日向山 〜日向ぼっこの山歩き〜


 

【神奈川県 伊勢原市・厚木市 平成19年3月21日(水)】
 
 今日は春分の日、祝日です。
 ご存じのとおり春分の日と秋分の日をそれぞれ中日としてその前後3日を加えた7日間を「彼岸」といいます。この期間には花と水を携えてお墓参りに向かう人をよく見かけますよね。日頃の無精のお詫びを兼ねてご先祖様の供養をする人も多いのでしょう。
 もともと彼岸に仏事を行うのは浄土思想に由来するのだそうです。遠く遥か西方にあると信じられていた極楽浄土。春分と秋分には太陽が真東から上り真西に沈むので、この日に西に沈む太陽を礼拝したのがその始まりなのだとか。それが日本に伝わって、いつの間にか祖先を祀る行事になったのだそうです。
 ちなみに、彼岸のお供え物と言えば「ぼたもち」と「おはぎ」です。つぶあんが「ぼたもち」でこしあんが「おはぎ」だと、つい最近まで信じていたyamanekoですが、どうも両者は同じもののようです。春の牡丹が咲く頃にお供えする「牡丹もち」、そして秋の萩が咲く頃にお供えする「お萩」。なるほどです。(信じていいんでしょうね。)
 
                       
 
 さて、今日は天気も良いようなので、軽い足慣らしに低山を散策してみようと思います。場所は神奈川県西部にある日向山。低山といっても丹沢山系から派生する山なので、ここから奥に向かっては嶺が累々と連なる大きな山塊を形成しているのです。 


Kashmir 3D

 いつ来ても人でごった返している新宿駅。今日はドリーム号は休養させて、電車利用です。9時過ぎの小田急に乗って出発。目的地に最寄りの伊勢原駅までは急行で1時間ちょっとなので、ゆっくりと車窓の景色でも楽しんで行きましょう。
 出発してしばらくは世田谷の住宅地を走ります。やがて多摩川を渡るとほどなく多摩丘陵にさしかかります。丘陵といっても沿線には住宅地や商業地が続いて、野山を走るといった雰囲気はありません。多摩丘陵を横切って町田を過ぎると、そこから先は相模川の河岸段丘として広がる平坦地。厚木の先で相模川を渡ると、あと数駅で伊勢原です。
 伊勢原駅で下車して、バス乗り場へ。ちょうど日向薬師行きのバスがドアを開けて待っていました。小走りに乗り込んだらすぐに出発。セーフです。
 バスは長閑な田園地帯を走り、やがてだんだん山間の道をたどっていきました。乗車時間約20分で終点の日向薬師バス停に到着。辺りはすっかり山里感満点になっていました。

 日向薬師入り口

 バス停から20mほど戻ると左手に日向薬師の参道入り口がありました。10時40分、ここから歩き始めます。周囲には数件の民家があって、農作業のおじいさんがいるくらい。静かなところです。

 カテンソウ

 さっそく出会ったのが、林の縁に咲いていたカテンソウ。直径5ミリほどの小さな花です。この花は内側に曲がっていた雄しべがはじける勢いで花粉を飛ばします。写真の右端の花は雄しべが開いた状態。写真中央の花はまだ雄しべが曲がった状態です。

 山門

 参道入り口から50mほど行くと階段が始まり、やがて山門が見えてきます。この山門の下は「衣裳場(しいば)」といって、源頼朝が娘の病気平癒を祈願するために参詣した際にここで旅装を解いて正装に着替えた場所なのだそうです。国の重要文化財に指定されていました。

 日向薬師

 山門からは岩盤を削った石段のなだらかな参道になっていて、この石段のすり減り具合がまた歴史を感じさせるのです。
 最後の急な階段を上ると日向薬師の境内。その名のとおり南に向いた日当たりの良い場所です。日向薬師は、奈良時代初期に行基によって開かれた真言宗の寺で、開山当初から歴代の天皇が帰依したという、由緒正しいものだったようです。
 ここで家内安全をお祈りして、お寺の裏手にある登山口に回ります。

 登山口

 ポカポカと暖かい日差し。ここまでで既に汗ばむほどです。自分たちの他にも何組かの夫婦(おそらく)が登っていきました。こっちは道草が多いので、お先にどうぞ、です。

 山並み

 しばらく登って振り返ると、一つ向こうの筋の山並みとそのもう一つ向こうの筋の山並みが、グラデーションを変えて連なっていました。早春の山はまだら模様。初夏になって緑一色になるまでの装いです。

 ヒメカンスゲ

 ヒメカンスゲがちょうど花期を迎えていました。ヒメカンスゲはカンスゲと同様に数少ない常緑のスゲのうちの一つです。寒さにも負けずに青々としていることから「寒菅」と名が付いたのでしょう。スゲの花は雌雄別々の小穂になっていて、写真は雄小穂。白く細く写っているのは苞で、ここから花粉を飛ばします。雌小穂はこれよりも背が低く、空中に漂う花粉をキャッチしやすいようになっています。

