広島大学 〜気になるものを探そう〜


 

【広島県東広島市 平成17年6月5日(日)】
 
 今日は6月5日。「世界環境デー」だそうです。
 NACS−J(日本自然保護協会)では毎年この日に合わせて全国一斉観察会の開催を呼びかけています。今年のテーマは「気になるものを探そう」 広島自然観察会では東広島市にある広島大学のキャンパス内で「気になるもの」を探すことにしました。毎月行っている定例観察会とは異なるオプション観察会になります。

 開会

 集合は9時30分。法学部前の芝生広場です。
 まずは加藤代表からのあいさつ。時候にまつわるナルホド話を聞いた後、面白いものを見せてもらいました。イタドリの「水車」です。子どもの頃これを作って遊んだ記憶のある人も多いのではないでしょうか。(こういう遊びはもはや記憶の中のものになってしまっているのです。残念ですが。)

 イタドリの水車

 イタドリの若い茎はタケノコに似ていて、やや酸っぱいものの生で食べられます。このイタドリの茎を節と節との間で切って(すなわち短くて太いストローのような形)、その両端にそれぞれ8箇所ほど縦に切れ込みを入れます。切れ込みの深さは2p程度。これをしばらく水にさらしておくと、両端の切れ込みがくるんと反り返って、ちょうど鯉のぼりのポールの先にある矢車のような形になります。茎は中空なのでそこに軸を通して小川の流れにかざすと、水車のようにクルクル回るというものです。(こうやって書いてみるとなんてことはないのですが、子どもの頃にはけっこう楽しかったのですから不思議です。)
 今日はその水車を作る部位を変えてみると反り返り方に違いが出てくるということがポイントでした。
 そもそもなぜ反り返るのかというと、茎の表面部と内部とでは浸透圧による細胞の膨張の度合いが違うから。内側の方が大きく膨張するので外側に反り返るのです。(バイメタルの要領です。)
 イタドリの若い茎は根本に近い方が節と節との間隔が長く、先端に近いほど間隔が短くなっています。これは細胞の成長に時間差があるために起こる現象だそうです。すなわち、根本の方の細胞はそれぞれが縦に長く伸びてしまっていますが、先端の方はまだ短いまま。これが節と節との間隔の長さの差となって現れているのです。そこに浸透圧で水が入ってくると一つ一つの細胞が膨張するのですが、同じ数の細胞が並んでいても、各パーツが小さいほどいわゆる関節部分が近接し全体としてみれば反り返りが強く現れるのです。したがって、根元近くの部分で作った水車は反り返りが緩く、先端に近い部分で作った水車はきつく反り返ってしまうのです。座学でこんな話を聞いても30分後には忘れてしまいますが、実物を目の前にして聞くとインパクトが強いです。

 虫追いゲーム  ???

 辺りではヒバリが喧しくさえずっています。外敵から巣を守ろうとしているのでしょうか。
 芝生の上をツバメが低く飛び回っていました。この芝生に生きる小さな昆虫を狙っているのでしょう。そこで、恒例の虫追いゲームをしてみることに。みんなでしゃがんで大きな輪を作り、中心に置いた白い紙に向かって輪を縮めていきます。すると芝生の中に隠れていた虫たちは追い立てられて、最後は白い紙の上へ。(なぜ白い紙かというと、白い方が小さな虫も見やすいから。白布でも白い服でもOKです。)
 います、います。バッタの子どもにコオロギの子ども。この時期にはまだ小さな虫ばかりです。ツバメはこの小さな虫たちがジャンプしたところを、すかさず低空飛行でパクリとするのです。ツバメって動体視力が優れているんですね。

 デビュー

 「アブが羽化しているよ。」という声が。見るとサナギから出てきたばかりのようで、腰のあたりにサナギの殻がまだ引っかかっていました。それにまだ羽が短く、十分に伸びきっていないようです。動きも緩慢でほとんど無反応。昆虫にとって羽化の前後は最も無防備な危険なときなんですね。
 そうこうしているうちにも羽がみるみる伸びてきています。もうじき飛び立つのでしょう。お元気で。

 次の観察ポイントへ

 まだスタート地点から一歩も動いていません。そろそろ移動しましょう。
 広島大学の敷地は広大で、大学に附属する演習林などを除けば北大に次いで国立大学で全国2位だという話を聞いたことがあります。煙突にすっぽりとカバーをかぶせたモニュメントも威風堂々(?)としていて、「松ノ湯」よろしく「広島大学」と書いてあります。

 ユリノキ  チューリップ?

