立烏帽子山 〜山上は既に秋の風景〜


 

【広島県西城町 平成15年9月14日(日)】
 
 比婆山は一つのピークの名前ではなく、伊良谷山、毛無山、烏帽子山、御陵、池ノ段、立烏帽子、竜王山と馬蹄形に連なる山塊を指す総称です。
 したがって、登山ルートもたくさんあり、縦走しなくともそれぞれの頂を楽しむことができます。今日は植物が目的なのでお手軽コースを選択。立烏帽子直下の駐車場まで車で上がり、そこから立烏帽子山頂を経て池ノ段まで歩こうというものです。
 駐車場から立烏帽子山頂まではやや湿ったブナ林の中を歩く道。山頂から池ノ段までは日当たりのよい高原を歩く道。それぞれ異なる秋の花を楽しむことができるでしょう。

 立烏帽子駐車場

 駐車場を出発したのは午後1時半。いきなりつづら折りの登山道を行くことになりますが、頭上を覆う梢から秋の透きとおった日差しが漏れてきて、なんともいい気持ちです。こんな気持ちは下界ではちょっと味わうことができません。これだけでも来た甲斐があるというものです。

 ブナ林の登山道

 立烏帽子の東側斜面にはブナの林が広がっています。登山道はその中を縫うように通っていて、路傍には林縁を好む植物をたくさん目にすることができます。

 ニガナ  アケボノシュスラン

 ニガナは茎を切ると苦みのある乳液を出すことからその名がついたそうです。舌状花は普通5個ですが写真のものは6個ずつあります。もっと多いとハナニガナということになるのですが、これはやっぱりニガナでしょうか。
 アケボノシュスランはその名のとおりランの仲間。でも高さ10pほどの控えめなランです。「アケボノ」は花の色を明け方の空にたとえたもの。「シュス」とは絹織物の一種の繻子のことで、別種のシュスランの葉の質感から名付けられました。でも、アケボノシュスランの葉はシュスランのような光沢はありません。

 コバノフユイチゴ  キバナアキギリ

 コバノフユイチゴは初夏に白い花を咲かせ、この時期に赤く美味そうな実をつけます。別名マルバフユイチゴというとおり丸い葉が特徴。これでも草ではなく樹木です。
 キバナアキギリは、秋にキリに似た黄色い花をつけることから名がつきました。山地の木陰でよく出会う花です。この花を訪れた昆虫に花粉を受け渡すシステムは極めてメカニカル。観察会のときに見かけたら、花冠をひとつもらってナイフで縦に裂き、そのメカニズムを紹介することにしています。
 
 数日前の雨のせいなのか足下はしっとり湿っていてちょうど歩きやすい堅さです。下草に隠れるように生えているユキザサの実はアクリル光沢のある赤い色。花茎を伸ばしたヒヨドリバナが梢を渡る風にゆっくりと揺れています。

 アキチョウジ  アキノキリンソウ

 アキチョウジは秋に丁字形の花をつけることから名がつきました。この花の蜜を吸えるのはどんな昆虫なのでしょうか。「秋」の名がつく植物がここにも。アキノキリンソウは山野に生え、陽当たりの良いところでも見かけます。見逃しがちですが、この花をルーペで覗くと想像以上に綺麗なことにハッとします。

 ブナ

 堂々たるブナ。見上げると全天を覆い尽くさんばかりに枝を広げていました。

 オオカニコウモリ  ツルリンドウ

 オオカニコウモリはこれでもキクの仲間。主に日本海側に分布しているそうです。これも林の木陰でよく出会う花です。ツルリンドウはその名のとおりツル性の植物で、地面を這うように生えています。この花もよく見ると上品な姿をしています。
 
 普通の登山者であれば20分もあれば登り切るのででしょうが、5歩進んでは立ち止まり、10歩進んではしゃがみ込み、こんな調子で同じ行程を1時間あまりかけてようやく頂上に到着することができました。これがいつものペースです。

 池ノ段から立烏帽子をふり返る

 頂上から池ノ段へ下りる道は、これまでとは違って陽当たりのよい道で、高木はありません。南から西の方向にかけてのすばらしいパノラマを一望できる晴々コースです。植物も草原を好む種類に入れ替わります。

