八海山 〜花笑みの稜線を行く(前編)〜


 

 (前編)

【新潟県 南魚沼市 平成24年6月24日(日)】
 
 梅雨まっただ中ですが、日本の南岸に停滞していた梅雨前線は一時的に南に下がり、今日(6月23日(土))は梅雨の中休みとなったようです。このタイミングを見計らって昼過ぎから白金自然教育園で定点観察。そしていったん家に帰って野山歩きの準備を始めました。目的地は新潟県の八海山です。予報では明日関東地方は曇りですが、上越国境を越えた新潟では「晴れ」となっているのです。麓の六日町までは約200q。早朝に出発するというのもなくはないですが、さすがにしんどいので、今夜のうちに現地入りしてゆっくり休んで、翌朝早い時間から登りはじめることにしました。
 
                       
 
 夕方5時半に出発。都内は混んでいましたが、練馬ICから関越道に上がった後は比較的スムースに流れていました。
 薄暮の高速を走って7時に上里SAに到着。ここのチケットカウンターで明日使うロープウエイの割引券(1800円→1550円)を購入。現地で買うより2人で500円お得になります。SAにチケットカウンターってちょっと違和感がありますが、きっとスキーシーズンになるとリフトやゴンドラの1日券などをここで調達してゲレンデに向かうのでしょう。ここだと買ってから新潟方面にも長野方面にも行けるという利便性もあります。チケットカウンターが下り線にしかないというのも納得がいきます。
 SAで夕食をとった後、再び関越道を北上します。上越国境を越えたのは8時半過ぎ。新潟県に入って六日町ICで高速を下り、八海山の麓のペンションに着いたのは9時半を回っていました。もともとスキーシーズンに賑わうところ。泊まり客はyamanekoたち1組だけだったようです。とりあえず温泉に浸かってリラックス。そして風呂上がりにビールで前祝い(何の?)です。

 部屋の窓から

 翌朝、予報どおり素晴らしい晴天です。夜中はちょっと寒かったですが、朝の空気はほどよく冷たくすがすがしいです。早くもどこからかホトトギスの声が聞こえてきていました。
 部屋の窓を開けると正面から八海山の威容がどーんと飛び込んできました。うおぉ、今日はあそこに行くのか(稜線まではロープウエイだけど。)。

 八海山は、山頂部に切り立った岩峰群を持つ峻厳な山で、古くから修験の地とされてきたそうです。稜線上にいくつもの峰が並んでいて、最も北(写真では左)にあるのが薬師岳(1654m)。そこから八ッ峰が並び、南端に最も標高の高い入道岳(1778m)があります。これらを総称して八海山と呼んでいるのです。八ッ峰のエリアは垂直の岩場が連続する難所で、素人が安易に近づくことは強く諫められています。

 山麓駅

 朝日の差し込むダイニングで静かに朝食をとり、心底まったりとしました。このままのんびりして帰ってもいいか。いやいやダメだろ。ということで、早々に出発しました。ペンションからロープウエイ乗り場までは車で3分の距離です。
 
 ロープウエイの山麓駅の前はだだっ広い駐車場です。スキーシーズンには車で埋まるのでしょうが、今日は概ね20台といったところ。聞くところによると今日は八海山の山開きの日なのだとか。ここでイベントもあるらしいので、これから沢山の車がやってくるでしょう。
 ロープウエイの始発は8時20分。装備を整えたり登山カードを書いていたりしていて始発には間に合いませんでしたが、次の8時40分の便に乗ることができました。山麓駅の標高は380m。山頂駅が1150mですから、一気に770mを登ることになります。所要時間は7分です。

 車窓から

 ロープウエイのゴンドラ内では乗務員の方が八海山のことや周辺の風景のことなどを解説してくれました。上の写真は上昇中に見えた八海山山頂部。鶏冠のような岩峰群が八ッ峰で、その左のドーム状のピークが薬師岳です。まだ雪渓が残っていますね。

 あっという間に山頂駅に到着。やはりこの辺りの空気は涼やかです。駅舎の脇の展望デッキから西方向のパノラマが望めました。正面の田園地帯は南魚沼市の中心部。谷川岳に端を発する魚野川が作った平地です。広々とした風景ですね。魚沼産の米が良質なのは田んぼの風通しがいいからだと聞いたことがありますが、こういった地形が風の流れに影響しているのでしょうね。そしてこのデッキにも下から涼しい風が吹き上がってきてすごく気持ちがいい。


Kashmir 3D

 さて、今日のコースは、山頂駅から薬師岳への稜線のルートを往復するもの。八ッ峰は高所恐怖症のyamanekoにとっては無理っぽいので(岩峰の岩肌を巻くルートもありますが、残雪で通行止めになっていました。)。とはいえ、薬師岳まででも標高差は500m。前半はアップダウンを繰り返し後半で一気に登るので、そこそこしんどいのです。

 登山口

 準備運動を終えて、9時ちょうど登山開始。ここは4合目になります。
 出だしは階段の道。ブナの林の中を登っていきます。空気はひんやりとしていて涼しい。エゾハルゼミがミンミン鳴いています。

