多摩丘陵でフットパス 〜黒川から真光寺〜


 

 「黒川から真光寺」

【川崎市 麻生区 令和2年4月19日(日)】
 
 陽光輝く春がやって来ました。木々の若葉が展開し、野は花や虫で賑やかに。生きとし生けるものの活力が伸びやかに満ちてきている感じです。
 遠出などできない昨今ですが、たまには身近な野辺を散策し、yamanekoも活力と抵抗力をアップさせたいと思います(ソーシャルマナーには気を配って。)。
 
                       
 
 今回の野山歩きの起点は小田急多摩線の黒川駅。まずは京王線に乗り、京王永山駅で小田急線に乗り換え、2駅目の黒川駅で下車。京王も小田急も乗客は一つの車両に2、3人といった程度でした。

 黒川駅

 午前11時、黒川駅に到着。もともと閑散、いや閑静な駅ですが、いつもに増してシーンとしていました。

 Kashmir 3D

 今日のルートは、黒川駅から都道19号・町田調布線に出て、すぐに道を渡り、北側に延びる谷戸に向かいます(地図では黒川地区の谷戸を黄色で表示)。谷戸の北側の丘に沿って進み尾根筋(多摩よこやまの道)に出たら隣の谷戸を下ってきます。四辻まで戻ったら反対側の丘を越えて真光寺地区へ。そこからバスで黒川駅に戻ってくるというものです。

 都道19号線(町田調布線)

 黒川駅から坂を下り町田調布線の通りに出ました。けっこうな交通量です。



 都道を渡るとすぐに神社がありました。汁守神社という変わった名前の神社です。早速参拝することに。

 汁守神社

 拝殿の奥に本殿があり、思ったより立派な社殿でした。江戸時代以降に何度か再建された記録はあるものの、創建の年代は不明なのだそうです。
 気になったのはその名前。境内に由来を示すような表示は見当たらなかったので、帰宅後いくつかのサイトで検索してみたところ、共通する記述は以下のとおりでした。
 汁守神社の主祭神の一つに保食命(うけもちのみこと)という神様があり、この神様は食物の起源となった神とのこと。府中市にある大國魂神社の末社として、「くらやみ祭」で神様にお供えするお膳の汁物をここの神社が献上していたたため、「汁守(汁盛)」となったということです。



 汁守神社を後にして谷戸に向かいます。ここから先は農地と民家が点在する長閑な風景が広がっています。

 ナシ

 左手にナシ畑が。ちょうど花が満開の状態でした。多摩地域でナシといえば稲城が有名です。ここからはすぐ近くですが、土質とかがナシの栽培に適しているのでしょうか。

 イチジク

 ナシ畑が途切れたところで北に延びる谷戸へ入っていきます。
 これはイチジクの若葉ですね。これから人の顔より大きなサイズにまで成長します。そういえばイチジクの木は畑の脇にあることが多かったような気がします。うちの実家もそうでした。実の生る時期には木に登って収穫したものです。実をもぎ取ったときに出る乳液が手に付くと、後で痒くなるんですよね。



 谷戸の中は現役の耕作地のようです。向こう側の縁には農道も通っていますね。



 畑の脇の農具や収穫物を置いておくスペースに庇が架けられていました。近づいて見てみると、覆っているのはミツバアケビのようです。この庇は、夏場は日陰を作ってくれ、秋になると実を付けてくれるので、一石二鳥でいいですね。

 ミツバアケビ

 ミツバアケビの花は総状に垂れ下がります。上の方にある笠のような花は雌花。花弁はなく、萼片が花弁のようになっています。中心に棍棒のような雌しべがあって、これがアケビの実に成長します。花序の下の方に群がって付いているのが雄花です。
 そうえいば、もう十何年もアケビの実を食べてないです。



