臥龍山 〜緑滴るブナの森へ〜
【広島県北広島町 平成17年5月14日(土)】
「臥龍山」 広島で山歩きをする人の中でこの山に特別な思いを抱いている人は少なくないでしょう。それはこの山の自然の深さ、特にブナの森の雄大さに心惹かれるからだと思います。
1月は右田ヶ岳、2月は二ヶ城山、3月は白木山、4月は十種ヶ峰と、これまでこのサイトに登場してこなかった山々を廻る(個人的な)企画も、今月で5回目。今もっとも緑が美しい季節なので、満を持しての臥龍山のお出ましです。
Kashmir 3D |
中国自動車道を戸河内I.Cで下りて、R191を北上。虫の木峠を越えると標高は700mに。さらに進んで深入山のすそ野を周りながら高度を上げていくと、その先に広がる高原が自然の宝庫「八幡高原」です。標高は800m。島根県との県境はすぐそこです。
臥龍山(登山口から) |
10時40分、東八幡原の登山口近くにある駐車場に到着。車が5、6台停まっていますが人影はありません。この山に登る人は朝早くここを発っているのでしょう。こんな重役出勤で登る人は少ないのです。
臥龍山は穏やかな稜線を見せていて、山肌は瑞々しい緑で包まれています。その中から杉の大木があちこちニョキッと頭を突き出しているのがユーモラス。登山口から山頂までの標高差は420mほどなので、ゆっくり登れば決してきつくはありません。ただこの辺りはクマの密度が高い地域。彼らと出会わないように注意が必要です。(お互いのために。)
森の中へ |
草原状の道を進みしばらく行くと、朽ち果てた柵の門柱が現れます。これは昔この辺りで放牧をしていた頃の名残で、これを過ぎると本格的に森の中に入っていきます。
林床は高さ60pくらいのササに覆われ、登山道も隠されるほど。でも木漏れ日が降りそそぐので明るい森です。そう遠くないところからツツドリの声が。夏鳥がもうこの辺りの森にも渡ってきているのです。
リョウブ | ナラガシワ |
木々は新しい葉を広げ終わっているものもあれば、まさにこれからといったものも。いずれにしても滴るような緑色をしています。
森の中を過ぎていく心地よい風。静かです。
沢の音も明るい |
小さな沢を渡ると、この辺りから少しずつ傾斜が増していきます。でも、急ぐ山歩きではありません。ここの自然の一部にとけ込むつもりでゆっくりと歩いていきます。そうやって豊かな自然の中に身を置くと、やっぱり人間もこの自然の中の構成物のひとつでしかないことを気付かされ、まるで澱が沈殿していくようにしっとりと心が落ち着いていくのです。
ユズリハ | マムシグサ |
ササはすっかりまばらになり、登山道はずいぶん歩きやすくなりました。ただ、その分登りがきつくなってきています。
登山道脇のユズリハの若葉もマムシグサの仏炎苞もピチピチしてました。生命力に満ちています。
ホオノキの ステンドグラス |
見上げるとホオノキの葉を透かして眩しい青空が望めます。決して薄くはない葉ですが、まだ若葉のためなのかステンドグラスのように様々な明るさの緑を見せてくれていました。
チゴユリ | ツクバネソウ |
チゴユリが現れ始めました。目が慣れてくるとあちこちに見つけられます。うつむき加減に白い花をつけるチゴユリ。本当に繊細な花です。この花はブナと並んでの今日の主役で、これから先もずっと目を楽しませてくれていました。
チゴユリとセットで見かけることの多いツクバネソウ。これもユリの仲間で、葉の様子を羽根突きの衝羽根に例えたものです。8つの雄しべと柱頭が4つに分かれた雌しべが、なんだか都会的に洗練された美しさを感じさせます。(そう感じるのはyamanekoだけか。)
”クマホーム” |
この山の古老に出会いました。幹の中はほとんど空洞で、地面近くに直径30pほどの穴があいていす。いかにもここでクマが冬眠していました、という雰囲気を漂わせている洞です。事実、クマは驚くほど狭い穴でも意に介さずに冬眠場所として使うそうで、中には尻が半分外に出たまま冬眠するものもいるのだそうです。でもこの穴の広さは十分。快適な居住空間を提供してくれたことでしょう。
