極楽寺山 〜安芸を探そう、感じよう〜


 

【広島県廿日市市 平成17年9月18日(日)】
 
 9月の定例観察会。今回はワタクシ、yamanekoが担当です。先月は指導員交流会などの行事が立て込んで定例観察会が中止になったので2ヶ月ぶりの開催ということになります。
 今回の観察フィールドは、広島市と境を接する廿日市市の東端にある極楽寺山。沿岸の低地から一気に700m近く盛り上がった山の上は比較的なだらかなテーブル状になっていて、そこが憩いの森として整備されています。


Kashmir 3D

 午前9時30分、集合場所の第1駐車場には42人の参加者が集まりました。今日はここから時計回りに観察路を巡っていこうと思います。
 今回のテーマは「秋を探そう、感じよう」 開会の挨拶では加藤代表から「今日は『察会』のつもりで」という話がありました。
 yamanekoの観察会は、指導員からのレクチャーは極力少なくして、参加者が自ら感じ発見するようにするスタイルを目標としています。そういった意味では「感察会」とは我が意を得たり。自分の中から生じた疑問や発見は人から教えられる知識より長く心に残り、次に自然を見るときにその見方を変えてくれると思うからです。

 「どんぐりの芽」100号記念

 観察を始める前に参加者全員で記念撮影。広島自然観察会の会報「どんぐりの芽」が9月号でめでたく100号に達したことを記念してです。関係者のご努力に深く感謝。

 さあスタート

 参加者数人にスタッフ1、2名という小グループ制で行うのも「感察会」では重要なポイント。講師1人に多数の聴衆というスタイルでは参加者は受け身にならざるを得ません。これが数人という小グループになれば一人一人が日常の会話をするように素直に疑問や発見を口にすることができます。スタッフはあくまでもその疑問や発見を手助けする立場です。

 巣丸の滝へ

 一行は適当な間隔を空けながらスギ林の道を谷沿いに下っていきます。ほどなく左手の木立の中から水音が聞こえてきました。この先には「巣丸の滝」があるのですが、この滝は階段状に流れ下る形で全長100m以上はあります。広島県西部は広く花崗岩に覆われていて、ここ極楽寺山も花崗岩の山です。花崗岩の割れ方はサイコロ状になるのが特徴で、滝の形もサイコロを積み重ねたような段々構造になりやすくなります。

 巣丸の滝

 この滝は極楽寺山の山腹を何万年もかけて削りながら谷を作ってきました。
 広島県の地形の特徴は、高位面・中位面・低位面の3面からなる階段地形です。地表が長期(数万年単位で)にわたる侵食作用を受けると、起伏が小さくなり、海面の高さ付近まで低下したなだらかな地形になります。これは浸食の輪廻の最終形で、河川の堆積で生じた地形でなく侵食地形であるという意味で「準平原」と呼ばれます。この準平原が地殻の変動により平らな丘陵の形のまま持ち上げられたものを「隆起準平原」と呼び、このような地殻変動が複数回起こると階段地形を作ることになります。
 極楽寺山は中位面の先端に位置し、その山裾は一気に低位面まで達しています。

 各面の境界には滝が生じ、その滝は谷を浸食しながら奥へ奥へと進んでいきます。庄原市(旧西城町)の那智の滝や三段峡(安芸太田町)の滝などは高位面と中位面との境にある滝で、また、大野町の妹背の滝や呉市の二級滝、山野峡(福山市)の竜頭の滝などは中位面と低位面との境にある滝です。極楽寺山の山腹にある巣丸の滝もこの仲間になります。

 静かな林

 次は張り出した尾根の先にある展望台へ向かいます。そこからの眺望で中位面と低位面の差を実感してもらおうという趣向です。

 ツリバナ

 途中、自然のモビールを見つけました。ツリバナの実が開いたものです。初夏に付ける控え目な花とは対照的に鮮やかな色合い。造形的にも十分自己主張しています。

 展望台

 極楽寺山の展望台といえば極楽寺境内にあるものが有名(?)で、こちらの方を訪れる人はほとんどいません。yamanekoも先週に下見で訪れたのが初めてでした。なお、今回の観察コースはあえて極楽寺の敷地内は避ける形で設定してあります。

 沿岸部を望む

 展望台からは南方向の見晴らしが開けています。今日は空気中に湿気が多くあまり視界も利きませんが、それでも廿日市市街とその向こうにはなんとか宮島が見えます。目の前の谷は先ほどの巣丸の滝が削り込んだもの。その谷沿いに吹き上がってきた風が心地よく汗を冷やしてくれます。