 道は谷戸の横手(北側)の丘を上っていきます。
 それにしても汗ばむような陽気。もう初夏と言っても良いかもしれません。

 カキノキ

 これはカキノキですね。若葉がしっとりしなやかな感じです。イチジク、アケビ、カキノキ。畑の周囲には実の生る木が多いですね。

 海道ひだまり公園

 木立を抜けるとこんな開けた場所に出ました。右手にははるひ野の新興住宅地が広がっていて、ここはその境界に位置しているのです。
 正面は立派なケヤキですね。「海道ひだまり公園」という小さな公園でした。「海道」とはこの辺りの字(あざな)とのことで、汁守神社とこの先の稜線とを結ぶ街道を意味するのだそうです。で、その街道は多摩市永山の瓜生まで延びていて、「瓜生黒川往還」と呼ばれていたそうです。

 スイバ

 野原でときどき見かけるこれは、スイバ。葉や茎に酸味があることから「酸い葉」だそうです。そういえば確かに子どもの頃茎を折って吸った記憶があります。でも嫌な酸味ではなかったと思います。
 この時期、穂のように付いているのはスイバの果実。ハート型のように見えますが、よく見ると3つの翼が120度に付いています(先端から見るとベンツのマークみたいに)。

 ウメ

 またまた実の生る木が。ウメですね。もうウメの実が付く季節ですか(梅雨にはまだ1箇月以上ありますが。)。そういう品種なのかもしれません。



 引き続き住宅地との境界を歩いて行きます。右手は宅地との緩衝地帯のような緑地。左手の藪の向こうは谷戸に向かって下る斜面になっています。

 ミツバツチグリ

 ミツバツチグリです。似たようなものにキジムシロやヘビイチゴがありますが、葉の特徴で見分けるようにしています。ミツバツチグリは写真のとおり長めの楕円形の小葉が3個付いています。キジムシロの葉は奇数羽状複葉、ヘビイチゴは小葉が丸っこいです。
 ところで名前の「ミツバ」は分かるのですが、「ツチグリ」は? 図鑑の解説によると、ミツバツチグリの仲間にツチグリというよく似たものがあって(主に西日本に分布)、そのツチグリの根茎を焼くと栗のような味がすることからだそうです。ただ、ミツバツチグリの根茎は食べられないそうです。それは不味いから?それとも食べられるほど太らないから? ちなみにツチグリの葉は裏が白い柔らかい毛に覆われています。



 道は森の中に入っていくようです。いい感じの小径ですね。

 ハンショウヅル

 ハンショウヅルの蕾が可愛いです。もうじきカパッと開いて、70年代にはやったチューリップハットのような形の花になります。

 ホウチャクソウ

 木漏れ日が差すような環境を好むホウチャクソウ。ホウチャクとは「宝鐸」と書き、仏閣の屋根の四方の先端にぶら下がっている装飾品のこと。花の付き方がその宝鐸の姿に似ているということでしょうね。



 ちょっと開けた場所に出ました。一応展望広場的になっています。



 こちらがはるひ野の住宅地です。奥の森のつながりが「多摩よこやまの道」が通る稜線になります。

 コナラ

 再び森の中へ。これはコナラの若葉です。まだ花序が残っていますね。もう花の時期は終わりですね。

 シラカシ

 こちらはコナラと同じブナ科のシラカシ。若葉は赤っぽくてしなやかです。見てのとおり常緑樹で、去年以前の葉がたくさん付いていますね。こちらのほうは濃い緑色でやや革質です。



 ここまで来ると近くに住宅地があるとは思えませんね。



 頭上が開けましたね。稜線が近いようです。

 クサイチゴ

 斜面に白い可憐な花が。クサイチゴです。高さは15pほどで、名前も見た目も明らかに草なのですが、これでも木なのだそうです。
 こんな小さな木もあれば、人の背丈よりも高い草もあります(タケニグサとか)。木と草の端的な違いは「形成層」の有る無しなのだとか。形成層は樹皮と木質部との間にある薄い組織のことで、これが年々厚く成長して木質部に変わっていく。その特徴を持つのが木で、持たないものが草ということだそうです。