 街路樹としてユリノキが植えられていました。この木は花がチューリップに似ているのでチューリップツリーとか、葉が半纏を広げた形をしているのでハンテンボクとも呼ばれています。ちょうど今が花の時期。大きな木のあちこちに洒落た形の花をたくさんつけていました。
 ユリノキは晩秋、葉を落とした後の姿も人気があります。翼果が松かさ状に集まった果実が上向きに枝に残り、風に吹かれてばらけてくると一つ一つの翼果が回転しながら落ちてくるのですが、なぜか中心部だけが先に落ち、残った果実がまるでコップのような形になります。これが遠目には再び花が咲いたようにも見えるからです。
 ちなみにユリノキは明治初期に渡来したもので、もともとは北アメリカと東アジアに隔離分布しているものなのだそうです。

 ファーブルで…

 しばらく歩くと前の方で人だかりができていました。見るとファーブル(野外観察用の実体顕微鏡)で何か紫色のものを見ています。ファーブルを覗き込んだ人は皆もれなく歓声をあげているので、よっぽど何か面白いものを見ているのでしょう。ということでyamanekoも覗いてみることに。

 Fantastic!

 ウワッ!なんだこれは。まるで「ミクロの決死圏」
 聞いてみると、これはムラサキツユクサの花糸(雄しべの軸の部分)に生えている「毛」なんだとか。ビーズがつながっているように見えるのは、毛を構成している一つ一つの細胞なのだそうです。日常で細胞なんて単位の大きさのものを目にすることはまずないので、これはもうはっきり言って別の世界です。
 自然観察会では物事をマクロに、また、ミクロに捉えることを心がけています。植生の分布や地形の連なり、大空の様子、それらをひっくるめた「風景」まで。そして一方では花の香り、葉の手触り、種の形や顕微鏡の中の世界まで。(理科教育に傾きすぎるのもなんですが、そこは好奇心を損なわない程度に。)
 みずみずしく咲いてもわずか半日でしぼんでしまうツユクサ。はかない朝露にも似た花です。

 イシモチソウ

 ヤブの中にイシモチソウが咲いていました。葉や茎に粘着性があり、石もくっついてしまうほどということで名が付いたといいます。でもさすがに石がくっつくとは大袈裟なのでは。モウセンゴケ科の食虫植物です。
 乾燥に弱い植物で、生育できる環境がどんどん狭められています。来年も同じところで出会うことができるでしょうか。

 ぶどう池

 「ぶどう池」までやってきました。右手に工学部、左手には総合科学部、正面に見えているのは教育学部の建物です。(この写真を見て大学のキャンパス内と思う人は少ないのでは。) この池には冬になるとヨシガモが渡ってきます。光が当たる角度によって、首から後ろがメタリックな赤や緑、青、紫と変化する美しいカモです。ただ、警戒心が強く、近くで観察することは極めて困難ですが。

 ジュンサイ

 池の縁まで下りてみると、カレーパンくらいの大きさの長まるい葉が一面に浮かんでいて、その中から小さな赤い花が顔を出しています。ジュンサイの花です。ジュンサイの若芽はぬるぬるした粘質物をかぶっていて、これを汁物の具にすると美味、といったことはあまりにも有名ですよね。古くは「ヌナワ」と呼ばれ、漢字では「沼縄」。長い茎を縄に例えたものだそうです。

 ササユリ谷へ

 工学部の横にあるササユリ谷へやって来ました。木立に適度に日差しを遮られ、少しヒンヤリしています。
 広島大学では毎年9月に業者さんが入って一斉にキャンパス内の草刈りをするそうなのですが、そうなるとここにあるササユリは種子が成熟する前に刈られてしまうことになるので、この谷だけは草刈りをしないでいてもらいます。そのかわり、毎年暮れも押し詰まってから(仕事が年末の休みに入ってから)この谷を愛する有志が集まって草刈りをしています。その頃には種は成熟して地面に落ちているので、きれいさっぱり草刈りをしても大丈夫なのです。今日は最盛期をやや過ぎたあたりですが、それでも谷には甘い香りが漂っていました。