 シロモジ

 展望台でひと休みしたら、また林の中を歩いていったん車道に向かいます。この辺りからシロモジが多く見られるようになってきました。
 極楽寺山といえばその山頂部に広がるモミ林が有名ですが、そのモミは今日の観察コースではほとんどお目にかかれません。代わってこの山で頻繁に見かける植物、それがシロモジです。シロモジの中国地方での分布は狭い範囲に限られていて、広島県ではここ極楽寺山のほか、大野権現山、天上山など県西部の限られた地域でしか目にすることがありません。
 シロモジの分布に関する説明を読むとき、よく「そはやき」という言葉がでてきます。(「やきそば」ではありません。)
 南九州・四国・紀伊半島と中央構造線に連なって分布する植物群を「そはやき要素」といい、関東地方を北限とした古い地質地帯に分布する日本固有の植物群と考えられています。熊(九州中南部)、水瀬戸(豊後水道)、伊(和歌山県)と、その主な地域の文字をとって「蘇速紀(そはやき)」です。植物の分布には気候や地形だけでなく地質も大きな影響を及ぼしていることが分かります。
 ちなみにシロモジの他、シオジ、キレンゲショウマ、ギンバイソウ、コウヤマキ、マルバノキなどが「そはやき要素」の植物とされています。

 ミヤジマママコナ  ナツハゼ(果実)

 車道に出てきました。足下にはママコナの一種、ミヤジマママコナが咲いています。一方、頭上にはナツハゼの実。最も黒く熟した実を一ついただいて口の中に入れてみましたが、まだまだ酸っぱい。秋はまだ浅いようです。

 蛇の池

 さくらの里入口から再び散策路に入り、林を抜けて蛇の池に到着しました。蛇の池は今朝の集合場所だった第1駐車場から一段上がったところに位置しています。ここで昼食。次々と小グループが到着し、めいめいが弁当を広げはじめました。天候は朝よりも良くなり、頭上には秋晴れの空が広がっています。池の上を吹き渡って来る秋風がなんともいえず心地よいです。

 サワギキョウ  コブシ(果実)

 池のほとりにはサワギキョウが咲いていました。ここを訪れるバーベキュー客には何の興味も湧かないようでしたが、よく見ると可憐な湿地の花。観察会の参加者には十分に目を引く存在だったようです。
 おそらく植栽だと思いますがコブシがたくさん実を付けていていました。その実はコブシの名のもとになったようにげんこつのようなゴツゴツとした塊状ですが、熟すると果実が裂けて中から朱色の種子が顔を出し、不思議なことに糸でぶら下がります。きっと鳥たちに見つけられやすいように目立とうという戦略でしょう。肉質の種皮を削ってみると、中から扁平な黒い種子が出てきました。

 山頂へ

 昼食後、最後のポイント、山頂へ向かいます。
 観察コースを歩いていると、オヤッ?と気付くことがありました。まだ成熟していないドングリが枝先ごと落ちているのです。ここにも、あそこにも。別に台風の風で落とされたものではありません。これはおそらく「コナラシギゾウムシ」という昆虫が枝を切り落としたもの。でも、何故そんなことを?

 コナラシギゾウムシ(たぶん)

 この虫はドングリが大きくなる初秋に狙いをつけたドングリがついている枝をまず少しだけ切り、その後殻斗の上から長い口吻でドングリの果実に達する穴を空けて中に卵を1個産みつけるのです。なぜ殻斗の部分に穴を空けるかというと、その部分はドングリの皮がやわらかいからなのだそうです。次に穴を空けたときに出た屑で穴に栓をし、最後に枝を切り落とします。わざわざ切り落とす理由は、いずれ幼虫がドングリから出てきて土の中でサナギになるので、その時点で地面に落ちていないと困るのです。
 上の写真はちょうど長い口吻で穴を空けているところです。

 秋は花とともに果実の季節。今日一日で様々な花と果実に出逢うことができました。
 一つ一つに立ち止まり、参加者の人たちとあれこれと話をしていくと、それまで気がつかなかったことを発見し、またそこから新たな疑問を感じたりします。これが楽しく、ひいてはこんなに楽しい身近な自然を大切にしたいという気持ちを起こさせてくれる。これこそこの観察会の眼目なのです。

 シロオニタケ

 午後2時、山頂に到着しました。山頂といっても蛇の池との標高差は50mほどです。
 人だかりができていたので覗いてみると、ビックリするほど大きなキノコです。キノコに詳しい前田指導員によるとシロオニタケとのこと。顔を近づけてみるとウッとくるような刺激臭が。キノコにはマツタケのように芳香を放つものだけではないようです。

 山頂からの展望

 山頂は木立に囲まれていてあまり展望はききませんが、唯一北方向が望めます。この方向は立岩山、十方山、恐羅漢山の方向になりますが、今日は霞んでいて見えませんでした。

 ゲンノショウコ

 午後3時、解散場所の第2駐車場に到着しました。まずは参加者の異常(ケガや体調不良)の確認です。どうやら全員無事に観察を終えることができました。これも各グループをサポートしてくれたスタッフの面々のおかげです。
 そして今日一日の振り返りをして閉会となります。
 今回の観察会、いや感察会。参加者の皆さんはどんな秋を感じたでしょうか。yamanekoはというと、たくさんの草花(視覚)、ナツハゼの実(味覚)、虫の音(聴覚)、涼風(触覚)、キノコの悪臭?(嗅覚)と、五感を総動員して感じることができました。(本当は会の進行が気になって半ばうわの空になっていたとの声も…)


 解散後、今日の役目を果たしてホッとしてようやく地面に腰を下ろしました。目の前には風に揺れるススキの原…。
 ふぅ〜…。  このとき今日一番に秋を感じたような気がしました。