 ウメバチソウ  カワラナデシコ

 今日一日で最も印象に残った花がウメバチソウです。澄みきった秋晴れのもと、標高1000mを超えるこの草原のあちこちに今が盛りと咲き誇っていました。「梅鉢」は家紋の一つで、菅原道真や加賀の前田家の紋所として有名です。
 秋の七草のひとつ、カワラナデシコは単にナデシコともいいます。花弁が細かく糸状に避けているので繊細な感じがする花です。ナデシコは漢字で書くと「撫子」。撫でるようにして大切に扱う子どもや女性という意味もあるそうです。

 マツムシソウ  センブリ

 マツムシソウは一つの花に見えますが、小さな花が集まったものです。外周に並ぶ小花は花弁が唇状に大きく、中央部にある小花は花弁が筒状になっています。
 健胃薬として知られるセンブリは、ティーバッグのようにして千回振り出しても苦みが消えないとしてその名がつけられました。確かにこの葉をひとかけら噛んだだけで当分の間苦みが消えてくれません。あめ玉が必要になります。
 
 辺りにはサラシナショウマやススキ、ワレモコウなどの背の高い植物がある一方で、足下の草むらには、キュウシュウコゴメグサ、ビッチュウフウロ、ママコナなども見受けられます。ホント、野草の宝庫です。

 ヤマラッキョウ  タンナトリカブト

 ヤマラッキョウはスッと伸びた花茎の先に大輪の打ち上げ花火が開いたような姿をしています。ネギの仲間ですが、あの独特のニラ臭さは少ないようです。山地の草原でよく見かける花です。
 一時期ワイドショーをにぎわしたトリカブト。アルカロイドなどの毒成分があって、特に根と種子が猛毒だそうです。食べたことないけど。症状は、手足の麻痺、視聴覚異常と進んで、最後は呼吸麻痺によりアウト、だそうです。先日、トリカブトの群落の前で「これだけあったらいったい何人がオダブツになるだろうか。」と言ったら、妻がひと言、「私には一株あればいいわ。」(…怖)

 吾妻山(左)と比婆山(右)

 池ノ段から北の方向を見ると、比婆山の主峰である御領が見えます。そしてその左(西)には馬の鞍のような形状の大膳原が広がり、更に吾妻山が穏やかな姿を見せています。
 これらの山並みは中国山地の脊梁にあたるのですが、例えば四国の脊梁山脈とは異なり、緩やかな稜線を描いているのが特徴です。この地形的条件のため人々は早くから中国山地の深部にまで入り込み、たたら製鉄や放牧、耕作などの営みを始めたのだそうです。
 ちなみに「御陵」とは、古事記に「伊邪那美(いざなみ)神は、出雲国と伯伎国との堺の比婆の山に葬りき」と記されたその陵墓に当たる山ということだそうです。

 リンドウ

 リンドウ。その姿が凛々しく、好きな花のうちの一つです。根を乾燥させたものが漢方薬の「竜胆」。リンドウを漢字で書くときもこの字を充てます。ちなみに、リンドウの仲間は陽が当たっているときだけ花を開くのだそうです。(ヘェ、ヘェ〜)
 
 それにしてもなんと清々しい気分。空はあくまでも蒼く、風は爽やかに頬をなでていきます。
 ただ惜しむらくは、午後の空気をとおして見る景色は遠くに霞がかかったように見え、遙かに並ぶ山々を一つひとつ確認することができないことです。午前中であれば、東に道後山、北に船通山、西に大万木山などを見ることができたでしょう。(南には世羅台地が広がっているため高い山はありません。) 


Kashmir 3D

 さあ、そろそろ日が傾いてきました。帰りは立烏帽子の中腹を巻くルートをたどって駐車場へもどります。

 キツリフネ

  駐車場脇の湿った場所にキツリフネが咲いていました。ツリフネソウの黄色バージョンだからキツリフネ(黄釣舟)。花は花茎から提灯のように釣り下げられて咲きます。キツリフネの実が熟していたらぜひ触ってみてください。声を出さずにはいられませんから。
 
 そんなこんなで、今日も自然の中でめいっぱいリフレッシュさせてもらいました。
 あとは安全運転で帰るだけ。また季節を変えて訪れてみたいと思います。