 ジュウニヒトエ

 すっと塔のように立ち上がるジュウニヒトエ。シソの仲間です。



 12時10分、稜線に至りました。眺望はなく、木立の中です。ここから稜線沿いに多摩よこやまの道を少し西に向かいます。

 リョウブ

 透き通るようなリョウブの若葉。清々しい気持ちになれますね。

 黒川高区配水池

 森の小径をしばらく行くとフェンスと門が現れました。標識を見ると「黒川高区配水池」とあります。川崎市上下水道局の施設のようです。
 配水池とは、浄水場と各家庭との間に設けられている貯水施設で、地域で使われる水を一時的にためておく巨大な水槽だそうです。水の需要に応じて供給するのが目的だそう。「池」と言っても露天ではなく、グーグルマップで見ると地下にあるようでした。もちろんフェンスの中には入れません。
 
 このとき、実はここで少し道に迷ってしまいました。地図の読み違えで現在地を誤って認識したことから、本来は写真正面奥に延びる小径を行かなければならなかったところ、写真左の舗装路を辿ってしまったのです。結果、10分くらい周辺をうろついてしまいました。それにしても、思い込みというのは恐いものですね。標高の高い深山でなくて良かったです。

 カントウタンポポ

 そのうろついているときに見かけたカントウタンポポ。花冠の基部の総苞片で確認できました。

 ハルジオン

 ハルジオンはほぼ雑草扱いされていますが、可愛い姿をしています。よく似るヒメジョオンとの違いを聞かれることも多く、開花時期、葉の形状、茎の形状で説明したりします。開花時期はハルジオンの方が早く、ヒメジョオンは概ね1箇月遅れです。ハルジオンの葉は葉柄のような細い部分がなく、ときには茎を抱くように付くこともありますが、ヒメジョオンは基部が細くなっています。茎の違いは中空かどうかで、ハルジオンは中空、ヒメジョオンは随が詰まっています。ただこれは見た目では分かりませんね。

 カラスノエンドウ

 これも不遇な扱いを受けることが多いカラスノエンドウです。でもよく見ると優雅な蝶形花です。果実はミニチュアのエンドウ豆で、鞘の部分を使って草笛のように鳴らして遊んでいました。子どもの頃。

 黒川海道特別緑地保全地区

 先ほどまで遡ってきた谷戸の最奥部が見えました(正面の丘を右から左に歩いてきました。)。この辺りは「黒川海道特別緑地保全地区」という、川崎市と市民とが共働して保全しているエリアのよう。昔から人の生活と共に育まれてきた自然を残していこうという趣旨のようです。



 稜線を離れ、1本隣の谷戸に向かって下っていきます。
 すると森の中にぽっかりとした空間が現れました。ここは市民農園的な場所のようで、小さく区画された農地が広がっていました。世話に訪れている人たちもいました。



 野菜ばかりではなく、一角にはチューリップも。春ですな。



 谷戸の底に下りてきました。ここから谷戸の出口に向かって歩いて行きます。

 ヒメコウゾ

 これはヒメコウゾですね。枝の葉腋に付いているのが雄花、葉の基部に付いている赤っぽいのが雌花です。夏になると木イチゴに似た美味しそうな実が生るのですが、これがとても食べられたものではないというトラップなんです。

 オオジシバリ

 日向の野辺にはオオジシバリ。舌状花も葉も薄くしなやか。ひょろっとした花柄とも相まってか弱い感じもします。が、実際には「地縛り」の名のとおり、しっかりと根を伸ばし広い範囲にはびこるなかなかしたたかなタイプです。