ブナの登場 |
高度が上がるにつれてだんだんブナが出てきました。いい雰囲気の森です。ブナの森はなんでこんなに気持ちいいのでしょうか。
世間ではブナを高く評価する声が多いようですが、一方、これに対して気の毒なのはスギ。花粉症や放置林などの問題からか、評価が低いどころか悪者扱いされることも。ブナは保水力が高い、スギは保水力に乏しい、ブナの森はたくさんの命を育む豊かな森、スギの森は命の影が薄い森、といった構図があるようです。やや情緒的な感じもしますが、いわゆる識者の間ではまた別のとらえ方もあるようで、両者の保水力に大きな差はないとか、二酸化炭素の固定能力ではスギが優っているとか、いや土壌の菌類はスギ林では少ないとか、なんの日本の経済成長に果たした役割は無視できないとか、まったくさまざまな意見があるようです。
yamanekoとしてはその辺まったく無責任に、どっちが気持ちいいかという100%情緒的な評価です。申し訳ありません。(花粉症でスギに対する恨みもあるのですが、先方にしてみればまったく筋違いな言いがかりですね。)
エンレイソウ | ブナ林 |
ブナ林でよく見かけるエンレイソウです。漢字で書くと「延齢草」。なにかいわくありげな名前です。と思って調べてみたら、地下茎を陰干しして煎じて健胃剤としたとのこと。
すでに花の時期は終わり、果実を育みつつある段階でした。
空が見えてきた |
下山してくる何組かの人たちとすれ違いました。時計を見ると11時半です。
頭上が明るく開けはじめ、そろそろ山頂が近いことをうかがわせます。
雪霊水 |
森を抜けて唐突に車道が現れました。実はふもとから山頂直下までアスファルト舗装された林道がついていて、その終点にある「雪霊水」という湧き水を汲みに車が上がってきます。それにしてもこの道は何の目的で作られたものなのでしょうか。まさかこの水場だけのためというわけでもないのでしょうが。謎です。
あの幽玄な森の後にアスファルト道と出会って若干興醒めですが、気を取り直して山頂を目指します。
山頂直下はクロモジの森、木製の階段を一歩一歩上っていきます。
山頂 |
12時30分、山頂に到着。大きな岩とその前に10畳ほどの空間があるだけです。ついでに一等三角点も。
周囲には、ホウノキ、トチノキ、コハウチワカエデ、ウリハダカエデなどなど。みな大きくて立派な木ばかりです。さあメシ、メシ。
北の眺め |
眼下には八幡高原。その向こうの低い(といっても高原の標高が高いので、相対的に低く見えるだけですが。)山並みが島根県との県境。すなわち中国山地の脊梁にあたるのです。その奥は島根の山々です。
ミヤマアオダモ | コハウチワカエデ |
昼食後、稜線を西に少し下って、南側の展望が開けている場所までやって来ました。ここにも大きな岩があって、この岩に上がるとパノラマが楽しめます。
南の眺め |
上の写真の中央に位置するこんもりした山は深入山。毎年春に山焼きを行います。その左奥にある先端がちょんと尖った山は大箒山。写真右端に見える湖は聖湖。その奥に深い渓谷を刻んでいる三段峡の始点にあたるダム湖です。
この景色を独り占めしているなんて、なんかもったいなさ過ぎですね。
ユキザサ |
下山路、森の奥からアカショウビンのなんとも気怠い鳴き声が聞こえてきていました。もう初夏です。
それにしても今回のこのページ、ほとんど緑一色(麻雀の役ではなく)でしたね。
2時30分、里に下りてきました。田んぼでは今、田植えの真っ盛り。ドッドッドッドッという田植機の音が心地よく聞こえてきます。
この臥龍山、地元では「刈尾山」(かりおやま)と呼ばれています。なんでも「臥龍山」という名は明治期になって付けられたもので、地域の歴史や伝承とは何の関係もないものだという話を聞いたことがあります。それでもこの山を一度でも歩いてみたならば、きっと臥龍山に対する特別な思いを抱くことになるのではないでしょうか。