 ササユリ

 ササユリが発芽してから花を咲かせるようになるまでに7〜8年はかかります。その間に大きな環境の変化があると、花を咲かせることもなく死んでいくのです。ササユリが群落を作っているところは長く同じ環境が保たれているということなのですね。

 里山の風景

 この谷はアカマツの疎林で、典型的な里山の風景をとどめています。スタッフの六重部さんから次のような解説がありました。
 昔、里山は人里と奥山との間に位置して、人里に近い山では2年に一度草刈りをして田の肥料とし、人里から少し離れた山では10年から20年に一度下草を刈ってマキを切ったりしていました。人々の生活に密着し、定期的に人の手が入ることによって里山は維持されていたのです。
 ササユリは、下草に覆われることなく、十分に日が当たるところでなければ成長していくことができません。そういった意味では定期的に草刈りが行われるいわゆる「芝刈り山」はササユリにとって絶好の生育地だったのです。
 ところが、田の肥料は化学肥料に取って代わられ、マキも化石燃料によって不要なものになってしまいました。そうなると人々は里山から遠ざかり、山はどんどん荒れていくことに。それはただ下草が伸び放題になるばかりでなく、そこに生きる動物、そしてそれを捕食して生きていた大型動物の生活の場もなくしてしまうことになるのです。昨年、世間を騒がせたクマの出没。これも里山という緩衝帯がなくなり、人里と奥山が直結してしまったことによる現象といわれています。
 アカマツ林といえば、西日本ではこんなことも。マツクイムシによるアカマツの大量枯死です。
 このマツクイムシ、正しくはマツノザイセンチュウといって、アカマツの幹で繁殖するマツノマダラカミキリが羽化するときに寄生して、どんどん他のアカマツに広がっていきました。アカマツ山はみるみるうちに枯れ木に覆われてしまうことに。昭和50年代、マツクイムシによる被害を食い止めるためにヘリコプターによる薬剤散布が大規模に行われるようになりましたが、この薬剤、マツノマダラカミキリやマツノザイセンチュウだけでなく、他の昆虫にも十分すぎるくらいに効き目があったので、薬剤散布をした山では生態系が大きく乱されてしまう結果となりました。最近ではほとんど行われていないとのことですが、今でも一部の自治体では続けられているそうです。

 ネジキ  花冠の中

 林の縁に一本のネジキが花をつけていました。横に伸ばした小枝に白い花を整然と並べています。花の大きさは8〜10oくらい。つぼ型で下向きにぶら下がっていて、いかにも虫などが入って行きにくい形をしています。この花の受粉はいったい誰が取り持つのだろうか。花の中の構造も気になります。
 ということで、またまたファーブルの登場。ネジキの花を一ついただいて、花冠を縦半分にカットしてみました。中心に真っ直ぐ伸びている雌しべの花柱があって、その根元に薄緑色の子房が見えています。その子房を守るように10本の雄しべが取り囲んでいるのですが、その雄しべの花糸がS字状にくねっていて、なんか縮こまって身をすくめているようにも見えます。この花糸が真っ直ぐに伸びていたとしたら花冠の口までとどきそうな長さなんですが。なぜだろう。
 例えば自家受粉を避けるために、雌しべが成熟している間は縮んでいて、後で時間差で雄しべが伸びるとか。それともずっと縮んだままで何か別の意味があるのか。ネジキの幹のねじれについて以前あれこれ考えたことがありましたが、また一つ「なぜだろう」が増えてしまいました。
 ついでにもう一つ。花はみんな下を向いているのに、実になったときにはそろって上を向いています。いったいいつ方向転換をするのだろうか。???

 工学部

 今年の全国一斉観察会のテーマ「気になるものを探そう」 いつも野山を歩くたび気になるものを見つけるのですが、今日は特にたくさんの気になるものと出会いました。中でもネジキ。これは不思議の宝庫で、今日のテーマにはぴったりでした。いつかこれらの疑問の答えに巡り会ったとき、いや答えとまではいかないまでもそのヒントを見つけたとき、そこからもたらされる感動に自然と接する楽しみをあらためて感じさせられることでしょう。
 今日も楽しい一日でした。