 ヤブタビラコ

 オオジシバリに比べると頭花のサイズがずいぶんと小さいヤブタビラコ。経は1pないくらいです。そのぶん(?)背は高く約50pくらいはあります。



 谷戸の中はこんな感じ。ぽつぽつと民家もあります。

 ノゲシ

 これはノゲシ。先ほどのカントウタンポポにしてもオオジジバリ、ヤブタビラコにしても、なんとなく似た雰囲気です。いずれもたくさんの黄色い舌状花が寄り集まって頭花ができていますね。図鑑を見ると、同じキク科でありながら属はみんな異なっていて、カントウタンポポはタンポポ属、オオジシバリはニガナ属、ノゲシはノゲシ属、ヤブタビラコはヤブタビラコ属でした。

 リンゴ畑

 谷戸の幅が広がってくると谷戸の周囲にも農地が現れ始めました。なんとこちらはリンゴ園です。多摩でもリンゴが育つんですね。

 四辻

 四辻に出ました。広々としてますね。写真奥が黒川駅方向になります。ここからは写真右側に延びる丘を越え、真光寺地区に向かいます。この丘は分水界になっていて、こちら側の谷戸を流れる水は多摩川に注ぎ、真光寺地区の谷戸を流れる水は鶴見川に注ぎます。

 ニリンソウ

 藪の縁にニリンソウが。昔はこんなふうに里のあちこちで見られた花なんでしょうね。

 オオアラセイトウ

 明るく開けたところにはオオアラセイトウ。江戸時代に中国から渡来して、観賞用として栽培されていたものが野に広がったといわれています。

 ブルーベリー畑

 少し上ると開けた場所がありました。どうやらブルーベリー畑のようです。いろんな畑があるものですね。
 この畑と奥に見える丘との間にさっき四辻のあった谷戸が横たわっています。

 イロハモミジ

 更に丘を上っていきます。
 モミジの若葉が風にうねる様子をじっと見ていると、枝先が緑の炎のよう。葉が柔らかいうちは動きもしなやかなようです。

 サルトリイバラ

 サルトリイバラの花はシャンデリアのように華やかです。若草色なので見逃しがちですが。葉はツヤがあって、若葉の時期を過ぎるとやや革質になります。yamanekoの田舎ではこれで柏餅を包んでいました。おばあちゃんに連れられてこの葉を摘みに行った記憶があります。

 町田いずみ浄園

 丘を越えると大規模な墓園が現れました。ここは樹木葬で人気だそうです。

 真光寺地区

 さっきまでの里山風景から一気に50年タイムスリップしたような街並み。開発前、開発後、といった感じです。
 今回の野山歩きの最後として、この先にある飯守神社に行ってみることにしました。せっかく汁守神社にも行ったわけですし。

 飯守神社

 10分ほど歩いて飯守神社に到着しました。汁守神社が國魂神社の「くらやみ祭」で神様にお供えするお膳の汁物を献上していたのと同様に、こちらはご飯を献上する役割だったそうです。主祭神も汁守神社と同じ保食命(うけもちのみこと)とのことでした。
 ところで、「汁守」、「飯守」ときて、「菜守神社」もあるのではといわれているようですが、どうも定かではないようです。明治後期に国策として全国津々浦々で神社の統廃合が行われ、この辺りでも近隣の数社がまとめられたという話をよく耳にします。昔はあったのかもしれませんね。

 大欅

 飯守神社の境内にあった大きなケヤキ。目通り4m、高さは25mほどだそうです。寺社の樹木は神聖視され昔から伐採されにくく、このような巨樹が残されていることも少なくありません。神社の統廃合によって多くの寺社林が失われることを、当時の生物学者であり民俗学者であった南方熊楠は強く反対したそうです。

 真光寺バス停

 広い通りに戻ってきて、真光寺バス停でバスを待ちます。時刻は13時20分。ここから若葉台行きのバスに乗り、3つ目の黒川バス停で下りれば黒川駅まではすぐです。
 
 今日は二十四節気の「穀雨」。国立天文台によると「穀物をうるおす春雨が降る」という節気だそうですが、暦に反して素晴らしい晴天でした。
 そんな青空の下、どんなときでも野山の自然はちゃんと巡っていることを再確認した一日でした。