部です。

 ニリンソウ

 峠からは森の中の小径を下っていきます。下山の途々でニリンソウの花が「お疲れさん」とねぎらってくれました。

 大きな洞を持つケヤキの古木。中に森の精が棲み着いてもおかしくないような、神秘的な佇まいです。

 

 2時50分、舗装道路が見えてきました。ここが道路の終点になります。ここから小仏バス停までは20分ほどでしょうか。

 アカメガシワ

 バス停に向かう道すがら、アカメガシワの若葉に出会いました。ビロードのような柔らかな手触り。これもこの時期だけの装いです。
 
 今日は、前半はみずみずしい渓畔林、後半は乾いた山の斜面と、異なる環境を楽しめる山歩きとなりました。これからしばらくはこんな輝くような山歩きができる時期ですね。今年も巡ってきたこの季節、元気で野山に出かけられることに感謝です。