日浦山 〜小雪降る中 春探し〜


 

【広島県海田町 平成16年2月7日(土)】
 
 午前9時5分、携帯に着信。見ると観察会のTさんからです。
 何だろう、どっか遊びに行こうって誘いかな? などと考えながら通話ボタンを押すと「今どこにおるん? 今日は来週の観察会の下見だよ。」 アウチッ! あぁ、勘違いしていた。てっきり月末のこととばかり思っていました。
 家から集合場所まではマッハで準備しても1時間弱はかかります。そして既に集合時刻は過ぎている。
 「皆さん気をつけていってらっしゃい…」 本番と同じスケジュールで動かなければ下見の意味はありませんから。

 日浦山

 1時間30分後、yamanekoは広島市に隣接する海田町の瀬野川にかかる橋の上を歩いていました。
 野暮用あって海田町に来たついでに日浦山(ひのうらやま)に登ってみようということです。
 今日は強烈な寒波がやってきていて、海に近く暖かいこの辺りにも断続的に雪を降らせています。何やら足元から這い上がってくるような底冷えを感じます。
 
 海田町はもとは山陽道の宿場町として栄えたそうですが、近代、干拓された海側の地域にその中心を移しながら、周辺部には東洋工業(現マツダ)傘下の工場が連なる工業の町となりました。また、忘れてはならないのが陸上自衛隊第13旅団の存在で、自衛隊の町としての一面ももっています。ただ、数年前、師団から旅団に縮小されたことが町の経済に少なからず影響を与えたと思われ、これが広島市との合併にも微妙に影を落としているのかもしれません。
 そんなことはさておき、今日の登山口は海田町畝地区にある観音免公園です。
 日浦山への登山コースはAコースからDコースまでの4本があり、そのうちCとDがこの観音免公園から出ているのです。標高は346m。どのコースをたどっても1時間半ほどで頂上に立つことができます。

 大クス

 観音免公園にはいくつかの古墳があり、その奥に小さな観音堂があります。そして最も目をひくのは町のシンボルともなっている大きなクスノキです。樹冠の大きさは直径約30mもあり、一本でちょっとした森のようにも見えます。

 森の中

 ちょうど目の高さあたりで幹が二つに分かれ、その直下の幹周りは約6.6m。大人4人が手をつないででようやくとどくくらいの太さです。
 幹の傍に立ってみると、包み込まれるような安心感があり、少し不思議な感じがします。
 
 Dコースは、赤羽根川という小川が流れる谷沿いに進み、谷のどん詰まりから山腹をジグザグに登ります。稜線に出ると隣の尾根筋を登ってきたCコースと合流し、そこから西に向かって約700m、いくつかのアップダウンを繰り返しながら尾根道を歩くと山頂に到着します。

 谷の入口には段々に畑が続き、鉢巻き姿の白菜などが寒そうに並んでいました。
 畑の脇のウメの木にはそろそろ花が開きはじめています。今年は立春を過ぎてもいつまでも寒く、特に今日は雪が舞うほどですが、やっぱりこうやって少しずつ春は近づいているのです。

 谷筋の道

 赤羽根川は小川というにもはばかられるほどのわずかな流れで、そこに川の姿を見ることはほとんどできません。この谷のちょうどどん詰まりのところ、すなわち川の源流部分にはわずかに水がしみ出していて登山道を濡らしていますが、そこに吊されている札には「地下に新幹線の府中トンネルが通っているため水量が減りました。」と書いてありました。地図を見ると確かにそこの下を新幹線が通っています。昔はそれなりの水量があったのでしょう。

 ヤブランの種子

 道の脇にヤブランが黒い種子を残しています。一見果実のように見えますが、これは種なのです。ヤブランの果実は「刮ハ」といって、ユリのように心皮で種子を包む形の果実なのですが、ヤブランの場合この心皮が脱落しやすく、いつも目にするのはこの果実のような種の姿なのです。

 合流点

 山の斜面にとりついてジグザグに登り始めると、一気に汗が出てきました。フリースのファスナーを開いて湿気を逃がします。
 ほどなく稜線に出ました。右からCコースが合流し、あとは尾根筋の道を行くだけです。
 時折、雲の間から陽が差してきます。その日だまりの場所に新聞紙を敷いて早めの昼食をとっている親子がいました。いや、おじいちゃん、おばあちゃんと孫娘だったかもしれません。街に出てお金を使わなくてもこんな身近な場所で心満たされる静かな時間を過ごすことができる。そこに陽が当たっているからだけでなく、3人の周りにはほのぼのとした暖かい雰囲気がありました。

 尾根筋の道

 足元には落ち葉が敷き詰められていて、心地よい感触が足の裏から伝わってきます。
 今日は行き交う人もほとんどいません。地元の人達が気軽に登る山ですが、さすがに今日の天気では遠慮したのでしょうか。

 山を貫く新幹線

 南側の眺望が開けてきました。向かいの洞所山との間に瀬野川が流れ、その手前側にJR山陽本線、向こう側に国道2号線が走っています。
 ここは岡山方面への交通の大動脈で、朝夕の渋滞にはひどいものがあります。広島は三方を山に囲まれもう一方を海で塞がれているため、どこに行くにも地形的に隘路をぬけなければなりません。現在、「東広島バイパス」(上の写真の山際のところ)を建設中で、これが完成すると渋滞は大幅に緩和されるでしょう。
 広島駅を出て東に向かった新幹線はこの日浦山を貫き、いったん外に出て瀬野川を渡ったのち、また山の中に入っていきます。次に地上に顔を出すのは約13km先です。入口との標高差が150mほどあるので、その勾配は1000分の11.5。通常新幹線では1000分の15〜20を最急勾配の基準としているらしいので、結構きつい坂が延々と続いていることになります。このトンネルは安芸トンネルといい、山陽新幹線の中で最も長いトンネルだそうです。

 山頂

 11時45分、山頂に到着です。だ〜れもいません。相変わらず雪は舞い、冷たい季節風が吹きつけてきます。
 北西に目をやると広島市街の先は白いベールが包み隠してしまっています。今日下見を行っている阿武山のあたりもときどきうっすらと見えるだけです。今日はここから下見に参加することにしました。Tさんに電話をしてみると、現地は雪が吹きすさびホワイトアウト状態だったそうです。(あとで地図で確認したら、日浦山からは手前の松笠山がじゃまをして阿武山は見えないことが判明。見えていたのは阿武山に連なる権現山でした。)

 海田湾

 南西方向には海田町の中心部とその向こうの海田湾が見えます。海田湾岸の西半分は広島港の一部になっていて、ここには広大なコンテナヤードが広がっています。
 
 ふもとからサイレンやチャイムの音が聞こえてきました。時計を見ると針は12時で重なっています。
 空腹は持参のマーラーカオ(中華蒸しパン)でまぎらわし、体が冷える前に下山することにしました。

 コシダの小径

 下山路はCコースをとります。今度は尾根筋を下りていくので日当たりは良好。天候も少しずつ回復してきたようです。風化した花崗岩のマサ土の上に枯れた松葉が散らばっていて、気を抜くとズルッと滑りそうです。
 
 30分ほどでふもとの観音免公園に到着。空を見上げると青い色の割合がだいぶ広がってきました。

 公園内の「ふるさと館」

 瀬野川沿いを歩いていると、雪混じりの風が徐々に体を冷やしていきます。でも、この雪のおかげで今日は静かな山歩きができました。
 来週の観察会本番は忘れないようにしなければ。