 明るい登山道

 木漏れ日の中を歩く。これだけでもずいぶんリフレッシュになりますが、道ばたの草花、鳥のさえずり、森の香りなどに接すると、自分が本来の自分に戻っていくような気がします。

 木々の間から

 道の傾斜が少しきつくなってきました。ここらでちょっと小休止です。
 振り返ると、木々の梢の間に海が見えるではないですか。相模湾です。何かはよく分かりませんが、海沿いに大きな建物も見えます。あそこからもここが見えているということですよね。

 急な斜面

 頂上に近くなると山肌は急な傾斜になり、足を滑らせると結構下まで転げ落ちてしまいそうです。ヤマザクラの幹も谷に向かってイナバウアー(旬を過ぎた例えでスミマセン。)していました。

 頂上近し

 頭上が明るくなりはじめると頂上が近いサイン。あとちょっとです。それにしても足下は乾いた落ち葉が積み重なっていてズルズルよく滑ること。今日はストックを持ってきていないので、バランスをとるのに結構筋力を使ってしまいます。

 アブラチャン

 アブラチャンの花が咲き始めていました。似たような花を付けるクロモジやシロモジ、ダンコウバイなどと同じクスノキ科の仲間です。

 山頂

 12時、あっけなく山頂に到着しました。展望は南東の方角に開けています。ふもとから吹き上げてくる風ももう冷たくはなく、いよいよ春がやってきたんだと実感させてくれます。

 湘南

 写真中央奥、空との境目あたりに三浦半島の山並みが見えます。そこから右のほうに江ノ島が見えますね。ちょうど鎌倉を真正面に見る形で、湘南一帯を見渡していることになります。手前のドーナツ状の丘陵に囲まれているのは日産のテクニカルセンター。その向こうには東名高速道路、その奥には東海道新幹線が横切っています。(写真では分かりにくいですが。)
 とりあえずこの素晴らしいパノラマを眺めながら昼食にしましょう。
 目をつぶったまま顎をあげてじっとしていると、まぶたを通して日の光を感じることができます。遥か1億5千万q先からわずか数分でこの地球にやってくる太陽光線。これが地表を暖め、大気を暖め、無数の生命を育んでいるということ。まぶたの裏にオレンジ色を感じながら、その幸福をしみじみかみしめてしまいました。

 下り道

 1時になりました。そろそろ下り始めましょう。来た道を戻るのではなく、反対の厚木側に下りて、ふもとにある七沢温泉に浸かるのが今日のもう一つの目的なのです。

 クロモジ

 クロモジの花はまだのようです。尖っているのが葉芽、丸っこいのが花芽です。秋、林の中で浮き立つような鮮やかな黄葉が素晴らしい。決してモミジの類には負けていません。

 ミミガタテンナンショウ(仮)
 

 登山道脇にすっくと立っていたダンディーなやつ。これから葉を展開するところでちょっと決め手を欠きますが、おそらくミミガタテンナンショウだと思います。羽化したばかりのセミのように、まだしっとりとした感じが残っていました。

 車道との合流点近くで巨大なシダを発見。いろいろ調べてみても結局何だか分かりませんでした。林縁の乾いた斜面に生えていて、葉身は子供の背丈ほどもありました。

 車道に合流

 車道に合流してからは舗装道路を下っていきます。やがて七沢温泉街(「街」といっても、山あいに数件の温泉宿があるだけですが。)に出ますが、そこは通り過ぎ、さらに500mくらい下ったところにある「七沢荘」が目的地です。

 ミツバツチグリ

 自ら発光しているかのようなミツバツチグリ。「ここは暖かいよ」と虫たちを誘っているようです。

 道標

 野辺の道標。「大山不動尊」という文字が読んでとれます。ここから七沢荘はすぐそこ。
 着いてみると、これが予想以上に立派な旅館。明日は平日なのに泊まり客も結構入っているようです。長く何回も折れ曲がった廊下の向こうに露天風呂があり、山帰りの人がたくさん入浴していました。湯船(?)は4つもあって、一つずつゆっくりと楽しんでしまいました。

 日向山

 のんびりしすぎて、もうそろそろ4時近くになっています。身支度を整えて帰路につきましょう。
 近くのバス停で本厚木駅行きのバスを待ちます。いつの間にか雲が薄く広がった空の下、今日登ってきた日向山がまだら模様の山肌を見せていました。
 
 「彼岸」 そこは悟りの境地といいます。こちら側の此岸(しがん)との間には深い煩悩の川が横たわり、そう簡単には越えられそうにもありません。いろいろと誘惑の多い毎日。せいぜいぼたもちでも食べて、悟ったつもりにでもなれれば良いのですが。