 タニウツギ

 登りはじめて間もなく、満開の薄桃色の花が迎えてくれました。これはタニウツギですね。日本海側気候の山地の谷沿いに多いそうです(そういえばここは日本海側になるんだということを再認識。)。谷に多いからタニウツギ。分かりやすいです。新潟には、この花を家に持ち帰ると火事になるという言い伝えから、この花のことを「火事花」と呼ぶ地域があるそうです。きれいな花なのに。

 八海山遙拝所

 すぐに稜線に出て、そこに避難小屋がありました。日射しが強いので軒下で日焼け止めのクリームを塗ることに。山で日焼けすると疲労が増すので要注意です。
 避難小屋の裏手になにやら像が建っています。ここは八海山頂上遙拝所というところで、像の肩越しに八海山を望むことができます。中央の像が誰なのか分かりませんでしたが、右の御幣には「八海山大神」、左の御幣には「木花咲耶姫命」と書いてありました。多くの修験者がここで霊峰を拝んでから登ったのだと思います。yamanekoも今日一日の無事をお願いしました。

 チゴユリ

 遙拝所から先はずっと尾根道です。道がところどころぬかるんでいるのはこの前までの雨のせいだと思います。
 路傍には可愛いチゴユリが。いつもうつむき加減に咲いています。

 ミヤマカワラハンノキ

 ミヤマカワラハンノキの若葉。これも日本海側の多雪地帯に見られる種だそうです。

 アカモノ

 アカモノがいっぱい咲いています。小さな釣り鐘型の花冠が可愛いですね。写真のもので高さは10p弱。これでも草花ではなく樹木なんです。

 夏鳥の鳴き声を聞きながら登っていきます。気持ちいいー。

 南方向

 9時20分、見晴らしのいいところに出ました。左に八海山山頂が聳えています。正面奥の雪が残る山は巻機山(1967m)。あの向こうは群馬県です。ここからは直線距離で15qほどでしょうか。その手前に横たわる稜線は八海山から続く阿寺山(1509m)や高倉山(1144m)の峰々です。


Kashmir 3D

 八海山は二重の馬蹄形に連なる山塊の内側の方に位置しています(マウスオーバーで山名表示)。上の写真の阿寺山や高倉山も内側。一方、巻機山は外側の山塊に位置しています。それにしてもどうなったらこんな地形ができるのか。この辺りはちょうどフォッサマグナの東端に位置していて、その内側と外側とでは大規模な断層によって地質の構造がガラリと違っているということなので、複雑な力が加わっている地域なのかもしれません。

 

 暑くなったので上着を1枚脱ぎました。半袖で十分です。初夏の空。見上げると気持ちがスーッと軽くなります。

 ムシカリ

 ムシカリの葉。まだ若く瑞々しいです。虫に食われていません。

 

 ムラサキヤシオ

 おお、これはムラサキヤシオ。木漏れ日を受けて輝いています。まだ葉が開ききっていませんね。これも日本海側(中部地方以北)に見られる種だそうです。やはり中央分水嶺を越えると植生も変わるんですね。

 

 もうそろそろ最初のピーク。でもまだ先は長いぞ。

 薬師岳

 梢の間から薬師岳の姿が。これからあそこまで登ります。

 アカモノ

 最初のピークを越え、一転して道は下りにかかります。まだところどころに雪が残っていました。雪解け水に手を入れてみると、ヒャッとするほど冷たかったです。
 登山道の左右にはアカモノがいっぱい。休憩がてらしゃがんでよく見てみると、繊細な構造であることが分かります。萼や茎に細かな毛があるのは空気中の水分を水滴に変えるのに役立ちそうです。壺型の花冠は先端がくるっと巻いていますね。訪れた虫たちの足がかりとしてもちょうどいいです。

 ユキザサ

 ポポ、ポポポ、…。遠くの林からツツドリの鳴き声が聞こえてきます。この鳥はなかなか姿を見せてくれないんですよね。
 足下ではユキザサが揺れています。今がちょうど開花の時期で、細い花茎にこんぺいとうを散りばめたように咲いています。これが秋になると透明感のあるルビーのような実になるのですから、不思議なものです。

 ヒメマイヅルソウ

 ヒメマイヅルソウ。マイヅルソウに似ていますが、葉が細いのが特徴。

 ツクバネソウ

 9時45分、次のピーク池ノ峰との鞍部までやって来ました。標柱には「4合目半 出合 女人堂まで1.5q」とあります。
 この辺りにはツクバネソウも多く見られました。中央の王冠のような部分が花冠です。

 

 タムシバ

 残雪がレフ板代わりになって浮き立つように咲いているタムシバの花。これも日本海側の多雪地帯に多いとのことです。花冠の中央部には高級和菓子のようなものが。真ん中の緑色のものが雌しべの集合体。その周囲の先端が赤い棒が雄しべの集まりです。

 ウリハダカエデ

 ウリハダカエデの花がモビールのようにぶら下がっていました。まだ開花したばかりで軟らかそうです。葉も完全に伸びきってはいないですね。ウリハダカエデは低山から見られますが、ここのものはかなり標高の高いところに生えている部類でしょうね。
 
 うー、次から次へと花が繰り出されてくるので、なかなかペースが上がりません。yamanekoの山歩きとしてはいつものことなんですがね。では、続きは《中編》で。